力の信奉者
転移した先はヴェルファリア王国が誇る霊峰ヴァイアスの洞窟内。
霊峰と言うだけあってヴァイアス神の御座す御山とされていた筈だ……ゲームでは。
ヴァイアス神はヴェルファリアの守護神とされていた筈だ……うろ覚えだけど。
取り敢えず辺りは真っ暗なので魔法で明かりを点けよう。
「“我は灯す、闇を払う鬼火”【灯火】」
宙に漂う鬼火によって辺りが照らされ見覚えのある岩肌に包まれた洞窟内が浮かび上がる。
それにしても転移門とかゲームじゃ便利なので何度もお世話になったけれど
現実だと軍事利用されたら危険すぎないかなぁ? 距離の概念が崩れるから大帝国とか出来そうだ。
……俺が心配する様なことでもないか。
「ここがソリッドの言うヴェルファリア王国って処なの?」
俺に続いて転移門を潜りぬけて来たルー姉が辺りを見渡しながら呟いている。
続いてスノウが転移門から現れルー姉の頭の上で欠伸をしているクゥーラ。
「ヴェルファリア王国って国が存続してたらその筈さ。
ここはヴェルファリア王国の北東端にある霊峰ヴァイアス内の洞窟だから
王国北西端にある……かもしれない【アルコット村】を目指すって訳だ。
そこに俺の探している人の手掛かりがある予定?」
全員揃ったのを見て今後の行動予定を説明した。
「フゥ~ン、つまりその探している人が以前から言っている前世の人って事よね?
この大陸の地理や転移門の存在する場所をぴったり言い当ててるしね。
私もソリッドの前世の記憶って言うのが信じられるから聞くんだけど
探している人ってあのお話に出て来る勇者でクゥーラのお母さん、
ナインさんの友達で女の人なんでしょ? その人との関係って前世の恋人だったの?」
忍び笑いを洩らしながら聞いて来るルー姉。
弄る気満々なのが丸判りです、お姉さま。
しっかし俺とオルトリンデの関係ねぇ……錬金術士とホムンクルスの知名度が殆んど無いこの世界。
どうやって説明したもんか? と悩んでいるとスノウが
「ソリッドって前世記憶保持者だったんですか? 初耳ですね。
そういえば千年位前までは【転生者】と称する人達が結構存在したって話を
私の村の大人達が話してた事があったんですが本当にいるんですね」
俺にとって聞き流せない事をサラっと仰る!
灯台下暗し、そっかスノウには前世の話はしてなかったし聞いて無かったわ……。
ドラグノールならば千年前の事を知っている人達が多いし聞くべきだったんだよな、失敗したぜ。
恐らく転生者ってのはプレイヤーキャラ達の事だろうし転生システムと関係があるんだろうな。
取り敢えず
「ルー姉、俺が探している人はオルトリンデって言うんだけど恋人だったって訳じゃないぞ?
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだけど腫れた惚れたの恋愛関係じゃなくてさ、
何て言うか……戦友ってのが一番近いのかな?
それとスノウ、言うの忘れてたけど俺は確かにその前世記憶保持者だ……黙ってたのは悪かった。
で、良かったらその【転生者】について他に知ってる事があったら教えてくれないか?」
俺を弄る気満々なルー姉にはホムンクルスのことを伏せ
俺がオルトリンデに恋心を持つかもしれないのは否定しないけど言わないでおいた、弄られるし。
はっきり言って俺の理想だしなぁ……惚れてもおかしくは無いよな、この先。
それ以外は正直な気持ちと事実上の関係を打ち明ける事で話を終わらせた。
もっとも俺の返事に不満そうな顔をしているのでいつかまた聞かれそうだけどさ。
それよりも転生者について話を聞いてみたかったのでスノウに尋ねた訳だ。
するとスノウは
「いえいえ、プライベートな事ですし黙っていて当然の話だと思うのでお気になさらずに。
でも、【転生者】のことですか? 先ほど述べた以上の事は殆んど知りませんよ?
千年前辺りは結構いたそうですが、その後はぱったりと出現しなくなったと
集落の大人の人達が話しているのを聞いた事があるくらいですし」
と俺の謝罪をそういって受け入れてくれ、転生者の事については申し訳なさそうに答えてくれた。
「いや、その後ぱったりと出現しなくなったっていう情報だけでも充分過ぎる。ありがとう」
「フフ、それなら良かったです」
俺が感謝すると朗らかに微笑むスノウ。
さて、スノウの話から千年前には転生者という存在が居たらしい事が判った。
恐らく転生システムを使ったプレイヤーキャラだろう……中身の地球人に関しては判断できんけど。
しかしその後はぱったりと出現しなくなった……か。
一応推測は出来る。
この世界と【ONE WORLD ONLINE】の最大の違いってのは時間が進むか否か、だからだ。
この世界じゃ当たり前に時間が過去から未来へと繋がり進んでいくけれど
ゲームであったOWOでは時間が進まなかったからな。
朝昼晩と太陽が昇ったり沈んだりはしたけれどゲーム内年代は進まなかった。
つまり設定上で短命の人間だろうが長命のエルフだろうがゲームじゃある意味皆不老だったからな。
ゲームによっては世代交代を取り入れた物もあったけどOWOは取り入れて無かったからなぁ。
だいたい大勢のプレイヤーがログインするゲームなのに時間の概念を入れたら
メインクエストやイベントだって最初に登録した人達しか遊べなくなるもんな。
時間が進まないから転生システムを使って職のやり直しをしても
レベルが一から始まるだけでキャラ年齢は変わらなかったし
キャラが違えばメインクエストだって何度も受けられた。
そういう意味で千年前がゲームとリンクしてたなら
転生者が現れた時期もメインクエスト進行中の期間だけ、って推測した訳だ。
転生者の話は一旦おいて、それにしてもおかしいな?
