第1章(続き):毒を喰らわば皿まで
第1章(続き):毒を喰らわば皿まで
十文字の「包丁が乾燥しすぎている」という指摘に対し、阿久津は動じることなく、優雅にキッチンペーパーで指先を拭った。
「刑事さん、失礼ですが……プロの厨房を家庭の台所と一緒にしないでいただけますか?」
阿久津はあえて冷ややかな、教鞭を執るような口調で続けた。
「私の包丁は、一工程終えるごとに研ぎ、拭き、乾燥させます。食材の香りが混ざるのを何よりも嫌うからです。ライブ配信が終わってから5分もあれば、道具を完璧な状態に戻すのは、私にとっては呼吸と同じこと。……それとも、だらしないのが『普通』だとおっしゃりたいのかしら?」
十文字は「参ったな」というように頭を掻き、肉まんの最後の一口を口に放り込んだ。
「なるほど、弘法筆を選ばず、阿久津は包丁を濡らさず、ですか。恐れ入りました。……ところで先生、実は小早川さんの現場で、ちょっと気になる『レシピ』を見つけましてね」
十文字がポケットから取り出したのは、証拠品袋に入れられた一枚のメモだった。そこには、阿久津が昨夜すり替えた「サプリメント」の空き瓶の影が重なる。
阿久津の背筋に冷たいものが走る。だが、彼女はすでに**「第2の隠蔽」**を仕込んでいた。
阿久津の反撃:偽の「告白」
「……刑事さん、正直に申し上げます。彼女とは、レシピを巡ってトラブルがありました」
阿久津はあえて自ら「動機」をさらけ出した。隠すよりも、不完全な真実を差し出す方が信憑性が増すからだ。
「彼女は私の新作を盗もうとしていた。だから今日、私は彼女のスタジオを訪ね、厳しく抗議したんです。彼女が倒れる1時間ほど前まで、私は確かにそこにいました」
「ほう、1時間前。……それは初耳だ」
「でも、私が帰る時、彼女はピンピンしていましたわ。それどころか、私を追い返した後に『新しいサプリを試すの』と笑っていた。……彼女、最近ひどく無理をしていたんです。美容のために、海外製の怪しいサプリを何種類も。刑事さんがおっしゃる『事故』というのは、その飲み合わせのせいではないかしら?」
阿久津は、小早川が以前から服用していた「本物のサプリ」の中に、**「特定のアレルギー反応を誘発する別の成分」**を、今日、自分が立ち去る直前に混ぜたのだと示唆する流れを作った。
「もし、警察が私の指紋を現場で見つけたとしても、それは『抗議のために訪れた証拠』。そして彼女の死因は『自業自得の誤飲』。……そうおっしゃりたいのですね?」
十文字はニヤリと笑った。その目は全く笑っていない。
「先生、お知恵を貸してください。実は、現場のゴミ箱から**『空になった、中身の違うサプリの袋』**が見つかっていないんですよ。誰かが持ち去った……あるいは、別の場所にあるのかも」
阿久津は心の中で嘲笑った。その袋はすでに、自分のスタジオの「生ゴミ処理機」の中で跡形もなく消えている。




