賭けと酒場の喧嘩
元ロンバルド王国内に入り込んだ俺達四人は幾つかの貴族領を越え
【ブルーリーフ】という王都に近い街で宿をとる事にした。
国内に入る前にルー姉とスノウに龍人である事は極力知られない様に注意を促し
スノウの鎧については旅用外套で誤魔化す事に……。
誤魔化す必要があるかどうか判らなかったからな、あの時点じゃ。
なんせスノウが他種族女性の鎧姿なんて見た事無いって言うからさ。
まぁ国内に入ってみたら冒険者の数が多くスノウの様な格好をした女性冒険者も珍しく無かったので
それは取り越し苦労だったけどね。
魔族と呼ばれる種族に支配された国なのに予想以上に冒険者の姿が多かった。
面倒事や危険が多ければ多いほど仕事が増える職業だしな……彼らにとっての稼ぎ時?
戦時中って訳じゃ無いけど、きな臭さを感じて集まる傭兵みたいな印象か。
それとは別に冒険者達が装備している武器防具の意匠が
【ONE WORLD ONLINE】のプレイヤー達を彷彿させたので何やら懐かしさを感じてしまった。
国内に入って最初に着いた村は普通の村だった。
村市場で食糧の買い込みや魔物領域で得た魔物素材を売却する時に聞き込んだ話だと
ラーグ勢力が侵略して来た当時は侵略途上にあった村や街は食料確保のために
悲惨な目にあったそうだけど他の村や街は被害に合わなかったらしい。
侵攻勢力が王都を落とした後は捕えた王族を見せしめの為に全て処刑し
反抗する諸侯達へ降伏するよう促し拒否した勢力を徹底的に叩き潰したそうだ。
聞いた感じだと頭から潰す手段を徹底してる感じかなぁ?
そんな感じでロンバルド王国を落とした後は手勢の二千人と共に王都で君臨しているそうだ。
最初に着いた村ではそんなに大した話は聞けなかったけど国の内部に入れば入るだけ
侵略当時の状況から最近に至るまでの経緯を詳しく聞く事が出来たんだ。
フランドール大陸ではラブラドール大陸で登録した冒険者証明書を使えないので
最初の村から一番近かった街で冒険者登録を済ませ街から街へ移動する商人の護衛依頼を受けながら
王国内を西へと移動し現在地【ブルーリーフ】に至った訳だ。
この街に至る道中において肌で触れた感想は面従腹背ってとこだな、ラーグに対しての国民の感情は。
表面上は大人しく従って機を見て一気に……ってのが大多数で
残り連中が興味無いかラーグに大人しく従ってる人達だ。
そういえばここに来る途中、反乱の兆しでもあったのか龍人五百人の軍勢に落とされ見せしめにされた
貴族領の話を聞いたな……護衛依頼を共に受けていた冒険者から聞いた話で
その貴族領に物資を運べば良い稼ぎになるとか何とか言ってたっけ。
後は周辺諸国家の動きを掴む為
冒険者ギルドで他所の国から流れて来た冒険者達で集めた情報だと
周辺国家間でこの国に対する対外同盟は組んだものの連携が取れて無い模様。
一国でこの国に攻めても勝ち目が無い為、同時多発的に攻め込む案は何度も出ているらしいけどな。
勝利した後の諸権利を巡って対立し上手く回らんそうだ。
……勝利した後って同時多発的に攻め込んでも各個撃破で終わる気がしてならないけど
各国の軍首脳部は龍人達に対して勝算があるんだろうか?
さすがに軍首脳部が無能ってのは考えられんし何かあるのかもな。
それにしても冒険者達が居なかったらここまでの推測を立てる事が出来なかったわ。
自分達の生命と生活が掛ってるんだから情報に敏くて当然なのかもな。
冒険者ってのは割と情報に通じた人が多く飯とか酒を奢ると色んな話が聞けるんだ。
彼らの武勇伝の類は情報の宝庫っていうか玉石混交っていうか。
まぁ聞いてて面白いし今回は役に立ったかな?
