☆37☆ カウントダウン
リビングから夫婦の楽しそうな会話が微かに聞こえてくる。
部屋のドアを閉じてしまえば、そんな音すらも聞こえない。
「まったく・・・・・・いくつのバカップルよ」
仲の良いのはいい事。
わかってはいてもそれが両親のイチャイチャだとみていられない。
部屋の時計は11時50分をさしていた。
窓を開けると屋根という屋根がうっすらと白い。
「さむっ・・・・・・」
口から漏れる息が白く凍るように見える。
天気はいいのか冷えた夜空には結晶のように光る星が見える。
ゴーン。
遠くから鐘の音が響く。
あと少しで今年が終わる音。
ゴーン。
どこの鐘だろう・・・・・・。
あてもなく、ただ遠くを見る。
電気のついている家、真っ暗な家。
真っ暗な家を見ると何か胸騒ぎがしてあわてて窓を閉めた。
「まさか・・・・・・ね」
そう呟きながらもう一度、時計をみる。
先ほどから時間が進んでいないのか3分ほどしか経っていない。
大晦日だもん。
きっと家族と一緒だよね。
いくら仕事が忙しい親だって、今日くらい・・・・・・。
だって大晦日なんだよ?
そう自分に言い聞かせながらも気づくと手は電話を握りしめていた。
クリスマス以来、電話もしていない。
声も聞いてない。
少しくらいなら・・・・・・。
確かめるだけ。
電話を前にひとりジタバタとあがいている自分に苦笑する。
いつから。
いつからこんなに欲張りになったんだろう。
「どうでもいいんじゃなかったの?」
自分につっこみをいれながら、オルゴールを流すたびに眺めていて暗記してしまった直通の番号を押した。
「ばかみたい・・・・・・」
受話器を耳にあてながら複雑な気持ちになった。
家族団欒を邪魔しちゃうかもしれないのに。
もしかしたら忙しいかも。
迷惑だって思われるかも。
でも、声が聞きたい。
少しでいいから・・・・・・。
だって、気になるんだもん。
でも、だって。
何度も何度もくだらない言い訳をたくさん並べて。
ただ、さみしい。
ただ、会いたい。
それだけの事なのに・・・・・・。
―――――プッ。
『あ、もしもし? ごめん、どうしたの?』
聞こえただけで涙がでそうになる。
いつから。
いつからこんなに好きになったんだろう。
『澤田さん? あ、ちがった。アヤ?』
まだ呼ばれなれない名前はくすぐったい。
緑川君もきっと照れてるはず。
「言い直すくらいなら、やめなよ。それ」
嬉しくて仕方がないのに、こんな言葉でしかはじめられないなんて・・・・・・。
あたしって意地っ張りなんだ・・・・・・。
『やだよ』
短く言ったあとに、電話の向こう側がやたら騒がしいのが気になった。
「もしかして、忙しかった?」
『大丈夫。親戚の集まりだし、少しくらい抜けられるし。こういう時だけ親に使われるっていうのも子供の務めってやつかな』
「そっか・・・・・・よかった」
ひとりであの家にいるのかと思ってたから。
にぎやかでよかった。
少し心が軽くなる。
『ひとりだと思った? アヤちゃんは優しいな〜。』
「べ、別に。ただ、ずっと電話してなかったし」
『あ! さみしかった?』
電話の向こう側でどんな顔をしているか想像できるような緑川君の声。
「それはない。忙しかったから」
『ひどーい。勉強とどっちが大事なの!?』
「気持ち悪いからやめて・・・・・・勉強にきまってるでしょ」
女みたいな言い方でおどけている緑川君にザックリと斬りつける。
『照れちゃってかわいいな〜』
「・・・・・・」
『あ〜あ。会いたいな〜・・・・・・もうずっと会ってないよ』
うん。
ずっと会ってないよ。
会いたいよ。
言いたいのに緑川君みたいにさりげなく出てこない。
声を聞くだけでよかったのに。
今はものすごく会いたい。
本当に、重症。
「また、学校で・・・・・・会えるよ」
やっとでたストイックな言葉。
身体に悪いな〜・・・・・・。
騒がしかった緑川君の後ろが急に静かになる。
『さむっ。外寒いね』
「外にでたの?」
『うん。うるさいから』
「風邪ひくよ」
『アヤさんアヤさん』
「さん」とか「ちゃん」とかつけるのは緑川君なりの照れ隠しなのかな。
「うん?」
『僕は君が好きです。ずっと好きだったと思う』
は?
何? 何言い出してるのよ!
