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☆28☆ 籠の鳥

 

 スポットライトは電柱についた真新しいオレンジ色の電灯。

 BGMは場所を特定できない複数の生活の音。

 それは笑い声だったり、夫婦喧嘩の声だったり、子供の泣き声だったり。

 テレビの音、犬の鳴き声、台所の水の音。

 そのどれもが混じりあって微かに聞こえてくる。


 もう何分も黙っているように感じた。

 ただ、見つめあうだけであたしも言葉がでない。

 驚いているわけでも、怒っているわけでもない顔で緑川君は自転車の脚を立てた。

 近づいてきてあたしから自転車を奪う。

 


 「誰にきいたの? 先生にしか言ってないのに」


 その声は冷たい冬の夜の闇をさらに冷たくする。

 一瞬の身震い。



 「先生が・・・・・・熊田君に言ってるのをきいた」


 不用意にでた言葉はもう戻ってはこなかった。

 

 「そう、先生が」


 バカな。と失笑する。

 下を向いたその顔は子供ではなかった。


 「ぐ、偶然、聞いちゃって」


 「はぁ〜・・・・・・運悪いな〜」


 まいったと笑う顔からは厳しさは消えていた。


 さっきのは見まちがい?

 暗くてよく見えなかったから・・・・・・。


 「それで心配してきたって事・・・・・・」


 自分のせいだと思ったんでしょ? と問いかけるような視線が痛い。

 

 「推薦なんて簡単じゃないんだし、ちゃんと考えて」

 

 「考えたよ。高校なんてどこだって同じだって」


 「同じって・・・・・・」


 あたしの顔を見て笑う。

 この笑いは楽しいからじゃない。

 あきらかに嘲笑。


 「どうしてそんなに推薦にこだわるのかな」


 「どうしてって・・・・・・」


 すごい事だから。

 その一言がさらに状況を悪化させそうで言えない。


 「緑川君ってすごいね〜、第一の推薦なんて〜。やっぱり緑川だな〜って澤田さんもみんなと同じ事考えてるんでしょ」


 「緑川君・・・・・・」


 「学級委員はあたりまえ、テストも良くてあたりまえ、いい高校にはいって、いい大学にはいって、いい会社にはいって! あたりまえって言うんだろ!」


 肩を大きく上下に動かしてうつむく。

 こんな緑川君を見たことがない。


 こんなに・・・・・・弱い。


 そっと腕に触れようと手を伸ばす。

 その手を振り払うように顔が真っ直ぐにあたしに向けられる。


 「親も、先生も。大人はみんなそうだ。期待してるっていいながら縛りつける。欲しいのは、望んだのはそんなことじゃないだよ」


 伸ばした手は行き場を失って宙を浮いていた。

 手を戻そうとすると力強い手が浮いていたあたしの手をつかむ。

 ハッとして顔をあげると。

 力なく笑う緑川君は今にも闇にとけてしまいそうだ。


 手が痛い。

 つかまれた手はほどくことができなくらいに強く握られている。


 「澤田さんと一緒にいたいんだ」


 その言葉の力はすごかった。

 あたしの口からとんでもない甘い言葉が飛び出そうになる。

 真剣でいて力強い瞳はあたしに魔法をかけるみたいに硬直させた。


 ずるい・・・・・・。

 そんな事を言われたらどんな女の子だって負けちゃうよ。


 僕はこれだけのものを捨てでも君といたい。


 まるでドラマや少女マンガなんかにしか存在しないような殺し文句。

 でも、現実なんだよ。

 この先、この言葉を緑川君が後悔する日がくるかもしれない。


 それはこわい。

 

 あたしは嬉しいのか悲しいのかわからない状態で震える身体を押さえて答えた。

 そう精一杯。


 「そ、そんな・・・・・・だって、ここまでがんばってきたのに・・・・・・」


 「がんばったよ。だからもういいじゃない」


 「そんなの・・・・・・許してもらえないよ」


 誰に? って思ったけど確かにそう思えた。


 「・・・・・・うん、それもわかってる」


 「え?」


 「明日には両親から電話でもくるんじゃない。許してはくれないだろうね」


 「じゃあ・・・・・・」


 ひとつひとつ丁寧に自分の気持ちを拾うみたいに緑川君は落ち着いていくように見える。

 さっきまで荒かった息づかいは穏やかになっていた。


 「ごめんね。心配してくれたのに・・・・・・さ」


 つかまれていた手はゆっくりと離される。

 つかまれて痛い思いをしたのに、つかまれていたほうが良かったみたいに未練がましく動かせない。


 「澤田さんは考えたことある? 自由って何かなって」


 「自由?」


 また難しい事を言い出すな。

 難しい事を考えるのは苦手なのに。


 自由とは? なんて哲学をしたことはまったくない!

 断言します。

 それなのに、つきつけられた質問はまさにそれ。

 

 自由ってのはつまりなに?

 なんでもオーケーって事?


 「考えたことないんだね」


 「ごめ・・・・・・ん」


 同級生だというのに随分と思考に差がありすぎ?

