蜀、起つ
はじめましての方は、はじめまして。
赤兎優馬と申します。しばらくは毎日投稿頑張りたいと思います。
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分かるること久しければ、必ず合し、
盛んなること極まれば、必ず衰う。
「陛下、御命令の書をお持ち致しました」
厚い帳の奥、静けさに満ちた後殿の書斎に、若き皇帝の面影が立ち現れる。
「徐永、お前か。待ちわびていたぞ、入れ」
徐永は礼をした後、一冊の厚い書物を差し出した。
「かの書が見つかったのか?」
「はい、部下に探索を命じたところ、遥か遠方の山中にある廃村にて、朽ちかけた一つの書庫を発見いたしました。驚いたことに、そこには、風雪に晒されぬまま保存されていた数多くの古文書が眠っており、忠烈帝に関する記録もまた、詳細かつ明瞭に遺されておりました」
皇帝はその本を受け取り、信頼のおける徐永に感謝の意を示した。
折しも、朝廷では囁かれていた。
「宦官の専横、外戚の闘争――まるであの頃の再来ではないか」と。
若き皇帝の胸にも、かすかな焦燥が広がる。
しかし、彼はまだ、剣を取らない。剣よりも重きものが、そこにあると信じていた。
埃を払いながら、一枚一枚静かに頁をめくっていく。
「我が手にあるのは玉座ではない。民の安寧と、志の継承だ」
皇帝の指が、最後の頁の内側に隠された封を撫でる。
そこに何が綴られているのか、それはまだ開かれぬまま。
章武元年四月、成都はかつてないほどの賑わいを見せていた。地面を埋めるほどの軍隊と、文武官の万歳を唱える声で空が満たされる。朝服を纏った劉備は厳かに冕冠を戴き、蜀漢の皇帝に即位したのである。
このことを聞き、民衆は喜びと祝福の声をあげた。しかし、蜀の現状は民衆が思っているほど、よいとは言えなかった。劉備の義兄弟で、国家の重鎮である関羽は呉に討たれ、魏では、曹丕が献帝を廃し皇帝となり、よりいっそう力を増していた。
劉備には二人の御子がいる。長男の劉禅(阿斗)は、側室の甘夫人との間に生まれ、今年で十五になる。彼は愛されるばかりで、のびのびと育った。一方で、二つ下の次男劉徳(阿義)は、孫権の妹、孫尚香との間に生まれたため、周囲からは軽蔑されていた。そもそも、彼が宮中に戻ってきたのは、つい二年前のことであり、劉禅からすれば、自身の皇位継承の邪魔でしかなかった。
皇帝の位についてからの劉備は、その顔立ちまでが、一段と変わって、何とも言えぬ晩年の気品をおびてきた。
成都で開かれている宴会には、劉備の家族や臣下が参集し、大変賑わった。劉禅と劉徳もその中にいた。
「父上、蜀漢の建国と皇帝への即位、まことにおめでとうございます。私も……父上のように、民を思って、民を助けられる人に、なれるよう……これからも頑張ってまいります」
「阿義よ、そなたの言葉を聞き、朕は嬉しく思う。お前はまだ幼くして賢く、学問に励み、情に厚く謙虚な心を持っている」
「ありがとうございます。これからも、しっかり励んでまいります」
(父上はきっと、皇帝となることを拒まれたのでしょう。献帝が崩御されたと聞き、あれほどまでに嘆き悲しんでおられたのですから。父上は、名分を何より重んじるお方です。それでも今回、あえてこの道を選ばれたのは、天下の有様を見渡し、ご自身の志を、再び思い起こされたからに違いありません)
劉徳の思う通り、劉備は群臣の度重なる進言にも耳を貸さず、皇位に即くことを望まなかった。ところが、孔明の家を見舞って、彼の病中の苦言を聞いたことで、漢の正統を継ぐことを決意したのだ。
劉備は劉徳に期待を寄せる一方、厳しい言葉も投げかけた。
「優しさだけではこの乱世を生き抜くことはできない。時には自分の意志を通すことも大切だ。将来、蜀漢を支える立場に立つためには、そうした強さも必要なのだ。期待しているぞ」
「ご期待に……応えられるよう、がんばります」
劉徳は頭を下げ、席に戻ると、隣に座っていた劉禅に鋭く睨まれた。
「兄を差し置いて、父上と話すとは何事だ」
「兄上、申し訳ありません。一刻も早く父上にお祝い申し上げたく、つい先走ってしまったのです。」
「お前は本当に宮中の常識を分かっていない。礼儀作法も言葉遣いも、何もかもだ。まあ田舎育ちなら無理もないか」
劉徳は言い返さず、ただ黙ってうつむいた。反論の言葉は喉まで出かかったが、怖くて、どうしても口にできなかった。
「兄弟には序列というものがあるのだ。俺はお前とは違う。皇太子になるのはこの俺だ。でしゃばるな」
劉禅は劉徳の足を踏みつけ、怒りをあらわにして部屋を出て行った。
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