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ネームレスワールド ~ 星空の降る夜に~   作者: 茄子 富士
第七章 【NAMELESS  WORLD】 帰還、そして……
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失われた光景と火炎龍



 洞窟を抜けだし霊峰ヴァイアスを下山した俺達一行。

【ONE WORLD ONLINE】の記憶を頼りに【アルコット村】を目指し西に向かってるんだけど


「む……村が無いッ!? 街も無いッ!?」


思わず叫んでしまうくらいゲームの時には村や街があった筈の場所なのに影も形も無い。

イヤ、影も形もってのは誇張し過ぎか、風化してるけど注意して見ればそれっぽい名残はあるし。

マジか……確かに千年の時が過ぎてるんだから、とは何度も予想していたけれど本当に無いとは。

最早この地は魔物領域に侵されてしまっている、諸行無常というか兵達が夢の跡っていうか。



通常の魔物領域は外縁部に草食動物のような弱い生き物が多く内部に向かうほど強い生き物の

領域になるのが普通なのだが、ここは違っていた。

通常の野生生物が居ない為、魔物同士の喰らい合い……魔物だけの食物連鎖の領域になっていた。

ヴェルファリア王国は俺にとってVRMMOとはいえ八年近くも過ごした場所だぞ……。



脳裏にOWOで過ごした八年間の思い出が駆け巡る。

初めてのVRMMO、美しいグラフィック、肌を嬲る風、草木の香りに感動し

様々なイベントを通じて友人達にも出会えた場所。

正直、変わり果てたこの地を見て胸に鉄杭を穿ち込まれたかのように胸の内が……冷えた。



どうして……こうなった? 怒りとも哀愁ともつかない自分でも良く分からない感情が荒れ狂う。

この感情は……ヤバイッ!? 抑えろっ抑えろっ抑えろ! あれだっ、深呼吸しろっ俺!

両手を開き肺に酸素を深く、ゆっくりと取りこみ……吐きだす…………空気が、美味い。

……何度かそれを繰り返すと感情が治まって来た。不意に以前レリアママが警告したことを思い出す。

怒りの感情は危険、か。初めて実感したぜ。



「ソリッド、ちょっと大丈夫なの? 顔色が真っ蒼よ!?」


「キュキュ?」


「ソリッド、具合が悪いのなら無理をなさらないほうが……」


どうやら仲間達から見た俺は心配を掛けてしまうほどに体調(コンディション)不良の様相を示しているらしい。

ふら付いてる俺の体をルー姉が支えてくれる……不甲斐なさに申し訳ない気持ちと気遣ってくれる

仲間達に感謝する気持ちとが同時に沸きあがり、先ほど感じたヤバい感情が遠のいて行くのを

実感できた。


「ああ、支えてくれてありがとう。

記憶とあまりにも違っている光景だったんで精神的ダメージを喰らっただけだ、もう大丈夫」


誤魔化し様が無いので本音を話す。

そう言う俺の様子をジッと見つめた後、ルー姉は


「……強がりじゃ無く、一応大丈夫みたいね。でも、つまらない見栄を張ったら承知しないわよ?」


俺の体調と心理を的確に見抜き断言して来る……まったく、良く分かってらっしゃる。


「正直言って今回のこれは本気でガックリ来たけどな。この調子だとヴェルファリア王国の

存続どころか人がいるかどうかさえも怪しいって言うか絶望的って言うか。

嘗てあった我が家も余裕で更地になってそうだ……って皆、お客さんだ。気を付けろっ」


言葉と共に背中の大剣を抜き放ち多重詠唱によって身体強化を施す。

俺達の方にやって来たのは【四手熊】。体長五メートル位はあり前足後ろ足に加え中足も持っている。

口から涎を垂らし興奮した様子を見る限り俺達を餌と認識したのかもしれない。

いつも通りに俺が突撃する事で盾となり仲間達の詠唱時間を稼ぎだそうとすると

風を切る轟音を伴い頭上を大きな影が過ぎたと思った瞬間、【四手熊】が一息に咥えこまれた。



そのままその巨大な顎を天に向け【四手熊】を踊り食いしているソイツは【火炎龍】(ファイアードレイク)

名前付きでこそ無いけれど文句無しで(ドラゴン)だ。

丸かじりされた【四手熊】が【火炎龍】(ファイアードレイク)の咽喉元を通るのが良く判る。

機会(チャンス)は今しか無いっ……あれを喰い終わったら次は俺達に来る!


