ないすげーむ
「あのさ、流石に冷房利かせ過ぎじゃね??」
「そうかな。これぐらいでちょうどいいけど」
「いくら真夏だからって設定温度18度に、強風って流石に寒いわ」
「ほら、そこは厚着してさ」
「厚着している意味が分かんねーよ。寒いんだったらもっと温度上げろよ」
「なに言っているのさ。この無駄と思えることが贅沢なんだよ。この少しの贅沢に浸って、ベッドでゴロンとなる。最高だよ。いっしょにどう??」
「なに言ってんだよ?? だいたい、ずっと部屋に閉じこもってスマホ弄っていても飽きるだろ??」
目の前の彼は締め切った部屋のカーテンをあけ、陽を取り入れ窓を開けはじめる。
やめてよ。せっかくの自堕落空間を崩すのは。
今年の夏はまたも前年の記録を塗り替えて猛暑が続いているそうな。
そんななか外に出れば、少し歩いただけで汗は止まらず日焼けもしてしまうことだろう。
乙女な私にとっては、肌が焼けることも嫌だし、汗かくことも大衆にいるなかではしたくない。匂いも気になるし。人としてのエチケットを考えれば、こうして部屋に閉じこもって時間を過ごすことが正解なんだよ。
そんな彼に猛抗議するも、聞き入れてくれない。
対する彼は猛暑のなかをグランドに身を置いてマウンドからボールを投げ続けている。
彼を見ればすっかり高校球児と言えるぐらいに、こんがりと焼けている。着ている制服も少し汗臭くもある。消臭スプレーもしているみたいだけど、すぐ汗かくんじゃ意味ないのかもね。
「よくも好き好んで外に出るよ。こんな真夏日に」
「俺からしたら、ずっと閉じ籠もっているほうが不健全だけどな。ずっとスマホ弄っていてもつまんねーだろ??」
「むっ。そんなことは……って言い返したいけど、たしかにつまんないだよね。スマホ見ては寝てばっかしだし。かといって夏休みの課題、受験勉強するのもだるいし」
高二の夏を迎えている私たちはあと一年と半年で高校を卒業する。
まわりには受験に向けて塾通いし始めている人もいるけど、まだ時期早々な気もする。
高二の夏はまったりと過ごして、秋から頑張るとするよ。
「もったいねぇーな。もっと時間を有効活用しろよ」
「そんなことないよ。好きな時に好きな動画みて好きな食べ物を食べる。好きな時間に寝て、だらだらと一日を過ごす。誰にも咎められることない、このまったりとした時間こそ至福でしょ?? だいたいこんな猛暑日になんで外に出てあくせく動かないといけないの!?」
「……そこがおまえと俺の違いなのかもな。なにか夢中になるものが見つかれば、きっと変わるんだろうけどな」
「へっ。それはどうだろうね。私の考えはある意味では真理じゃないかなって思えるぐらい不動なんだけど。きっと揺るがないよ」
「そーかよ」
悪態つく彼は私に『なに、食べる??』と投げ掛けてきて、『キムチ鍋』と投げ返してやった。
……
県大会の決勝戦。
シード校としてのスタートでなく強豪校とぶつかりながらも地道に闘っては勝ち上がり、ようやくこの決勝の舞台に辿り着けた。
対するは毎年のように甲子園出場している常勝高。
七回表。
これまでの攻防ではさほどリードを許していなかったが、ゲームの流れとは不思議なもので少しの風穴《四球》がきっかけで大きく突き放されてしまった。
イラついて仕方ない。いきなり九点って、なんだよと。
イライラはそれだけじゃない。
ゲーム中のいきなりの日照り雨があって中断。濡れるし。グランドも雨水を吸ってかボールの軌道を変えて捕球ミスを誘うし。守備陣も疲れと『流れ』が完全に渡ってしまってか、普段ではありえない送球ミスも続く。
なによりイラつきを感じさせるのは、彼だ。
追い込まれながらもなんでそんなに笑っていられるんだよ??
いまの流れではもはや届かない。最後のゲームになるかもしれないのに、なんで笑って、周りを気配って、汗をはらい、いまもキャッチャーミットに投げ込んでいるんだよ。
イラついて仕方ない。咎めることもなくなんで笑っていられるんだよっ!?
結果、最後の攻撃では奇跡的に二点は取り返しはしたが、八点という大差を埋めることが出来ず終わってしまった。
そうして、最後の晴れ舞台からサイレンが鳴ってしまった。
「よう」
「……来ていたのか」
会場からの学校のバスに向かって歩いていく選手一団を見送っていくなか、最後方を歩く彼を見つけ、声を掛けた。
「おまえ、前に私に言っていたよな。なにか夢中になるものがあれば変わるって。
ほんとそうだよ。前の私だったら、絶対否定していた。
なんでこんな蒸し暑い日に、日陰もないベンチに座って応援しないといけないんだよって。日焼けもするし汗もかくし。……しかも濡れたし。
それにゲーム後半はイラついて仕方なかった。特におまえの笑顔が。
けど、それって夢中になっていたということなんだよな、私。
おまえの頑張りも知っていた分、目が離せなかった。正直結果には納得いってない。悔しいけど、ナイスゲーム」
「……なま言ってるんじゃねーよ。このど素人が」
汗とグランドの土で汚れたユニホームを着る彼は悪態ついて、帽子を深く被りなにかを隠すかのようにバスに乗り込んでいく。
去り際の横顔には一筋の涙が流れていた。