☆13☆ 会えない時間
「ただいま〜・・・・・・」
玄関の電気はついていた。
リビングの方からテレビの音がもれている。
「おかーさん?」
リビングでは母親がお茶を飲みながら大好きな2時間ドラマを見ている。
「おかえり、塾どうだった?」
週二回は同じ質問をしてくる。
「普通」
「ちゃんと勉強しなさいよ〜、行くとこなくなっても知らないからね」
テレビから目を離すことなくおざなりに言う。
「はいはい・・・・・・」
あたしは食器棚からマグカップをとりだしインスタントコーヒーを入れる。
コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「夜にコーヒーなんて」
チラッと横目で見ながらお母さんはブツブツ言う。
「まだ寝ないからいいの」
マグカップを持つと自分の部屋へ向かうためにリビングをでようとする。
「あ、そういえば、さっきね電話があったよ」
「電話?」
リビングのドアを開ける手をを止める。
「男の子から、名前なんだったかな〜。塾に行ってるからかけなおさせますって言ったら、いいですって・・・・・・すごく丁寧な子だったけど」
男の子から電話。
電話をかけてくる男の子なんてひとりしか思い浮かばない。
「名前きかなかったのっ!?」
「聞いたけど忘れちゃったわ、お母さんはあんたの電話番じゃないんだからね」
逆ギレだ・・・・・・。
「もーっ! いいっ!」
リビングを出て二階へあがる。
途中、廊下にある電話を持って部屋へ入る。
緑川君だっ!
それしか思いつかない。
なんだろう。
何か用なのかな。
コーヒーを一口飲んでから電話とにらめっこを始める。
電話・・・・・・する?
それとも、明日、学校で聞く?
学校はほとんど話しできないし・・・・・・。
やっぱり、電話する?
電話したい?したくない?
聞きたいことはいくつかある。
聞けなかったとしても確かめたい。
何かを確かめたい。
それが何かわかんないけど・・・・・・。
机にコーヒーを置き。
前に使った電話番号をメモした紙がまだ机の上にあった。
紙を手に取ると。
ベットに寄りかかりながら床に座る。
――――ピッ、ピッピッ。
電話をかけるのは2度目。
こんな時間に自宅に電話するのは賭けだ。
家族がでるかもしれない、本人がでるかもしれない。
どっちがでても緊張はかわらないのだけど。
コードレスフォンを持つ手が震えだす。
プルルルルッ、プルルルッ。
『はい、緑川です』
耳に聴きたかった声を届けてくれる。
「あ、夜分おそくにすみません、澤田といいますが・・・・・・」
声の主が誰かわかっていても、決まり文句がつい出てしまう。
『あ・・・・・・』
小さく驚きの声を出した後、黙ってしまう。
「え?」
『ごめん、驚いちゃって、澤田さんだよね』
「うん」
『今日は塾だったんでしょ、電話してごめんね・・・・・・』
優しい声が身体の隅々に緩やかな波のように伝わってくる。
きもちいい。
「あたしこそ、こんな時間にかけなおしちゃって、おうちの人が出てたらまずかったよね」
『あ〜、うちは誰もいないから・・・・・・2人とも仕事遅いしね』
「そうなんだ・・・・・・いつもひとりなの?」
『まあそうだね、澤田さんは今、部屋?』
「うん、そうだよ。お母さんはテレビ見てるし、お父さんは寝たかも」
『はやいね』
電話の向こう側で緑川君が笑う。
「電話、何か用だった?」
あたしは、はやる気持ちをおさえられなかった。
何で電話してきたの?
『別に・・・・・・ないよ』
はっきりしない言い方だった。
なにか物がはさまっているような、一歩ふみだせないようなじれったい感じだ。
「何それ・・・・・・用がないならかけてこないでよ〜っまぎらわしいなっ」
ちょっと残念。
何かを期待していた。
『ひで〜、自分だって放課後、用もないのにストーカーしてたくせに』
「なっ! ストーカーって何よっ」
ストーカーに見えていたなんて心外です。
『そ〜んなに僕に会いたかったの〜?』
「うぬぼれんなっ!」
思わずコードレスフォンを壁に投げつけそうになる。
あったまくるーーーっ!
ストーカーってなによっ!
誰が緑川君のストーカーなんかになるかっ!
『おこんないで〜っごめ〜ん』
情けない声が聴こえてくる。
「まったく、田巻さんも野村さんもこんなののどこがいいのよっ!」
しまった! と思ったときには遅かった。
出てしまった言葉をもどす方法はない。
『こんなのって事はないよ〜・・・・・・悲しいな〜』
きっと笑ってない。
なんとなくわかる。
時々、ふとした時に見せる緑川君の真面目な顔。
怖いくらいに冷たい顔を見たことがある。
「・・・・・・ごめん」
『いいよ、許してあげるよ』
なんか言い方が横柄じゃない?
エラそうなんですけど・・・・・・。
『実際、僕は澤田さんやみんなが思ってるほど優しくないし、面白い人間でもないし、どっちかっていうと自分勝手で傲慢なんだけどね、まあ・・・・・・人に夢を抱くのは自由だよね』
「自分で言ったらおしまいだよ、緑川君が自分勝手で傲慢かどうかはわからないけど、がんばってるのは知ってるよ。それに、困っちゃうくらいに優しいよ」
誰よりも一番クラスを盛り上げてた。
誰よりも一番みんなを楽しませてくれた。
なによりも、あたしから見て緑川君は甘いくらいに優しい。
それだけは嘘なんかじゃない。
『それはそうだよ〜。優しくして澤田さんが困るの見るのが好きで・・・・・・ヘッヘッヘッ』
せっかくいい評価をしてあげたのにふざけて返す。
「へ〜・・・・・・」
『受験だけでも大変なのに澤田さんは頭が・・・・・・』
「うるさいっ! それとこれは別でしょっ! もーっ大っ嫌い!」
向こう側で笑い声が聞こえてくる。
ありきたりなセリフを笑われているようで面白くない。
「笑わないでよっ」
『いいな〜と思って、やっぱり澤田さんはいいよ』
「どうせバカだって言いたいんでしょっ、今日だって二次関数解けなかったし。あーっもう早く受験なんか終わればいいのにっ! そしたらバラ色の高校生活だよっ」
『バラ色ね〜・・・・・・きっとモテるだろうな〜』
「緑川君が?」
『澤田さんが』
思わず大声で笑ってしまう。
あたしが?
