92. 炎と氷の魔剣
『北の寮所属、ユリウス・フォン・ヴァルツレーベン対、同じく北の寮所属、メラニー・ゲラーマン! 試合、開始!』
準決勝第二試合、ユーリとメラニーの試合が始まった。
流石にこの試合はどちらかを応援することはできないので、とにかく二人とも怪我なく無事に試合が終わることを祈るばかりだ。
先に動き出したのはメラニーだった。
双剣が残光を残して滑るように突進。
ユーリが紙一重でそれを受け流す。
剣と剣がぶつかる音が一つでは終わらない。
一瞬のうちに五回、十回……物凄いスピードで打ち合う二人の動きに、私の目では全く追いつけない。
メラニーは怒涛の連撃を繰り出しているが、ユーリは一歩も退かない。
「……チッ」
短く舌打ちして一度飛びのいたメラニーの持つ双剣の一部が氷に覆われていた。
剣の重さが変わると重心が変わって使いづらいと聞いたことがあるから、これは見た目よりもかなりユーリが優勢なのかもしれない。
「フン、この程度……!」
メラニーは双剣同士を打ちつけ合って氷を払うと、ユーリに向かって再度飛び込む。
だがその一瞬、メラニーの体勢がわずかに崩れたように見えた。
よく見ると、いつの間にかメラニーの足元には霜が張っていた。
その小さな隙をユーリは逃さない。
ミスティルテインの一閃がメラニーの双剣を外側へと弾き、間合いに入り込む。
冷気がメラニーの動きを鈍らせたその刹那、氷の刃が喉元へと突きつけられていた。
メラニーが一歩下がり、両手を上げる。
『そこまで! 勝者、ユリウス・フォン・ヴァルツレーベン!』
凍てつくような静寂が会場を包んでいたが、やがて湧き上がる歓声に変わっていった。
実況のダミアンも大興奮している。
『勝負あったーーー! 北の寮対決を制したのは、ユリウス選手! これで決勝のカードは、炎の魔剣対氷の魔剣、【太陽と月の兄弟】の対決となりました! これは目が離せませーん!』
いつの間にか息を詰めていたことに気が付き、ふうっと空気を吐き出した。
こ、これも凄い試合だった……。
ユーリもメラニーも、普段の姿とはまるで別人みたいだ。
というか、動きがもはや人外に片足つっこんでいないだろうか。
とにかく、二人とも大きな怪我がなくてよかった……。
時間の都合上三位決定戦は行わないので、メラニーの戦績はベスト4ということになる。相手に魔剣持ちがいてのこの結果は大金星ではないだろうか。
クリストフも一緒に後でたくさんねぎらわなければ。
「ほう、決勝はレオンハルトとユリウスか。訓練で打ち合うことはあっても、魔剣を用いて本気でぶつかり合うのは初めてではないか? 剣技においてはレオンハルトが抜けておるが、ユリウスも腕を上げているし魔剣の相性もある。どうなるかわからんぞ」
「まさかお二人の戦いをこの目で見ることができるとは! 決勝が楽しみですね、領主様!」
お養父様とアロイスがわっくわっくといった様子で話している。(ちなみにアロイスの観戦予定はなかったのだが、「ユリウス様の雄姿をなんとしてもこの目に収めたい」とお養父様たちにくっついてきて、物販にもきっちり並んでユーリグッズを全種揃えていた)
他の騎士たちは護衛の役目があるので大人しく控えているが、うきうきとした空気が隠しきれていない。
かくいう私もレオン対ユーリの魔剣の兄弟対決はとても楽しみである。
連戦になるユーリの為にしばしの休憩時間を挟んだ後、ついに決勝戦の火ぶたが切って落とされた。
『決勝戦、レオンハルト・フォン・ヴァルツレーベン対、ユリウス・フォン・ヴァルツレーベン! 試合、はじめ!』
審判が試合開始の宣言をするやいなや、二人が同時に剣を一閃した。
