☆64☆ 壊れた人形
お部屋が寒くて。
とても、小説を書ける状態ではないです。
足が冷え冷えです……。
全力で廊下を走り、雪ちゃんが見えなくなった廊下のつきあたりまでくると。
階段をおりる雪ちゃんを見つけた。
とても、急いでるとはいえない重い足取りで一段一段、階段をおりていた。
あたしは先回りするように雪ちゃんを追い越して、3段下のステップに立つ。
「さーちゃん……」
突然、立ちふさがるあたしの姿に雪ちゃんは一瞬、微笑んだような気がした。
でも、見間違いだったのか、すぐに苦い顔をする。
「雪ちゃん、あたし! あたしね!」
必死に雪ちゃんを見つめる。
ただ、あたしが今、ここにいることを認めてもらいたくて。
願うように見上げて、あたしの目にうつる雪ちゃんは苦々しく笑いながら顔を背けていた。
めげるもんか!
そんな顔したってダメなんだから。
あたしは信じてるもん。
雪ちゃんはいつだってあたしに優しく微笑んでくれてたって。
あれは嘘なんかじゃないんだって。
「雪ちゃん、あたしね!」
「いい加減にして……」
今まで聞いたこともないような雪ちゃんの低い声があたしの言葉を止める。
「ど、どうして? 雪ちゃん、あたし……何かしたの?」
問いかけるとゆっくりとあたしを見下ろす。
「言っていいんですか?」
「え、うん! 言って! 友達でしょ」
「友達ね……」
雪ちゃんはバカにしたように笑う。
こんな笑い方をした雪ちゃんを見たのは初めてだ。
たった3段上なのに、ずいぶんと上から見下ろされている感じがする。
雪ちゃんは「見て」といって手首を差し出す。
包帯の隙間から何本もの長い傷が見え隠れしていた。
あたしは見てはいけない気がして目をそらす。
「や、やだ……どうして……こんなこと……」
「どうしてでしょう……死にたいとか、そんな事も思わないんです。ただ……どうしょうもなくなって、気がつくとこうなってるんです……」
投げ出すような言い方に、あたしは手首ではなく雪ちゃんの目を見つめた。
「こんなこと……こんなことダメだよ! こんな……」
あたしはうつろな雪ちゃんの目を強く見つめる。
少しでもあたしが力になれるならと願って。
「ダメ? こんなのダメ? ふふっ、さーちゃんも山田先生と同じなんですね。みんな同じ。ダメ、ダメって負けるなとかがんばれとか。もうたくさんなんですよ!」
「雪ちゃん……どうして?」
雪ちゃんも緑川君と同じだ。
苦しくて苦しくてもがいてる。
必死で手を伸ばして助けを求めているように見える。
でも、原因がよくわからない。
受験のプレッシャーが原因ならあたしに敵意を向ける必要があるのかな?
「どうして? 本当にさーちゃんは……幸せ者だよね」
雪ちゃんの腕からほどけて流れるように垂れ下がる白い包帯が階段に落ちる。
あたしは落ちていく包帯を見てから雪ちゃんを見上げる。
「どういう意味――」
あたしが言い終わらないうちに雪ちゃんは充血した目を見開き、両手の握りしめて震えながら口を開く。
「さーちゃんにわかりますか? 毎日毎日、朝が来るのがこわい! わからないでしょ! いっぱい、いろんなものを諦めたんですよ。だけどこわいんですっ! さーちゃんはいいですよね、受験も楽そうだし、毎日楽しそうだし……くだらないことにムキになって泣いたり笑ったりしちゃって……私は全部あきらめたのに……」
雪ちゃんがまるで身体の中の腐ったものを吐き出すように叫ぶとあたしは力が抜けたように瞬きもできずに立ち尽くしていた。
嘘でしょ?
あたしが……あたしが雪ちゃんを傷つけてたの?
「……楽しそうだから? ……いけないの? あたしが……全部……」
―――いけなかったの?