転移門から洞窟の出口までは一直線の筈だから外の光が見える筈なんだけど……見えん。
俺達は転生の事などを駄弁りながら鬼火の灯りを頼りに外に向けて歩いていたんだけど
通路の途中でまたしても大岩に道を塞がれてたんだ。
「また大岩か……今度は洞窟の通路の天井まで塞がってるし
飛んで行くってのも出来ないな、これじゃ。
ロンバルドでも塞がってたし、もしかすると意図的に誰かが塞いだのかも知れないな」
思考だだ漏れで思わず呟いてしまう。
「誰かが意図的にこれで通路を塞いだって言うの?
何の為に……あ、軍の侵略を防ぐ為にってこと?」
俺の呟きを聞いたのかルー姉が反応し推論を上げていた。
やっぱその推論に行きつくかぁ。
スノウもルー姉の推論を聞き
「確かに……この転移門を使えば世界各地に軍を派遣しやすくなりますし
混乱の元になりやすそうですよね。……旅人や交易商人にはとても便利そうですが」
やはりと言うか軍事関係の利用を懸念していた。
でもまぁ、転移門そのものを移動させる事は不可能なので
何処の国も転移門の所在地と利用法さえ把握しているのなら
前もって転移門へ通じる道に砦なり要塞を築いたりと備えを取るだろうし
問題無い様な気もするんだけどね。
「まぁな。意図的に塞いだってんなら軍事関係の利用を恐れてってのが妥当だろう。
それにしては大岩で塞ぐだけってのも封印法としては杜撰な気もするけどさ。
他には玄室内に【下位吸血鬼】が居たからアレを外に出さない様にって予想も立つけど
【親】が居たとしたらこの程度じゃ足止めにもならんし……やっぱ軍関係かな?
それはともかく、このままじゃ俺達も外に出れないからどうにかしないと」
二人の推測に同意を示し、道を塞ぐ地返しの大岩をどう除去するかを尋ねると
ルー姉が沈思した後こんな提案をしてくる。
「そうね、でも力尽くで砕くのは洞窟の通路の落盤を招きかねないし論外ね。
……この道を塞ぐ大岩の下に【罠創造】の落とし穴でも作って
岩を沈下させて進むってのはどうかしら?」
「キュキュ~ッ」
ルー姉の提案を聞いてそのフサフサした立派な尻尾をブンブンと振りながら
良い声で鳴くクゥーラ、賛成ってことらしい。
【罠創造】系の魔法はゲームだとPVPの集団戦が始まる前に要所に仕掛けたり
プレイヤーが造り上げた迷宮や建物内に侵入防止用の為使われていたけれど
それをこういう風に使うとはね……色んな応用法があるもんだ。
「さすがルー姉、それなら落盤事故も無さそうだし名案だ。その方法で行こうぜ」
「さすがですね、ルーシュナ。【罠創造】は私もお手伝いします」
クゥーラを始め俺やスノウに誉められて顔は勿論、ピコピコ動く長い耳まで真っ赤に染め
エヘヘと照れ笑うルー姉。
その後、俺達は四人全員で【罠創造】による落とし穴を作る為に大岩の前に散り
真言を唱えようとした時、背後から
「少々その行為を止めて話を聞いては貰えないかな、諸君?」
と声を掛けられたんだ。
声を掛けられるまで全くと言って良いほど気配を感じなかったので心臓が跳ね上がりながらも
呼びかけて来た声の方へ振り向く。
するとそこにはシルクハットを被り手入れされたカイゼル髭を生やし
貴族の礼服を着た男がステッキを地面に突きながら佇んでいた。
「アンタ……吸血鬼だな? チクショーッ!
普通、吸血鬼っていったらお色気満々のお姉さんじゃないのかよっ!?
