教本説明と美味い話?
「はい、御二人様の申請で宜しいですね?」
と受付のお姉さんが確認を取ってきたので
俺とルー姉は頷く事で返事をすると
「それでは、申請を受け付ける前に冒険者ギルドに付いての
ご説明をします」
ギルドに付いての説明か……。
聞かないでゲームと何か違ってたら問題ありすぎるからな。
「「お願いします」」
俺とルー姉が声を揃えて説明を頼むと
「冒険者ギルドとは……
国や種族を超えて必要な時に必要な場所へ冒険者を派遣する事を目的とした組織です。
例えば……何処かの農村で魔物による被害があったとします。
こういった場合に農村に住む方々の対処法は大まかに二種類ございます。
一つは御領主様に訴え出て領主軍を派遣して頂く事です。
ただ、御領主さまに訴え出て軍が派遣されるまで様々な手続きや軍の人数が揃うまで
そして現地に到着するまでの時間が多く掛かることが普通なのです」
この受付のお姉さんの説明に……家の事情と照らし合わせても納得がいくものだった。
確かに領民からお願いされて従騎士さん達を派遣するまでの時間と
現地に到着するまでの時間はかなりの物になるからなぁ……。
家の領内には主要街道を結ぶ街に各々従騎士達の詰め所があってもそうだからね。
隣のルー姉の様子を伺うと俺と同意見なのか首を頷かせていたし。
「はい、判ります。ですので続きをお願いします」
とルー姉が続きを促すと受付のお姉さんは頷き
「そして領主軍による討伐がなされた場合
領主軍の費用は基本的に依頼した村と領主とが折半で出し合う事になる為
依頼を出した村としては魔物による被害に加えて軍の維持費まで負担となるので
出費が激しく村の財政にとっての負担が厳しいものになります」
と領主軍を申請した場合の村の財政を説明してくれました。
内容は……村にとっては酷い打撃ですね……ハイ。
でも、実際問題としては受付のお姉さんの言う通りになるだろうな……。
税金は払って貰っているけど軍ってのは金食い虫だからなぁ。
軍を動かしてもらうってだけでお金掛かるし。
こう言っちゃなんだけど領主と村で折半ならまだ良心的な所だろうな。
普通は村の全額負担って事になる。……多分な。
ルー姉も納得してるのかしきりに頷いてるもんな。
「そうですね、続きをお願いします」
俺が続きを促すと受付のお姉さんは頷いて説明を続けてくれました。
「そしてもう一つの対処法が私たち冒険者ギルドで冒険者を雇う方法ですね。
先ほど述べた事情から問題に対して即座に動ける人材を用意し
なおかつ領主軍に動いて頂くよりは経済的な負担を軽減する目的の為に
組織されたのが冒険者ギルドなのです。
尚、冒険者ギルドではこういった突発的な魔物による被害を少しでも抑える為
魔物に襲われそうな場所にある村や街の付近では
あらかじめ絶えず討伐依頼がなされています。
また、冒険者ギルドは魔物の討伐のみならず人々が抱える様々な悩みを解決出来る
人材を用意する事も目的としております。
ギルドの運営としましてはこういった依頼を発する方達から
仲介料を頂く事で成されています」
成るほどね……確かに軍を動かすよりも各街にある冒険者ギルドに所属する
冒険者達の方が足が速いだろうし
軍を動かすよりも少数の冒険者で済む分
村が支払う報酬も随分軽くなるだろうしなぁ。
ついでに被害に会う前に定期的に魔物退治をして貰った方が
結果的には負担が少ないって訳か。
後は……討伐以外の依頼関係の話だろうな……。
こっちは何ていうか便利屋って感じだろう。
ゲームの時は困った人から直接サブクエストを受ける形と
こういった冒険者ギルドから依頼を受けるタイプがあったしな。
受付のお姉さんの説明を受けて俺とルー姉が頷いてると
「……以上が冒険者ギルドを設立された時の理念でございます。
では、それを踏まえた上で冒険者登録の申請をなされますか?」
と確認を問われたので俺とルー姉は
「「勿論です」」
と申請したんだ。
「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
と受付のお姉さんが二枚の登録申請用紙を寄越して来たので
早速、俺とルー姉は必要事項を埋めていく。
内容は出身地、種族、生年月日、性別、名前……。
後は特記事項として特技を記入する欄があった。
記入してる時に俺はチラっと種族欄に不老バレ対策としてエルフの血が混ざってる……。
という方便を思い付いたんだけど、
ここって地元だし両親が有名過ぎるので無難に止めとこうって事になった。
で、俺達は申請用紙を書き終えたのでそれを提出すると
「確かに受け取りました。
……ッ、失礼を致しましたでは申請の手続きをする間に
冒険者としての基本事項を確認いたします」
受付のお姉さんは手続きの為に用紙を係りの者に渡す際
記入欄を見たのか刹那の動揺を示した後それを打ち消し
