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☆63☆ 向けられた敵意


 なにがどうって。

 なにがどうなんだろう……。

 死にたいとか、死ぬ気があったとかそういうんじゃないみたい。

 昨夜の優ちゃんからの電話の最後で、優ちゃんは落ち着いた声であたしにそう言ってから電話を切った。


 あたしの気持ちは重かったけれど、教室はいつもどおりの朝にいつもどおりの時間が流れていた。


 少しだけ違うといえば。


 朝から、野村さんが「昨日はどうだった?」と優しく話しかけてきたり。

 神田さんは微妙にあたしを避けていたり。

 田巻さんがクラス中に不機嫌をふりまいてたり。

 

 ちょっとした変化はあったけど、それ以外はいつもと同じだった。

 優ちゃんも笑ってるし。

 久美も笑ってる。

 雪ちゃんもお昼休みに話した感じだとおかしなところはない。


 やっぱり、優ちゃんが気にしすぎなんじゃ……。

 

 あたしは黒板に数式を書く先生の目を盗んでチラッと雪ちゃんの席を振り返る。

 雪ちゃんは真剣に問題を写しているように見えた。


 ほら、いつもどおり。

 

 あたしがホッとして前を向こうとした時、髪を耳にかける雪ちゃんの左の制服の袖がずれて、チラッと白い腕がむきだしになる。


 包帯。

 本当に……本当なの?


 お昼休みにはなかった? 

 ううん、見えなかっただけかも。

 だけど、それを知ってもあたしだって……。

 あたしだって何もできないよ。

 優ちゃん……あたしたちに、何ができるの?


 あたしはただ真っ白なノートに吸い込まれるようにうつむいていた。


 「今日はここまでだな、次は体育館で式の練習だから遅れるなよ」


 先生の声が遠くからなんとなく聞こえてくる。


 「きりーつ、れい!」


 条件反射であたしの身体は席を立ち、軽くお辞儀をすると、そのままストンと着席した。

 教室のざわめきも、何もかもが遠く聞こえて、それも聞こえなくなるとただ、雪ちゃんの事を考えていた。

 

 「澤田さん? いつまで教科書とにらめっこしてるの?」


 突然、声をかけられあたしは顔を上げる。

 目の前にはプリントの束を抱えた緑川君が不思議そうにのぞきこんでいた。


 「あ、えっ? あれ? 授業は?」


 慌てて周りをキョロキョロをする。


 「もうとっくに終わってるよ。それより……なんか顔色悪いんじゃない?」


 「え? 大丈夫だよ。あれ? みんなは?」


 教室にいるはずのみんながいない事にいまさら気がつく。


 「次は体育館で卒業式の練習。話きいてなかったの?」

 

 「あ、そっか……卒業式の練習」


 あたしはオウムのように繰り返しながら慌てて机の上の教科書やノートをかたづけた。


 「大丈夫? やっぱりなんか具合悪そうだけど」


 あたしは「あ!」と勢いよく教室を振り返って優ちゃんたちの姿を探す。

 人の少ない教室に三人の姿がないのを確認すると緑川君を睨む。


 「ねえ! なんで優ちゃんたちもいないの!?」


 「ああ……松田さんたちなら、先に行ってもらったよ」


 「は?」


 「朝から澤田さんの様子がおかしかったからお願いしたんだ。で……何かあった?」


 緑川君は優しいけど鋭い視線をあたしにぶつける。


 そんなにあたしはいつもと違うのかな。

 普通にしてるつもりなのに。

 気づくのも遅くて、装うのも下手なんて。

 

 あたしは真剣な緑川君の目を見つめ返してハハハッと力なく笑う。


 緑川君になら言っても大丈夫?

