夢と私
初の視点変更です。
誰の視点かは本文の左上に ~名前~ の形でお知らせします。
~ルーシュナ クルース~
「お父さん、お母さん、行っちゃ嫌だよぅ……置いてかないで……」
ああ、これは夢ね……。
私を置いていった父と母が嬉しそうに、珍しく家に訪ねてきたお客さんを迎えている。
その嬉しそうにお客さんを迎える反面、哀しそうな表情が混ざっていたのは
今になって思えば少しは私の気持ちが慰められるのだろうか?
その日に来たお客さんはお父さんとお母さんの友達……イスマイルさんと言うらしい。
お父さんとお母さんはイスマイルさんと何かを話しそして決めて行ってしまったわ。
行く前に何度も私に謝っていたけれど……私は一緒に連れて行って欲しかった。
「私が……今日から君の父親になる、イスマイルだ。そして、私の家族がこれから
ルーシュナの家族になるよ」
イスマイルさんは私を安心させる様に私の頭を撫で
精一杯の笑みを浮かべてそう言ってくれた……。
「……お父さんとお母さんは?」
私がそう尋ねるとイスマイルさんは
「ルーシュナのお父さんとお母さんは
……これからとても危険な場所に行かなければならなくなったんだ。
だから、ルーシュナを連れて行けないのだよ。
そしてルーシュナには安全な場所に居て欲しいと願って私を頼ってくれたんだ。
判ってやって欲しい……とは言わない。
ただ、忘れないでやって欲しい。
今も、そしてこれからも二人は君を愛している事を」
そう、私と両親との別れの日はそのままイスマイルさん……イルパパとの出会いの日だったわ。
◆◆◆◆◆◆
私の両親は少しばかり周りの人達と違ってたのでしょうね。
人目を避けるようにひっそりとした場所に住んでいたのは。
だからイルパパに連れられて彼の家族に紹介して貰った時は大勢の人が居て
少し怖かったのね……。
最初、ソリッドと出会った時はその笑顔がイルパパに似ていて印象的だったのを覚えているわ。
ただ、その後のレリアママの鬼の様な笑顔の印象の方が凄すぎたわね……。
あの後、応接間でイルパパがレリアママに
私がお父さんとお母さんの娘だと言う事を説明すると
まるで人が変わったように女神の様な微笑みで私を抱きしめて来たのだけれど
正直に言ってギャップが凄すぎて怖かったのを忘れられないかも知れない。
クルース家の一員としての生活がその時から始まったのだけれど
最初の頃は色々と私を取り巻く環境の変化について行けず
両親に置いて行かれた事もトラウマになって部屋に引き篭もっていたわ。
ただ、部屋に引き篭もれたのはたった一日だけだった。
次の日からソリッドが頻繁に私の部屋に来て話しかけてきたからだったわね。
いまだにソリッドの最初の台詞は忘れられない!
「ねぇねぇ? トイレの後処理ってどうやってしましゅ?」
……それを聴いた瞬間、私の右鉄拳が一閃した!
「ぶべらっ!!?」
錐揉みしながら吹っ飛ぶソリッド。
ええ、ソリッドとのセカンドコンタクトは私にとって最悪の印象を残したのは間違いないわ!?
その後も頻繁に私の部屋を訪れては私を怒らすようなことばっかりしていったわね。
……おかげで悲劇のヒロインに浸る暇もなかったわ!
その後ソリッドの顔も見たくなくなるほど嫌いになりかけた時
ソリッドはこれまでの事を謝り、そして私に魔法を教えてくれた……。
「あ~、しょの、今までごめんなちゃい。変わりにこういう魔法教えましゅ」
そう言ってソリッドが使った魔法はイルパパとレリアママ
私とソリッドの幻影が浮かぶ魔法だった。
……それを見て私はソリッドを一旦許しその魔法を教わったわ。
それ以来、私は就寝前にその魔法【記憶の夢幻】を使い
私を置いていった両親の幻影を浮かべ心を慰めていた。
……その両親の幻影を見せたからかしら?
ソリッドが粘土から私の両親の人形と私の人形を作ってプレゼントをしてくれたのは?
多分、それからだと思う。
ソリッドを大事な弟の様に思えるようになったのは。
◆◆◆◆◆◆
若干、引っ込み思案の気があった私の幼少期だったのだけれど、
ソリッドにくっ付いていると何かしら可笑しな事ばかり起こったので
今、こうして思い返しても楽しい思い出が多いわね。
あれは……初めてダースラさんやマリーベルさんに会った時だったかしら?
初めてソリッドが従騎士さんから剣の稽古で一本を取ったのは?
マルカスさんには悪いけれど……クックク……どうしてあんな事になったのかしら?
あの後、ダースラさん達に命を助けられてからも
私達はよくあの森の秘密の樹の小屋に遊びにいったわ。
途中で木の実や果物、それにソリッドが使う薬草やハーブを集めながら
時には川で水遊びをしたり、釣りをしたり……小さな獣を追いかけて戯れたり
本当に思い出してみると楽しいことばっかりだったわね。
アルメニア王立学園に入学して寮生活が始まった後も
長期休暇の度にあの秘密の樹の小屋には遊びにいったわ。
たまにあの小屋に訪れるダースラさんやマリーベルさんとのお話も楽しかったし
森での知識を教わることも出来た……。
あの小屋をソリッドが作ってるのを見て完成するまでは何であんな事してるんだろう?
って思っていたけれど、完成してみれば私にとってもあの場所は大切な所になっていた。
それにしても、今思えばソリッドは不思議な子だった。
様々な知識、技、そして魔法……一体何処でそれらを覚えてきたのかしら?
幼い頃から元々知っていたかのように……小さい頃は不思議に思わなかったけれど。
でも、イルパパとレリアママの息子だし……不思議でもないのかな?
