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☆25☆ 向かってくるもの

 三者面談で。


  生徒もまばらになった職員玄関であたしは落ち着かなかった。

 玄関から見える校門を入ってくる人影に目をこらして、じっと待つ。

 時間はどんどん近づいてくるのに待ち人の姿はいつまでも見えてこない。


 「なーにやってるのよ・・・・・・おかーさん」


 じっとしてることなんてできなくて段差を降りたり上ったりする。

 その度にガタガタとすのこが音をたてる。


 「彩、何やってるの」


 突然、後ろから待っていたはずの声が聞こえて振り返る。


 「おかーさん! どこから入ってきたの? ずっと待ってたのに!」


 母はこういう人で。

 とにかく職員玄関からお入りくださいと書いてあっても無理やり生徒玄関からはいってきてしまう。

 これは母なりに遠慮しているのだけれど。

 かなりズレている。


 「そんなね〜、学校関係者入り口なんてところからなんて入れないわよ」


 「プリントに書いてあるようにしてよ」


 「たかが三者面談よ。ほら、時間大丈夫なの?」


 「大丈夫なわけないでしょー。おかーさん遅いよ」


 母の手をひっぱって教室へ向かう。


 「ちょっと、買ったばっかりの服が伸びるでしょー」


 そういえば見たことのない服だ。

 いつも同じような色しか着ないからどれも同じに見えるけど。


 「なんで黒ばっかりかな〜・・・・・・」


 「黒がいいんじゃない。少しは痩せて見えるでしょ」


 がははっと豪快に笑う母はまさに怪獣だ。


 「おかーさん、先生に変な事言わないでよ」


 「変な事ってなによ。勉強ちっともしないって言ってやるわよ。テストの結果も散々だったことだしね」


 「もー・・・・・・」


 あたしは階段を上りながら肩を落とす。

 のぼりきったところで緑川君の姿を見つけてしまった。


 やば・・・・・・。

 おかーさんに見られちゃうし、緑川君にも見られちゃうよ・・・・・・。

 

 まさに緊張の一瞬。

 きっと緑川君はあたしに気づいてるだろうし。

 あたしと一緒に歩いてる人が母親だってことも気づいてる。

 だったら、もうそっちはあきらめるしかない。

 あとは母だ。

 変に名前でも出たら電話の事を思い出しかねない。


 ズレてはいるけどカンは鋭いんだよね・・・・・・。

 まさか、自分の娘にもう彼氏なんてものがいるなんて思いもしないだろうに。

 いや、でも怪しんではいるのかな。


 「時間、おくれちゃうー」


 母の腕をグイグイひっぱる。


 「ちょっとー、ひっぱらないで・・・・・・あら?」


 一瞬、ものすごく抵抗して止まると母は軽くおじぎした。


 あー、もう。

 教室まであと少しなのにー。


 急に足取りが軽くなると楽しそうな母が聞いてくる。


 「ねえ、今。男の子が挨拶してきたわよ。クラスの子?」


 「え?」

 

 「ほら」


 母が指差す先にもう生徒はいない。


 「あら〜・・・・・・いなくなっちゃった」


 「気のせいじゃない?」


 嫌な汗が吹き出す。


 「気のせい? 違うと思うけど、近所の子かしらね〜」


 「そうかもね・・・・・・」


 緑川君だろう。

 挨拶なんかして、あたしが逃げるようにしてたのわかっただろうに。

 なんてヤツ。

 

