宿と風呂と巨人の街
【古代の塔】麓にある街【ヤトヘイム】。
古代の塔の入り口は東西南北の四か所にあるんだけど入り口の有る処には街が出来ているみたい。
西側の入り口にあたる場所に此処【ヤトヘイム】があるんだ。
あの崖上で【古代の塔】を制覇すると誓ってより三カ月が過ぎやっとここまで着いた。
近づけば近づくほどその圧倒的威容を増していく【古代の塔】だけど
【ヤトヘイム】まで来ると……もうあれだ、塔って感じじゃあ無くて世界の壁だわ……これ。
俺じゃ他に表現出来ないわ。何て言うかこの街の住人は良くここに住めると思うよ。
この壁が倒れてきたら、とか思ったら絶対に住めないだろ。
【ヤトヘイム】に入る時に冒険者証明書を見せるとあっさり通して貰えて
そのまま街の中に入って今は宿屋にいる。
宿屋の親父と会話を重ねて【古代の塔】についての情報とさっき述べたような
入り口四っつにそれぞれ街がある、といった情報を得たって訳だ。
【ヤトヘイム】を始めとした塔の入り口に有る街は何処の国にも属していないらしい。
あえて言うなら古代の塔麓の国って処だろうか?
塔はあの崖上から見た時に一つの国より広いんじゃ?
……と思った俺だけど尋ねてみたところ予測は当たっていたそうだ。
塔の直径は正確には分からないそうだけど下手な国より広いってさ!
【ヤトヘイム】の街の広さなんて塔に比べたら……イヤイヤ、比べちゃ駄目だなこれは。
【ヤトヘイム】の街の規模だって【ブルグント市】並みに広いんだしな。これは塔がアレすぎる!
で、塔に関しては様々な伝説、伝承が伝わっているんで
多くの冒険者が各地、各国から塔に挑む為に集まってくるそうだ……俺達みたいのがな。
それも当然か……グレハの国での言い伝えじゃ願いが叶うだもんなぁ……そりゃ来るわ、冒険者。
ちなみに此処【ヤトヘイム】の住人は巨人達が多く住んでる。
この宿の親父の一家も巨人だしさ。
……おかげで宿の建物もでかいし家具や扉、風呂もでかいんだぜ。
ま、巨人って言ってもさ魔物じゃないし話してると普通の人達だね……でかいけど。
身長は個人差が激しいけど三、四メートルくらいかな?……後は男女差もあるな。
巨人の街だから建物や色んな物がとにかくでっかいけど人間なんでも慣れるもんだ。
俺なんか一日過ぎたら慣れたもんよ。
色んな物がでかく、ついでに古代の塔もでかいだけで……後はこの世界の普通の街だよ。
冒険者が集まってくる街だから当然冒険者ギルドもあるしな。
【ヤトヘイム】を含む塔の麓の街に関しては大雑把だけど、そんな感じだな。
で、肝心の塔内部がどうなってるのかを宿屋の親父に聞いてみたところ……。
中はある意味……異世界だそうだ。
あ~、日本に繋がるとか別世界とかそういうんじゃ無くて……何て言うんだ?
疑似空間というか……そうだな、もしかしたらVR空間に近いのかな……聞いた感じじゃ。
無論、電脳空間ってわけでも死んでもOKってわけでもないけどね。
まぁVRじゃ無いんだから魔法的な空間なんじゃね?
魔法的な空間か、もしかしたら魔方陣が使われていても……おかしく……無いかもなぁ。
後、塔の中の様子は低階層までなら冒険者達が出たり入ったりで
ある程度掴めているらしく暴走したゴーレムなんかが襲ってくる事もあるらしい。
どうやって入り込んだか謎だけど魔物の類もいるそうな。
塔の重要施設みたいな所には門番っぽいのもいるらしいし
塔内部に住んでいる人達もいて街になってるってよ。
……えらいファンタジーだよなぁ……塔の中に街ですか……そうですかぁ。フゥ。
それにしても分からない事が多いな。
レリアママが言っていた古代の上位巨人族と人々が協力し合って築かれた塔。
だけどレリアママは【古代の塔】が何の目的で築かれたのかは言わなかったし
登り切れば良い事あるとは言っていたけどこれまた具体性に欠けるし。
レリアママもなぁ……本当に物事の核心って奴を教えてくれる時はスグに教えてくれるのに
教えてくれない時はこうやって暈しながらしか教えてくれないんだよなぁ。
ま、意地悪してる訳じゃ無くて俺の成長を促す為ってのが
……見え見え過ぎて分かり易いから怒る気にはならんけどさ。
ん~レリアママの話に一番近いのがグレハの国の伝説だろうな……。
上位巨人族と古代の人々が協力し合って築かれた塔ってのはぴったり当てはまるし
登り切れば良い事あるってのも願いが叶うって事で一応当てはまるもんなぁ。
でもなぁ……願いを叶える……なんてのはレリアママを始めとする神々でも無理だぞ……多分。
願いなんてのは個人によって千差万別だろうし
……場合によっちゃ因果関係とか全部無視したような願いだってあるだろうしなぁ。
例えば俺が願ったとしてオルトリンデの行方とか場所を尋ねたりあるいは直接会わせてくれ!
