黒騎士とキマイラ
俺達三人はソレイユの背に跨って蒼穹の大空を駆け回り
正にこれファンタジー!と言いたい状況だけどさ……。
ぶっちゃけ前から吹き付ける風は凄いわ、高くておっかないわでもう大変!
自分で【落下制御】の魔法を使えるからまだ良いけどさ。
無かったらチビッってたかもね……うん。
でもまぁ、そういったネガティブ状況も含めて最ッ高の状況だぜ!
さすがに徒歩の旅と比べると移動が速い!
けど、身近な風景を楽しむ観点からすると少しばかり味気無い気がする。
その代わり爽快感はこっちの方が断然良い、なんせ超鳥瞰図だもんよ!
ソレイユの翼だと鳥達の飛ぶ高度より遥かに高く舞い上がるからね。
単純に翼の浮力だけで飛んでる訳でも無く、魔力が関係してるのかな?
ソレイユの飛び方はどうやら……ある程度、高度を稼いだ後は気流に乗って
滑空するスタイルなので乗ってる方としては上下運動が無い分、楽です。ハイ
慣れて来ると下の大地を眺める余裕も出来てきたよ。
見るとどうやら丘陵地帯がずっと続くなぁ……。
心なしか東に見える【古代の塔】も少しは大きくなって来た様な気がする……な。
ちなみに、この大空の旅の同行者であるルー姉とクゥーラと言えば……。
ルー姉は自分の翼もあって飛べる為か至極涼しい顔でこの大空の旅を楽しんでいる。
逆にクゥーラは全身の毛を逆立ててルー姉にしがみ付いてる……。
「さすがにソレイユの背に乗っての旅だと楽だし移動が速くて良いわね」
「……キュ……キュ……」
ルー姉は風圧によって乱れた髪を押えながらそう呟き
怯えるクゥーラを胸に優しく撫でている。
ちなみに今のルー姉は兜を装備しているため、髪型は黒の長髪なんだ。
ソレイユの背に乗って風に流れる髪を見ると前世のシャンプーの宣伝を思いだすわ…。
そんな事を思いつつ前方に視線を戻すと
「お、前方に村が見えて来たぞ。けど……あれ?……様子が……おかしい??」
そう、丘陵地帯に村が見えて来たんだけどさ
ま、村と言ってもさ……丘から煙突が生えている妙な形なんだけど……。
煙突以外の所から煙が幾つも流れているんだ。
村人らしき影も右往左往しているような……?
地面もあちこちにミミズが這った後の様な焼け焦げがあるし
何かあった感じだな……あれは。
「その村に何が起こったのかは分からないけれど
ソリッド、一旦西に少し戻って下に降りた方がいいわ。
知らない人がソレイユを見たら騒ぎになるでしょう?」
俺が村の騒ぎに気を取られているとルー姉に注意を促され
言われてみるともっともな話だったので
「ソレイユ、ルー姉の言う通りに一旦西に戻って
地上に降りて貰えるか?」
ってソレイユに頼んだ。
するとソレイユは滑空状態から体を傾けて大きく旋回し
『応、一旦西へ戻りアナタ達を地上へと降ろそう』
と応じながら進路を西へ向けてゆっくりと高度を下げていってくれた。
◆◆◆◆◆◆
村が見えた辺りから結構な距離を西に戻り丘の上に降り立った俺達は
ソレイユにここまで運んでくれた事への礼を告げて一旦別れを告げたんだ。
「ここまで運んでくれてありがとう、ソレイユ」
「キュキュ~」
とルー姉がソレイユを抱き締めながら労い
クゥーラは子狐の顔を押し付けスリスリしてたね。
それを見ながら俺も空の旅を贈ってくれたソレイユに感謝の気持ちを告げた。
「空からの眺め、最高だったぜ。ありがとうなソレイユ、子供にもよろしくな!」
『礼には及ばぬ、我は子の世話をせねばならぬ故
一旦戻るが助力が必要ならば何時でも呼んでくれ。
では、ひとまずこれでサラバだ!!』
ソレイユは俺達に精神感応によってそう告げると
その巨大な翼を広げ大空へ駆け上がり雛の待つ西の方向へと去って行くのを
俺達三人はソレイユが大空の点になって見えなくなるまで見送っていた。
「ダースラさん達に聞いたお話だと
この丘陵地帯の向こうにはホビット達が住んでいるのよね?
村の人達に私達……というか、ソレイユ……見つかったと思う?」
ソレイユの姿が見えなくなり
不意にルー姉からそう聞かれたんだけど
「ん~、どうだろう?
