☆44☆ 雪の中で
真っ白なものに囲まれて
余計なものが消えるのを感じる。
真っ白なものに囲まれて
むきだしの真っ白なあたしが生まれる。
だから、今だけは守ってください。
真っ白なものに囲まれて
それが本当の君でしょ?と笑うあなた。
生徒玄関でおもいっきりガボールの新曲の話していて、外に白い絨毯が敷かれているのが見えてかなりの時間が過ぎている事に気がついた。
「そこの3年! 早く下校しなさい!」
生徒指導の先生の声が廊下を抜けてまっすぐに玄関まで届くと、あたしたちは飛びだすように校門を出た。
さっきまで雪は地面につくと消えてしまっていたのに、今では白い地面が新たな雪を受け止めて白さを増している。
いつもよりも下校時間が遅くなってはいたけど、いつもどおりの通学路を4人で歩いた。 途中のT字路で優ちゃんたちと別れ、一人で白い道路を歩く。
傘から手を出せば、手のひらに綿菓子のような雪が舞い落ちる。
少しだけ傘を傾けて空を見上げると灰色の空からたくさんの雪があたしを避けるように落ちてくる。
「うわ〜・・・・・・ゴミみたい」
空に向かってつぶやく。
――――ぷっ。
進行方向から誰かが吹き出す。
誰かに聞かれた・・・・・・。
あたしはその場で固まった。
傾けた傘を元に戻す事もできずに、ただ空から落ちる雪を顔で受け止めていた。
「傘、傘。顔に雪が積もるよ」
そう言って近づいてくる。
この声は・・・・・・。
声を聞いてその人の方へ顔を向ける。
顔で溶けた雪が水にかわってあごを伝って流れる。
「な、なんでいるの?」
目の前に傘をさして黒いコートを着た緑川君が立っていた。
「なんで? 暇だったから」
「暇って・・・・・・」
「嘘、嘘。試験終わって安心したら会いたくなって」
次に会ったら、少しは気の利いた事を言って喜ばせようと考えていたのに。
かわいらしく笑顔で気持ちを伝えようと思っていたのに。
優しく微笑みながら、この寒い中で待っていた緑川君を前に言葉なんか何もでなかった。
「・・・・・・遅かったでしょ」
いつもよりもはるかに遅い下校のはず。
待ってたなら、かなりの時間が・・・・・・。
表情が固まってしまう。
「どうせ松田さんたちと話してたんでしょ? 先生に怒られなかった?」
「怒られた」
「名前チェックされないようにしなよ。あとが面倒になるし」
特別な事なんかなかったみたいに平然と肩に積もる雪をはらっている。
「そうじゃなくて・・・・・・ここでずっと?」
あたしは一歩近づく。
「ここでずっとってわけじゃないけど、待ってる間にね、いいもの見つけたよ」
「いいもの?」
緑川君は「うん」と微笑み、あたしの手をつかんでひっぱった。
「こっちこっち」
通学路を外れて、住宅街を歩きはじめる。
こっちって・・・・・・。
手を引かれるまま歩くと、突然、足をとめる。
「ここ」
「ここって・・・・・・」
見ると売り地と書かれた看板の脇にコンクリートでできた階段がある。
「誰の家?」
あたしはおそるおそる聞いてみる。
「家なんかないよ。あるのは空き地」
「え、だって玄関用の階段じゃないの?」
「そうなる予定なんでしょ? ここの売り地ってこの上の事みたいだから」
そういえば、以前は一段高い場所に古い家が建ってたかも・・・・・・。
「さっきよりも積もってるからいい感じかも」
緑川君は売り地の看板をすり抜けて階段を上る。
「あ、待ってよ。って、いいの? ここ・・・・・・人の土地じゃ」
「いいか悪いか聞かれたら悪いよ」
振り返り手を差し伸べながら微笑む。
「テスト終わったからって余裕だね・・・・・・」
あたしはその手を取りながら少し意地悪を言ってみた。
「まあね」
優ちゃんと同じだ。
緑川君も変わったんだ。
大人みたいに笑うんだね・・・・・・。
あたしは少しだけおいていかれたような気がした。
階段を上がりながらうつむく。
「もう少しだから」
嬉しそうな声で顔をあげると階段はもう終わりにきていた。
どうせ空き地しかないんでしょ・・・・・・。
あの古い家があった頃はたしか立派な桜の木があったけど・・・・・・。
「あれだよ」
緑川君が指差した先を見る。
いつの間にか雲の隙間から光が差していた。
明るくなったあたりを見渡すと。
家のなくなった広い土地の上にいろいろな樹木が植えてあるのが見えた。
小さな庭園のように、手入れがされている。
その先にひときわ目立つ立派な木。
「あれって・・・・・・すごい・・・・・・」
傘が手からすべり落ちる。