ってな願いだったならば……あるいは叶うかもしれんけど
日本に帰して新藤 真人に戻してくれ!とか言う願いだとしたらとてもじゃ無いけど
叶う気しないもんなぁ……つか無理だろ?
……レリアママも世界の内の事なら大概出来るって言ってたけど
世界の外には力が及ばないって言ってたもんなぁ。
……世界の内と外かぁ、世界は無限だってんだから内とか外って概念は矛盾してるよな。
つまり内と外ってのは……時間と空間の話じゃなくてもっと別の次元の話なんかね?……マジで判らん。
ま、塔を築かれた目的って奴も登ってみないと判らんってことか。
【古代の塔】に乗り込む前に旅の疲れを癒し塔に挑む英気を養うためと
事前情報を集める為にここで二、三日ほど留まる事にしたって訳だ。
ちなみにルー姉、クゥーラは宿にある女風呂で疲れを癒しに行き
グレハも男風呂で疲れを癒しにいっているぞ。
俺はさっき上がって来た処さ……風呂が広くて深いんだ。マジで泳げちゃうからな。
で、今は借りた部屋のテラスに卓と椅子が四脚あるので
そこに座って外の景色を眺めながら頼んだ飲み物を飲んで湯冷まししてるって訳だ。
借りた部屋は人間サイズ用で恐らく冒険者の為に用意された部屋だろうな。
椅子やテーブルも人間サイズだからね。
ホビット達の国【アラパット】を出てから半年以上、文明の恩恵から離れてたからなぁ
生き返ったぁ~~ってしみじみと実感するぜ。
旅の時は風呂なんて無かったからなぁ……。
簡単な浄化魔法の応用で清潔さは保ってたけど
お湯に浸かって体を弛緩させて疲れを癒すってのは魔法じゃ再現出来ないからね。
まぁもっと魔力の器を大きく出来たなら可能かもしれないけどな
簡単な魔法の組み合わせでさ。
そんな事を考えながら外の景色を眺めていると
「あら、ソリッド。もうお風呂から上がっていたの?」
「キュキュ?」
風呂から上がったのかルー姉が頭に子狐になっているクゥーラを乗せて
湯上りでまだ湿った髪を靡かせながら声を掛けてきた。
「ん、久しぶりの湯だったんでちょっとばかり逆上せたから
グレハより先に上がったんだ。で、テラスで涼んでたって訳さ。
ここは涼しくて気持ちいいから……外の景色も見れるし。
ところで、もしかしてクゥーラってその格好で風呂に入ってたのか!?」
さすがにまずいだろ!?と思い尋ねるとルー姉が髪を簡単な魔法で
温風を流しクゥーラと自分の髪を乾かしながら
「まさか、そんな訳が無いでしょう。ちゃんと人型で入ってたわよ。ね?クゥーラ」
「キュキュ~」
そうクゥーラに笑顔で声を掛けご機嫌な子狐の鳴き声の返事が部屋に響いた。
「そりゃそうか……流石に巨人用の風呂は大きかったよな?」
と男風呂に入った時に思ったことを言ってみると
「そうね、足が湯船の底に届かなかったものね。
クゥーラなんか喜んではしゃいじゃったから泳ぎ回ってたのを
私が止めなくちゃいけなかったのよ……もぅ。
でも、あれだけ湯船が大きかったら泳ぎたくなるのも分かるけどね」
「……キュ~」
ルー姉は頭に乗せていたクゥーラを両手で卓の上に乗せ
乾いた布でクゥーラを拭きながらぼやいてたぜ。
拭かれているクゥーラの鳴き声は反省の声かな?
ちなみに借りた部屋は二部屋で男女別なんだけどテラスを共有する部屋なんだ。
旅の時は焚き火周りで皆で雑魚寝だったし
雨天の時は大樹の陰やら魔法と手作業で作った雨宿りの為の屋根だけある
仮小屋を組んで一つ屋根で寝てたけど。
男女別の部屋にするか全員で相談した結果
宿くらい男女別にしても良いだろって事になったんだ。
ちなみにルー姉ってまだ思春期を迎えていないんだ。
俺は不老長寿だけどイルパパが人間だから普通に思春期を迎えたけど
ルー姉は本当の両親がどっちも長寿族だから思春期がずっと先なんだよな。
精神年齢は俺とそう変わらんのにね……不思議なもんさ。
「なんだ、全員風呂から上がっていたのか?