失望したっ、吸血鬼っていったら美形で定番なのに何が悲しくてオッサンかっ、誰得よ!?」
カイゼル髭に確認すると共に思わず本音を叫んでしまう。
対峙していてそれなりの威圧感を感じるけど、この手の威圧感だと今のところ
謎空間の神域で会うレリアママを超える奴って流石に居ないよなぁ。
ちなみに【吸血鬼】って存在は魂の流れを自ら断ち切ることで不死化した存在で
消滅したら二度と転生出来ない代わりに疑似的な永遠の生命を得た存在なんだ。
【下位吸血鬼】ってのは【吸血鬼】の操り人形にされた人達で大抵は生前の自我なども失っている。
それでも疑似的な生命を持ってはいるので魔力もあるんだよな。
俺の魂の叫びを聞いて吸血鬼に対して身構える仲間達。
俺も大剣を引き抜いて構える訳ですがオッサン相手なので微妙に戦意が沸きません。
相手がオッサンでは無くお色気美女だったならばきっとテンションマックスだったのに!!
そしてオッサンは、と言うと……何やら肩が震えています。
あ、段々震えが大きくなり
「ッ……フ……ククク……ハァッハッハッハ!
面白いな少年ッ、この二、三百年ここまで腹の底から笑わせて貰った事は無いッ。
まぁ私は人であった頃から性別は男だったからな、今更美女にはなれんよ、少年」
大笑いし、俺にそう言って来るカイゼル髭。
「当たり前だっ、オッサンが今更美女になったって気持ち悪いだけだっ!
で、用件はなんだ? 玄室で退治した下僕達の敵討ちか?」
オッサン吸血鬼の真意が今一つ判らんので挑発気味に尋ねる。
逆上して襲いかかってくるなり真意を述べるなりしてくれた方が手っとり早いからな。
が、オッサンは逆上する訳でもなく相変わらず含み笑いを洩らしつつ
「安心したまえ、確かに私がねぐらに戻って見れば下僕達の姿が見当たらず驚きはしたがね。
床の埃を見れば無数の争う足跡と共にこちらに向かう転移門へと足跡が続いていたので
追って来たという訳だ。無断で私の住居に踏み込んだ君達ではあるが
今のところ私には君達とあえて争うつもりは無いよ」
とカイゼル髭を片手で撫でつけながら言って来るオッサン。
ねぐらに踏み込んで下僕を退治した俺達と争う気は無いってか?
あからさまに胡散臭過ぎるけど、実際にこちらに対して悪意や戦意の様なものを感じない。
大剣の切っ先を地面に向ける事で一先ずこちらの態度を示し
「……争うつもりが無いなら、ますます何の用件なのか判らん。用件を言って貰おうか」
言葉に刃を乗せる気迫をもって問う。
するとオッサンはカイゼル髭を撫でる手を止め
「フフ、中々良い気迫だな少年。用件は唯一つ、転移門の存在を世に広めない事を約束してもらう。
私はこの転移門の管理をとある組織によって任されている身。
本来ならばこの転移門の存在を知った者達には口を封じる為に我が下僕となって貰うのだが
少年、君の連れのお嬢さん達お二人さんはかの龍人族であろう?
それに少年の持つ大剣は私にとって厄介な武器の様だ。……私はな、少年。
如何なる種族であろうと力を持つ者には一定の敬意を払うのだよ。
その敬意を持って転移門の事を黙っていると約束するのならば見逃してやろう」
と長々とご説明して下さった。
「ハッ、エラく上から目線の物言いだな?
それはまあ良いとして、俺達が転移門の事を黙っていると約束してこの場を通り
その後で約束を破って転移門の事を他者に洩らした場合はどうするつもりなんだ?」
と敢えて約束を破った場合の事を聞く。
まぁ約束した場合は破るつもりは無いけどオッサンの対応を聞いてみたかった。
するとオッサンは
「フフ、心にも無いことを言葉にするのは止めたまえ、少年。その行為は魂と誇りを汚す事になる。
少年の問いに答えるならば……行動では何もせんよ。ただ、軽蔑するだけだ。
しかし、私のこれまでの経験上ある程度以上の力を持つ者達は善悪関係無しに誇り高い者達が多い。
一度交わした約を違える様な詰まらん事をする者など居なかったと言って良いだろう。
ま、その分約を交わす時は充分に念を入れる者達ばかりではあったがね。
私が一瞥した限りでは君達もその類であると認めただけだ。
で、どうする? 少年。転移門の存在を隠すと約束するかね?」
と自ら出会った力ある者達の誇りを語り再度俺達に尋ねて来た。
力の信奉者って奴か。強者には敬意を弱者ならば踏みにじるってか? 判り易い。
……これもまた強者に対する信頼って奴かなぁ、今一つ納得は出来ないけど。
とはいえ、俺達の目的は先に進む事でオッサンと戦うことじゃないしな……なら返事は
「まぁ良いさ。転移門の存在を知らない者達に明かさなければ良いんだろう? 約束してやるさ」
と告げるとオッサンは両手をステッキに乗せた姿勢で
「ここに約定は交わされた事を宣言しよう。
では、行きたまえ少年達よ。私もこれで自らのねぐらに戻らせてもらうよ」
と仰々しく宣言した後はあっさりと俺達に背中を向け転移門の方に歩き去って行ったんだ。