「“我、求めるは城砦撃ち砕く一条の槌也”【魔力の破城槌】!マジックバトリングラム


【魔力の矢】は追尾(ホーミング)能力に優れ前衛に誤射する危険性が少なく

魔力対消費効果に優れ相手の魔力抵抗力を計る為の手段としても有効な魔法でOWOプレイヤー達に

評価されていた魔法の一つだ。他の攻撃魔法だと前衛を巻き込むタイプの物が多く

使うと地雷認定される物が多かったりした。



ゆえに俺がルー姉やクゥーラ、仲間達に教えた攻撃魔法は【魔力の矢】系統だけだったりする。

ルー姉に教えた【魔力の投槍】は【魔力の矢】の一段階上の魔法なんだ。

が、この系統最上位の【魔力の破城鎚】は誰にも教えていない。

何故ならばこんなモン使ったら間違いなく前衛……この場合、俺っ……を巻き込むからな!



詠唱を終えた俺の頭上に魔力の輝きが収束し一条の巨大な槌と化し轟音を奏で

【火炎龍】に向けて飛翔し片翼を穿ちブチ抜く!

飯を食ってて俺達の事なんて路傍の石ころ以下にしか認識していなかったであろう【火炎龍】。

極太の光線によって自慢の?翼を穿たれ憎悪の視線を俺に向けて来る。



【火炎龍】の敵意が充分に俺に向いたのを確認したので俺は仲間達に


「散れっ!」


と声を掛けるとルー姉はクゥーラを抱えて右方向へ飛び立ちスノウは左方向へと飛び立って行く。

これ以上仲間達に声を掛ける必要は無い、その程度にはもう連携が取れる様になってる。

さて、無様にも飛べなくなった【火炎龍】よ。

お前はそのまま息吹(ブレス)で攻撃して来るのか?それとも突進でもして来るか?



といった嘲りの思考を視線に乗せて挑発してやるとブチ切れた【火炎龍】は周りの大気を

肺一杯に吸い込む動作を見せる、奴が選択したのは灼熱の息吹(ブレス)


「悪いな、【火炎龍】(ファイアードレイク)。俺は今っ、猛烈に機嫌が悪いっ! よって、八当たりさせて貰うっ!!

“我は転移す、空なる狭間を”【小転移】(ショートテレポート)!」


【小転移】は【魔術士】が敵からの攻撃を避け難い状況の時に使われる奥の手の魔法だ。

俺が【小転移】を発動させるのと【火炎龍】が息吹(ブレス)を放ったのはほぼ同時。

ブレスは誰も存在しない空間を焼き払ったはず? 見て無いから判らんけど。

俺が転移した場所は暢気にブレスを放っている【火炎龍】の背面左足の後ろ。



遠慮無く隙だらけの左足に真銀の大剣を刀身の根元まで刺し(チャージングスラスト)込ませて貰う!

そのまま力尽くの薙ぎ払い(グレートクリーブ)によって大剣を抜き放ちその回転力をそのまま

両断(バイセクション)する太刀筋へと繋ぐ!

