白銀の守護者
俺達の眼前に立ち塞がり獰猛な唸り声を上げる巨大な【白銀狼】。
その巨大な【白銀狼】に対して仲間達が身構える訳ですが。
「ってチョット待て、お前、ワンコっ!? ワンコだろっ!??
俺が知っているワンコより二回りくらいデカイけどっ!??」
と呼びかけると俺達を威嚇してた巨大な白銀狼は全身の毛を逆立て睨みつけていた目を大きく見開き
『ッバ、あ、アタシにゃ【ヴォルフリーデ】って立派で大事な名前があるんだっ!!
わ、ワンコなんて名前は知らねぇっ、バ、バカじゃネェの!??』
と滅茶苦茶焦ったような挙動不審な動きをしながら精神感応で否定するけど
どう考えてもマサトの時に手懐けたワンコなので突っ込む。
「イヤ、見た目は確かに記憶よりでかくなっているけど
いまの精神感応の声だって記憶通りワンコの声だしさ。ワンコだろ、お前」
『ち、チ~ガ~ウ~ッ、アタシャ【ヴォルフリーデ】ッ!
ワンコなんて知らねぇっ、知らないっ、知らないもん!!』
必死で首を左右に振りながら否定し、挙句に涙目になる巨大な白銀狼ことワンコ。
なぜ、ここまで頑なに否定するんだろう?
と疑問に思っていると
「ソリッド、この大きな白銀狼の事を知っているの?」
「キュキュ?」
「立派な体格で毛並みですね。白銀の輝きに包まれていて綺麗です。
今は……泣きそうになってます、ね?」
突然立ち塞がってきたワンコに対して警戒し身構えていた仲間達が緊張を解き
俺に色々聞いて来る。
「ん? ああ、こいつはワンコって名前の白銀狼。前世で俺が手懐けたペット?」
なるべく簡単にワンコとの関連を仲間達に語ってやると
ワンコが
『違うって言ってんだろうがっ! アタシはヴォルフリーデっ!
わ、ワンコなんて耳にするのも屈辱的な名前を口にするんじゃないっ!!
大体、手前ぇ。何処でその口にするのも忌まわしい名前を知りやがったんだっ!??』
と突然、逆切れしたかのように毛を逆立て牙を剝き怒鳴ってくる。
なんだ? いきなり何を言い出すんだ、こいつは??
何処で知ったも何も、俺が名付けたからに決まってるだろうに……?
困惑に包まれながらも俺はワンコに親切丁寧に説明してやることにしたんだ。
「?? 何処で知ったも何も、俺が名付けてやったからに決まってるだろう。
千年振りくらいに再会出来たっていう感動のご対面場面なのに
何時までふざけてるんだ、ワンコ?」
そう、本来この再会場面は涙がちょちょ切れる感動で包まれた
真剣な場面にならなければいけなかったはず。
なのにワンコときたら……この態度である。 どういうつもりだ? こいつは。
普段温厚な俺でもさすがにちょっとばかりムッと来たので声のトーンを低くして聞いてやる。
すると
『ふざけているのは手前ぇだテメェッ!! 何が再会だ、コラ!?
アタシはテメェのツラなんて見たことも会ったこともないぞ! 何処の誰よ手前ぇ!?』
俺の台詞に心底怒りを感じたかの如く怒鳴るワンコ。
俺のツラを見たことが無い……って、そうか! 思わず両手をポムっと合わせる。
生まれ変わってソリッドの顔なんだ、今の俺。 マサトのツラじゃないからか!
ワンコに会ってマサト気分だったから気付かなかったぜ……すれ違いの原因はコレか。
「ああ、悪い悪い、俺だよ俺、マサトだって。転生して生まれ変わったからツラも変わったんだって。
ちなみに今の俺の名前はソリッド クルース。 改めて久し振りだな、ワンコ」
と顔が変わっていることに気づかなかったことへの謝罪と説明と自己紹介を纏めてすると
『マサト……だと? 転生……顔が変わっている……でもこのアホみたいなノリ……』
ワンコがこちらをジッと見つめ何やら自問自答をブツブツと繰り返している。
狼の表情なので微妙に判らんけど人間だったら恐らく眉を潜めて苦悶する表情だろうか??