『いつから好きだったって聞かれても本当は正確に答えられないんだけど、初めて会った時から気になってたから』
「な、なんで今?」
『え? 今年が終わるから、ちゃんと言いたくて』
時計を見るとあと2分ほどで日付が変わる。
年が変わる。
「カウントダウンだね」
『アヤは僕が好き?』
思わず言葉を失ってしまった。
突然投げられた直球。
言葉の真っ直ぐさとは反対に探るように弱々しい声。
こんなに自信のなさそうな声を聞くのは初めてかもしれない。
何、情けない声だしてるのよ。
どうしてそんな声だしてるのよ。
どんな顔してそんな事いってるの?
いい加減な気持ちで相手を縛りつけると相手を傷つけるだけだよ。
神田さんの冷たい言葉が胸を刺す。
だってわかるでしょ?
こんなに想ってる。
いい加減なんかじゃ絶対ない!
でも、そんな事、言えないよ。
だって、恥ずかしいじゃない。
『アヤ? ごめんね・・・・・・』
「・・・・・・ちがうの・・・・・・ごめん」
『え?』
あたしの中でカウントダウンがはじまっている。
はじまりはいい加減だったかもしれないけど。
どうでもいいって本当におもってた。
仲良しの男の子に嫌われたくない、ただそれだけ。
でも、今は違うの。
『もしかして・・・・・・嫌な話なのかな〜・・・・・・』
不安そうな緑川君の声はたぶん、あたしが考えている事とはまったく反対の言葉を予想している。
そうだよ。
好きだよ。
どうでもいいなんてもう絶対言わない。
後から好きになるのはいけないことなの?
「あたし・・・・・・」
声がかすれる。
それでも、言える。
言わないとダメ。
「あたしは緑川君が・・・・・・」
大きく息継ぎをすると震える声で「好き」と漏らした。
あたしの言葉が言い終わらないうちに下の階からさっきまで聞こえなかった両親の騒ぐ声。
それと連動して緑川君の後ろが騒がしくなるのがスピーカーの音のように聞こえた。
『・・・・・・あけましておめでとう』
穏やかな声が聞こえてくる。
「おめでとう・・・・・・」
どうやら、いつの間にか年が明けていたらしい。
お互いの後ろがあまりにもうるさくて声がかき消されそうだ。
ちゃんと・・・・・・聞こえた?
小さくため息みたいにしか言えなかったけどちゃんと言えた。
聞こえてた?
不安になりながら、緑川君の言葉を待った。
『外にまでうるさいよ。ちょっと騒ぎすぎだよね』
そう言って笑う緑川君の声は優しくて、涙があふれた。
「ほんと・・・・・・うるさいね」
答えると頬をつたって涙がひとつぶこぼれた。
『ありがとう』
その言葉の意味を一瞬で理解した。
全身が大きくドクンッと脈うつ。
次の瞬間には泣いていた。
もう涙なんて隠せるものじゃなく、出てくる嗚咽をとめる事ができなかった。。
こんなにも、気持ちを打ち明けることがこわいことで。
こんなにも、気持ちが通じ合うことが嬉しいことで。
こんなにも、あたしが誰かを好きになるなんて・・・・・・。
「好き」って事がこんなにさみしい事だったなんて知らなかった。
「ごめんね、ごめ・・・・・・ごめん・・・・・・なさい。うっ、ひっ」
『泣かないで、離れてたら何もできないんだから・・・・・・』
大好きだよ。
小さく恥ずかしそうに囁く声だけが耳の奥でこだました。
この言葉はあたしだけのもの。
あたしはしばらく泣いたあとで笑った。
緑川君はそんなあたしを笑う。
「なきむしさん、今年もよろしく」
緑川君の言葉のすべてがキラキラして聞こえた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございました。
しばらくラブラブがつづく悪寒。
もうぎゃーってありえないありえないっていいながら書き綴っております。
やっと山に登った感じです。
ここから下ります。やっと終わりに向けて動きますね。
なのでこのあたりで小休止ということで、本日はありがとう記念って事で。
頼まれてもいないのにサイドストーリーをおまけでもう1編お届けいたします。
本当に完全趣味の世界・・・・・・すみません。
Upできるのは夜おそくになるかと。
さてもう1話はこちら♪ ☆寄り道編☆ 鏡よ、鏡。 [Side by Tamaki]
番外編なんですけど、番外編とか書くと面白みがないので寄り道編で。
寄り道してくださる方は読んでいただけたらうれしいです!
田巻さんからみた緑川君とかアヤちゃんとか。興味ないですかね・・・・・・。