俺が一番最後まで湯に浸かっていたようだな」
ルー姉がクゥーラを拭いている所を眺めながら思考に浸っていると
背後から掛けられたグレハの声で我に返り
「お、グレハも上がったのか何て言うか随分と気持ちよさそうに
風呂に浸かってたよなぁ」
と俺が風呂に浸かっていたグレハを思い出し、そう声を掛けると
「グレハってお風呂が好きなの?」
ルー姉がクゥーラの体に湿り気が無いかどうかを手の平で確かめながら尋ね
「ああ、俺達の国【リッシュガルド】には鉱泉という物があってな
それが温水で浸かると怪我や病気にも効き疲れも取れるとあって人気のある代物だからな……。
ここの風呂は水を沸かしただけの物の様だが俺の国では風呂の嫌いな者なぞおらんよ」
ごめんなさいグレハさん
風呂に入るまで俺はまたてっきり猫みたいに風呂嫌いと思ってましたよ。
しかし、グレハの言うのはそれってもしかしなくても温泉って奴じゃないでしょうか?
何となくグレハの話を聞いて温泉に浸かってホッコリする獣人達を思い浮かべました。
「ふ~ん、鉱泉ね。怪我や病気にも効くなんて神秘的でいいわね。
機会があれば私も入ってみたいな」
どうやらルー姉はルー姉で話に聞く温泉をそういう風に捉えた様ですね。
宿なので見張りやなんかでピリピリする必要も無くリラックスした雰囲気で
俺達は眠くなるまで久しぶりに仲間内でそういった談話をしてたんだ。
◆◆◆◆◆◆
見渡す限りの大平原、風にそよぐ一寸ばかり丈の長い草、
遥か遠くに霧が掛かって見える山脈、蒼穹の拡がる大空には流れる白い雲。
「なぁ……俺達ってさ……塔の扉を潜ったばかりだよな?」
仲間達に問いかける俺の声。
うん、ついさっきさ……塔の門を護る巨人の門番兵さんに|
冒険者証明書を見せて巨人サイズの扉を開けて貰って
【古代の塔】の入り口を潜ったばかりなんだよ。
「…………何で……私達……外にいるの?」
「……キュキュ」
「フム、扉を潜った時に転移させられたのか?
しかし気配は感じなかったぞ」
俺とルー姉と多分クゥーラは辺りの景色に呆気に取られていたと思うんだ。
だけどグレハだけは何時もの落ち着いた雰囲気で冷静に状況を分析してたぜ!
「……凄ぇなグレハ。この状況で全く驚かないってのは!?」
思わず突っ込む俺に対してこれまた落ち着いた様子で
「いや、俺も驚いてはいるぞ?」
虎頭をこちらに向け平然と告げる虎男だが……見えないってばよ!
いや、まぁ落ち着いた仲間がいるってのは歓迎する事だけどさ。
そう思い直した俺は
「ああ……いや良いんだ。落ち着いてる方が良いんだよな……うん、そうだ」
と自分に言い聞かせているとグレハが
「フム、ところでソリッド。俺たちはこれから如何する?
何時までもこの場にいても仕方が無かろう。だが、移動するにも何も指針が無い現状ではな……」
的確に現状の不味さを指摘して今後どうするかを尋ねてくる。
頼もしい……頼もしすぎるぞグレハ君!……とは言え対応策なんぞある訳無ぇ~だろ!
と言うのは心の内だけの絶叫にして何か無いか?って辺りを見回すと
ルー姉の頭に乗っているクゥーラが目に入った。
「う……ん、そうだな……クゥーラ、俺たち以外の誰かか何かの匂いって辿れる?」
と尋ねると
「キュキュ?……キュ~~キュ!」
ルー姉の頭の上でフンフンと小さな鼻を鳴らし辺りを探るクゥーラ。
何かを感じたのかルー姉の頭から飛び降り走り出した後にこちらを振り向く。
「クゥーラ?……何か見つけたの?」
とクゥーラの様子を見ていた俺たちの中でルー姉が聞くと
「キュキュッ!」
狐の尻尾をブンブンと左右に振り答えるとクゥーラは何かを感じた方向に走り出した。
「あ、待ってクゥーラ!」
ルー姉は慌てた様子でクゥーラを追いかけその両手でクゥーラを捕まえ胸に抱き
「一人で行っちゃ危ないでしょう? 方向だけを教えてね」
と言い聞かせクゥーラの示した方向に歩を進める。
それを静かに眺めていたグレハが
「フム、クゥーラの嗅覚か……面白い」
と呟きルー姉の後を歩き出し俺も二人の後を歩き出したんだ。
そういや宿の親父に聞いた情報で塔の中は別世界みたいな事を言ってたよな。
こういう事だったのか……冒険者達が低階層で出入りしてるって事も言ってたし
入り口と出口は別ってことか?
それにしても塔の中に入って大平原に出るとはねぇ……ナイスだファンタジー!!
さて……この先何が出るやら……楽しみだな!