普通の時なら見つかったと思うけど……何か騒ぎがあった様子だったしな」
先ほどソレイユの背から見た村の様子を思い出しては見たものの
村人に空を飛ぶソレイユに気づく余裕があったかどうかなんて
俺に分かる訳が無いからな。
とは言え
「ま、ソレイユの姿を見られていたとしても、
その背に乗っていた俺達の姿まではさすがに見分けられていないと思うし
……このまま村に行っても大丈夫じゃね?」
心配しすぎるのも良くないと思って前向きな提案をしてみると
「……う~ん、そうなの……かしら??
でもまぁ、結局は村で【黒騎士】の情報を集めないといけないんだし
そうね、ここで迷っているよりは行動を起こした方が良さそうね!」
ルー姉は胸に抱えていたクゥーラを眺めながら思案した後に
そういう結論に至ったようでした。
なので
「じゃ村に行ってみようぜ」
とルー姉とクゥーラに声をかけ、村へ向けて歩を進めた。
……にしても、ソレイユのちょっと西へ戻るってのが
歩きだとちょっとじゃ無いぞ……これ!?
丘の連なる丘陵地帯なので行く手はアップダウンの激しい行程です。
うん、ソレイユでの旅が如何に楽なものだったのかを激しく再確認しました。ハイ。
額から流れる汗を腕で払いつつそんな事をぼんやり思いながら歩いていると
「それにしても……ソリッドの探している人の情報もあったし
村で【黒騎士】の情報があればクゥーラのお母さんの行方が掴めるかも知れないのに
私の両親の行方は手掛かりも全く無いのよね。
早くイルパパやレリアママに認めて貰える位に強くなって居場所を教えて貰わないと」
「……キュ……キュ」
とクゥーラを頭に乗せて隣を歩いていたルー姉が珍しく弱音をこぼし
それを慰めるかのようなクゥーラの鳴き声。
強くなる……かぁ。【ONE WORLD ONLINE】だったら
自分の強さに適した魔物を倒すのが一番効率が良かった。
例えば迷宮と呼ばれる場所だ。
廃坑だの滅び去った国の古城跡だのそういった場所の最深部にはお宝があって
それを目当てにプレイヤー達が迷宮に潜るんだけどお約束通りお宝の前に
ボス戦闘があったりしたなぁ……これまた懐かしい。
「そうだね、あの両親に認められるくらいに強くなろうぜ。
強くなったら場所さえ聞けばすぐに会う事も出来るさ」
ルー姉の弱音に対して俺の正直な気持ちを返してた。
普段は弱音とか洩らす人じゃ無いからたまには息抜きしないと心が持たないだろ?
って言ってやりたいけど、言うと更に頑張っちゃうからな……ルー姉は。
◆◆◆◆◆◆
幾つかの丘を越え、俺達はソレイユの背から眺めた村に着いた。
街と違って村には城壁のようなものは無く……つまりは出入りチェックの類は無いんだ。
かわりに村社会の中に余所者が紛れ込むと酷く目立つ。
外から来た旅人や商人は絶えず村人に注目されるんじゃないか?
村の外周りは大抵が畑などでこの村もその例から外れていない。
主な農作物は大麦のようで綺麗に穂を波打たせて
他にも色々な作物を作っているようで畑では色々な花を咲かせている。
この村から先が話に聞くホビット達の国【アラパット国】だ。
ホビット達に紛れていると……あれだ、なんか自分が巨人になったかの様な錯覚に落ちそう。
何て言うんだろう?
余りにもホビット達が自然に動き笑い過ごすから
彼らの方こそが普通に見えてくるから……かな?
ごめん、俺じゃうまくこの感覚は伝えられないわ。
ホビット達の住む村で最も特徴的なものを挙げると
彼らの住む家が丘をくり抜いた穴に扉を付け家として使っているのが印象深かったかな?
丘の上に煙突が立っているのを見ると……妙な感慨を得た、とだけ言っておくわ。
それにしても平和で何も無い時ならば
ここは長閑な田舎の村といった風情だったんだと思う。
しかし、大空を駆けるソレイユの背から眺めた時と同様に
あちこちから煙が立ち昇り村人であるホビット達はバケツを両手に消火活動に右往左往していたな。
で、村に何が起こったのかを近くを走っていたホビットに尋ねようとすると
「あんた達も手伝ってくれよぅ……煙が上がってるのが見えるだろう。」
って消火活動の援護要請を受け、なし崩し的に手伝う事になった。
で、ホビット達に混じって行動してる間に気づいたんだけど
【合成獣】の亡骸があちこちに転がってるんだ。
このキマイラ達が村に襲って来たんだろうか?
「なぁ、この村の惨状ってそこらに転がってるキマイラの仕業なのか?」
消火作業の合間に同じ作業をしていたホビットの男に尋ねると
「そうなんだよぅ……こいつ等がいきなり村を襲って来て大変だったんだよぅ!