これまで集めた情報からラーグ陣営の状況を推測すると現状じゃ国内支配で精一杯。
二千と言う少ない手勢が頼りだから闇討ちの類を警戒してか王都に結集させている。
諸侯を従えてはいるけれど反乱等もあるのでそういう時は相応の軍勢で攻めよせ
叩き潰している……と。
国外からは攻められる気配もあるので相応の対策は立てているとは思うけど
軽々しく動ける状況では無い様子だ。
それらを踏まえて今後の俺の行動はと言うと……ラーグ陣営に関わる必要無し。
放っとけってな結論になった。
現状だとドラグノール国にいるルー姉のご両親の心配はいらん気がするもんな。
ってな訳で俺は俺自身の目的であるオルトリンデの捜索の為OWOのマイホームを目指す事にしたんだ。
◆◆◆◆◆◆
「それにしても冒険者の人達は色んな種族の人達がいますね。
建物や衣服、生活の習慣なんかも見てると私達の集落のそれとは違ってますし面白いです」
【ブルーリーフ】の街の冒険者ギルド一階、酒場の席で杯を口にした後スノウが呟いていた。
この街までの護衛依頼を果たした報酬を受け取り、この国の情勢を冒険者達から聞き終えた後
俺達は旅の疲れを癒す為この酒場で一席を設けたって訳だ。
スノウは他の冒険者達の衣服や酒場の造り、卓や椅子などを忙しなく見まわしている。
この国に入って以来スノウは絶えず周りの観察を行い感嘆の意を口にしてた。
「スノウじゃ無いけれど私も色々驚いたわ。
この大陸の人達の建築様式や衣服の意匠、今食べている物や飲んでいるお酒なんかも
私達の知るものと全然違うものね」
卓に置かれた料理の数々を嬉しそうに眺めた後、ルー姉も呟いていた。
まぁこの大陸の物は洗練された印象を受けるからなぁ……千年前と関係あるのかも。
人型になっているクゥーラは一心不乱になって眼の前の料理を平らげている。
油揚げとかあったら食べさせてみたい気がする……もしくはお稲荷さんとか。
「文化の違いや食い物の違いを楽しむのも旅の醍醐味って奴だろ?
それより二人ともご両親の方、今の情勢なら大丈夫そうだし良かったよ」
「そうね、今まで見て聞いた様子だと一安心って処かしら?」
「ですね。予想していた状況と全然違っていたので面喰いましたけど。
もっと切羽詰まった状況だと予想していましたから」
俺がルー姉とスノウに話を振ると二人とも同意していた。
クゥーラは頬を栗鼠の様に膨らませて食べ続けている。
出された料理の中では鶏の唐揚げがお気に入りのご様子。
見ていて微笑ましい健啖家振りに何となく見ているとクゥーラは
「とっても美味しいの。ソリッドお兄ちゃんは食べないの?」
と口にしていた物を飲み下すと俺に向けて無邪気な笑顔を向けながら尋ねて来た。
それに答えようとすると派手な物音が背後から轟いたので振り返って見ると
一人の男が殴り飛ばされ卓をひっくり返している光景が目に映る。
冒険者同士の喧嘩だ……酒が入ると珍しくも無いしな。
俺達の卓まで巻き込まれない様に注意して見ていると
どうやら殴り飛ばされた男は多勢に無勢といった様子で孤立している。
とはいえ多勢の方も実際に手を出しているのは一人なので実質は一対一か。
酒場での冒険者同士の喧嘩ってのは勝敗が決まるまでは止めないのが暗黙の了解なんだ。
理由は賭けの対象だからだ……ってのが半分で後の半分は途中で止めると
不完全燃焼を起こしわだかまりが残るからだ……血の気の多い野郎ばっかだしさ。
周りが止めに入るのは勝敗が決まった後に勝者が尚も敗者を嬲る場合に限られる。
ああ、後は喧嘩に武器の類や魔法なんか使いだすと唯の犯罪者になるのでその場合は別扱いだ。
さっそく賭けが始まった。
「兄ちゃんもどっちが勝つか賭けに参加しないか?
よかったらそっちの別嬪さん二人も……って兄ちゃん随分羨ましい連れじゃねえか!?」
賭けの胴元を始めた戦士風の男がこっちに寄って来て賭けの参加を促して来るついでに
ルー姉とスノウの方を見て羨ましそうに仰る。
傍から見ればハーレムパーティーに見えるんだろうなぁ……実際そうだったらとは思うけど。
「良い連れだろ? で、賭け率はどっちが高いんだ?
ついでに喧嘩になった理由も聞いて良いか?」
連れに関しては否定する要素も無いので軽く流し
こういった催し事は参加しないと場が白けるからな。
どうせ賭けるなら感情移入出来る方を応援したいので
喧嘩になった理由と賭け率を聞くと
「お? おお、殴り飛ばした方が人気だな。倍率で言うなら殴り飛ばされた奴のが高いぞ。
喧嘩になった理由は理想郷って処が本当に在るのかって口論が元でな。
殴った奴はそんなもんある筈無いって奴で、殴られた方は本気であるって吠えてた奴だ。
酒も入ってたし口論が白熱してああなったって訳だ」
ルー姉とスノウに見惚れていた男が我に返って答えてくれる。
理想郷の在る無しか……現実主義者と夢想家の対立ってとこか。
個人的には夢想家の方を応援したいな……ってな訳で
「よし、それなら俺は殴り倒された方に一口乗るぜ。ルー姉とスノウも賭けるか?」
財布から一口分の銀貨を一枚、男に渡しながら食事中の二人に尋ねると
「そうね、私も殴り倒された方に一口乗るわ」
とルー姉が銀貨を男に向けて親指で弾き、スノウは
「賭けごとはちょっと苦手なので……申し訳ありません」
と台詞通り申し訳なさそうに断って来た。
ちなみにクゥーラは我関せずとばかりにハグハグとお食事に勤しんでらっしゃいました。
喧嘩があろうが騒ぎが起きようが自らに危険が無いと判断した後のクゥーラは豪胆だよなぁ。
「ほぅ……倍率の高い方に一口ずつか。ハハ、強気じゃないかお二人さん。
じゃ、この紅い串一本が一口乗った証だ、喧嘩が終わるまで持っててくれ。
それじゃあな。」
俺とルー姉から銀貨を一枚ずつ受け取った戦士風の男が手に持っていた茶色の串と紅い串の内
紅い方を一本ずつ俺とルー姉に渡し別の冒険者達に同じように賭けを持ちかけに行く。
ほんのちょっぴりとは言え賭けをすると喧嘩への注目度って言うか感情移入度は段違いになる。
つまり
「オラッ へばってんじゃ無ェぞ、手前っ!?