 でも、緑川君だってどうにもできないよね。

 だったら、言わないほうがいい。

 あたしが楽になりたいからって……。


 「な、何もないよ」


 そう言って、あたしが顔を背けたとき、教室のうしろのドアがあいた。


 「忘れ物しちゃったでーす。ごめんなさーい」


 奇妙な動きをしながら雪ちゃんが入ってくる。


 「雪ちゃん……」


 あたしは雪ちゃんの笑顔をみながら立ち上がった。

 知らないうちに身体が勝手に立ち上がっていた。


 「澤田さん?」


 緑川君があたしを呼ぶ小さな声がしたけど、あたしは雪ちゃんしか見えてなかった。


 「雪ちゃん! 待って!」


 プリントを握り締めて教室を出て行こうとする雪ちゃんを止める。

 あたしはそのまま、雪ちゃんの方へ駆け寄る。

 

 雪ちゃんは不思議そうにあたしを待っていたけど、あたしの顔を見ながら左手をコソコソと背中にまわして隠した。


 「さーちゃん……? どうしたんですか?」


 複雑そうに笑う雪ちゃんと対面して初めて違和感を感じていた。

 

 本当なんだ。

 優ちゃんが言っていたことは本当なんだ。


 雪ちゃんの目は異様に充血していて目の周りは黒ずんで見える。

 寝てない証拠だ。

 休み時間にみんなで話をしていたときは普通に笑っていたからよく見えなかったけど。

 こうやって向き合えばすぐにわかる。


 「何か、何かあったの?」とあたしは唇を噛んだ。


 「何かって……さーちゃんこそどうしたんですか? ほら、緑川君が待ってますよ? それに卒業式の練習が……」


 「そんなの……そんなのどうでもいいよ。これっ! この腕の包帯……どうしたの?」


 あたしは隠されていた左手をひっぱって持ち上げる。

 雪ちゃんはびっくりして、その手を力いっぱいひっこめようとした。


 「こ、これは捻挫ですよ、それに、さーちゃんには関係ないです」


 顔をそらして苦痛そうに吐き出す言葉は今までの雪ちゃんの穏やかな優しい言葉とはまったく違う冷たい言葉だった。

 

 呆然とするあたしに雪ちゃんは冷ややかに笑い「他人のことにいちいち口出ししないで」と言い放って教室を出て行った。


 「どうしたの? ケンカでもしたの?」


 あとに残されたあたしを心配するように緑川君が近づいてくるのがわかった。

 

 「あんな……雪ちゃん」


 「え? 前川さんと何かあったの?」


 緑川君がそわそわと時計を気にしだす。

 たぶん、卒業式の練習の時間を気にしているんだろうけど……。


 だけど、あたしにはそんな事どうでもよかった。


 あんな言い方する雪ちゃんを初めて見たから。

 あんな目をする雪ちゃんを初めて見たから。


 まるであたしに怒ってるみたいな。


 あたしが何かした?

 雪ちゃんに何かしたの?


 カタカタと小さく身体が震える。


 あたし……震えてる。

 こわいんじゃない。

 悲しいわけでもない。

 あたし……怒ってるんだ。


 言ってくれなかったら何もわかんないよ!


 雪ちゃんの冷たい言葉に怒りを感じながら、それでもどうしていいかわからない。

 まだ足は重く動かない。


 だって、雪ちゃん。

 他人かもしれないけど、関係ないかもしれないけど。

 雪ちゃんが心配してくれたり、泣いてくれたり、笑ってくれるとあたしは嬉しいんだよ。

 いつだって、雪ちゃんはあたしを助けてくれたもん。

 それは嘘じゃなかったでしょ?

 あたしはいつだって雪ちゃんを……。


 「あ、あたし!ちょっといってくる!」


 あたしは顔ををあげて走り出す。


 「え? いってくるって!?」

 

 うしろで緑川君が何かを言っていたけどあたしは止まらなかった。


 あたしは雪ちゃんを信じてるもん!


 廊下を曲がる雪ちゃんの姿を見つけてあたしは全力で走った。

※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。

    (あとがきパスな方用に見えないようにしています。




 
























 ■あとがきという名の懺悔■


 本日もご来場ありがとうございました!

 なんだかやっぱり話が私の許容範囲をこえてしまってるかなと

 力のなさを感じます。

 なんていうか、もっとこうね、こうなんですよね。むずかしい……。

 でも、私もあるシーンを書きたいためにここまでやるか! って感じで。

 もうぎゅぎゅーっと凝縮してお届けしています。

 力の限りがんばります……。

 直せるかぎり直していけたらいいかな……。

 もーっ誰かかわりに書いてくださーいっ>< へるぷぅ〜っ!


 さて次回♪ ☆64☆ 壊れた人形

 

 ある事故が!! (ぷっ

 すごいベタなんですけどね……。

 


 

 

 


 


 

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