再会 星空の降る夜に……
石材で組まれた階段を下りる俺達の足音が静寂に包まれた空間に響き渡る。
足音の響きと共に俺の心臓の鼓動が激しく自己主張している。
辺りは光が射しこまず暗闇に支配されているので明かりを灯すことに。
「“我は灯す、闇を払う鬼火”【灯火】」
ゲームの時のマイホームと同じならばこの地下室は物置倉庫だったので結構広いはず。
「隠し階段の地下室って格好良い、ロマンだぜっ」とかいう理由だけで造ったは良いけど
物の出し入れのたびに隠し階段作動とか次第に面倒臭くなって
最終的に倉庫整理して空き倉庫になってた気がする……黒歴史っていうか教訓を得たというか?
鬼火によって照らされた光景は基本的に記憶と同じ、何も無い空き倉庫だったけど
一部だけ記憶と異なる光景が浮かび上がる。
そこには魔力で生み出された鬼火の光を淡く反射させる水晶柱の塊が設置され
その水晶柱の中に両手を祈りの形に合わせ横たわるオルテの姿が視界に写った。
眠っている様にも人形の様にも見え、鬼火の光を浴び水晶の中で横たわるその姿は
背筋が凍るような迫力ある美しさを醸し出している。
これがヴォルフリーデの言っていた封印だろうか?……こんな封印法はゲームじゃ無かったけど。
オルテのオリジナル技法? 兎にも角にも
「なぁ、ヴォルフリーデ。これがオルテのした封印っていうのは判るんだけど
どうやって封印を解くんだ、これ?」
封印解除法が判らないので後ろにいるヴォルフリーデに尋ねると
『さぁ? アタシャ知らないね。ただ、マサトが来たら解けるってオルテが言ってたぞ』
と答えて来た。
マサトが来たら解ける、ね。理由は判らんけどオルテがそう言うならそうなんだろう。
不死王との戦いで負った消耗と精神的な消耗を回復する為に眠りに着いた、か。
無詠唱で【魔力探索】を用い魔力の流れを調べてみるとオルテの眠る水晶の下に
地中から魔力を吸い上げオルテへ届ける為の真言字を発見した。
……よく判らんけどこれがその消耗の回復手段? だけど封印解除法は判らん。
水晶を割ったら不味いだろうしなぁ。
と首をひねっていると横からルー姉を始めとした仲間達が水晶の中で眠るオルテの姿を
覗きこんでくる。
「鳥肌がたつほど綺麗な人ね。この人がソリッドの探していた人なの?」
「キュキュ」
「横になっているだけなのに迫力が伝わってきますね」
見ているだけで額から汗を流し咽喉をならす三人。
確かにこの迫力は……あれだ、謎空間の神域で会うレリアママに通じるものがあるもんな。
【解放】スキルを使ったから俺の知らない進化を遂げた?
それとも単に千年の間に強くなったからこうなったのか?……いずれにしても凄い。
「ああ、間違い無くこの人が俺の探していたオルトリンデ、イヤ、オルテだよ。
それにクゥーラ。クゥーラのお母さんの友達のはずだ」
「キュキュッ」
仲間達三人の問いに答え、クゥーラが嬉しそうに返事するのを聞きながら
俺は魅入られたかのように水晶に手を伸ばし触れていた。
すると、水晶に触れた俺の指先から何かの力が確かに流れて行き、水晶が舞い散り光の粉と化す。
光の粉が舞い宙に横たわるオルテへ吸い込まれていく。
そして閉じていた瞼を静かに開き、身を起こすオルテを俺達は呆然と見守っていた。
身を起こしたオルテは顔を俯かせ無言で俺に腕を伸ばし、その手で頬を撫で視線を合わせて来る。
その綺麗な瞳は涙で潤んでいるのだが、その前に俺の視界がすでに揺れている。
そっと唇が開き
「……お帰り、マサト」
「……ただいま、オルトリンデ」
溢れる想いに反して俺達が口に出せた台詞は余りにもありふれた日常の挨拶だった。
顔がマサトでは無くソリッドに変わっている筈なのに一発で俺を見抜いたことは
不思議と気にならなかった。
◆◆◆◆◆◆
あの後、俺達は暗い地下室から地上へと戻り自己紹介をし合う事に。
話したい事は多々あれど、気持ちの方が暴走するだけで上手く会話が出来ない俺を
ルー姉やクゥーラ、スノウにヴォルフリーデ達が気を利かせて動いてくれたんだよな。
感謝します、お姉さま方。
隠し階段から少し離れた処。
