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A-1
「ご乗車ありがとうございました。次は、……」
車内にアナウンスが響く。それは聴いていた音楽の間奏部分に不意におぼろげに聞こえてきた。わたしのウォークマンにはノイズキャンセリング機能がついている。車内は夕方のわりにはそれほど混んでおらず、わたしは二人掛けの席を独占していた。イヤホンを外すと、わたしは立ち上がった。その拍子にパーカーのポケットから家の鍵が落ちた。それは安っぽい音で、持ち主を呼んだ。わたしはそれをゆっくり拾い上げ、凸凹な側面を撫でながら少し考えた。
少しして、鍵を拾ったときよりも緩慢な動きで、わたしはさっきまで座っていた二人掛けの椅子に戻った。腰を下ろすと、それを見計らったようにちょうどドアが開いた。涼しさよりも寒さを感じる風が車内に吹き込む。
わたしは再びイヤホンをつけて、目を閉じた。眠るためではない。いつものわたしが降りた後の電車は、シーツの感触にしても乗客の態度にしても、わたしに対してどこかよそよそしく感じた。無意識に耳をすます。
その日、わたしは家に帰らないことに決めた。