レーヴァテインから放たれた炎とミスティルテインから放たれた無数の氷の礫が正面から激突し、瞬間、中央に巨大な水蒸気爆発が巻き起こる。
白い煙が立ち昇り、観客席まで押し寄せた衝撃波に、場内がどよめいた。
『は、始まったァァァ!! これが……決勝戦、炎と氷の魔剣を持つ対照的な二人の兄弟対決だァァ!!』
実況席の拡声器から、ダミアンの興奮した声が響き渡る。
『炎の魔剣レーヴァテインを携えし天才剣士、レオンハルト・フォン・ヴァルツレーベン! そして対するは、氷の魔剣ミスティルテインを振るう努力の秀才、ユリウス・フォン・ヴァルツレーベン! さぁ、栄冠をその手に掴むのは、一体どちらの魔剣使いなのでしょうかァァァ!』
煙を切り裂いて先に現れたのは、燃え盛る剣を片手に悠然と佇むレオンだった。
その口元には、余裕すら感じさせる薄笑いが浮かんでいる。
対して、ユーリの瞳の奥に宿るのは、静かな闘志。
「兄上に勝てなくても別にいい」と言っていた様子からは、考えられないほど真剣な眼差しだった。
同時に動き出した二人の魔剣が、闘技場の中心で交差する。
ガァァアアアン!!
炎と氷。
相反する二つの属性の魔剣が、何度も、何度も火花を散らす。
そのたびに、観客席からは歓声と悲鳴が上がる。
まだ余裕がありそうなレオンに比べ、苦し気な表情のユーリの額には汗がにじんでいた。
ユーリは今、レオンと比べられて苦しんでいた頃の自分のために戦っているのかもしれないと思った。
今のユーリは騎士の訓練と商人としての仕事を両立させ、どちらの分野においても多くの人に必要とされる存在になっている。レオンにできなくてユーリにできることがいっぱいある。
他に自分が輝ける場所がちゃんとあるのに、自分の実力をさらけ出し、確実に勝ち負けが存在し格付けされてしまう状況に身を置くというのは、とても勇気のいることだと私は思う。
わざわざこうして最強と言われるレオンに本気で立ち向かわなくたって、ユーリを悪く言う人はどこにもいないのに。
それでも正々堂々と全力を尽くそうとしているユーリがとてもかっこよく思えた。
ユーリ、がんばれ……!
『レオンハルト選手の一撃が鋭い! これは……圧倒的だァ! 弟のユリウス選手、押されているゥゥ!!』
レーヴァテインが放つ灼熱の斬撃が、連続してユーリを襲う。
凄まじい速度で容赦のない攻撃がレオンから繰り出されている。
強者の圧みたいなものがレオンから感じられた。
レオンの剣が大きく燃え上がり、灼熱の大振りがユーリを真正面から襲う。
「ユーリッ!!」
その刹那、ユーリの身体が消えた。
いや、いつの間にか周囲に立ち込めていた蒸気の中へと溶け込んだのだ。
『な、なんだ!? 消えた!? ユリウス選手が消えたァァァ!?』
次の瞬間、レオンの背後に冷気が集う。
「……今だッ!!」
ユーリの声と共に、ミスティルテインが白い光の弧を描いて振り下ろされる。
凍気が空間を裂き、レオンの背へと届く寸前、レオンは振り返りざまに炎を放ち、寸前で弾く。
爆発音。
氷の破片が空へ舞った。
観客席は騒然となり、誰もが息を呑む。
レオンの頬に、一筋の血が流れた。
ユーリの剣は、ついに兄へ届いたのだ。
「……兄上、本気でお相手願います」
ユーリの言葉に、レオンが嬉しそうに破顔した。
「ふふ、あはは! 強くなったね、ユーリ! いいね、本気の勝負といこうか!」
再び距離を取った二人が、剣を構え直した。
闘技場全体が息を潜め、二人の兄弟の構えに目を奪われていた。
「きなよ、ユーリ。お前の全力を見せてみろ」
「……いきますッ!」
ユーリが放ったのは、魔力を氷の刃に変えて放つ、渾身の一撃。
無数の氷が空を裂き、真っ直ぐにレオンを貫かんと迫る。