元はマサトの住居であった場所に俺達は車座になって焚火を囲み座っていた。
「私はルーシュナ クルース。ヴォルフリーデとはもう自己紹介をし合ったんだけど
弟のソリッドが前世でお世話になったというあなたとも仲良くなりたいわ。よろしくね、オルテ」
とルー姉が硬い空気の場を盛り上げようとオルテに対して自己紹介を始めたのを機に
母の友達と挨拶をしたかったのだろう、人化したクゥーラが
「私はクゥーラっていうの。お母さんがお友達って言ってたの。
だから、だから私もよろしくお願いしますなの」
尻尾をフリフリちょこんとお辞儀をしながらオルテに自己紹介をし
続いてスノウが
「私はスノウ シルヴァニアと申します。ソリッドやルーシュナ、クゥーラちゃんと
一緒になって旅をしています。よろしくお願いしますね」
と普段通りに柔らかい人当たりで挨拶をしていた。
三人が自己紹介を終えたのを確認したオルテは
ルー姉、クゥーラ、スノウの三人の方に一度ずつ頭を下げ
「私はオルトリンデと言う。この名はそこに座るソリッドの前身、マサトに付けて貰った名だ。
こちらのヴォルフリーデにオルテとあだ名を付けて貰っているので
良ければオルテと呼んでほしい。」
と三人に向けて自己紹介をした後
「あなたがソリッドの義姉のルーシュナか。私こそ仲良くして欲しい、よろしくお願いする。
君が我が友ナインの娘、クゥーラか。勿論だ。私こそよろしくお願いするよ。
そしてあなたがスノウだな。丁寧な挨拶、痛み入る。私こそよろしくお願いする」
一人一人の名前と顔を一致させるかのように歴戦の戦士の如く? 挨拶をしていた。
なんだろう? そんなオルテを見ていると……罪悪感で胃や色々な内臓が重苦しいのと
心臓がドラムの如く連打する音が胸の内と耳の奥で鳴り響いているんですが……。
ただ、不快じゃないのが不思議だ、とか思っていると
『なんだいなんだい、いつものノリは何処に行ったのさ、ソリッド。
今のアンタ、まるで借りて来たニャンコみたいに他所行きの顔しちゃってさぁ』
と酒も入っていないっていうのに絡んでくる空気を読めない奴が一匹。
躾命令で黙らせてやろうかとよっぽど思ったけどここは我慢、我慢だ俺。
って、あれ? 軽く頭に血を登らせたら少し気分が楽になってきた??
狙ってやったのか? ヴォルフリーデ。
と思って白銀狼の方を見ると意地の悪いニヤニヤした感じの様子だった。
ッチ、買いかぶり過ぎたぜ。
「俺にだってたまにはそういう時もあるっ」
とだけヴォルフリーデに答えた。
ちなみに俺とヴォルフリーデがそんな感じでじゃれ合っている間に
ルー姉、クゥーラ、スノウ、そしてオルテの間でも
仲良くガールズトークのような展開が拡がっていたんだ。
それを横目で確かめるとホッと息をつけた。仲良く出来そうで何よりです、はい。
まぁ、俺に気を使って仲良くなるようにお互いが努力して
そういう関係を築こうとしているのかも知れないけど、それなら尚更感謝しないとな。皆に。
ついでとオマケで恐らく俺の緊張を解こうとしたヴォルフリーデにも
「ありがとうな、ヴォルフリーデ」
と感謝の気持ちを小声で呟いた。
……白銀狼は耳が良いからこれでヴォルフリーデだけに声が届くはず。
気の良い白銀狼は耳をピクリと動かしあらぬ方向へ首をプイっと背ける。照れ隠しか、判り易い。
そういったやり取りをしている間に随分と陽が傾き西日が射す時間帯になりルー姉が
「それじゃ、私とクゥーラ、スノウで食べられそうな物を集めて来るわ。
ヴォルフリーデさんも来てください。私達だけじゃこの辺の地理は疎いので
案内をお願いしたいんです」
と言いだして来た。
今やこの地は文明崩壊の場所だしな……食料確保の為には必要なことだ。
まぁいざとなったら収納魔法で持って来た火炎龍の肉があるけど。
ちなみに俺の仲間達の中で食材探しに一番長けているのはクゥーラなんだ。
森の野生児だからなぁ。旅の時も随分とお世話になったもんな、山菜集めに狩りなどでさ。
ルー姉の魂胆は判っている。オルテと二人にしてやるから話し合いをしなさいってところか。
『ああ、この辺りのことはアタシに任せなっ。じゃ、アンタ達行くよっ!
