☆51☆ ファーストキス
病院で遅くなりました。すみません。
「冷え」からくる病はおそろしいです・・・・・・。
タイトルは甘めですが内容はそうでもないです。
私の伝えたいことが伝わればいいな〜と想いつつ。
いつもと何も変わらない日常。
あたしだけがフワフワと浮き上がっているような浮遊感。
視界に入るすべてがどこか不自然に遠い。
教室の入り口で立ち話をしている女子。
廊下を騒がしく走り抜ける数人の男子。
見慣れた景色がどこかよそよそしく見えるのはなんでなんだろう。
廊下を歩きながらふと窓ガラスにうつる自分の姿に目をとめた。
ただ一点を見つめながら。
あたし・・・・・・どこか変?
薄くうつりこむあたしの姿の向こう側にグラウンドが見える。
お昼休みでもこの寒さでは誰も外で遊ぶ生徒はいない。
ガラスにうつるあたしがゆっくりと指を唇にあてる。
夢じゃないんだ・・・・・・よね?
カサカサした唇が指のすべりを止める。
ふわっとおりてくる髪。
なんだか怖くて目を閉じてしまったあの瞬間。
口にした飲み物であたためられた唇に冷たい指がふれた様な感触。
あれは、緑川君の・・・・・・。
あたし・・・・・・キスしたんだ。
憶えている感触はあの時の冷たさだけ。
キスに味なんてないんだね。
納得しながらもバカだな、あたし。と笑ってしまう。
気になるのは・・・・・・。
ふと、ガラスにうつるあたしの唇が微かに動くのが見えた。
あの時、どんな風に見えたんだろう。
唇を動かしながら、いろいろな角度から見てみる。
どきんどきんと胸が高鳴るのがわかる。
昨日の事なのに抑えられない妙な気持ちが突然溢れ出す。
うわっ。
な、なに? 急にばくばくいってるんだけど、どうなっちゃったの?
頬が火照る。
サッと両手で口元を隠した。
どうしよう・・・・・・。
思い出したら恥ずかしくて死にそう。
もーっ、なんなのーっ。
朝から顔を合わせないように気をつけながら行動していたし。
つねに緑川君の気配に気をつけながら逃げるように半日を過ごした。
だって、まともに顔なんか見れるわけがないじゃない。
昨日、一緒にいる時は全然平気だったのに。
家に帰ってからあたしはおかしい。
何をしていても、何を見ても。
あの時、あの瞬間を思い出す。
キス。
マンガや雑誌なんかではよくある話。
ドラマでもおきまりのパターンでイケメン俳優と美人女優が何度もくりかえす。
いつかはあたしもって思わなかったわけじゃない。
ただ、まさかそれが今だとは思わないじゃない。
なんだか、うしろめたいし。
優ちゃんたちにも言えるわけがなくて。
おかーさんには絶対に気づかれないようにしなきゃ。
それよりも、このまま恥ずかしさで気が狂いそう。
いやーっ!
もう、どうしよう。
こんなの耐えられないよ。
ブルブルッと身体を震わせて、いたたまれない事に耐えられなくてその場でバタバタと足踏みをする。
それでも逃げ込む穴はない。
「なにやってんの?」
その声に身体が硬直した。
心臓はさっきよりも強く速く打つ。
やだ・・・・・・見られてた?
サーッと血の気が引いてめまいがする。
「グラウンドに誰かいるの?」
背後から窓の外をのぞこうと近づいてくる気配に身体が過剰反応する。
うっうっそー、な、なんでいるの? なんでうしろにいるの!?。
それより、あたし! どっくんどっくんってうるさいっての!
どうする? どうしたらいい? どんな顔したらいい?
ガラスにうつりこむあたしの背後の影。
その声が誰か、その影が誰かなんて振り返らなくてもわかる。
口元を両手で押さえながら全神経が背後の人物に注がれていた。
「さっき教室でさ、松田さんたちが探してたけど」
「へ、へ〜、そうなんだ」
大丈夫、今のかなり自然だった。
いけるいける。
「寒いのにここで何してたの?」
「べ、別に何もしてないよ」
優ちゃんたちとおしゃべりを始める前にひとりで廊下を歩いてたのにはわけがある。
でも、そんな事いえない。
だってトイレに行きたいからなんて緑川君に言えるわけがない。
「じゃあさ、もう一つ質問なんだけど」
「うん?」
「こっち向かないの? なんか避けてるっぽい?」
その言葉に目がチカチカした。
しまった・・・・・・。
そうだよ、背中向けたままじゃん!
