遭遇…
転移門を潜った俺達を待っていたのは……闇に包まれた真っ暗な空間だったんだ。
「“我は灯す、闇を払う鬼火”【灯火】」
ルー姉の声が響くと同時に辺りを照らす明かりが灯ると周囲の様子が浮かび上がる。
辺りは岩肌に包まれた洞窟……かと思ったけど所々木材などで補強されている処を見ると
どうやら炭鉱とか鉱山の様な類らしい。
初っ端が大平原だったからどんな場所に出ても今更驚きはしないけどさ
塔の麓の街に戻されなかったのは良かったぜ……先には進めたって事だもんな。
ま、戻されたら戻されたで塔の出入り口を確認出来たって事だから
そっちでも良かったのかも知れないけどな。
ルー姉の【灯火】によって明かりは点いたけど俺とルー姉、グレハの三人は背負っていた
背嚢から其々ランタンを取り出し【着火】の魔法で
ランタンにも灯りを点け辺りを照らす事によって
不測の事態で急に暗闇に包まれるのを防ぐ事にしたって訳。
この世界においてランプがアルコールオイル等の燃料で明かりを灯す照明器具を指すのに対し
ランタンってのは……そうだな蝋燭を玻璃(水晶、ガラス)で囲った照明器具で
提灯みたいな物をこの世界ではランタンって呼んでるのさ。
ランプもあるけどあっちは器具その物も高価なのに加え燃料も高いんだよなぁ。
……ランプの方が明るいんだけどね。
俺とルー姉はランタンを左手で翳しながら歩く事になる為
綱で盾を背中に括りつける形になる……右手は当然有事に剣を持つ事になるからな。
グレハは大剣を普段から背中に装備し、有事にはランタンを地面に置き剣を抜く形になる訳だ。
クゥーラは最早定位置と化したルー姉の頭の上に子狐の姿で乗ってるよ。
ルー姉の【灯火】とそれぞれが持つランタンの照明によって辺りが随分明るくなり
辺りを見回すと此処は坑道でも主要坑道なのか……。
仮に何かに襲われたとしてもグレハの大剣を充分に振り回せる位の広さがあるね。
まぁ脇道っぽい坑道だと保障は出来そうにないけどさ。
さて、ランタンを掲げ歩き出した俺達だけど
……何て言うかこうしてると迷宮を歩いているみたいだよな!
そう、本来俺が塔に挑む前に想像していたのは迷宮攻略だったんだけどさ
石材で組まれた室内とか螺旋状に続くでっかい階段とかの……。
入ってみたら大空が広がる大平原だもんな……予想外すぎたわ!
しかし迷宮って奴はゲームだと一応プレイヤーがクリア出来る前提で
難易度の均衡を取るように構築されてると思うけど
実際に迷宮ってのがあった場合さ……宝物だの守る物があって
侵入者を排除する為の物だとしたらゲームと違って即殺極悪罠の山で
クリア不可能なモノばっかじゃね?……多分。
その点を考えると塔の門を潜った後に大平原に強制転移させられたとは言っても
即死級の極悪罠があった訳でもなく転移門を守っていた守護者も
【樹木の魔導人形】で何て言うか……温い?
【ヤトヘイム】で集めた情報でも低階層とは言え冒険者達が出入りしてるって言ってたしな。
守護者が居るとは言え【古代の塔】からは訪れる者達を
是が非でも排除しようって意志を感じないんだよね。
……ま、今の段階じゃはっきりとは言えないけどな。
ところで、明かりを点けて歩き出した俺達だけど……何処に向かって歩いてるんだろう?
ってな疑問が湧いたんでちょっと頼もしい仲間達に聞いてみた。
「なぁ、俺達って何処に向かって歩いてんの……今?」
ルー姉とクゥーラ、グレハの三人はお互いに顔を見合わせると
「ランタンを点けたらソリッドが先にスタスタと歩き始めるから歩いているのに……。
無詠唱で【魔力探索】を使って何処に向かってるのか貴方が決めていたんじゃ無かったの?」
「ッキュキュ?」
「俺もソリッドが無詠唱の【魔力探索】で何かを掴んだから歩き始めたと思っていたんだが……。
違ったのか?」
皆さん驚きを表しながら口々に俺が最初に歩き始めたと仰りやがりますよ??
アレレ? そうだったけ……駄目だ考え事してたから良く判らん。
そっか、皆さん俺が無詠唱で【魔力探索】を使ったと思ってたって訳か……。
「あ~っとゴメン、考え事してた。
ってな訳で早速【魔力探索】で魔力の吹き溜まりを探す……わ……っと???」
そう言ってる途中で歩いている坑道の前方から何やら物騒な怒号やら悲鳴やら
色々な音が聞こえて来たんだ!!