冒険者としての心得を説明してくれたんだ。……プロだねぇ。
「「お願いします」」
俺達がそう言って頼むと
「基本的に犯罪を犯すとギルドより追放処分が降されます。
依頼は大抵何処のギルドでも掲示板に張り出されそこから選ぶ事になります。
ただ、依頼によって難度が違いますので目安が示されてます。
難度の目安が【初級】【中級】【上級】の三つに設定されてます。
ギルドに登録された冒険者は依頼の達成率によって審査され
始めは【初級者】からで依頼を幾度か達成することによってより上の位階である
【中級者】への試験がなされます。
試験を通れば【中級者】と位階を進めることになります。
【上級者】へも同じ様な手順で位階を進めることになります。
ここまでで何かご質問は御座いますか?」
俺もルー姉も質問する様な事は無かったので首を横に振ると
受付のお姉さんは説明の続きを始めたんだ。
「では、依頼を果たしている際に魔物等の退治をなさった場合は
討伐証明部位として基本的に魔物の左耳をお持ちください。
他にも使用可能でありそうな魔物部位が御座いますれば
買い取りもしておりますので当ギルドへお持ち寄り下さい。
…………では、手続きも終了した様ですので
こちらの冒険者証明書をお持ち下さいませ。
この証明書が御二人の身分を証明し各街などで提出する事によって通行証代わりにもなりますし
ギルド間では魔具による通信手段が御座いますのでギルドでの身分証明書にもなります。
この証明書を紛失された場合
再発行にはお手数料が掛かりますので大切に保管して下さい。
尚、依頼を受ける際には下の掲示板より初級と認定される依頼書を
二階、左奥の部屋にお持ちになり申請なさって下さいませ」
と、素晴らしく教本的な説明をした後
俺達に冒険者証明書を手渡し
深々とお辞儀をして
「では、冒険者としての御武運と幸運をお祈りしております」
と言って俺とルー姉を送り出してくれたんだ。
「「ありがとう御座いました!!」」
と俺達は受付のお姉さんにお礼を言って部屋を退出することになったんだ。
◆◆◆◆◆◆
登録申請部屋を出て思わず溜息をもらす俺とルー姉……。
「ハァ……説明……長かったわねぇ。
親切丁寧に教えてくれたから嬉しいしありがたいのだけれど……疲れたわ」
と若干耳もへちょりながら俺に呟くルー姉。
「ああ、物越しも柔らかいし細かい所まで教えてくれてありがたかったけど
ケツが……ジンジンしてきたぜ」
と長い間椅子に座ってた影響からかケツが死にそうなのを思わず訴えてしまったんだ。
それをルー姉は聞き流すと
「下で採取関係の依頼を探すんでしょ?」
と俺に確認して来たので
「そうだった、じゃ下に行って依頼書の確認をしようぜ。
あ……ルー姉、一応兜のまびさしを下ろして行こうぜ。
冒険者達にまで俺達の顔を知られてるとは思わんけど
まだ俺達じゃガキっぽいから舐められて絡まれるのもウザいからね」
一応の用心だ……冒険者イコールならず者って訳じゃ無いけれど
中世の傭兵に似た存在なのは確かだしな。
面倒を回避できるならそれに越した事はないはずだよな。
冒険者との出会いがあるにしても穏便にすませたい。
「ん、判ったわ……ッショ……これで良い?」
俺とルー姉は兜のまびさしを下ろしたので
人相が判らない何処かの戦士か騎士にしか見えなくなったんだ。
「応、それで良いよ……じゃ一階に行こうぜ?」
と二人で一階にある依頼掲示板へと向うことにした。
◆◆◆◆◆◆
で、俺達は掲示板に張り出された依頼書を見ている訳だが。
多いもんだなぁ……それだけ困ってる人が多いってことかな……これは。
そんな事を考えながら薬草採取系の依頼書を探してたな。
目的の依頼書自体はすぐに見つかったんだけどさ
それを探してる間に
「よう、御二人さん。チッとばかり旨い話があるんだが
聞いちゃくれ無ェか?」
と俺達より少しばかり年上?っぽい酒場にいた冒険者風で
小さな金属環を綴った鎧を装備した男に声を掛けられた。
恐らく戦士系の人だろう、二十歳前後ってところかな?
ルー姉が返事をしそうになってたのを手振りで抑え
「俺達二人に何かご用件が?」
と俺が対応に出る事にした訳は何となくルー姉が応え
女性だと判断されると面倒になりそうな予感がしたからなんだが……。
男は気にした素振りも見せずに
「ああ、そこに張り出されてる討伐依頼を見てくれや」
と言いながら指差した所には討伐依頼書に
【クルース領内のプラム村】討伐対象【黒狼】
と書かれていたんだ。
それを見た後、俺は戦士風の男に
「……見たけど……これが?」
と尋ねると戦士風の男はおどける様に両手を広げ
「おお、【黒狼】討伐の依頼だがよ
依頼の報酬も良いしそいつ等から取れる素材、黒狼の毛皮がなかなか高く売れるからよ。
……ただ、俺と仲間の三人だけじゃチッとばっかり厳しい相手だからよ
この酒場の奴等全員に声を掛けて一緒にどうだい?