あたし? 絶対ありえなーいっ。
「どこからそんな発想になるの〜? おかしくてお腹が痛いよ〜」
『自覚ないんだよね・・・・・・ま、いいけど』
あきれたようなため息が聞こえてきた。
あたしは受験を飛び越えてバラ色を説明しはじめる。
「高校生になったら、友達と旅行とかしちゃったりさ、バイトとか〜、ピアスもあけてみたいし、あとは何しようかな」
『勉強は? なんか大事なものが抜けてるよ』
さすが生徒の鏡!
ふざけなければ優等生街道まっしぐら君の意見です。
「緑川君は第一高校にいくんでしょ? 熊田君が今日、塾でおしえてくれたよ」
『受かればね』
確実なくせに。
余裕だし・・・・・・。
「すごいよね、頭いいんだね。あたしは東高校ならがんばらなくても入れるかな〜って」
『方向が・・・・・・反対だよ』
「え?」
緑川君の声が低くなる。
信じられないとでもいいたそうだ。
『電車も違うし』
「あ〜本当だ」
『会えなくなるよ・・・・・・』
考えていなかったわけじゃない。
でも、だからってどうすることもできないでしょ。
「頭、悪くてごめんなさいねっ、仕方ないじゃないっ」
『少しがんばれよ、がんばって泉高校を目指したら? まったくの圏外じゃないだろ?』
なんとなく声の感じなのか、話し方なのか、いつもよりも強くきこえる。
「泉高校? 1ランクあげる意味は?」
泉高校は方向は東高校と同じだし、乗り換えがあるぶん朝は早い。
がんばったって同じ電車には乗れない。
『一緒にがんばろうよ』
この人は何を言い出すのだろう・・・・・・。
「一緒に?」
『僕も泉高校に―――』
「ダメーーーーっ! 第一高校はいれる人がわざわざ泉高校受けるなんて絶対ダメっ! もったいないっ」
何を言おうとしてるのかわかった瞬間、それをさせまいと割り込んだ。
第一高校と泉高校はたしかに上下にはあるけどランクは天と地の差があるくらいだ。
推薦で受けることができるのに、わざわざそんなバカな事は許されない。
『澤田さんのこれからに僕はいる?』
「・・・・・・な、何言ってるの」
動揺は隠せない。
それでも、足手まといになるのだけは絶対にごめんだ。
『僕は自分勝手で傲慢で最低かもしれないけど、嘘は言ってないから』
相手にふさわしくない。
みじめすぎて口に出すことができない。
『できればこの先も一緒がいい』
「・・・・・・」
唇を噛む。
一瞬、時間が止まってるような感じがした。
その声は優しくて。
その言葉は甘くて。
クラッとさせるくらい強い誘惑。
それでもその誘惑に負けずにふんばる。
ダメだよ。こんなの絶対ダメだよ。
こんなの望んでないよ。
うれしいけど・・・・・・絶対ダメっ!
だから、がんばってっ! あたしっ!
負けないでっ!
「・・・・・・この前、待っててくれてありがとう・・・・・・うれしかった」
ずっと言いたかった言葉が素直にでてくる。
甘い誘惑の後だからこそ勇気がもてた。
今、伝えられる精一杯の気持ち。
これからの事はわからない。
だけど、今は一緒にいられる。
今だけじゃダメなの?
向こう側から小さなため息がきこえる。
『・・・・・・また、一緒に帰ろう』
話をそらされて少し残念そうに言う。
「遠回りだよ」
『いいんだよ、そのくらいしか一緒にいられないんだから』
クスッと緑川君は笑う。
こんなに2人で話したのは初めてで。
あまりの楽しさにお互いに電話を切ることができずにシーソーのようにバタバタしたけれど。
結局、時間も時間だったので「おやすみ」と言って緑川君が切った。
切れた電話をしばらく耳に当てて。
緑川君の「おやすみ」を何度も繰り返して思い出す。
―――おやすみ。
胸の中の黒いモヤモヤが小さくなっているような気がする。
いろんな事を考えていたような気がするのに。
今はただ、言い表せないような幸福感に包まれていた。
※下にあとがきと次回予告がひっそりとあります。
(あとがきパスな方用に見えないようにしています。
■あとがきという名の懺悔■
本日もご来場ありがとうございますっ><
はやく完結させたい気持ちでいっぱいです。
さて今回、子供の頃のおつきあいなんて下校・電話・公園デートくらいしか
思いつかなくて;;ワンパターンです;;
でも、電話ってやつは近年、携帯があるので家族が出るなんて恐怖はないのでしょうね。
でもさすがに、電話の話はこれを最後にしたいです;;
はやく動けーっとジリジリしてます。
さて次回♪ ☆14☆ 離す手 掴む手
やっぱりジエラシーって必要ですよね。ベタでもなんでもそういう場面が必須というか
上手に書ける人が書いた甘いシーンはあたしの栄養剤ですが。
自分で残すとショボイです;;