ソリッドや、イルパパ、レリアママの家族とエリンさんやルッツさん
そして従騎士の人達のおかげで不自由も不快な事もなく幸せだったんだと思う。
でも、……駄目ね。
私はやっぱり両親に置いていかれた事がどうしても心から離れない。
理屈や理性では判っている……と思う。
両親がイルパパとレリアママに私を託したのは両親の愛情からのものだって事は。
でも、感情が、心がどうしても納得してくれない。
私は両親に会わなくてはならない。
会って決着を着けないと前に進むことが出来ないから。
◆◆◆◆◆◆
学園を卒業してからこの一年、イルパパ、レリアママの領地経営の手伝いをしつつ
従騎士さん達に混じって訓練や治安維持の活動のお手伝いをしつつ
私は冒険者になる為の準備を整えているわ。
目標は両親を追ってこの心の決着を付ける為にね。
レリアママに相談したところ今の実力じゃ会う前に死んでしまうとはっきり警告された為
訓練を重ね準備をしているの。
一体、私の両親は何をして何処へいるのかしら……。
今なら両親が人の目を避けるように暮らしていた訳も判るわ。
イルパパとレリアママに私を預けたのは
二人が私の両親の冒険者仲間だったからだ、と言う事も教えてもらったし
お父さんがエルフと呼ばれる種族の者だったことも
お母さんが魔族と呼ばれる龍人だったことも今ならわかる、……その意味が。
思春期を迎え私に角と羽と尻尾が生えてきた時に理解したわ。
あの時はレリアママが居なかったら私はどうなっていたのかしら?
あまり、その事を想像したくない。
今は自分の体を制御出来るから角も羽も尻尾も自在に出し入れ出来る様になったけれど
それまでは魔法で幻を作ってたので大変だったわ。
私の母の種族、【龍人】と呼ばれる種族は文字通り龍の血と智と力を受け継ぐ存在だという。
その力は甚大で、他種族と比較することが愚かしいほどの存在だという。
その姿は老いを知らず果ての無い寿命を持つが故に
中々子供に恵まれず種としての絶対数が少ない。
それ故に常に畏怖され妬まれる存在だという。
そしてその力と姿故に人は龍人達を【魔族】と呼び恐れ続けたそうね。
その龍人である母がいて危険な場所と言う……。
その場所を聞いてみたけれど今の私の実力では教えることが出来ないと
イルパパ、レリアママに言われた。
イルパパ達の四人PTは国内……いいえ、実質大陸随一のPTだったと言う。
イルパパとレリアママが結ばれこの男爵領を拝領した時にPTを解散したらしいけれど
私の両親は冒険者を引退した訳では無く、寧ろ現役だそうね。
イルパパやレリアママと違って私の両親は長寿族だから……でもあるのでしょう。
肉体的な衰えが無いような種族だからなのでしょう。
そういった人達に私は追い付かなければならない。
そうでないと私の目的が果たせないからよ。
通常、冒険者と呼ばれる者達は基本的に単独行動を取る事が多いそうね。
自分の命を預ける事が出来るほどの信頼を持てる仲間……というのは得難いらしいからね。
一口にPTを組むと言ってもメンバーそれぞれに生活があるわよね。
それぞれの都合を考えると毎回毎回同じ仲間で行動する……というのがどれほど困難な事か。
それこそ恋人同士とか幼い頃よりずっと共に居るとかそういった関係でもないと無理でしょう。
だけど、単独で行動する冒険者ではどうしても壁に突き当たってしまうわ。
単独ではいざと言う場合に助けてくれる者が皆無よ……と言うのが一番大きいわね。
怪我や病気はおろか、数多い敵に囲まれた場合助けを呼んでもらう事もできないわ。
だから少しでも冒険を成功させたいのならば、やはり仲間は必要でしょうね。
ならば通常、単独の冒険者がどうやって信頼できる仲間を得るか……と言うと
最初から知人と共に冒険者になるパターンでしょうね。
これが一番良いのでしょうけど、そうそう共に冒険者になってくれる友なんて普通は居ないわね。
なので護衛依頼や討伐依頼で顔を何度もあわせ、話が合い、もしくは信頼を高めあった後に
仲間になる事が多いってレリアママに教えてもらったのよね。
ただ、仲間を得てもそれだけではより高い位階へ上り詰めるのは難しいそうね。
仲間の内に【治療士】がいるか否かで
冒険者PTとして上へ行けるかどうかが殆んど決まるらしいわ。
当然、と言えば当然なのでしょうけれど、ね。
そういった事を考えると私は随分と運が良いわね。
弟であるソリッドが以前から冒険者になる事を公言しているのだから。
信頼という点においても実力的にも連携面で見ても
どれを見ても最良の相棒になるでしょう?
ただ、本人に確認を取ってないから取らぬ皮算用になるかもしれないけれどね。
ソリッドの学園の卒業式が昨日だったわね。
あの子が帰ってきたら訊かないと、ね。
それにしても、随分幼い頃からソリッドは冒険者を目指して努力をしていたけれど
あの子の冒険者になる目的って何だったのかしら?
それも訊いてみましょう。
でも、私に付いても色々話さないといけないのでしょうね。
それが……私は怖い。
ソリッドが私の……本当の姿を見ても今まで通りでいてくれるのかしら……?
でも、その不安以上に本当の姿を見ても変わらないんじゃないか?
と言う信頼……いえ、願望?もある。
◆◆◆◆◆◆
さて、そろそろ起きないとね。
私はベッドから起き上がり両手を挙げ背を伸ばして眠気を覚ました。
「フゥ、今日も良さそうな天気ね。明後日はソリッドも帰ってくるし私も頑張らないと!」