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後継者選び

関羽の死で揺れる成都で、十歳の劉徳は自ら民を救い、人々の称賛を得た。

兄・劉禅はそれをきっかけに、自分の立場が脅かされる焦りと嫉妬を募らせていく。

劉備の後継者は一体誰になる?

 蜀漢の政権は、後継者問題で波乱に揺れていた。

 老齢の劉備を思えば、急ぎ皇太子を定めねばならぬ時期である。

 しかし、劉備の胸中には迷いが渦巻き、誰を指名すべきか決めかねていた。決断を先送りするばかりで、自ら名を挙げることができず、その役目を丞相・諸葛亮に委ねていた。


「皇太子は、やはり長子である劉禅殿こそがふさわしい」

「いや、私は劉徳殿のほうが適任と考える」

 文官の一人が声を張れば、武官の一人がすかさず反論する。

「ふん、阿義などありえない。まだ幼く、母はあの宿敵・孫権の妹ぞ。あやつは蜀漢を裏切り、幼い劉禅殿下を連れ去って逃亡を企てた。趙雲殿がいなければ、今頃、劉禅殿下は呉で人質にされてたかもしれないのですよ。そんな危険人物が母親など、血筋に難がある」

「血筋を言うなら、近頃の劉禅殿の横暴な振る舞いのほうが国を危うくすると思わぬか」


 言葉の応酬は鋭さを増していく。

 劉禅派には、蒋琬(しょうえん)董允とういん楊儀ようぎ張裔ちょうえい廖立りょうりつら、場慣れした中堅の文官たちが並び、詭弁も理屈も自在に操る。

 重鎮たちはあえて沈黙を守り、若き論客たちの舌戦を傍観している。

 劉徳派には、馬超(ばちょう)魏延(ぎえん)呉懿(ごい)張翼(ちょうよく)ら、戦場で鍛えられた猛将たちが結集していた。


「劉禅殿の教育係として申し上げます。たしかに、殿下は、至らぬところもあります。しかし国を背負う覚悟と努力は、誰よりも確かだ」

 董允が低く重い声で言うと、

「覚悟があっても、資格がないのでは?」

 魏延が鼻で笑った。


 やがて諸葛亮が席を叩き、声を通した。

「今日はここまでとする。陛下はまだご健在。まさか陛下の急死を望む臣はおらぬな?」

 静寂が広がる。

「この議論は一時保留だ。陛下もそう望まれている」


 会議は解散したが、文官と武官は互いに鋭い視線を交わしながら席を立った。



 その夜。

 劉禅の屋敷には、楊儀・張裔・廖立らがひそやかに集まっていた。

 灯りは落とされ、卓の上には酒と果実だけが置かれている。障子の外に人影がないか、楊儀が何度も確かめてから口を開いた。

「殿下、今こそ武官どもに思い知らせる好機です。あやつらは戦場で血を流すことしか能がない。国政を預ければ必ず国を傾けましょう」

「その通り。丞相とて万能ではない。武官の声ばかりを聞くなら、我らが動かねばなりません」廖立の口調は低く、しかし熱を帯びている。

 劉禅は杯を手にし、ゆっくりと酒を口に含んだ。

「お前たちが味方でいてくれること、心強い限りだ。……だが、どう動く?」

「方法はいくらでもあります。まずは劉徳を遠ざけることです。辺境に左遷し、功績を立てる場を奪う。内政でも戦場でも名を上げられねば、魏延とて彼を推す理由がなくなります」張裔が冷ややかに言う。

「それとーー悪い噂を流すのです。…真偽は問われません。民は耳に入った話を信じるものですからな。とにかく、皇太子にさえなれてしまえば、後はこっちのものです」楊儀の笑みは、薄暗い部屋に不気味な影を落とす。

 劉禅は満足げにうなずき、杯を傾けた。

「よかろう。お前たちの言ったことは、俺も前々から考えていた。憎き阿義と浅はかな武官どもに、この国の主が誰か思い知らせてやる」

 盃が静かに打ち鳴らされ、酒の香とともに、重く濁った夜が更けていった。


 劉禅の屋敷で密談が行われる中、劉徳の親友・関興とその友、張苞は忍び込み、会話を盗み聞きしていた。

 劉徳派の武将にとって、劉禅派の文官の動向を探ることは必須である。

 やがて密談が終わると、二人は急ぎ姿を消したが、その様子をさらに別の闇が見ていた。


 一方、劉徳の屋敷では。

「皆は、なぜ私についてきてくれるのですか。私は新参者で、兄上にはいつもやられっぱなしの、意気地なしです。なぜ、あなた方のような勇猛な武将が、剣も握れぬ非力な私の味方をしてくださるのですか」

 劉徳の言葉が静かに広間に落ち、燭の揺らめきだけが時を刻んだ。

「殿下は決して弱くありません」

 呉懿が静かに言うと、馬超が力強く続けた。

「殿下は真っ直ぐで、人を見下さぬ。それが武人にとってどれほどの価値か、文官どもには分からぬ」

「若君は劉禅殿よりも賢明で、陛下からの期待も大きい。なぜ皇太子になることを望まれないのですか」

 張翼が問いかける。

「そうだ、陛下のお考えを探ってはどうか」

 魏延までが珍しく促す。


 劉徳は、集まった武将たちの視線を受けながら、ゆっくりと口を開いた。

「……そもそも、私は皇太子になる資格などない。母は呉の出であり、今の蜀にとっては仇敵である。血筋に疵があることは自分でも分かっている」

 その言葉に、魏延が肩をすくめ、やや嘲るように笑った。

「そんなもの、どうとでもなる。そもそも、孫権の妹と結婚し、そういう状況を作ったのは陛下ご自身ではないか」

 途端に劉徳の顔色が変わった。

「黙らぬか!」

 鋭く叱責する声が、座敷に響く。

「父上を侮辱するつもりか!父上がどれほどの思いでこの国を築き、我らを守ってこられたか、知らぬとは言わせぬ!」

 武将たちは一瞬、息を呑んだ。

 劉徳は拳を握りしめ、なおも言葉を続ける。

「私は父上の子として、この国の臣として、決して父を疑わぬ。父の選択には、必ず意味がある。お前たちがどう言おうと、それは揺るがぬ」

 魏延は口を閉ざし、馬超も呉懿も言葉を失った。

 しばし沈黙が落ち、劉徳は深く息を吐く。

 やがて、少し声を落として言った。

「兄弟で帝位を争って何になる」

 それ以上の説明はなく、

「もう夜も更けました。皆、帰って休むように」

 とだけ告げた。

 武将たちは互いに目を合わせると、無言で立ち上がり、それぞれの家路へと向かった。

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