俺がマサトだと信じて貰えるんでしょうか? 何やら不安になってきたので
「あ……あの、ワンコさん?……」
と改めて声を掛けようとするとワンコがいきなり顔を俺に近づけて来て
『オシッ、もしテメェが本当にマサトの転生者だってんなら
アタシにそれを証明してみなっ! 手段は何でも構わねぇ。アタシを納得させてみろよ?』
と半ば威嚇するように、もしくは挑発するように宣言してくる。
「納得って……ワンコの名前を知ってるだけじゃ駄目なのか?」
偉そうにしているワンコにジト目で聞いてやると
『ッ!? イヤ、駄目だっ。 そんなもん何処かで調べて来たのかもしれないし。
イヤイヤ、大体アタシの名前はワンコじゃないし!』
耳を逆立てた後、しらばっくれるようにあらぬ方向へ首を向けるワンコ。
そんなにワンコの名前が嫌だったんだろうか? こいつは。
人間ならさしずめ口笛吹いてそっぽ向いてる感じが丸出し。
俺がマサトである証明ね、俺達しか知らない様な記憶とか? イヤ、面倒だしこれで良いだろ。
「ワンコッお座りっ! お手っ!! おかわりっ!!!」
ビシッとした躾の時特有の声ではっきりと命令!
するとワンコはその白銀の巨体でお座りをし、右手を俺の頭に乗せた後に左手を頭に乗せ換えた。
うむ、正に条件反射の如くバシッと決まったな、これ。
かつての躾が未だに行き届いていたのを確認し満悦していると
ワンコがお座りして俺の頭に前左脚を乗せたままプルプルと震えだしている。
怪訝に思って視界を頭上にあるワンコの顔の方に向けてみると
ハラハラと涙を零しているではありませんか?
泣くほどかつての主に再会して感動したか? ワンコよ。
「千年振りの再会だからな、泣くほど感動したのかワンコ。俺も今……」
猛烈に感動している!と告げようとした所で
『違うわボケッ!! 何が悲しくてアタシが犬扱いされなきゃいけねぇんだっ!?
手前は千年も待たせた挙句、そういう所だけはちっとも変わってねぇなっコンチクショーッ!』
とか吼え俺に圧し掛かり泣きながら顔中を嘗め回すのはやめてっ、とは思うものの
ぶっちゃけ千年待たせてしまったという事実は負い目というか罪悪感となって圧し掛かるので
ワンコの為すがまま、好きにさせてやることに。どう贖えばつり合いが取れるのかさっぱり判らん。
暫くするとある程度は気が済んだのかワンコが俺を解放してくれたんですが、顔がベトベト。
「もう、いいのか? ワンコ」
『良いわきゃあるかっ。まぁアンタがマサトだってのは認めてやるよ。
だけど、アンタがマサトだってんならアタシよりも先に会わなきゃならない奴がいるだろ?』
俺が気が済んだのか聞くとワンコから返って来た精神感応がそれだった。
「オルトリンデもいるんだな、案内してもらえるか?
それとこっちの皆が今の俺の仲間達だ、ここに来るまで非常にお世話になっているから宜しくな。
そっちから俺の義姉のルーシュナ クルース。俺はルー姉って呼んでいる。
ルー姉の頭に乗っている子狐がクゥーラ。かわいいだろ?
で、そっちにいるのがスノウ シルヴァニア。ドラグノールからお世話になってる。
それと皆、さっきも紹介したけれどコイツが白銀狼のワンコだ。宜しくしてやってくれ」
と俺が仲間達をワンコに紹介し皆にワンコを紹介すると
「私はルーシュナ クルース。そこのソリッドの義姉よ、そして私の頭に乗ってる子がクゥーラよ。
どちらもこれからよろしくお願いするわね」
「キュキュ~」
「私はルーシュナとクゥーラ、そしてソリッドの友人のスノウ シルヴァニアです。
魔獣とお話するのは初めてでドキドキしますけど、とても綺麗な毛並みですね。」
と口々に自己紹介をしワンコに群がって抱きついたりしながらキャーキャー喜んでいた。
フッカフカ~だのあったか~いだの可愛い~だの、あれだ確かこういうのを姦しいって言うんだっけ?
半ば玩具にされ? 多少辟易した様子を見せながらも
『お、オウ。アタシはヴォルフリーデって言うんだ。そこのソリッド? の前世の相棒の一人よ。
一応オメェらに言っておくけど、アタシをワンコって呼ぶんじゃね~ぞ?
断じてアタシの名前はワンコじゃね~からなッ』
ワンコは俺の仲間達を纏わりつかせながら駄目押ししている。
「なぁ、ワンコ。お前この名前がそんなに嫌だったのか?
俺的には覚えやすくて可愛らしい良い名前を付けたと思ってたんだけど。
ところでヴォルフリーデって名前は誰が付けたの?」
俺がそう言うとルー姉、クゥーラ、スノウの三人は無いわぁ~という白い目を俺に送ってくる。
あれ? 何これ、既視感が。 あれだ、ソレイユの時に似ているのか。
「ソリッド、あなたって本当にネーミングセンスが無いわね」
「キュキュ」
「ソリッド、幾らなんでも名前にワンコはいけません。酷すぎますよ」
ルー姉が心底呆れたような声で断言し、それに心底同意するかのようにクゥーラが首を縦に振る。
それに続きスノウには冷たい声で警告されました。アレ、俺の味方は何処へ行った??
