B-1
はじめに見えたのは色を失った蛍光灯だった。次に感じた床の冷たさが厭でぼくは起き上がった。固い地面の上で不自然な姿勢で寝ていたらしい。だからなのか、身体の節々が痛む。周りを見回すと、多くの本棚がその中に納められている本のように規則正しく並んでいるのが目立つ。どうやら図書館らしい。今は無人だが椅子や机もある。僕はその机の陰で寝ていたみたいだ。
机のまわりを探してみたが、ぼくの荷物は見つからなかった。ポケットを探っても、財布も携帯電話もない。何のために、何を持って、ここに来たのかは思い出せないが、何もないというのはいささか不自然な気がする。そして、誰一人いない明かりの落ちた図書館。ブラインドは開いたままになっていて、窓の外を見ると、そちらもまた同じ暗闇だった。いつ止むとも知れぬ雨がしとしとと降っている。
カウンターにも誰もいない。図書館員も帰ってしまったらしい。パソコンの電源も落ちている。時計は12時ちょうどで、ぼくは出来すぎた偶然を訝ったが、ほんとうにただの偶然だったらしく、秒針は動いていた。ぼくは入り口のドアを開こうとした。しかしドアには外から鍵が掛けてあって開かなかった。ぼくはとりあえず、その脇にあった館内の蛍光灯のスイッチを押したが、それは玩具のような軽い音を返すだけだった。暖房もつかなかった。
館内は文字通り死んでしまったように静まり返っている。昼間まで人がいたような名残も何もなく、考えれば考えるほどこの場所が不気味に思えてきて、僕は壁に寄りかかって、両手のひらを壁にそっと当てた。図書館の壁は想像以上にぼくの体温に近かった。
どうすればいいのだろう。明日の朝までに帰らなければ……。そこでぼくは、明日の朝までに帰らなければならない理由さえも忘れてしまっていることに気付いた。どれだけ懸命に頭の中を漁ってもこれまでとこれからのことが何も分からなくなっていた。ぼくは茫然として天を見上げた。這いながらそのまま干乾びてしまった芋虫のような蛍光灯が等間隔に見え、時計は未だに12時ちょうどだった。ぼくは驚いて、しばらく時計を凝視をした。秒針はいつまでも同じ軌道を描きながら、分針にも時針にも干渉せず、空回っていた。