☆39☆ ふたつの心
久しぶりの友達との会話。
4人で会えるのは受験が終わるまではこの教室でだけ。
だから冬休み明け、2週間ぶりの会話は楽しい。
それなのに・・・・・・。
どうしてなんだろう。
あたし、何が気に入らないだろう。
あたしはどうしてほしいっていうんだろう。
あたしの意識は優ちゃんの肩越しに集中していた。
教室の奥、緑川君は熊田君と何かを話している。
ここからじゃ、聞こえないや・・・・・・。
ため息をひとつ。
いつもと変わらない生活が始まっただけなのに。
違和感がある。
ここから見える緑川君は学校でのふざけた緑川君で何も変わっていない。
あたしが見ていることなんて気づきもしないで通り過ぎる女子に声をかけている。
信じられない・・・・・・。
思わず机の上に置いてある消しゴムを投げつけたくなる。
はぁ〜っ。
信じられないのはどっちよ・・・・・・。
つきあってるのがバレると騒ぎになるからって悟られないようにしてきたのはあたしじゃない。
今さら勝手だな。
苦笑する。
「でさ、その時のエビがさー」
あたしの席のまわりを囲むように優ちゃんと久美、雪ちゃんがお正月のおせち料理の話でもりあがっていた。
あたしは考えもしないで適当に頷いて笑った。
始業式の集会が終わって先生が来るまでの少しの時間をそれぞれが自由にしていたから、あたしたちは会えない間の出来事を早口で報告しあうのに夢中だった。
本当に、以前と何もかわらない毎日に見えていた。
何が違うっていうのよ・・・・・・。
「緑川君っ!」
優ちゃんの声よりも甲高い声、その声だけが浮き上がってあたしの耳に届く。
「・・・・・・だから―――でしょ。それに、あれはさ・・・・・・なんだよ、田巻さん」
「そうだけど・・・・・・」
離れた席で田巻さんと緑川君が話している。
また・・・・・・。
チラリと見ると、緑川君が何かを説明しているように見える。
田巻さんは口を尖らせて意見しているみたいだけど・・・・・・。
何、あの顔・・・・・・。
うれしそうにしちゃって。
嫌な人。
――― え?
あたし・・・・・・何て思った?
どうしたんだろう、やっぱり何か変だ。
「気分悪っ・・・・・・」
「え?」
思わず口にしてしまった言葉に優ちゃんたちが驚く。
「あ、ちが、なんでもないの」
慌てて訂正する。
下駄箱でもそうだ、田巻さんを見るとイライラしてた。
どうして、そんなひどい気持ちになるんだろう・・・・・・。
どうして・・・・・・。
そうだ、もう見なければいいんだ。
見なければひどいことを思ったりしなくてすむよね。
――――あんなの見たくない。
心の奥で誰かがそうつぶやく。
「怖い顔してどうしちゃったの?」
優ちゃんがあたしの顔を覗きこんできた。
「ちょっと、体調悪いのかな?」
目をそらしながら精一杯の嘘をつく。
「やだっ! 具合悪いなら言ってよ! この時期に風邪? 熱は?」
あたしの嘘を疑いもしないで優ちゃんが慌てだす。
「さーちゃん大丈夫ですか? 先生に言いますか?」
「始業式なんて無理してくるなよ」
だんだん事が大きくなるような感じにちょっと戸惑った。
「や、本当に大丈夫。少しだから・・・・・・ね」
3人をなだめながら笑ったけど顔がひきつってしまう。
あ〜・・・・・・あたしって最低。
優ちゃんたちにまで嘘をついちゃうなんて・・・・・・。
でも言えないよ。
勝手にイライラしてたなんて・・・・・・。
緑川君が女の子に話しかけるのなんていつものことだし。
田巻さんが緑川君を好きで、噂になっていることを本当は喜んでることも知ってたでしょ。
今さら何にイラつくの?
いつもの事だって笑ってればいいんだよ。
自分に言い聞かせる。
いつもの事がゆるせなくなるなんて・・・・・・。
こんなに面白くないなんて・・・・・・。
こんな事なら、ひみつになんてしなければよかった・・・・・・。
情けなさで大きなため息が出てしまう。
最低だ。
思い通りにならないからって子供みたいに・・・・・・。
「具合悪いのっ!?」
突然、頭上から慌てた声がもうひとつ。
見上げると真剣な顔の緑川君が立っていた。
「え・・・・・・」
うれしいのと、情けないのと、恥ずかしいのと、腹立たしいので顔がゆがむのがわかる。
「だから、具合悪いなら保健室に」
血相を変えるってこういう事を言うんだな。
必死になっちゃって。
そんなに変な顔してるのかな。
あたしだけがいつもと違うの?