大剣によってズタズタに切り裂かれた【火炎龍】の噴出する流血によって返り血で染まる俺。



少々、調子に乗り過ぎた様で辺りの空間を震動させる怒号とも悲鳴ともつかない咆哮を上げる

【火炎龍】の振り向きざまの尻尾攻撃(テイルアタック)を喰らってしまった。

俺の背丈を超える極太の鞭を喰らったようなもので喰らう寸前に後ろっ飛び(バックステップ)

していた為、ある程度は衝撃を殺せたけれど無茶苦茶吹っ飛ぶ俺。



地面にぶつかる寸前に受け身の態勢から後回転へと移ることで更に受ける打撃(ダメージ)を殺す。

恐らく二十回転以上をゆうに越えて止まる頃


「“我、求めるは彼を貫く光りの槍也”【魔力の投槍】!(マジックジャベリン)


「“我、求めるは敵を穿つ光の矢也”【魔力の矢】!(マジックミサイル)


ルー姉とスノウによる詠唱が聞こえ魔法が着弾する轟音とともに

怒号とも悲鳴ともとれる【火炎龍】の咆哮が耳に届く。

寝てる場合じゃないので跳ね起き、後回転してる間に手放していた大剣の下へ駆け

手早く回収し再び全力で【火炎龍】の下へ疾走(ダッシュ)する。

受けた痛み? 戦闘中ってのは脳内麻薬(アドレナリン)全開なので無視だ無視。



片翼が傷つき今は飛べない【火炎龍】だから宙に舞うルー姉やクゥーラ、

そしてスノウの心配は要らないと思うけれどそれはそれ、これはこれ。

やはり不安なのでなるべくそちらに【火炎龍】の敵意を向けさせたくはなかった。

【身体強化】に加え【魔力の破城槌】、【小転移】と魔力消費の大きな魔法を使い

今の俺は残りの魔力が殆んど無いから後はもう体力の続く限り斬って斬って斬りまくるしか無い!



案の定と言うべきか?【火炎龍】の敵意はクゥーラを抱えるルー姉の方に向いている。

【魔力の投槍】を何本か判らんけど、しこたま撃ち込んだんだろうなぁ。

まぁおかげで隙だらけの背面をさらしちゃってくれてるのでルー姉が俺に好機をくれたって事にしよう。

左足は先ほど切り刻んだので引きずっているし今度は右足で良っか!



遠慮無く縦横無尽に切り裂いてやった。

己の右足を切り裂かれ俺に気づいたのだろう、またもや振り向き様の尻尾攻撃をしてくるけど

二度も喰らわん、カウンターで尻尾を両断してやると【火炎龍】ははっきりと悲鳴を上げた。

両脚がズタボロになり尻尾もチョン切られまともに動けなくなり弱った【火炎龍】。



その後は俺がメッタ斬りを続け、ルー姉、クゥーラ、スノウによる魔法の連弾攻撃に加え

碌に反撃する力も無い【火炎龍】にルー姉とスノウ二人の龍人による落下攻撃(ダイブアタック)まで加えられて瀕死状態になった龍の頭を俺が断ち割ることで止めをさしてやった。



◆◆◆◆◆◆



「冒険者登録をした時には自分たちで竜を倒す事になるなんて夢にも思わなかったわ」


倒れた【火炎龍】から魔物素材を剥ぎ取っている時に聞こえて来たルー姉の述懐。


「私も家出して来た時は竜を倒す事になるなんて全然想像もしてませんでした」


続くスノウのため息混じりの台詞。


「……キュキュ」


ある意味、最も感慨深そうなクゥーラの一声。

冒険者に限らず憧れの一つだからなぁ……龍退治ってのは。

【火炎龍】は名前付きでは無いとは言え下位竜の中ではもっとも獰猛な竜だし

これを倒した一行ならば何処でも称賛を受けるに相応しい強さだもんな、皆の感慨も判るわ。



ちなみに龍人は竜の因子を受け継ぎ竜に敬意を持つ種族ではあるが

その敬意は意思疎通が可能な上位竜に向けられるもので自分達に害をなす竜に対しては

上位、下位に関わらずこれっぽっちも敬意を持ち合わせない種族なんだとさ。

スノウの話によればな……人で例えるなら神様なら良いけど邪神は嫌って感じか?



