☆27☆ いつか怪獣になる日
あ。
また突然だ。
家の人の帰宅が遅いって言ってたけど。
緑川君も家にいるかわかんないか。
学習能力のなさに少しため息をついてみたものの、目的のお宅は目の前だ。
玄関の電気はついている。
誰かはいるわけだ。
少しホッとしながらも新たな緊張がやってくる。
ここに立つのは何度目だろう。
緑川家のドアの前。
あたしはただ立っていた。
呼吸を少しずつ整えてチャイムに指を近づける。
「澤田さん?」
突然、後ろから声をかけられて飛び上がる。
振り返るとコンビニのビニール袋を持った緑川君が立っていた。
「どうしたの?」
「や、その。そ、そっちこそ! びっくりさせないで! 用事を忘れちゃう」
「びっくりするのはこっちでしょ。今何時かわかってる?」
コートのポケットから取り出したものを開く。
同時にふわっと緑川君の顔が青白く照らされる。
携帯・・・・・・持ってるんだ。
いいな〜・・・・・・。
携帯電話のバックライトの光をぼーっと見つめながら、母の言葉が頭をかけめぐる。
中学生に携帯電話なんて必要ありません!
自分でお金稼ぐようになってから言いなさい!
携帯電話反対派な母は誕生日にねだった学生のマストアイテムをあっさりと否定した。
いまどき小学生でも持ってるっていうのに。
頭かったいんだよ・・・・・・。
「ほら、もう7時になるよ。門限あるんでしょ」
パタンと携帯を閉じるとまた暗闇。
「ちゃんと言ってきたし・・・・・・」
出かけると言ったことは言った。
許されたかどうかは別だけど。
「ちょっと待ってて」
緑川君は鍵を開け、中にはいっていく。
「あ!」
ドアが閉じる前に声をかけようとすると、緑川君はすぐに外へでてくる。
ゆっくりと閉じるドアの隙間から玄関に置かれたコンビニの袋が見えた。
「あ、あれ?」
「家まで送るよ。用があるんでしょ?」
「え、うん・・・・・・」
緑川君は黒い自転車をひいて玄関をでる。
「このまま歩いていかない?」
玄関のライトが届かない暗がりまでくると自信なさそうに聞いてきた。
「うん、いいけど・・・・・・遠いよ?」
大丈夫。と小さな笑い声が聞こえた。
ふたりで歩く。
自転車は乗られることなく車輪を回す。
その度にウーッと低いライトの音が聞こえる。
「今日、三者面談だったんだね」
はじめに口を開いたのは緑川君だった。
「うん。階段ところで会ったよね・・・・・・あれお母さん」
「似てるよね」
「やめてよ。怪獣と一緒にしてほしくない」
「澤田さんもいつかは怪獣になるんだよ」
「・・・・・・考えたくもない」
街灯の明かり。
家の窓からもれる明かりが時々、顔を浮かび上がらせる。
「うちはさ、いわゆる冷めた家庭なんだけど。物心ついた時には両親はほとんど一緒に住んでなかったから」
冷めたって・・・・・・自分で言うもの?
あたしは戸惑いながら思わず足を止めた。
「す、住んでない?」
住んでない?
この前は何って言ってたっけ。
親はほとんどいないって言ったんだ。
てっきり、休日も忙しい仕事で家にいないんだとばっかり思っていた。
少し先に進んで振り返る顔は見えない。
「うん。毎日、ハウスキーパーさんが掃除とかやってくれるから不自由はないよ」
薄暗がりの中、あたしは必死でその表情を見ようと目をこらしていた。
ハウスキーパー? それって家政婦さん? って、つまり・・・・・・。
緑川君の家って家が大きいだけじゃなくてお金持ちってやつ!?