体調なんてどこも悪くなんかないのに・・・・・・。
緑川君を見上げながら困った。
変な表情をした田巻さんがチラリと緑川君の肩越しに見えた。
顔色が悪く、目の焦点があっていない感じ。
今にも泣き出しそうなのに無理やり笑顔を作っている。
なんだ・・・・・・そっか。
あたしもあんな顔してるのか。
それじゃ、みんな変に思うよね・・・・・・。
面白くないんでしょ?
気分悪いくらいに。
あたしが邪魔なんでしょ?
――― ねえ、田巻さん。
あたしは誰にもわからないように唇の端を少しあげて一瞬だけ笑う。
「顔色悪いって」
緑川君の声にハッとさせられた。
し、信じられない・・・・・・・。
今、あたし・・・・・・何した?
何かんがえた?
罪悪感と優越感がごちゃまぜになって、今のあたしは最低だ。
田巻さんを嘲笑うなんて・・・・・・。
どうして、そんな事しちゃったのよ・・・・・・。
「さーちゃん? 保健室行く?」
優ちゃんの心配そうな顔に大丈夫と曖昧に笑って見せた。
「保健室、そうだよ。保健室行こう」
「大丈夫・・・・・・」
大丈夫じゃないかも。
緑川君が誰と話しをしてたって平気、でもそんなの嘘で。
平気なフリをしてるだけ。
今まで平気だったんだから大丈夫。
そう言い聞かせるしかない。
だから、お願い。
今のあたしを見ないでよ。
「だめだよ。行こう」
腕を引っ張られて強制的に立たされる。
「松田さん、保健室に行くから先生に伝えておいて」
「うん。わかった」
あたしは何も言わずにただ手を引かれるままに教室を出る。
教室を出るときに今にも泣きそうな田巻さんが見えた。
胸が痛い。
あたしが笑えば彼女は泣く。
彼女が笑えばあたしが泣く。
あたしたちは対照的。
あたしはつかまれた腕を見つめた。
教室とは違い、廊下は静かだった。
もうすぐ先生たちが各教室に来る時間だからなんだろうけど。
「朝、言ってくれればよかったのに・・・・・・」
少し不機嫌な声で緑川君はあたしの腕をひっぱる。
「具合なんか悪くないもん・・・・・・」
「嘘つき、顔色悪いよ」
「もう、いいよ。ひとりで行ける」
「だめ。途中で倒れたら大変だし」
「でも、普通は女子の付き添いは副委員長の役割だよ。変に思われるかもよ・・・・・・」
少しだけ振り返ってあたしを睨む。
「だから?」
「だから・・・・・・ひとりで行く」
あたしは少しだけ目をそらして言う。
次の瞬間、パッと腕をはなして緑川君が不機嫌な声をだす。
「わっかんないな。どうしてそんなにコロコロ変われるの?」
緑川君の目があたしに問いかける。
どうして? なんでなの? 好きだって言ってくれたのに・・・・・・って。
うん、好きだよ。
好きだってわかったから。
欲張りなあたしを捕まえておかないと。
あたしは手が震えるのを必死でおさえる。
「変わってないよ。ただ、こういうのは良くないから・・・・・・」
「あ、そう。じゃあ教室もどるよ」
冷たくそう言うと緑川君は教室にむかって歩いていく。
そのうしろ姿を少しだけ見つめて、あたしは保健室に向かった。
田巻さんを邪魔に思うあたし。
汚い気持ちでいっぱいのあたし。
そんなあたしを見てほしくない。
他の子に話しかける緑川君は嫌い。
好きなくせに何もしないで期待ばっかりしてる田巻さんが嫌い。
友達を悪く思うあたしが嫌い。
わがままで自分勝手でこんなあたしなんて許せない。
田巻さんの泣きそうな顔なんてみたくない。
だけど、あたしも傷つきたくないの。
あたしだって冷たくされると泣きたくなる。
だけど、優しくされても泣きたくなる。
あたしはこんなに変わってしまって、前みたいに普通になんてできないんだよ。
でも、そんな事いったら・・・・・・。
困るでしょ?
緑川君を困らせるあたしはもっと嫌い・・・・・・だから。
「もお・・・・・・やだよ」
小さくしぼりだすように呻いて保健室のドアを開けた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました!
二つのココロの示すのは「アヤちゃんの白黒の二つのココロ」と
「アヤちゃんと田巻さんのココロ」という二つの意味をこめて書きました。
じゃあ、3つじゃん!と言われそうですが。気にしない!!
さて次回♪ ☆40☆ いい子でいたい
学校っていう設定を思う存分に使わせていただいて、舞台は保健室です。
この保健室で、アヤちゃんのココロの中をぶちまけてもらおうと考えています。
最近、思うのは一歩進んで二歩さがる。
長くなりますが観察日記程度に読んでいただけたら少しは気が楽に読めるかと思います。