「だな。【火炎龍】を討伐出来たってのは普通に自慢出来そうだしな。

魔物素材としても高く売れそうだし。

ただ、この地域に冒険者ギルドどころか住人が一人も居そうにないってのが一番の問題だけど」


皆の話に相槌を打ったものの図らずもぼやいてしまう俺。

不味いな……いつまでも愚痴愚痴してるのは性に合わないってのに。

いい加減に気持ちを切り替えないと……と思いながら素材を剥ぎ取っていると


「空元気でも良いから元気を出した振りをしていなさい、ソリッド。

意外と空元気でも出していると本当に元気になって来るものよ?

ところで……素材、牙や鱗くらいならある程度持って行けるけど他の部分はどうする?」


ルー姉が俺に気分転換のコツ?を教えてくれると共に馬鹿でっかい残りの素材部分を

どう処理するのかを尋ねて来る。

う~ん、大抵の魔物素材なら諦めも付くってもんだけど下位とはいえ竜の素材だからなぁ。

さすがに放置していくってのは未練が残り過ぎるよな。


「そうだな……今の俺、さっきの戦闘でほとんど魔力が空っぽなんだけど皆はどうだ?」


とルー姉、クゥーラ、スノウに尋ねてみると


「私は……そうね、結構残ってるかも?」


「キュ」


「私もそれほど魔力を使ってませんので余力はありますよ?」


とのご返事を頂いた。それならば……素材を放置したものだと覚悟を決めて試してみてもらうかな?


「それなら、折角の竜素材だしこのまま放置して行くのも悔し過ぎるから試してみるか?

【亜空間収納】の魔法を使ったらどれくらいの時間が持ちそうだ?」


【亜空間収納】ってのは他のゲームでたまに見かけるアイテム箱みたいな魔法だ。

ただ、維持し続けている間は絶えず魔力を消費し、仮に亜空間に道具を収納したまま

魔力が切れると亜空間が消滅し、ついでに亜空間に収納していた道具も消滅する

危険性があるんだけどな。



……たえず魔力が消費するってのは精神が持続的に疲れていくから

普段はお勧めしないんだけど今回の獲物クラスならば試す価値ありってことで。

で、聞いてみたところ


「う~ん、私は今から三日くらいなら持つかしら?」


「……凄いですね、ルーシュナ。私は頑張って二日が精一杯です」


「……キュキュ」


とのご返事。

さすが公式チート種族、龍人半端じゃないわぁ……ルー姉が三日にスノウが二日ですか。

ちなみにクゥーラは悲しげに首を左右に振っていました。

まぁ人型に変身するだけで魔力消費しちゃうしな、アイテム箱まではとてもとても、ってとこか。



「それならルー姉とスノウで一日交代で展開してもらって売り払うまでは維持して貰っても良いか?

クゥーラ、気を落とさなくて良いぞ、俺も魔力満タンでも一日維持は無理だからな」


とルー姉とスノウにお願いをし、全身でしょげかえっているクゥーラを慰める為に

撫でながら俺もたいして維持出来ない事を明かし慰めた。二人が凄すぎるだけなんだよな、本当に。


「そうね、一日交代で良いなら行けそうな気がするわ。よろしくね、スノウ」


「はい、頑張って維持しますね。よろしくお願いします、ルーシュナ」


って事で話が纏まった。



◆◆◆◆◆◆



その後は、あるかどうかは判らんけどそのままかつての我が家を目指し続けたんだよな。

この目で確かめないと気が済まないっていうか踏ん切りが付かないし。

で、予想通りというか【アルコット村】があるはずの場所についても村の面影は無かった。

だけど、しょげ返る俺の前に巨大な白銀の毛並みを持つ狼が立ち塞がったんだ。










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