レオンの炎が一段階濃くなったような気がした。
燃え上がる斬撃が、空気を焼き尽くしながら放たれる。
圧倒的な火力。
再び空気が爆ぜる。
二人は同時に地面を蹴った。
衝撃波に観客皆が身をすくめる中、キンキンと切り結ぶ音が聞こえてくる。
そして、静寂が訪れた。
煙が晴れ、そこに立っていたのはレオンだった。
彼の服や鎧はところどころ凍っており、鎧の左肩には斬撃の跡がある。
しかし、その足取りは確かで、レーヴァテインをしっかりと握っている。
「……強くなったね、ユーリ」
レオンの視線の先、煙の中から膝をついたユーリが現れる。
地面に突き刺したミスティルテインに体重を預け、肩で息をしている。
だが、その顔には敗北の悔しさだけではなく、達成感があるように見えた。
「……負けました。やっぱり、兄上はお強いです」
ユーリの顔に浮かぶのは、近しい人でも本当にたまにしか見ることのできない心からの晴れやかな笑顔だった。
『勝者、レオンハルト・フォン・ヴァルツレーベン!!』
『ついに決着ッッ!! 激戦の果て、勝利を手にしたのは、【紅蓮の騎士】レオンハルト・フォン・ヴァルツレーベンだァァァ!! だが弟ユリウス選手……最後まで、諦めなかった!! この兄弟の戦いに、惜しみない拍手を!!』
観客席が爆発したような歓声と拍手に包まれる。
私も立ち上がって大きな拍手を送る。
こちらの方を向いたユーリが、大興奮している私たちに気づいたのか、照れくさそうな顔をして小さく手を振ってくれた。
アロイスが「うおぉぉ! ユリウス様、感動いたしました!」と大きくユーリの旗を振り回している。
ユーリと私たちの様子に気付いたレオンがユーリに近付き、耳元で何かを言ったように見えた。
何を言われたのかはわからないが、ユーリはレオンを睨みつけ少し唇を突き出して不満そうな顔をしている。
流石に最近はぷくっとほっぺを膨らませる子供っぽい表情を見せることはなくなったが、あれはユーリが拗ねているときにする表情だ。
さっきまで笑い合っていたのに、レオンは一体何を言ったんだか。
レオンは弟の様子を気にも留めず、ニヤリと笑ってユーリの頭をグシャグシャと撫でた後、軽やかな足取りで闘技場を後にしていた。
首を傾げながらその様子を見ていた私をマジマジと見ていたお養父様が口を開いた。
「リリアンナ、其方はユリウス派か?」
「はい?」
「相手がユリウスならば、私に否やはないぞ。ユリウスであれば、安心して其方を任せられる」
「えっ、ち、違います! 私たちはそういう関係ではありません!」
お養父様の言葉の意味するところがわかって、慌てて両手をパタパタ振って否定すると、お養母様の肘がゴスッとお養父様の脇腹にめり込んでいた。
屈強な肉体を持つお養父様にはあまりダメージが入っていないようだったが、可憐なのに凄みのある笑みを浮かべているお養母様の顔を見て、ゴホンと取り繕うように咳払いした。
「ま、まぁ、急ぐ話でもないからな。其方の婚約に関しては私は口を出さぬ故、学園生活の中でゆっくりと相手を見つけるのもよかろう」
自分で婚約相手を探すなんて私にはできる気がしないけれど、それを言って話を蒸し返されてはたまったものではないので黙っておくことにした。
ユーリが婚約者だなんて、私なんかにはもったいなさすぎである。
熱くなってしまった顔を冷ますのに必死で、お養母様やアロイスに微笑ましい目で見られていることに私が気付くことはなかった。
こうして、何はともあれ学園魔法剣技大会は盛り上がり的にもグッズの売り上げ的にも大成功で幕を閉じたのであった。
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