それとソリッド、アタシ達が帰ってくるまでにオルテを頼んだよっ!』
ヴォルフリーデはルー姉の頼みを快諾し俺にオルテの事を頼んで来る。
「ありがとう、ヴォルフリーデ。それじゃソリッド、オルテ。
私達はちょっと行って来るわね、留守番よろしくお願いね」
「キュキュッ」
「私も行ってきますね。それでは後をよろしくお願いします」
笑顔でヴォルフリーデの後を歩き出す仲間達の顔には口にこそしないけど
しっかりやりなさいってな感じのメッセージが伝わってきました。
ルー姉達が食料や薪集めに行き、二人きりにされた俺とオルテ。
心臓がドラムの如く連打し胃をはじめとする内臓が酷く重く苦しい。
焚火を挟んで対面に座る俺とオルテ……自然と目があってしまいますっ!??
ヘタレかっ俺はっ!? と自分に発破を掛けるものの言葉が出てきません!
何を話せば良いっ!? といった取りとめの無い思考がグルグルと渦巻くのみ。
苦悶する俺だが対面に座っている為にオルテの様子も良く見える訳だ。
何やらソワソワと落ち着きが無いご様子だが、意を決したかのように頷き
「……ソリッド。……その、隣に座っても構わないだろうか?」
と仰ってきました!
や、やべえっ心臓ドラムがマックスビートに突入っ超高速連打仕様!?
申し出を断る選択肢は俺の中に欠片も存在しないのだけど
へ……返事をしないと……。
「あ、あぁ……ど、どうぞ」
ハイっ、ヘタレ確定だっ俺。まともに口が回りませんっ!?
し、心臓が内臓が……制御不能だもんよっ!
それでも何とか口にした答えを聞いてオルテは
「そ、そうか、ありがとう。それではそちらに……」
恥じらいを含む笑みを浮かべ、楚々とした仕草で立ち上がり自然な動作で俺の方に歩み寄り
隣にスッと腰を下ろすオルテ。心臓ドラム音が滝の音にしか聞こえないっ!
緊張をほぐす為に空を見上げるとそこには満天の星空がいつの間にか拡がり
星々が夜空を駆け抜けていた。
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「……随分長い話になったけれど、俺が生まれ変わってオルテと再会するまでのことは
これで殆んど話せたと思う」
「……話してくれてありがとう」
長い話を終え、咽喉が渇いたのだろう。
ソリッドは脇に置いていた背嚢の中から水筒を取り出し水を口に含み渇きを癒す。
それをオルテはソリッドの胸に頭を預けながら笑みを浮かべて眺めている。
オルテの笑みに気付いたのかソリッドは顔を赤く染め、それを自覚したのかあらぬ方向に首を向ける。
その首を向けた方角から三、四人の話声が聞こえて来るのにソリッドとオルテは気付いた。
食用になる野草や薪の類を集めに出ていたルーシュナやクゥーラ
スノウにヴォルフリーデ達が戻ってきたのだろう。
ソリッドはオルテの方に視線を戻し
「皆が戻ってきたみたいだな。全員集まったら飯の用意をしないとな。
それと……これからよろしくなっ、オルテ」
普段の彼の笑顔で話しかけ、それに対してオルテが
「ああ、こちらこそよろしくお願いする、ソリッド」
同じように硬さの無い自然な笑顔で相槌をうっていた。
二人は同時に立ち上がると焚火の下に帰って来る仲間達を出迎える為に歩を進めだした。
星空の降る夜に 完
最初に書き始めた当面の目標であったプロローグ序章まで辿り着く事が出来ました。ここまで読んでいただいた読者の皆様にお届けします。
ありがとうございました。
ところで物語を終えたとはいってもサブタイトルである「星降る夜に」
の焚火での会話を終えただけで作中で拡げた風呂敷を畳んでいないのは自覚しています。
なので続きを書くとしたらネームレスワールドの
サブタイトルを変えた形で出すと思いますが
続編を求める声があればにしようと始めに決めていました。
ただ、ここで終えてしまっても良いかな? という気分も作者にはあり
それがここ最近の迷いになっていました。
それではもう一度ここまで読んで頂いた皆様に感謝をお届けします。
ありがとうございました。