さっきまで降っていた雪が木の枝につもり、そのつもった雪が少しずつ花びらのように舞い落ちる。
思わずため息がでてしまう程に綺麗な光景だった。
「桜・・・・・・」
「そう見えるよね」
「うん、見える」
「最初に見たときは少しだけしかつもってなかったから3分咲きくらいだったんだけど、今は満開だね」
「きれい」
あたしは緑川君の手を離して桜の木に近づいた。
木の下までくるとハラハラと舞い落ちる花びらのような雪が顔にかかる。
「つめたっ」
「近くに行くと危ないよ、いつ落ちてくるかわからないし」
うしろから緑川君が笑う。
「そういう緑川君だって顔に」
あたしは笑いながら手を伸ばす。
緑川君の顔や前髪にたくさんの雪がついているのを少しずつはらう。
前髪に溶けていない雪を見つけて指でなでる。
やっぱり、前髪・・・・・・やわらかい
雪はスッと指の上でとけて消えた。
「あ」
小さくつぶやくと緑川君の指があたしの鼻に触れる。
「アヤも鼻の頭についてるよ」
次の瞬間、目と目が合う。
緑川君の細い目の中にあたしがいた。
吸い込まれそうなほどにまっすぐにあたしをみている。
瞬きひとつできない。
「アヤ・・・・・・」
低くて胸をしめつけるように苦しくさせる声があたしの名前を呼ぶ。
どうしよう。
目がそらせない・・・・・・。
だって、すごくきれいな目なんだもん。
だって、すごく優しい声なんだもん。
どうしよう・・・・・・あたし・・・・・・変だ。
これは何?
胸が痛い。
くるしいよ・・・・・・。
動けないでいるあたしとは反対に、緑川君はまるでスローモーションのようにゆっくりとあたしの手をつかむ。
ついこの前までは少しの差だった身長も今は頭ひとつ違う。
幼さが抜けない男子、ナンバー1だったのに、その目も輪郭もいつのまにかシャープになっていて瞬きをする仕草さえも大人に見える。
あたしは何を見ていたの・・・・・・。
なんなの・・・・・・。
どうしよう、ふわふわしてる。
あたしこのまま・・・・・・。
ゆっくりと引き寄せられながらあたしは瞬きひとつ、身動きひとつできなかった。
音も何も聞こえない。
耳の奥で緑川君の声が離れない。
―――――ドサドサボスッ。
頭の上から何かが大量に落ちてきて身体が飛び上がる。
「ぶーーーっ」
唇についたつめたい粒を吹く。
全身につめたいカキ氷をかけられたみたいになって立ちつくす。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
少し前までは夢の中にいたみたいにふわふわしていたのに氷水をかけられて目を覚まされたような最悪な目覚めだった。
「あちゃ〜・・・・・・間に合わなかったか。だから木の下は危ないって言ったのに」
緑川君が全身雪まみれのあたしを見て眉間にしわをつくる。
「・・・・・・信じられない」
バサバサと雪を払いあたしは緑川君を睨みつけた。
「わっ! 無実だよ! 助けようとしてたんだよ! 手をひっぱるタイミングが・・・・・・」
「もう! いいっ!」
あたしは雪を払うのをそこそこに大股で歩き始める。
「わーっ! ごめんって、怒らないでよ〜」
情けない声を出してうしろから追いかけてくる。
怒ってなんかいない。
あたしは顔を見られないように追いつかれないように必死で歩いた。
だって・・・・・・。
顔が熱いから。
ものすごい顔をしてる。
あたし・・・・・・何を考えてた?
あの時、あたし・・・・・・。
目を閉じると、今もあの時きいた緑川君の低い声と吸い込まれそうな目が映る。
危険だ。
あたしはずんずんと女らしさのカケラもない歩き方で逃げるように帰った。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございます!
ぷっ。あははははっと大笑いしながら書いていた今回。
だめだー、私には書けないっ。で書けてません。
やっぱりノーキスで行こうかな・・・・・・とめげそうです。
でも1回くらいね〜って思うことは思うんですけど、どうなるか検討中です。
今回、結構もう私が限界だったし・・・・・・。
今回の桜設定は雪深いうちの近所で実在する場所を使ってみました。
はじめて実在資料が参考になったのかも。
雪のつもった桜の木は本当に満開の桜みたいに見えるんですよ。
さて次回♪ ☆45☆ 眠れない夜
いや、ちょっと反省させようかな・・・・・・と。
まあ女の子のほうが本当は早熟で先走りしやすいのかなと思うんですけど。
今回の反省をこめて書きます。
今の中学生はどうなんですかね。




