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即位

前回のあらすじ

夷陵の戦いで蜀軍は大敗し、多くの将兵を失い、劉備は重病に伏す。

白帝城にて劉備は諸葛亮と劉徳に遺命を託し、劉禅を支えるよう命じた。

最後に趙雲ら忠臣に別れを告げ、六十三歳で崩御した。

「陛下が崩御された」

 その知らせが城中に響き渡ると、人々は一斉にひざまずき、地に額をつけて泣き崩れた。翌日には葬儀が営まれ、民衆は朝から日暮れまで地面に座り、頭を垂れて哀悼の意を示した。


 劉禅もまた、父の死を心から悲しんだ。玉座を望んだことはあっても、決して父の死を望んだわけではない。最後を看取ることすらかなわなかった己の不孝を思い、胸をかきむしるような後悔に苛まれた。

(俺は最後まで……父上に認めていただけなかった…)


「陛下の遺書を読み上げる」  

 諸葛亮は威厳を持って大臣たちの前に立ち、劉備直筆の遺書を広げた。


「……劉禅を新たなる皇帝とし、国を治めさせよ。これより我が家臣は劉禅の指示に従うべし。丞相を中心に、臣下は若き劉禅を全力で支えよ。そして阿義――劉徳よ。そなたもまた、この国に欠かせぬ存在である。兄を支え、共に蜀漢を盛り立て、父たる朕の志を継いでゆけ」


 諸葛亮の声が堂内に響いた。

 劉禅は一瞬、父の温情を思い出し、込み上げる涙を必死にこらえた。だが、その横で静かに立つ劉徳の姿が目に入る。泣きもせず、ただ先を見据えたように澄ました表情を浮かべていた。

(……やはり父上は、最後まで劉徳を特別視していたのだな。私が皇太子でありながら……)


 悲しみの奥に、針のような嫉妬が混じり込む。やがてそれは、静かに胸を焼く怒りへと変わっていった。



「陛下のおなり」


 澄んだ声と共に、即位の儀が始まった。劉禅は金色の冕服(べんぷく)をまとい、やや硬い足取りで玉座へと進む。その歩みには威厳は薄かったが、背中には新たな時代の重責がのしかかっていた。


「陛下万歳!」


 群臣が一斉にひざまずき、歓声が天を震わせる。

 劉禅は玉座に腰を下ろすと、静かに宣言した。


「朕は、先帝の志を継ぎ、蜀漢の第二代皇帝として即位する。国難はいまだ続くが、諸臣と共に漢の復興を目指して進もう。蜀漢に栄光あれ!」


 大臣らは声を合わせて「万歳」と叫んだ。これはまさに新時代の幕開けであった。


 しかしその胸奥で、劉禅は父の遺言に記された弟・劉徳の名を何度も反芻していた。

(父上……いずれ分かるでしょう。誰が真の皇帝にふさわしいのかを)


 弱冠十七歳の新皇帝・劉禅が誕生した瞬間であった。




 劉禅の胸中には、先帝を超えるほどの良き国を築き上げたいという強い意志が燃えていた。しかしその裏には、不安と葛藤が渦巻いていた。彼は権力に執着してきたが、それは単なる地位への欲望ではない。自分が国を正しく導き、父のように民衆から慕われる皇帝となりたい――その一心からであった。


「諸葛亮、そなただけが頼りだ。どうか朕を支えてくれ」

 まだ「朕」という言葉に慣れない劉禅は、不安げに眉を寄せた。

「もちろんでございます」

 諸葛亮は深々と礼をした。

(陛下はまだ若い。私が先帝の遺志を継ぎ、支えてゆかねばならぬ)


 諸葛亮は大量の木簡を差し出した。

「陛下、各地の県令からの報告と、民の要望をまとめたものにございます」

「これほど多いのか……」

 劉禅は思わず息を呑んだ。目の前に積み上げられた政務は、米の収穫量の把握、兵の訓練と配置、将軍や官僚の昇格、地方の争いの仲裁と解決――いずれも国家の命運に関わる重大事であった。若き皇帝には、その重責の大きさが容赦なくのしかかる。父が生前、これらをすべて背負い続けてきたことを思うと、劉禅はあらためてその偉大さを痛感せずにはいられなかった。


 一方、劉徳は謹んで兄の姿を見守っていた。彼の眼差しは冷静であり、劉禅とは異なる落ち着きが感じられた。周囲の大臣たちの中には、劉徳こそが真の皇帝の器であると内心感じている者も少なくなかった。劉禅の即位は正式なものであったが、真の指導者としての資質を持つのは果たして誰であろうか、決してこのことは口に出さなかったが、その疑問は人々の胸に残ったのであった。


 劉徳は早くも蜀漢を立て直すため、街を歩いて民の声を聞き、書物を読み漁り、自ら政策を練り始めていた。そして、近いうちに兄へその考えを伝え、共に父の志を継ごうと強く願っていた。


 だが、劉禅の胸には、劉徳に対する古くからの嫌悪とわだかまりが消えることなく残っていた。兄弟が力を合わせて国を盛り立てる――その道は、誰の目にも理想的であった。しかし、皇帝劉禅がその道を選ぶはずがなかった。

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