自然にできてると思っていたのに身体はカチカチで不自然きわまりない。
「うっ、あ、そん、な事ないって!」
言いながら振り向く。
もちろん上手くなんか笑えないし、どこからだしたんだ? と言いたくなるほどおかしな声がでた。
目の前に立つ緑川君は耳の後ろを押さえながらちょっとだけ怒った顔をしていた。
「ちょっとさ、こっち」
周りを気にして目立たない階段の手すりの陰まで誘導される。
たしかに廊下のど真ん中じゃ目立ちすぎる。
手をつないでいるわけでもないのに繋がっているような不思議な引力。
心も身体も、ひとつ返事でオーケーを出していて頭だけがストップをかけている。
緑川君の背中を追いかけながら胸の奥がきゅっと苦しくなる。
好き。
好きなのに。
切なくて。
苦しい。
手を伸ばせばその腕をつかめる距離。
名前を呼べばきっと振り向いてくれる。
それなのに・・・・・・。
この気持ちはなんだろう。
ザワザワとした感じ。
すぐにでも逃げ出したいこの感じ。
それでも離れたくないと思うあたし。
支離滅裂で矛盾だらけなたくさんのあたしが戦っているみたい。
あたしは制服の襟をぎゅっと握った。
緑川君は廊下のつきあたりにある階段を半分だけ登ったところで止まる。
「けっこう傷つくんだけど」
振り返った顔は今にも泣き出しそうにあたしを見下ろす。
どっくんどっくんと心臓の音は大きくて。
制服の上からその鼓動の強さが見てわかるほどに震えていた。
やっ、見ないで見ないで。
おかしくなりそう。
どうしよう、どうなってる? あたしおかしい!
ムズムズと全身を走る妙な感覚。
逃げ出したいような一緒にいたいようなどっちつかずな気持ち。
握りしめた手のひらは汗ばんでくる。
一緒にいたいと思っていたのに今は逃げ出したい。
逃げ出したいのにそれさえも拒む身体。
「あ、あたしね! こ、こういうのってどうなのかな〜って思うんだけど」
何か言わなきゃダメな気がしてモゴモゴと言いながらうつむく。
「こういうのって?」
「や、だから。ここ学校だし、まだ中学生だし、受験生だし、やっぱりまだ―――」
顔をあげると視線がぶつかる。
真剣で怖いくらいの。
「ま、まだ・・・・・・」
それ以上、言葉が続かない。
「まだ、何?」
目が責める。
好きだと言ったじゃないかって。
苦しそうにあたしに問いかける。
あたしが好きだと言った。
だって好きだから。
でも、まだ早いとも思ってる。
中学生だから。
受験生だから。
まだ、子供だから・・・・・・。
ひとつひとつに理由をつけて何とか逃げ出そうとしてる。
だって、耐えられないよ。
これから毎日、こんなザワザワした気持ちでいるのは嫌だよ。
こんな窮屈なの嫌だよ。
それともこれが、好きって事なの?
一緒にいたい。
だけど逃げたい。
だけど会いたい。
「あたし・・・・・・」
何を言うつもりなんだろう。
流れにまかせて何かが勝手に言葉をつくりだす。
唇がこすれるだけで言葉が続かない。
伝える言葉が見つからない。
「はい! だめーっ」
突然、静かな階段に緑川君の声が大きく響く。
「え・・・・・・ちょ、ちょっ、声大きいし!」
しーっしーつと慌てて止めにはいる。
緑川君はあさっての方向を向きながらドカッと階段に腰をおろした。
そう、まさに拗ねた子供。
あたしも緑川君の一段下まで駆け上がると腰をかがめた。
「なんなの! いきなり大きな声出して」
「だってさ〜、なんか嫌な予感したし、このまま聞き出しても良いことなさそうだし。それに・・・・・・」
ひざに頬杖をしてふてくされたようにあたしを見る。
「な、なによ」
「バカなんだもん」
はっ!?
