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93. 打ち上げパーティー

 大成功に終わった魔法剣技大会から数日が経ち、今日は学園内の一室を貸し切って大会の関係者たちを招いた立食パーティーの日だ。

 パーティーといっても服装はいつもの制服で、出場選手や記者クラブ、オーケストラクラブの面々など、大会に尽力してくれた皆を労う打ち上げだ。


 こちらの費用ももちろん私の持ち出しだが、グッズの売り上げでかなりの利益が出たので、このくらいは余裕である。


 大会の利益は既に計算して報告書もできているが、真っ黒な収支報告書を見せて悔しがらせてやろうと思っていた相手であるリュディガーは、父親であるシュヴィールス公爵が捕まったことの影響で現在学園を休学しており、全くそれどころではなくなってしまった。

 処刑の決まっているシュヴィールス公爵が、聴取に従順に応じる代わりに子供たちにまで罰が及ばないように願い、調査の結果、実際にリュディガーと彼の妹は父親の企みとは全くの無関係であったことが証明されたことにより、貴族ではいられることになったのでいずれ学園には復学できるだろうとは言われているらしい。


 報告書をリュディガーに叩きつけてやろうと思っていたけど、流石に家が大変なことになっている人に更に鞭打つようなことはしたくないので、大黒字の収支をユーリと二人でほくほく眺めて溜飲を下げることとした。


 話はそれたが、現在パーティーの参加者たちは歓談しながら、所狭しと並べられたご馳走に舌鼓を打っている最中だ。

 私の前世知識を元にした料理を領地の城のシェフに作ってもらって運び込んだので、味には自信がある。

 料理を口に運んだ参加者たちは皆、初めて食べる味に驚いているようだった。


「これは……うまいな」


 ちょうどハンバーグを口に運んでいたゴットヘルフも目を丸くしていた。

 彼は見た目通り、がっつり系の肉料理が好みのようだ。


 ちなみに生徒会メンバーで打ち上げに参加しているのはゴットヘルフだけだ。

 ヴィクトールも一応誘ったが断られたし、その他の生徒会メンバーは大会運営にはノータッチなのでそもそも声を掛けてもいない。


 私の視線に気が付いたゴットヘルフは、一瞬気まずそうな顔をした後、背筋を正してこちらにやってきた。


「リリアンナ嬢。本日はこのような場にお招きいただき感謝する」


「ご参加ありがとうございます、ウルバン様。大会選手の皆様は一番の功労者ですから、ぜひ楽しんでいってくださいませ。ヴァルツレーベンの料理はお口に合いましたか?」


「ああ。辺境の料理が出ると聞いて、はじめはどんな素朴な田舎料理が出てくるのかと思ったが、見た目も美しいし、何よりとても美味かった。どうやら私は、辺境に対してかなり穿った見方をしていたようだ」


「そう言って頂けますと、これらの料理を作った料理人たちも浮かばれますわ。彼等には、王都の騎士団長のご子息にもご好評いただいたと後で伝えさせていただきます」


 なぜかゴットヘルフの態度が随分と軟化している。

 誘拐事件に遭ったことで、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「先日は大変失礼な態度を取り、申し訳ない。真剣に大会を盛り上げようと行動してくれていた者に対して取るべき態度ではなかった。本当に、すまなかった!」


 ゴットヘルフに勢いよく頭を下げられ驚いた。

 周囲の生徒もぎょっとしてこちらを見ている。


「う、ウルバン様、事件は解決し、大会も無事に開催できたことですし、わたくしはもう気にしておりません。どうか顔を上げて下さいませ」


 慌ててそう言うと、ゴットヘルフは申し訳なさそうに顔を上げた。


「私のような者にも、そのように慈悲をいただけるとは、貴女の事を聖女だと言う者がいるのも強ち間違いではないのかもしれない……」


 心なしか、彼の目がキラキラしているような気がする。


「ウルバン様? 一体どうされたのですか?」


「貴女が主催した今年の大会は本当に素晴らしいものだった。私の戦績は不甲斐ないものになってしまったが、観衆の熱気に包まれてとても気分が高揚した。あれほどまでに負けたくないと思ったのも、良い試合をして誇らしい気持ちになったのも初めての経験だった……」