 「あ、先生どーも、いつも娘がお世話になってますー」


 突然、母の声が1トーン高くなる。

 教室の入り口から担任の山田先生が顔を出して待っていた。


 「澤田さん、お忙しいところすみません」


 「いえいえ、こちらこそ」


 大人の挨拶は長い。

 あたしはここにきてやっとホッと一息ついていた。


 教室はいつもと同じなのに、真ん中にだけ机が4つあわせてあり、周りの机が遠慮するようによけている。

 先生に促されるままに浮いた小島のような机に座る。


 「まず、どうですか? 学習は進んでますか?」


 「勉強は嫌いなようで、ほとんどやってないんですよ。こんなので入れる高校あるんですかね〜」


 母と先生の視線が痛い。

 先生の手元にはあたしの成績表が惜しげもなく広げられている。


 「そう、ですね〜・・・・・・今回の期末試験も学年で真ん中ですから。まだいいほうかと」


 成績表を見て、母の顔を見て、あたしの顔を見て笑う。

 先生も気をつかっちゃって大変だな。


 「親がこんな事を言うのもどうかとおもいますが、私もあまり勉強はできなかったほうなので、無理にさせるつもりはないんです。この子が」


 そこまで言うと母はあたしの顔を見ながら。


 「自分で良いと思った学校へ行けばいいと考えているので」


 「おかーさん・・・・・・」


 確かに勉強を強要されたことはない。

 塾に入ったのもあたしがあまりに数学で苦しんでいる姿をみかねたからで。

 テスト前だからといって勉強、勉強といわれたことはなかった。


 「そうですか・・・・・・澤田はどこを希望だ?」


 「え、あたしは東高校に」


 「東か。まあ、あそこなら大丈夫だろうな。もしかしたらその上の泉高校でも」


 チラッと脳裏によみがえる。


 ――――もう少しがんばって一緒に。


 ダメダメ。

 緑川君は第一高校に推薦ではいれるんだから。


 恐ろしい考えを振り払うようにハッキリと。


 「いえ、東高校に行きたいです!」


 その後は、先生は優しく笑ってよし! と言ってくれた。

 母はただ聞いているだけだった。


 15分の三者面談なんてあっという間で、気がつけば5分もオーバーしていた。

 

 「すみませんでした。これからもよろしくお願いいたします」


 母はふかぶかと頭を下げた。


 「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 先生の言葉を聞いて母は廊下を歩きだす。


 「先生、さようなら〜」


 「おう、気をつけてな。あ! 熊田!」


 あたしに向けられていた視線はいっきにその時走ってきた熊田君に奪われた。

 呼び止められた熊田君は急には止まれないと斜めになる。


 「なに? 先生」


 あたしは母の背中を追うようにゆっくり歩きだす。


 「お前、緑川と仲いいよな」


 先生の出した名前にあたしの胸が高鳴った。

 背中越しに聞こえる会話を聞き漏らさないようにゆっくりと歩く。


 緑川君が何?

 

 「だから何?」


 きっと熊田君はあたしの背中を気にしてる。

 

 「あいつ、何かあったか?」


 「何かって何? 先生こそ何かあった?」


 うーんと先生のためらうような唸り声が聞こえる。

 胸騒ぎがする。


 「あいつな、推薦取り消したいって言ってきたんだけどな・・・・・・」


 「えっ!!」


 熊田君よりもあたしの声のほうが早く、大きかった。

 思わず先生の方へ引き返す。


 「第一の推薦っ! やめるんですかっ!?」


 「お? 緑川の話だぞ?」


 先生のきょとんとした顔。

 熊田君の苦笑い。


 「だから! やめるって言ったんですか!?」


 「さっきな、まあ、もう一度考えろって言ってはおいたけどな。澤田、何か知ってるのか?」


 「い、いえ! ただ驚いて・・・・・・」


 しまったと思った。

 突然で後先のことなんて考えていなかった。


 「せんせーい。で、緑川はどこに変えたんですか?」


 熊田君の声にハッとして先生の顔を見上げる。

 

 「それは本人がいないのに言えないだろ〜」


 先生は困ったように笑う。


 「知らないならいいんだ、ほら澤田も帰れ」


 教室の中に戻ろうとする先生の背中に向かってあたしが言う。


 まさか・・・・・・。


 「泉高校・・・・・・じゃないですよね・・・・・・」


 心臓がドクドクと打つのがわかる。

 

 「やっぱり、何か聞いてるのか?」


 振り向いた先生の顔が肯定していた。

 足元がぐにゃりと歪んだような気がして後ろへさがる。


 「澤田・・・・・・?」


 近くで熊田君の呼ぶ声がしたけどあたしにはもうほとんど聞こえていなかった。

 そう、自分の心臓の音以外は・・・・・・。




 

※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。

    (あとがきパスな方用に見えないようにしています。


















  ■あとがきという名の懺悔■


 本日もご来場ありがとうございます!

 受験ってどうだったかな、推薦ってなんだっけ?みたいな危うい感じで書いてます。

 間違ってるところがありましたら現役の方、ご指導くださいませ。


  さて次回。 ☆26☆ 先にあるもの

 未来の事なんて誰にもわからないけど、10代のしかもあの時期は一番。

 未来の姿を考えるような気がします。

 ある人の未来を自分という存在が邪魔していると思ったらあなたならどうしますか?

 

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