 

 あたしは自分の情けなさに眉をひそめた。


 「澤田さんが自由だからだよね」


 この言葉に少しだけカチンときた。

 それが何でなのかわからないけど、それはちがう! と言い返したくなった。


 「僕は・・・・・・いつも自由で輝いてる澤田さんと一緒にいられる夢をみたかったのかも・・・・・・ダメだろう80パーセント、もしかしたら20パーセントで試してみたかったんだよ、試すぐらいいいでしょ」


 いたずえらっぽい笑顔を向ける。

 

 「澤田さんまで反対するんだもんな〜・・・・・・失敗だよね」


 あたしは無言のままだった。

 自由だからだよね。という言葉がずっとひっかかっていてその先へ進めなかった。


 自由・・・・・・?

 あたしが?

 笑っちゃう。

 選択肢の幅はいつだって狭くてさみしいくらいなのに。

 選択肢の多い緑川君に自由だね、といわれると複雑だ。


 「僕はいつだって籠の中の鳥なんだな〜」


 そう呟く緑川君にむしょうに腹が立つ。


 籠の中の鳥。

 それはあたしも同じなんじゃないの?

 みんな同じなんじゃないの?

 自分だけそうだって思ってるの?

 自由そうにみえて自由なんて決められた中での事でしょ。

 その中では自由だけど、実際は出られない籠の中。

 条件つきの自由なんてみんな一緒だよ。


 その籠を不自由にするのも自由にするのも自分次第?

 ようは気持ちの持ちようじゃないの?


 はじめての哲学。

 これをどう伝えたらいい?

 難しい話は頭が痛くなる。

 こんな事を考えてたら生きていくのは苦痛なんじゃないのかな。


 あたしは少ない脳みそをフル回転させていた。

 あまりに無言なので心配そうに「難しかった?」と聞いてくる緑川君の顔を叩きたくなった。


 「ひとつ言ってもいい?」


 「あ、うん」


 緑川君は突然、強い口調で話し始めたあたしに驚いてるみたいだった。


 「あたし、頭良くないからこんな事考えたことないんだけど、だからまとまってないかもしれないけど聞いてくれる?」


 「うん?」


 緑川君はお行儀良く聞く体制にはいっていた。

 

 「あたしたちはまだ子供だから、親のつくった籠の中での自由しかないと思うよ」


 「え、自由の事?」


 終わった話が戻ってきてさらに驚いているようだ。


 「聞いて。緑川君から見て自由に見えるあたしの自由は、うちの親がつくった籠の中だけの話で、実際はアレもダメ、これもだめっていっぱいあるんだよ」


 「・・・・・・そうだね」


 「でしょ? 緑川君だって自由はあるはずだよ。みんな同じだよ。決められた中で小さいけど自由はあるでしょ」


 「うん・・・・・・」


 「この籠からいつかでても、きっとさ、また違う籠の中なんだと思うの・・・・・・」


 なんとなく言った言葉に深い意味なんかなくてまったくの勢い。

 それなのに緑川君は小さく震えていた。


 「緑川君?」


 


 「澤田さんはやっぱりすごいね」


 数拍、テンポ遅れでそう言って笑った顔は、はっきりと見えた。


 目をキラキラさせて。

 気持ちが流れ込んでくるように伝わった。


 好きです。


 思い込むような。

 必死な気持ちが痛いほどに伝わった。


 「こ、こんな難しいことばっかり考えてたら楽しくないじゃない!」


 振り切るように強く反発してみた。


 「楽しいばっかりじゃ、人間成長しないけどね〜」


 笑いながら緑川君はスポットライトを出る。

 幕引き。

 ひとり、ライトの中であたしの心の中も終演させる。

 観客はいない。

 自転車をひいていく緑川君の背中を見つめる。

 

 本当は、本当はね。

 期待してたんだよ。

 ほんの少しだけ。

 うん、ほんの少しだけ、がんばってみようかと思ってた。

 この先も一緒にいけたらいいのに・・・・・・って。


 言いたくても言えない言葉は喉の奥のほうで悲鳴をあげながら止まっていた。


 あたしたちは籠の鳥。

 いつかこの籠から出る日まで。

 いつか一緒の籠に入る時まで・・・・・・。


 安堵する気持ちと残念な気持ちが入り混じって目が熱くなる。

 

 「澤田さん?」

 

 「あ、ごめん、今いく〜」


 追いかけるようにスポットライトから出る。

 

 ばかみたい。

 小さく呟きながら自分に笑った。

※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。

    (あとがきパスな方用に見えないようにしています。

















■あとがきという名の懺悔■


 本日もご来場ありがとうございます。

 やっと・・・・・・「向かってくるもの」からの連作終了。

 推薦をやめる発言から落ち着かせまで。

 緑君のちょっとしたバックグラウンドとか内面の闇とかちゃんと伝わったか不安です。

 なにせ、アヤちゃんじゃないけど哲学なんて考えて生きたためしがありません。

 落ちる時は落ちたらいいし。這い上がる時は這い上がればいい!みたいな。

 いい加減主義です。

 なので、自分でもはじめて自由について考えちゃいました。

 一言で言えば、難しい!!


 さて次回♪ ☆29☆ 終業式にて

 やっと2学期が終わります。

 やっと・・・・・・ここまで。

 あと1学期分がんばりますっ!


************

 

この話を書き終えて熱をはかったら38度!!

ヒィーっ><

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