 試合の時のことを思い出しているのか、ゴットヘルフは噛み締めるようにそう言った。

 確かに彼とメラニーの試合は手に汗握る素晴らしいものだった。


「貴女には、人を率いて大事を為すのに十分な能力があるのだとよく理解した。世間を知らぬ田舎者の辺境令嬢では次期王妃には足りぬと思っていたが、私は貴女こそヴィクトール王子の隣に立つに相応しいと認めよう」


「あ、それは結構です」


 私の大会運営の手腕を買ってくれているのは嬉しいが、王子の婚約者として認められたくてやったわけではないのでそこだけは否定しておく。


 この人も人の話を聞かないタイプなのか、私の言葉は耳に入っていない様子で、少し顔を赤くしながら私の後ろに護衛として控えていたメラニーに向き合った。


「メラニー・ゲラーマン。あの時、君に言われた言葉について、ずっと考えていた。確かに私は、主にもっとこうしてほしいと思うばかりで、自分が変わろうとはしていなかったことに気付かされた」


 どうやら地下室に閉じ込められていた時に、この二人の間で何かやり取りがあったらしい。

 メラニーはゴットヘルフの言葉に返事をせず、じっと彼を見つめている。


「試合での君の剣も素晴らしかった。私の完敗だ。情けない姿ばかり見せてしまっているが、君のように心身共に強くなるべく、私も変わっていきたいと思う。だから、その、もし良かったら……」


 言い淀むゴットヘルフの顔が真っ赤に茹で上がっている。

 これは、もしや……


「私と一緒に、剣の稽古をしてくれないか!?」


「断る」


 固唾をのんで見守っていた周囲の人々の身体が少しだけガクッと傾いた気がした。(まだ学生とはいえ貴族なのでズコーッとコケるようなことはなかった)


「なっ、何故だ!? 私が弱いからか!?」


「我が主への態度が悪いからだ。お前はリリアンナ様の敵だ。慣れ合うつもりはない」


「それについては先程謝ったではないか! もうしない!」


「信用できない」


「そこをなんとか! 一度だけでも!」


「くどい」


 メラニーにすげなく断られたものの、ゴットヘルフは諦めずになんとか稽古デート(?)を取り付けようとしている。

 意外とガッツがあるタイプのようだ。


 なんとなくだが、最終的にはメラニーが折れて二人で剣の鍛練をする様子が思い浮かんだ。

 なんだかんだメラニーは真面目に頑張っている人には優しいのだと私は良く知っているので。

 こういうのも一つの恋の始まりだったりするのだろうか……。


「リリアンナ様」


 お願い、断る、と言い合っている二人をポカンとして眺めていると、今回のイベント成功の立役者の一人である神絵師のウルリーケから声を掛けられた。

 もう一人の神絵師であるエメリヒも一緒だった。


「ウルリーケ様。いかがされましたか」


「リリアンナ様にご報告したいことがございます。今回、わたくしたちの絵が多くの方に注目されたことで、学園を卒業したら絵師として勤めないかと出版社の方からお声を掛けて頂くことができました。エメリヒ様もわたくしも実家は兄弟が継ぐことになっており、将来を不安に思っていたところでしたので、非常にありがたいお声掛けだったのです」


「まぁ、それはようございました。お二人の絵はとても素敵ですから、その能力を活かしたお仕事に就くことができるのは素晴らしいことでございますね」


 ウルリーケもエメリヒも嬉しそうに笑っている。

 今回の事が良い就活になったのなら私も嬉しい。


「それで、ずっと反対していたわたくしのお父様が、そのことでエメリヒ様を認めて下さって、正式に婚約できることになったのです!」


「えっ」


 頬を染めて手を取り合う二人は本当に幸せそうである。


「お二人は、恋人同士だったのですか?」


「えっ、リリアンナ様はお気付きではなかったのですか? あんなにわかりやすかったのに……」


 びっくりして尋ねると、クリストフが逆に驚いたように言った。

 鈍感そうなクリストフに言われたことがショックでカインやユーリを見ると、呆れたようにこくりと頷かれた。

 え、気付いていなかったの、私だけ……?