って誘ってたんだけどよぉ……
皆腰抜けばっかりで乗っちゃ来ねえから御二人さんに声を掛けたって訳だ……ヘヘ」
と言ってきた。
話自体は……確かに美味しい話だ。
【黒狼】は単体ならば少々手強いといった強さだが
狼なので基本的に集団で行動するから危険なんだよなぁ。
ボス候補だけが単独狼として行動して群れに出会うとボスと一騎打ちをして
勝った方がボスになるという……なんとも格好良さげな魔物だったりする。
危険度もそれなりなので依頼報酬も高くおまけで毛皮が人気あるもんだから
高額買取もしてるからな。
だから誘い自体は美味しい話って訳だ。
……が、釈然としない……というか嫌な予感がするんだよなぁ。
何でか?っていうと俺達二人はまびさしを下ろし顔を隠してる訳だ。
自分で言っちゃなんだけど……顔を隠してる人間って不振に見えないか?……普通は。
しかも俺達と初対面だぜ?……で、旨いお話でお誘い……ねぇ。
お話通りならば旨い話だが……一応最悪の場合も想定する。
ん~、こういう場合の最悪っていうとあれかな?
【黒狼】を討伐するまでは俺達を信用させる為におだてたり
友達のような感じで仲良くして油断させ……。
討伐が終わったら隙を見つけて俺達の命……いや命を奪うまではしなくても
背後からド突いて気絶でもさせて身包み剥いで
ハイ、サヨナラ~……ってのが思い浮かぶ。
……疑いすぎかなぁ?
まぁ良いや……初対面だから受けるとどっちの可能性になるか判らん、これは断ろう。
それに断った後すんなり引くなら本当の話だったんだろうし
しつこく勧誘してくるなら後者の疑惑が深まる気がする。
「……良い話だが、済まないな。
俺達は元々こっちの依頼に用があったんだ……。
そういう訳で今回のお話は縁が無かったと思ってくれ」
と戦士風の男に薬草採取依頼書を見せ
そう言って断ったんだ。
すると男は
「ヲイヲイ、そんなショボイ依頼より絶対こっちの方が良いだろ?
損はさせ無ぇからよこっちにしようぜ?……兄弟!」
いやいや、何時からお前と兄弟になった!?
と突っ込みたいのを抑えて
「本当に悪いな、こちらにも予定があるんで諦めてくれ」
と俺は薬草採取の依頼書を掲示板から剥ぎ取り
隣にいたルー姉を誘い二階の依頼受付に向かう事にした。
男は尚も誘いたそうにしていたけれど
俺達が取り合わずに二階に向かうのを見て
「……ケッ……腰抜け野郎が!」
と捨て台詞を吐いて元いた酒場の卓に戻っていったんだ。
◆◆◆◆◆◆
二階に上がる途中の階段で歩きながらルー姉が俺に小声で聞いてきた。
「あの誘い……断って良かったの?」
そのルー姉の質問に対して俺は
「ああ、構わない……というか俺の中で疑惑が深まったからな。
アイツは信用出来ないかもしれない。
初対面なのに加え俺達は顔を隠しているってのに旨い話を持ちかけ
話を断ったらあの態度だろ?」
と小声で答えるとルー姉も納得いったのか
「確かに……そうかもね。一応、私も気をつけておくわ」
と言ってくれたぜ。
それにしても疑惑が当たってたとして……だ。
何故、俺達が狙われたんだろう?
俺もルー姉も冒険者登録をしたばかりの駆け出しでこそあるが
幼い頃からの戦闘訓練に加え
相手がゴブリンとは言え命の遣り取りを経験した事もあるから
初心者丸出しって程、舐められる物腰じゃ無いはずだ。
……予想が当たってたとして…………身包みを剥ぐ?
ア!?……自分とルー姉の装備を見て今更気づいた!
全身騎士甲冑か!?
これで金持ちのボンボンの様なカモに見えたって事か!?
そういえばあの男の装備もリングメイルだったな……。
ぶっちゃけ冒険で魔物と対峙する危険しか考えて無かったし
自作だったから金銭面での配慮に欠けてたらしいな……。
実際、今の俺は良く忘れてしまうけど領主のボンボンだしなぁ……失敗したかなぁ?
いや、どうあれ何れこういった事はあったに違いないか。
「ああ、ルー姉。済まないけど本当に気をつけておいてくれ。
アイツ等、場合によっちゃ何か仕掛けてくるかもしれない」
と依頼受付の扉を開きながらルー姉にそう注意を促したんだ。