「どうせ逃げることしか考えてないだろ? 急にこわくなった? 悪いことしてるって」
「あ・・・・・・」
辛そうに笑う緑川君の顔に胸が締めつけられる。
数ヶ月前までは子供っぽい人だとバカにしていた。
ふざけてばかりで、なんでこの人が委員長なんて仕事ができるのか不思議でしょうがなかった。
それなのに。
まっすぐにあたしを見つめる目には子供っぽさなんて少しもなくて。
あたしをわかろうと手を差しのべる。
あたしが背を向けて逃げ出そうとしているのに。
もしかしたら振り払われるかもしれないのに・・・・・・。
あたしは視線をそらすことができないでいた。
この手を振り払うことなんて・・・・・・。
「大丈夫だよ。大丈夫」
戸惑っているあたしに優しい言葉が背中を押す。
魔法の呪文のように不思議と心が軽くなっていくのを感じた。
「大丈夫?」
本当に? と聞き返すあたしに緑川君は嬉しそうに目を細めた。
「うん、大丈夫」
次の瞬間、ニッと笑って立ち上がった緑川君を見上げる。
「な、に?」
「僕も、アヤも大丈夫って言ってるの。逃げるのは想定内、追いかけて捕まえるのはだてに3年ちかくやってないし」
緑川君はパンパンと制服についたほこりをはらう。
「アヤちゃんは単純だからね」
「た、単純って。ひっ、ひどいっ!ばかにして!」
勢い良く立ち上がると頬を膨らませた。
「単純、単純。まあ、ここまでひどく避けられるとは思わなかったけど、僕ちゃん意外とナイーブでちょっぴり傷ついちゃったんだ〜」
おどけてくにゃくにゃと身体を動かす。
「気持ち悪い!」
「そうそう、その調子。あんまり考えすぎるのやめてね。アヤは自爆型だから」
ニコニコとあたしの肩に手を置く。
「じ、自爆型って」
「そう、考えすぎてボカーンってね」
両手で爆発した様子を表すように大きく広げる。
「だって考えるでしょ・・・・・・初めてだったんだから・・・・・・」
「・・・・・・嫌だった?」
うつむくあたしに優しくきいてくる。
「え・・・・・・そ、それは」
「嫌だったなら悪いことなのかもね。だけどさ、嫌じゃないなら悪いことだって言わないでよ」
緑川君はそう言うと階段をおりはじめた。
「い、嫌なんかじゃないよ!」
最後の一段を降りて、緑川君は振り返る。
「じゃあ、いいじゃん」
そう言って笑った顔があたしに笑顔を戻してくれる。
「う、うん・・・・・・」
「ほら、もう松田さんたちが怒りはじめてるんじゃないの?」
あ・・・・・・トイレ。
忘れていた用事を思い出して慌てて階段をおりる。
「ごめんね」
小さくあやまると。
「また、いつでもどうぞ」
と笑ってくれた。
あたしはタタンッと足を鳴らしてトイレへ走る。
女子トイレに入る時に緑川君がゆっくりと教室へ向かうのが見えた。
あたしの初めてのキス。
ずっと、憶えていよう。
ずっと、ずっと憶えていよう。
大人になって当たり前のことになっても初めてのキスは特別に忘れないようにしよう。
トイレの個室からでて鏡の前に立って手を洗う。
キュッと水道の蛇口をひねると、それまで勢い良く出ていた水が止まった。
少し縁が錆びた鏡にうつる顔をまじまじと見つめると少しだけ大人になったあたしがいた。
見た目は確かに変化はないけど、あたしにはわかる。
朝からあったザワザワした落ち着かない感じがふんわりと身体を包み込むような感じに変わっている。
大丈夫だよ、大丈夫。
緑川君の声が、言葉が、あたしを自由にしてくれた。
「その自信はどこからくるっていうのよ、ねえ?」
鏡にうつるあたしが微笑む。
あたしはそっと制服のポケットに手を入れてピンク色のチューブを取り出した。
少しは野村さんみたいに大人っぽくなるかな。
少しだけグロスをくちびるに重ねると慣れない違和感に戸惑いながらトイレを後にした。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました!
予告と違う内容ですみません。これでまたラストから遠のきすみません。
どうにも何か足りない感じがして追加してしまいました。
なんていうか恥ずかしくてダメになる感じを書きたかったんです。
恥ずかしさでダメになる、でも引き止める力さえあれば大丈夫なんですよね。
恥ずかしさを乗り越えて先へ進んでもらいたいという願いから書いてみました。
さて次回♪ ☆52☆ 噂
今度こそ本当にダーク部分へ突入させます。
ただ・・・・・・やっぱりあんまり長く書きたくなくなったので
くっらいのはボツです。多少の暗さは残りますがラブがなきゃ、書いててつまんないですから。
というより、夢でうなされました。悪夢ですよ。