 私の周りに急に春が訪れたようで驚きを隠せない。

 せ、青春だぁ。


「リリアンナ様、私からもよろしいでしょうか?」


 微笑ましいような、ショックなような複雑な気持ちで呆然としていると、今度はまた別の立役者、記者クラブのダミアンから声を掛けられた。

 彼の中二病的なネーミングセンスや実況スキルはとても素晴らしかったので、彼がいてくれて本当に良かったと思う。


「会報の号外を発行したのですが、よろしければ見ていただけませんか?」


 快活な笑顔のダミアンに手渡された会報の見出しには『学園魔法剣技大会の陰の立役者! リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベン嬢』と書かれている。

 ウルリーケが描いたであろう美しさ三割増しの私の似顔絵まである。


 驚いてウルリーケの方を見ると、彼女もニコニコとこちらを見ていた。


「リリアンナ様のお陰で、我々記者クラブの会報がかつてないほど注目されましたし、大会当日の熱気も素晴らしく、あのような素敵な催しに携われたことに記者クラブの部員一同、非常に誇らしく思っているのです。だからこそ、私たちの恩人であるリリアンナ様に関する根も葉もない悪評が広まっていることが気の毒で、なんとか汚名を払拭できないかと皆で考えたのです」


 記事には、私がいかに頑張って大会運営に取り組んでいたのか、色々な関係者の視点から書かれている。

 オーケストラクラブの部長は私の音楽の才能について素晴らしいと書いてくれていて(素晴らしいのは私の微妙な鼻歌からあそこまで壮大な音楽にしてくれた部長だと思う)、ウルリーケやエメリヒ、ダミアンからの言葉もあった。

 いつの間に、こんなものを用意していたのだろう。


「リリアンナ様が真面目でお優しく、斬新なアイデアに溢れた素晴らしい方なのは関わった者ならすぐにわかります。実は私もお恥ずかしながら、最初は噂通りの悪女なのだと勘違いしていたのです。リリアンナ様のことが生徒たちに正しく伝わるように情報を発信するというのは、これぞ記者クラブの本分だと思われませんか」


 ダミアンは誇らしそうに胸を張っている。

 確かに、ここ数日は何故か刺々しかった周囲の視線が和らいでいて不思議に思っていたのだ。

 彼らが私のためにここまでしてくれていただなんて知らなかった。


「ダミアン、わたくしのために、ありがとうございます……」


「いえいえ、全てはリリアンナ様の人徳の為せる業です。もしまた何か企画される際には、ぜひ記者クラブにもお声掛けくださいね!」


 そう言ってダミアンやウルリーケたちは、料理をつつきながら歓談している生徒たちの輪の中に戻っていった。


 彼らの背を胸がいっぱいの気持ちで見送っていると、いつの間にか隣に立っていたユーリがトン、と軽く肩を押し付けてきた。


「どう? 大会運営、やってよかった?」


 ユーリは私の答えなんてわかりきっているという風にニヤニヤと見下ろしてくる。

 そんな姿も様になるなんて、この長身イケメンは本当にずるいと思う。


「やってよかったです、とても。本当に……」


「知ってた? そういう気持ちを、達成感って言うんだよ」


「知ってますよ、それくらい。もう、ずっと昔から」


 私たちが初めて立ち上げたハンバーガー事業の成功を祝ってヨナタンと三人で打ち上げをした日のことを思い出して、二人で笑い合った。





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