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第1章(断片):完璧すぎる死体


「鑑識さん、これを見てください」

若い巡査が怯えたような声で指し示したのは、最新のIHコンロの上に置かれた銅製の片手鍋だった。

その中には、完成間近のソースが弱火にかけられたまま、静かにふつふつと泡を立てている。

現場となった小早川澪のプライベートスタジオは、派手な内装とは裏腹に、プロの戦場特有の緊張感に包まれていた。床には、あるじであったはずの若い女性が、まるで見えない糸を切られたマリオネットのように横たわっている。

十文字刑事は、周囲の慌ただしさをよそに、鼻をひくつかせながら遺体のそばにしゃがみ込んだ。

「……綺麗なもんですねえ」

「ええ、死因は急性のアナフィラキシーか、あるいは何らかの毒物によるショック死。外傷はありません」

鑑識の言葉を、十文字は生返事で聞き流した。彼が見ていたのは遺体そのものではなく、その**「周辺」**だった。

「いや、死体じゃなくて『現場』ですよ。見てください、この調理台」

十文字の指が、大理石のカウンターをなぞる。そこには、ズッキーニ、パプリカ、ナスが、まるで建築模型のパーツのように寸分違わぬ大きさに切り揃えられ、種類ごとに整然と並べられていた。

「小早川さんは、これからパーティーのメインを作る最中だった。それなのに、ゴミ一つ落ちていない。皮の剥きカスも、こぼれた水滴もない。……まるで、**『誰かに見せるための展示品』**を作っている最中に、死神に肩を叩かれたみたいだ」

「几帳面な方だったんじゃないですか? 売れっ子ですし」

「売れっ子だからこそ、ですよ」

十文字は立ち上がり、シンクの中を覗き込んだ。そこには使い終わったはずのボウルや木べらが、一つも残っていなかった。

「彼女のSNSを見ましたか? 彼女の料理はもっと『動的』だ。豪快に塩を振り、ソースを飛ばし、ライブ感を売りにしていた。でも、この現場はどうだ。……静かすぎる。まるで、『掃除のプロ』が殺人のついでにキッチンを磨き上げていったようだ」

十文字は、シンクの蛇口の根元に、一筋の「白い線」を見つけた。

指先で拭って舐める。

「……塩、ですね」

「塩? 調味料が飛んだだけでしょう」

「いいえ。高い位置から振り下ろされた塩の結晶が、跳ね返ってこんな隅っこに残っている。……小早川さんの身長は170センチ。このカウンターの高さでその振り方をすれば、塩はもっと広範囲に散らばるはずだ。もっと小柄な……そう、155センチくらいの人間が、無意識にいつもの癖で塩を振った。そんな感じがしませんか?」

十文字の脳裏に、料理界の重鎮であり、小早川の師匠でもある、小柄な老婦人の姿が浮かんだ。

「……よし、ちょっと『おやつ』を食べに行きましょうか。ついでに、日本一綺麗なキッチンを拝ませてもらいにね」

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