でもでも、【黒い鎧を着た戦士】がキマイラ達を倒してくれたんだよぅ。
あの人はこの村の英雄だね!……でもでも、キマイラ達との戦いで大怪我を負って
重症なんだよぅ……あの方、大丈夫かなぁ」
そのいかにも人の良さそうなオッサン顔だけど子供サイズのホビットの台詞に
俺達は耳を疑っちまうくらいに驚いたぜ!?
これって俺達が探していた【黒騎士】の情報だよな!?
「えっ!?【黒い鎧を着た戦士】がこの村を襲ったんじゃ無くて救ったんですか!?」
「ッキュキュ!??」
ルー姉とクゥーラなんか思わず反射的にって感じでそのホビットに掴みかからん勢いで
問い詰めてたもんな……。
俺達の持つ【黒騎士】の印象って
クゥーラの家をいきなり襲ったってのが強いからな……何かの間違いじゃね?
しかし、問われたオッサンホビットは不思議そうな顔をし
「え? 何で彼が村を襲うんだい? 彼は体を張って村を守ってくれたんだよぅ?」
と、ルー姉やクゥーラの勢いに戸惑いつつもそのホビットは確かに
【黒い鎧を着た戦士】が村を守ったって言ったんだ。
え~と、つまり……どういうこった!?
「すみません、その【黒い鎧を着た戦士】に会わせて貰っても構いませんか?」
と俺がそのホビットに聞くと彼は頷きつつも
「それは構わないけどぉ……今している消火活動を手伝って貰った後でいいかなぁ?」
とバケツをこちらに差し出して来たんだ。
「ええ、それで構いません。ルー姉、そういう事で消火活動をすぐに終わらせようぜ」
差し出されたバケツを持ちルー姉とクゥーラに呼びかけたんだ。
するとクゥーラがルー姉の頭の上で何かを訴えるように呼びかけ飛び降り
ルー姉や俺の脚元を走り回りバケツを口にクイクイと咥えアピールしだす。
「キュ~キュ!」
「クゥーラも手伝いたいの?」
「キュッ!」
尻尾をパタパタと左右に振り決意を込めた瞳でルー姉に頷くクゥーラ。
ルー姉は慌てた様子で
「ソリッド、クゥーラを着替えさせて来るから
しばらくここの手伝いを任せるわ!」
クゥーラを胸に抱えると人目のつかない場所へと大急ぎで立ち去りながら
俺にそう叫んでたね。
クゥーラにとっちゃ【黒騎士】の情報はそのまま母親の情報に繋がるかも知れないしなぁ……。
張り切るのも当然か。
◆◆◆◆◆◆
俺達は村中を駆け回って消火活動に勤しみなんとか全てを終わらす事が出来た……。
特にクゥーラの張り切り様は凄いもので人型になってもずっと尻尾がリズミカルに
左右に振れてたもんな。
で、消火活動を手伝った事に対して先ほどのオッサン顔のホビットさんが
「手伝ってくれてありがとう。
……で、確か君達は村の英雄に会いたいんだったね?
彼なら村長の家で療養しているけど重傷だからね
……あまり騒いだりして迷惑をかけちゃ駄目だよぉ」
と言いながら俺達を村長さんの家まで案内してくれて
更に村長さんにも話をつけてくれたんだ。
……何て言うかホビットだからなのか?このオッサンだからなのか?
随分と義理堅くて親切な人だったぜ。
ちなみにホビットって言う種族は手先が器用で動作は素早く
弓の扱いに長けその姿からは想像し難いが勇敢な人達らしいぞ。
見た目……というか普段は結構のんびりした雰囲気の人が多いんだけど
こういった非常時には人が変わったかのように行動的になるって
【アルメニア王立学園】で習った事があるわ。……実際に会ってみると納得したよ。
ゲームの時はプレイヤーホビットにしか会った事が無かったしな。
プレイヤーホビットに関しちゃ……その容姿とかは……うん、想像に任せた!
で、俺達は村長からも村の手伝いをした事に礼を言われた後
【黒い鎧を着た戦士】が怪我の療養をしているという部屋に案内された。
部屋の中にはホビットの寝台を四つ縦に並べられた所にソイツが横たわり
血の滲む包帯だらけの姿で寝ていたんだ。
ソイツの体は凡そ二メートルを超える長身で見事な逆三角形の筋肉で包まれた
戦士の体を持ち……しかし、そんな事はソイツの顔を見た瞬間に吹っ飛んだぜ!
顔が……美しい黄と黒のラインに包まれた虎さんでした。