取り敢えず何が起こっているのかを確かめる為に俺達は視線で互いに合図すると
現場に向けて走り出す事にした。
◆◆◆◆◆◆
坑道は一本道ではあったけれど直線では無く曲がりくねっていたし
前方の様子ってのが良く分からなかったので
その現場は俺達の視界に唐突に現れたのさ。
ツルハシを手にした四、五人のドワーフ達が一体の異形の者と相対し絶望的な
応戦を繰り広げている光景がな!
異形の者の姿は全身が黒々とした剛毛に覆われその頭には羊か山羊の様な角が生え
その貌は強引に例えるならば獅子が最も近くその眼は深紅に包まれた影に揺れ
口からは発達しすぎた牙を持ち呼吸のたびに炎が漏れている。
背中には蝙蝠に似た翼、全身が鍛え研ぎ澄まされたと判る筋肉の鎧に包まれ
ついでに言うと尻尾もあるな……そして今例えた全ての形が歪なんだ。
人の様に二足で歩いているがその歩行姿勢はどちらかと言うと類人猿を思わせる。
そういう奴が片手に燃え盛る大剣を持ちツルハシを持ったドワーフ達を
襲っていた。
何て言うか異形の姿は角と尻尾と羽の特徴は【龍人】であるルー姉のそれに
少しばかり似てはいるが他の部分が違いすぎ……
俺はそいつを【ONE WORLD ONLINE】で知っている!
敵。
何でコイツがこんな処にいるのか?とかコイツの動機とか目的も気になるが
そう言うのは全部後回しだ!!
敵は単体の存在では無く世界の外から来る異形の総称で
眼の前でドワーフを襲うこいつもその中の一種だと思う。
グズグズしている時間は無い……ドワーフ達が生きている今しか機会は無い。
野郎の意識がドワーフに向いている今しかな!
「ルー姉、クゥーラ、グレハ……全力で殺るぞ。
ドワーフ達が生きている今だけが勝てる機会だ」
俺は仲間達に静かにそう告げる……全力で敵の背後から奇襲をかけると……。
どの道ドワーフ達が全滅したら奴はこちらに気づき逃げる事も出来なくなるのは判っている。
そして現段階じゃ正常に戦ったら間違いなく負けるってのもね。
俺の仲間達は頷き、俺とルー姉とクゥーラは【身体強化】の魔法付与を仲間全員に施した後
ドワーフ達をその燃え盛る大剣で嬲っている敵に俺とグラハが突撃を駆け
後方からはルー姉とクゥーラの魔法で援護する形を取った!!
恐らく敵がその気になれば何時でもドワーフ達を屠る事も出来たのだろうが
敵は遊んでいるのでドワーフ達は満身創痍ではあるけどまだ生きている!
その遊んでいるそいつの背中に
「“我、求めるは彼を貫く光りの槍也”穿て!【魔力の投槍】」
ルー姉の響き渡る声と同時に魔力の光で輝く三本の槍が流星の如く光跡を描き
敵の背中を襲うのと同時に肩に大剣を構えながら全力で疾走り込んだ
グレハが大剣で突き刺し……
同じく全力で疾走り込んでいた俺はそのグレハの背中を駆け登り
敵のガラ空きで隙だらけの後頭部に全体重を乗せ剣でブっ叩切った!!
「アレpが:¥pb9pp93qbん:¥p;あqん、m!!??」
ルー姉による【魔力の投槍】三本が俺やグレハを避ける軌道で敵の背中に突き刺さり
そこへグレハの全体重を乗せた剛剣が更に背中を抉り
それでも終わらず隙だらけの脳天に俺の全体重を乗せた一撃を間髪を置かずに叩きこまれた
完全に油断していたソイツは俺達による致命的な全ての攻撃をまともに喰らい
人にはどうやっても理解不能な異音を口から発し苦悶するが……。
「ッ終わりじゃ無い!!……このまま連続で追いこむぞ!!」
身長五メートルを超すそいつの頭部から飛び降り様、俺は仲間達にそう怒鳴り
宣言通りに連続で幾つも致命的な打撃を受けた筈のそいつに切り込んだ!
仲間達も俺と同じくルー姉とクゥーラによる【魔力の矢】が間髪を置かずに二十本以上
飛び交って来たしグレハも同じく剛剣によって追撃をかけている。
この時の俺を突き動かしていたのは紛れもなく……敵に対する恐怖だ。
殺らねば殺られる……と頭じゃ無くて本能が警告を発し続けていたからな!