三人の台詞を聞いて
『アンタ等は良く判ってるっ。そうだろ? そうだよなぁ、センスは無いし酷いよな。
幾らなんでもワンコは無ぇ~よな。良し、アンタ達三人の事は気に入ったっ。
オウ、聞いたか、マサト……じゃなくてソリッド。やっぱアンタのネーミングセンスは無ぇってよ。
ちなみにアタシにヴォルフリーデって素敵な名前を付けてくれたのはオルテなんだ』
ワンコ、もといヴォルフリーデは歓喜のあまり尻尾を派手に揺らしルー姉達三人の頭に
頬をスリスリしながら気に入った宣言をし、俺に対して新たな名付け親はオルテであると言って来た。
「俺のネーミングセンスは放っといてくれ。それと、合ってるとは思うけど一応は聞いとく。
オルテってオルトリンデのあだ名?」
『ああ、世界を一緒に旅してた時にアタシが呼びやすいあだ名をつけたんだよ。
アタシに素敵な名前を付けてくれた礼にな。
で、オルテに会いたいんだろ? ならアタシについてきな』
そういってヴォルフリーデはルー姉達を纏わせたままある方向へ歩き出す。
置いて行かれない様に白銀狼の後を歩く。
やっぱりオルテってのがオルトリンデのことだったか。
名前を付けあうくらいには良い相棒をしてたってことかなぁ。
さて、オルトリンデといよいよご対面ってことになるのか。
千年……か。どう考えても待たせ過ぎだろ、俺。
罪悪感であれだ、胃とか内臓が重苦しい……もう少しで再会できる喜びと罪悪感のせいで
会うのが怖いって気持ちとが同居してて訳分からん感じだぜ、自分の心なのにさ。
◆◆◆◆◆◆
しばらくヴォルフリーデの後を歩き続けていると不意に白銀狼を歩みを止めた。
『ここが千年前にアンタの家があった場所さ、ソリッド。』
振り向き俺にそう言って来るヴォルフリーデ。
辺りを見渡すと……さっぱり見覚えが無い。だって更地で目印になりそうな物も無いし。
まぁ我が家のみならず【アルコット村】自体も風化しちゃってるからな。
ただ、個別を見ると判らんけど全体をざっと見渡すと
ここが【アルコット村】のなれの果てってのは判る。
「俺の家って、更地になってるから実感が湧かないけどな。ところでオルテは何処に?」
かつての我が家に置いてあったかも知れない数々の道具はあれかな?
この千年の間に冒険者とかの肥やしになったんだろうか?
更地を見ながらそんなことを想像しつつ眼の前の白銀狼に
オルトリンデ、イヤ、お互いに付けあったと言う名前を尊重してオルテと呼び居場所を尋ねた。
『そこに地下へ通じる隠し階段があるだろ? 地下にオルテは自分を封印して休んでいるぞ。
二、三百年くらい前にちょっとばかり強い不死王と戦って消耗したのと
転生したはずのマサトを探し続けて精神的にも打撃を受けたんだろうな。
この家のあった場所で待ってれば何時かはマサトが帰って来るだろう……って言ってな。
それからアタシは思い出の場所であるこの地とオルテをずっと守護してたって訳さ』
ヴォルフリーデの話を聞いた俺は……もはやひたすら申し訳ないとしか、イヤ言葉じゃ軽すぎる。
言葉じゃ軽すぎるけれど、それでも言葉でしか気持ちは伝えられないので口にする。
「そうか。オルテにも待たせて悪かった……とは思うけどオルテが自分を封印して休んだ後
二、三百年もの間を孤独にこの地とオルテを守護してたってお前にも悪かった、と謝る。
それと、この地とオルテを守り続けてくれて本当にありがとう。感謝するよ」
白銀狼に言葉を伝えてる間にいつの間にか視界が揺れていた。
それを気付かれたく無かったので空を見上げ両目を強く閉じながら
ヴォルフリーデに感謝の気持ちを伝えた。
すると
『アタシが好きでしてたことさ。だから謝る必要は無い。まぁ感謝は受け取ってやるよ。
アタシにはそれで充分さね。 さ、オルテが待ってるんだ。早く行っておやり』
白銀狼は心底嬉しそうな精神感応でもって答え俺に先へと促して来た。
その気持ちにも応える為に隠し階段の仕掛けを作動させオルテが待つはずの
地下へと歩を進めたんだ。




