表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/36

夷道の戦い

前回のあらすじ

劉備は諸将の反対を退け、張苞に五千の兵を与えて孫桓討伐を命じた。

張苞は父・張飛の志を胸に、冷静さを誓いつつ意気高らかに初陣へと向かう。

はたして、張苞の仇討ちは叶うのか?

 数日後。

「お前たちはここで待機せよ」

 張苞は孫桓の陣の手前の茂みに軍を潜ませ、低く命じた。

「我が先に状況を探ってくる。合図があれば突撃だ」

 言うやいなや、精鋭百人を率いて静かに敵陣へと忍び込む。

 夜の帳が下り、陣営は松明の赤い灯りに照らされていた。張苞は柵を越え、影のように潜む。巡回の兵を素早く斬り伏せ、息をする間もなく草陰に引きずり込んだ。


「……ここは武器庫か」

 低い独り言と共に、張苞は戸を押し開けた。棚には槍、剣、弓がぎっしりと並んでいる。

「良質な武器が多いな」

 その中に、異様な存在感を放つ一本の矛があった。

 刃は蛇のようにうねり、黒鉄の柄は重厚な光を宿している。

(この大きさ、この形、この色……まさか……!)

「これは父上の丈八蛇矛(じょうはちじゃぼう)ではないか!」

 瞬間、張苞の胸を熱いものが駆け上がった。幼き日、父・張飛がこの矛を振るい、敵をなぎ倒す姿を目にした記憶が蘇る。

「そうだ……父を裏切り殺した張達(ちょうたつ)范彊(はんきょう)。奴らは呉に投降したはず。そして今もこの陣内に潜んでいる!」

 張苞は矛を手に取り、武器庫の戸口から大声で叫んだ。

「聞け!我が名は張苞、燕人張飛の子なり!父を殺した張達、范彊、いるならば出てこい!」

 突如として轟いたその声に陣営は総立ちとなった。張苞の声に孫桓の軍は気づき、笛を鳴らした。

「敵襲だ!」

「蜀軍だ、戦え!」

 怒涛のように押し寄せる兵。だが張苞は矛を振るうごとに数人を薙ぎ倒し、血しぶきが松明の灯を赤黒く染めた。

「呉の力はこの程度か!大将、出てこい!」

 挑発の咆哮が夜空に轟く。だが現れるのは雑兵ばかり。

 その時、待機していた張苞の五千の兵も突入し、陣営はたちまち修羅場と化した。


 一方、孫桓は急報を受け、帳内で軍議を開いていた。

「張苞には誰も歯が立たぬ。どうするべきか」

 沈黙を破り、進み出たのは二人の将。

「我らが討ち取ってみせましょう」

 それは、かつて張飛を裏切った張達と范彊だった。


「よかろう。今こそ呉への忠義を示せ」

 二人はうなずき、血走った目で戦場へと向かった。


「呼んだな、張苞!」

 炎に照らされ、張達と范彊が現れる。

「裏切り者ども……ようやく顔を出したか!」

 張苞の怒声が唸る。

「裏切り?それは誤解ですぞ。お前の父上こそ我らを死地に追い込んだではないか」

 范彊が嘲笑を浮かべた瞬間、張達が一気に襲い掛かる。

「隙だらけだ!」

 丈八蛇矛が閃き、張達の首は空に舞った。

「なっ……!」

 范彊の顔が蒼ざめ、無意識に後退する。

「愚か者め。一度戦うと決めたのなら正々堂々戦わんかい」

 張苞は猛追した。雑兵を蹴散らし、火の粉の舞う戦場をひた走る。

 五分ほど追い立てられた范彊は、不意に振り返り剣を振り上げた。だがその刹那、丈八蛇矛が腹を貫いた。

「かかったな……!」

 血を吐きながら、范彊は薄笑いを浮かべる。

「なぜ笑う」

 苛立ちのまま、張苞は矛を引き抜き、腹を裂いた。

 その直後、気付いた。

(……しまった!)

 周囲にはおびただしい数の呉兵が立っていた。いつの間にか百騎以上の兵が円を描き、矛先を一斉にこちらへ向けている。

 張苞の背筋に冷汗が流れた。全身に重苦しい緊張がのしかかる。


「ここまでか……!」

 その時、地を揺るがす蹄の音が闇を切り裂いた。

「我が名は黄忠!蜀の五虎将軍なり!」

 白髪をなびかせ、老将が堂々と馬を駆る。背後には千の兵。

 雨のような矢が放たれ、呉兵が悲鳴を上げて倒れ伏す。包囲は瞬く間に崩れ去った。

「黄忠殿……なぜここに!」

「問答無用!まだ死にたくなければ戦え!」

 老将は短く叱り飛ばし、再び弓を引く。矢は正確に敵の眉間を射抜いた。

 張苞は息を呑み、そして矛を構え直した。

「このご恩は生涯忘れませぬ!」

 こうして二人は乱戦を突破したが、孫桓の陣にはなお数千の兵が控えており、大将に迫ることは叶わなかった。

「……仕方ない。退け!」

 張苞と黄忠の軍勢は無念を抱えつつ撤退した。


 退いた後、張苞は息を荒げて問う。

「黄忠殿、なぜこの場に?」

「馬良に夷道の様子を探れと言われたのだ。……わしが遅れていたら、お前の首はもう地に転がっておったぞ」

 黄忠は若武者に叱責する。

「……仇討ちに囚われ、周りを見失っておりました。申し訳ございません」

「初陣ゆえ許す。だが次はないぞ」

 老将の眼差しは厳しくも温かい。

「肝に銘じます」

 張苞は深く頭を垂れ、胸の奥で誓った。次は必ず、父の名に恥じぬ勝利を掴むのだと。

読んでくださりありがとうございます。評価とブックマーク、感想をぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