力になれるなら。
どんな罵声も、それが雪ちゃんの助けになるならと思っていた。
でも、そもそもの元凶があたしじゃ……なにもできないじゃないね。
階段の途中で二人で向き合い動かなかった。
雪ちゃんはしまった! と顔をこわばらせながら、目をそらす。
そして「もう、だからほっといてって言ったのに……」と呟いた。
それでも……。
あたしが元凶だと知ってしまっても。
あたしは雪ちゃんに伝えたかった。
優ちゃんがどんなに心配していたか、久美がどれほど心を痛めていたか。
「それでも……ほっとけないよ。優ちゃんだって久美だって心配してる。雪ちゃん寝てないんでしょ? 顔色も悪いし……みんな、雪ちゃんが心配なんだよ。あたしが雪ちゃんを追いつめてたのはわかったから……優ちゃんたちには!」
あたしの怒りが悲しみに変化していた。
また、あたしは自惚れてた。
なんとかできると思ってた。
不機嫌をふりまく田巻さんと同じだと思ってた。
少しだけイライラしてただけだと思ってた。
でも、雪ちゃんはちがう。
雪ちゃんはあたしに怒っていたんだ。
ずっと、笑顔で応援していてくれた雪ちゃんは、本当はあたしを許せないほど怒っていたんだ……。
それを思うと悲しくて寂しくて、苦しかった。
「もう、ほっといてよ。私が寝てなかったとしてもさーちゃんには関係ない! どうせさーちゃんにはわかんないんだから……何だって持ってるさーちゃんにはわかんないんだから」
雪ちゃんがあたしの肩を押しのけようとすると「あっ」と小さく呟きグラリとゆれる。
「え? 雪ちゃん!」
雪ちゃんは真っ青で前、うしろ、左右に揺れて必死で何かをつかもうとしていた。
貧血? まさか寝不足でめまいが起こってるんじゃ。
あたしが咄嗟に両手を広げた瞬間。
「アヤッ!」
緑川君の大きな声が階段に響いて、あたしは大きな影に覆われていた。
別に雪ちゃんをかばおうとしたわけじゃない。
そんなかっこいいこと考えもつかなかった。
ただ、あたしが雪ちゃんの下にいただけ。
だから、雪ちゃんのせいなんかじゃなくて、これはただの事故なんだ。
落ちていく感覚に身体を任せる。
ドスンッという音とともに背中に大きな痛みが走って、おなかに強い圧迫感を感じる。
胸に大きな何かがのしかかり呼吸が苦しくなって咳き込んだ。
く、くるし―――……。
もがくうちに楽な体制をみつけてほんの少しだけ息ができる。
「うっ……」
耳のそばでうめき声が聞こえると少しだけ目を開けた。
階段は逆さまに見えて、冷たい床が頬に張り付く。
落ちたの?
あたしは息苦しさの中で朦朧としていた。
「ううっ……さーちゃん……?」
胸に積み上げられたものが雪ちゃんの身体だとわかったのは細い視界に雪ちゃんの顔が見えた時。
「アヤっ! うそだろ! どけよ!」
階段を駆け下りる音と一緒に緑川君の声が聞こえる。
胸の上にいた雪ちゃんを動かされてあたしの呼吸が楽になるのを感じた。
目の端に雪ちゃんが座りこんであたしを見ていた。
「さーちゃん……どうしよう……私っ! こんな事、こんな事! いや!」
雪ちゃんの甲高い声が響いてドサッと何かが落ちる音がする。
必死で目をあけるとダラリとした雪ちゃんの白い手があたしの目の前に投げ出されていた。
「前川さん! くそっ! こんなとこで逃げんなよ! 自分のした事くらい見ろよな!」
「や、やめて……み、みど……みどり、かわ君……雪ちゃん……ど、こ?」
やっとのことで声をだすことができて、あたしは必死で雪ちゃんの顔を探した。
「アヤッ! 前川さんなら大丈夫、ショックで倒れてるけど。こんなの! それより、アヤのほうが! どうして、どうして……」
「だい、じょ……ぶ」
だって傷つけたのはあたしだから。
あたしが無神経に何もかもを我慢していた雪ちゃんの前で恋なんかしたから。
雪ちゃんは眠れないほど不安な毎日だったのに。
あたしは浮かれて「好き」だとか「こわい」とかばかりだった。
「だい、じょぶ……だから」
細い視界が歪んでいく。
身体の自由がきかない。
寒い。
痛い。
こわい……。
このままどうなるの?
「アヤッ……っつ!」
視界がぼやける。
緑川君の声が遠い。
ごめんね、心配ばっかりかけちゃって。
雪ちゃん、どこ? 目が開けていられないや。
ごめんね……ごめんなさい。
重いからだが冷たくなるのを感じていたとき、ふわりと浮遊感を感じた。
え?
好奇心が力をくれて、あたしはもう一度だけ目を開ける。
緑川君……。
真剣な緑川君の顔が近くにある。
あたしを抱きかかえて走っているのか上下に大きく揺れる。
「ごめんね……」
かすれた声がとどいたのかどうかわからない。
だけど、あたしはあたたかい腕に顔をうずめた。
「ふざけるなよ」
暗い闇に落ちる前に聞こえた緑川君の言葉にあたしは笑った。
ごめんね、雪ちゃん。
雪ちゃんのことを知っても……あたしはあきらめることなんかできないみたい。
―――ごめんね。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました!
ぷっ。
おいしいとこどりで、緑川君の勝ち! ってな感じです。
なんていうか第一関門突破ですね。はーっ良かった〜。
次の関門がまた問題ですが、ここまでこれたんですもん。
がんばりますよ〜! ふひ♪
青春もの、ラブもの、家族もの。
中学生の狭い世界を表現しつくして終わりたいなと思う私です。
欲張りな感じは私の性格なんでしょうね……。
さて次回♪ ☆65☆ 望むもの
本当に望むものはなんでしょう?
そろそろ正直になってみますか?
友達に強く言ってしまって後悔したことはたくさんありますが。
そのどれもが本心なわけないんです。
そう思っていたとしても、それを許していたからこそ友達でいるんだと
許せなくなったら一緒にはいないでしょうね。