なんて・・・・・・嫌味な男なんだろう・・・・・・。
あたしは怪獣になって「掃除しなさーい!」と叫ぶ声が聞こえてきてため息をついた。
不公平だ。
「澤田さん?」
勝手に沈みこんでいるあたしに声がかかる。
「あ、ごめんごめん。なんでもないから・・・・・・それより、緑川君はいつもひとりなの?」
「・・・・・・うん」
「あの大きな家にひとり?」
「何? どうしてそんなに何回も聞くの?」
どうしてって・・・・・・。
あんなに立派な家にひとりなんて。
まだ子供なのに。
いつもは大人だ大人だと言い張るあたしも今回ばかりはまだ子供だ!と叫びたくなる。
「親はいつ帰ってくるの?」
おそるおそる聞いてみる。
「帰ってこないよ。別に家があるしね」
そ、そんな。
ドラマじゃあるまいし、別宅があるって・・・・・・。
今、流行のセレブってやつ?
それとも・・・・・・。
どういう事情??
これって聞いていの? 悪いの?
「それって・・・・・・」
あたしの不安そうな声で何を考えているのか、わかるかのように「あ〜」と続ける。
「離婚とかじゃないよ。両親は健在。なんていうの? 仕事人間? まあ、家庭人ではないな〜・・・・・・」
「家が他にもあるの?」
「いっぱいね」
――――セレブか。
嫌味度のメーターが少しあがったその直後。
一瞬、車のライトで照らされた緑川君の複雑そうに笑う顔が胸にささる。
「お、親、何してる人なの?」
その質問は自然とでてきたものなのに緑川君が吹き出すのが聞こえた。
「ぷっ。自由人」
「は?」
ゆっくりと緑川君に近づきながら顔があるべき場所の闇を見つめる。
「ひみつ」
教えられないのか教えたくないのか。
そのどちらでもこれは聞いてはいけない事のように思えた。
「澤田さんの家はどんななの?」
「ええっ! ウチ? 普通だよ普通。家もあのちっさいのしかないし。お母さんはあのとおり怪獣だし、お父さんは公務員だし。普通の家だよ」
「普通か〜・・・・・・」
「お母さんはうるさいし、お父さんも頭カチカチだし、いいことなんかないよ〜。そう、携帯だってねダメなんだよ。まだはやい! ってさ〜」
なんとなく沈んでいる緑川君が小さく見えた。
「僕はそういうのがいいな」
「え?」
別にあたしをいいと言われたわけじゃないのにドキッとした。
自然と歩くのが遅くなる。
「澤田さんがあったかいのはそういう家で育ったからだよね」
絶対、必殺緑川スマイルを炸裂させているだろう。
声は闇から優しく響く。
「僕はどういう大人になっちゃうのかな・・・・・・」
「・・・・・・」
「澤田さんはきっと怪獣になるんだよね」
「ならない!」
あたしがあの家で育ったからこういう人間になったとか、母のような怪獣になる日がくるとか、そんな先の事はどうでもいいのに、緑川君は楽しそうに笑う。
そんな先なんてわかんないんだから・・・・・・・。
「先の事なんてわかんないか・・・・・・」
緑川君の呟きはあたしに今がチャンス! と背中を押した。
「どうして・・・・・・」
「え?」
「どうして、推薦やめちゃうの?」
もう近所まできていて。
あと5分も歩けば家についてしまう。
電柱に取り付けられた新しい灯かりの下であたしは止まった。
緑川君の足も止まる。
円形のライトの中でまるでスポットライトをあびているみたいにふたりで立っていた。
あたしの中で波打っていたものは意外とおだやかで。
何を言われても戦う準備はできていた。
胸にあるのは。
緑川君は間違ってるんだよ。
ただそれだけだった。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
あ〜・・・・・・。最近少しへこみ中です。少しいい気になりすぎて
エラそうなことばっかり言ってるような気がします。
駆け出しは駆け出しらしく。もうヘコヘコしてなきゃですよね。
ちゃんと話もすすめられないでどーすんの・・・・・・って。
勉強してよい展開にできるようにがんばります。
さて次回♪ ☆28☆ 籠の鳥
子供でいるっていうのが楽なときもあるけど
子供でいるのが苦しい時もあったような気がします。
結局、決められた中の自由しかいつまでたっても手に入れられないのに
あの頃は無条件の自由が手に入ると思い込んでたような気がします。