立てっ! 殴れっ! そこだっ関節取れやコラッ! 殴られてんじゃネェエェェ!??」
「あぁっ? 何やってるのよっ、もうっ殴られてんじゃ無いわよ!?
立って殴りなさいっ! そこそこ潰しちゃえっ! って何でそこで殴られるのォオォォ!??」
と俺とルー姉の賭けた対象である彼への応援も熱が入るってもんよ!
他の賭けに参加した冒険者達も似たようなもんだ、違うのは応援対象くらいだろう。
逆にスノウの様に賭けに参加して無い者達は冷めまくった目線を送っているがこの場じゃ少数派だな。
クゥーラは食べる事に夢中です、賭けに気付いているのかさえも怪しい。
俺とルー姉が応援する対象である彼は見た目は人間族の男で年齢は俺と同じくらい?
鎧の類を装備して無く腰に片手剣を吊るしているだけなので酒を飲みに来ただけの冒険者だろうか?
応援むなしく殴られまくっております、もっと頑張れや!!
喧嘩相手の漢は洒落た意匠の金属鎧を着た牛頭の獣人族で体格差も凄い。
牛頭の漢はさすがに手甲は外しているけど硬く握られた拳はどう見ても凶器です。
その凶器が応援する男の腹や顔面に容赦なくブチ込まれ一発当たる毎に男が吹っ飛ぶ。
腹を殴られれば体をくの字に曲げながら吹っ飛ばされ
顔面を殴られれば錐揉みしながら吹っ飛んでいく。
俺達が応援する彼は一度も牛頭に殴り返せていない。
体格差からストレート系の打撃だと金属鎧を殴る事になり拳を痛めてしまうだろう。
頭を狙うにはアッパー系の打撃じゃないと届かないので読まれやすいってのもありそうだ。
が、それ以前に殴る素振りさえ見せない……最初から諦めてるのか?
いや、最初から諦めているのなら殴り飛ばされた後わざわざ立ち上がる筈も無いし。
声援を送りながらそんな事を考えていると殴り倒した牛頭が倒れた男に
「バハハ、認めるか? 手前の言う理想郷なんぞこの世界には何処にもありゃしねぇってな!?」
と説得してんだか罵声を浴びせてるのか今一つ判らん台詞を叫びつつ倒れた男を蹴飛ばした。
蹴飛ばされた男は応援していた俺の脚元まで転がって来た。
そのとき偶然、眼が合ったのだけど男は笑ってたんだ。
嘲笑や冷笑の類じゃなく、心底楽しんでいる笑顔だった。
男は笑いながら立ち上がると
「あるぜ? 理想郷は何時だって何処だって俺の此処にな!!」
と自分の胸を親指で示しながら叫び初めて牛男に向けて殴りかかり
暴風の如き一歩を踏み出しただけで間合いを詰め硬く握られた拳が牛頭の顎に炸裂した!
形容し難い音……肉を持つ身が絶対に鳴らしては不味い類の音を響かせ
途中にあった卓や椅子、ついでに牛頭を応援していた観客を巻き込みながら牛頭は吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ牛頭は殴られた瞬間に気絶してたな……あれは。
凄まじい拳の一撃に酒場にいた観客は絶句し辺りは一気に無音の世界に包まれていたぜ。
俺達が応援していた男は殴ったあと牛頭がどうなったかには関心を示さず後ろを振り向き
俺達の席の方に近寄って来た。
「ハハッ応援してくれて感謝するぜ。 ほとんどの奴は俺じゃ無い方に賭けていたみたいだしな。
じゃ、縁があればまたな!」
と随分楽しそうに笑いながら俺とルー姉に声をかけそのまま外に出て行くのを見送った。
それにしても牛頭を吹っ飛ばした時に見せたあの身体能力は……。