その証とばかりに苦し紛れの振り向き様のソイツの一撃が
俺の左腕を掠っただけで俺の腕は吹っ飛んでいった。
その瞬間!
俺の脳天に激痛が走った!……と同時に俺の視界が真っ赤に染まり体中から信じられない位の
殺意が迸り左肩の激痛を無視させた!!
俺の本能?が叫び続ける……敵を……殺せ!殺せ!!殺せ!!!殺殺殺殺殺殺殺!!!
正直に言ってこの時の記憶ってのはアヤフヤだ。
覚えている範囲では……感覚が拡がったと思ったら周りの全てが止まって見えて
殺意の塊になった俺は眼の前にいる敵を手にした剣で縦横無尽に斬りつけていた。
敵の攻撃を嘲笑うかの様に全てをかわし只管に斬りつけ続ける俺。
かなり敵を追い込んだらしく敵は転移を使って逃げ出していた……。
それでも敵を探し続ける俺に
「ソリッド!……もういいの。もう、アイツは逃げて行ったわ。だから……ね?」
背後から肩から噴き出す血に塗れるのも構わずに抱きつきそう言って止めるルー姉の声に
正気に返って来た俺は肩から猛烈な痛みが走っているのに気づいちゃったね!
人間凄い物で余りの痛さに悲鳴を上げるのも忘れて反射的に
「“我、求めるは再生齎す治癒の陽光也”【部位再生】!!」
と詠唱していたね!?
すると魔力が発動し俺の左肩に再生を象徴する陽光が差し照らし
失われた左腕が文字通り再生した。
動かしてみると普通に動く……ゲームでは結構お世話になった魔法だけどさ
この世界で使ったのは初めてだったから……ホッとしました。ハイ。
不思議なもので吹っ飛ばされて転がっていた俺の左腕が拉げた甲冑を残し消えていた。
魔法で戻って来たって扱いなんだろうか?……魔法を使ってる俺自身も判らん。
俺が左腕を再生し動くかどうかワキワキ動かして確かめていると
俺を殺意の暴走??から引き戻す為に抱きついていたルー姉が
「ソリッド……貴方の行動が無茶苦茶なのは幼い頃からだったから
それなりに慣れていた積もりだったけれど、さすがに腕を再生させるなんてね……。
それと……あんまり心配かけさせないでよね……バカ」
涙声でそう俺に呟いていた。
「心配させてごめんな……姉さん」
泣かせる程に心配をかけたのは正直言って応えたので素直に謝りました。
ただ……これは余り人には言わない方が良い気がするけど……。
【部位再生】で驚かれるって事は【蘇生】を使ったらもっと驚かれるって事か。
【ONE WORLD ONLINE】にも当然、蘇生魔法があった。
ただ、この魔法をこの世界で使った事はないけれど……多分、制限があると思う。
例えば寿命で亡くなった人には使っても意味が無く
更には怪我などで亡くなった人にも出来る限り早く使用しないと
亡くなった人が生まれ変わってしまって……蘇生不可能になってしまうんじゃないか?っと。
この予想はレリアママから魂の循環の話を聞いてから……何となくそう思ってるんだ。
魂には時間も空間もあんまり関係なさそうだしなぁ。
出来る限り蘇生魔法を使う状況には追い込まれたくないけどね。
ルー姉は俺に背後から抱きついて静かに嗚咽を零し続けているし
クゥーラも心配そうに寄ってきて
「……キュゥ」
と俺の脚に子狐の貌をスリスリさせ
グレハも寄ってきて
「ふむ、吹っ飛ばされた腕を再生させる程の【治療士】としての力量を備えていたとは……。
ソリッドには驚かされてばかりだな……で、如何だ……痛みは無くなったのか?」
俺の【治療士】としての腕に感心した後、そう言って気遣ってくれた。
俺ってば良い仲間達に恵まれたもんだなぁ……って仲間達に対して感謝の気持ちが湧いてたぜ。
そんな感じで仲間達に感謝してたらさ敵に襲われていたドワーフ達が
俺達の方に寄ってきて
「危なかった処を助けて頂き、誠に感謝するぞい」
ってな感じで御礼を言って来て
歓待するからワシ等の処に寄って行けってな話になったんだよね。
この地の情報も欲しいし断る理由も無いし何より面白そうだから
ドワーフ達の歓待を受ける事にしたぜ!