91. 学園魔法剣技大会開幕
『それでは、第一試合! 南の寮所属、ゴットヘルフ・ウルバン対、北の寮所属、メラニー・ゲラーマン! 両者前へ!』
拡声器を持った審判役の教師の声が、会場に響き渡る。
第一試合は、騎士団長の息子ゴットヘルフとメラニーだ。
二人とも他国の貴族に攫われ、屋敷の地下に囚われていた仲間とも言えるが、こういうのも因縁というのだろうか。
闘技場の中央では、大小二つの影が対峙し、鋭い目つきで睨み合っている。
『片や、恵まれた体格を駆使し、重い一撃を放つパワーファイター! 王立騎士団長のご子息、ゴットヘルフ・ウルバン! 片や、小柄な身体を活かし戦場を縦横無尽に駆け回る姿は風そのもの! 辺境の双剣使い、メラニー・ゲラーマン! 果たして、勝利の聖女は一体どちらに微笑むのでしょうか!』
ダミアンの実況の通り、メラニーの武器は双剣だ。
元は他の騎士見習いと同じようにロングソードを使っていたが、メラニーの持ち前のスピードや小回りの利く動きに合った武器があるのではないかと、側近仲間たちと相談して最終的に双剣になったのだ。
結果、メラニーの戦闘スタイルに双剣はとても合っていたし、それだけではなく日々たくさんの努力を積み重ね、とても強くなった。
メラニーの努力を私は一番近くで見てきたのだ。絶対に勝てると信じている。
メラニー、あんな嫌な奴、ぼこぼこにしちゃえ!
心の中でメラニーに声援を送っていると、審判の声が上がる。
『試合、開始!!』
試合開始の合図とともに、メラニーの姿がその場から消えた。
風を切る音と共に地を滑るように走り出し、次の瞬間にはゴットヘルフの懐に飛び込んでいた。
「——速い!」
ゴットヘルフは咄嗟に剣を横に振る。
彼の持つ剣は、騎士の持つ一般的なサイズの剣よりもずいぶん大きい両手剣で、ブォンという重低音と共に剣が空を裂いたが、その軌道には既に誰もいない。
「こっちだ」
いつの間にか背後に回っていたメラニーが、双剣の一本を振り抜く。
ゴットヘルフは身を捩ったが、鎧に刃が当たり甲高い音を立てた。
騎士見習いたちの身に着けている鎧は特別製で、魔法剣の攻撃もある程度は耐えてくれる。
しかし、身に着けた者の魔力を消費するので、鎧への攻撃は相手の魔力切れを狙うこともできる。
一撃の重みでは負けているかもしれないが、魔力循環を地道に行ってきたメラニーなら魔力量勝負になったら絶対に負けない。
ゴットヘルフは体をひねって剣を振り上げる。
今度は真上から振り下ろす、一撃必殺の剛剣といった感じだ。
しかし、メラニーはそれを見切っていた。
土を蹴って跳び退き、ほんの紙一重で剣圧から逃れる。
地面には触れていないはずなのに、闘技場の地面の一部が割れ、土煙が舞い上がっている。
一体どれだけの威力なのか。
「力ばかりでは、私には当たらない」
メラニーは再び姿を消す。
私には速すぎてメラニーの動きを追うことができない。
しかしゴットヘルフの目は、メラニーを捉えていたようだ。
「……今だっ!」
大地を踏み砕かんばかりに踏み込み、振り返りざまに剣を横薙ぎに振るった。
キィン、と甲高い音が響く。
胸の前で交差した双剣で受け止めたメラニーが跳ね飛ばされた。
「くっ……重すぎる……!」
体勢を崩しながらも、メラニーはすぐに着地し、距離を取った。
「一発でもまともに当たれば、こちらの勝ちだ!」
大きく吠えたゴットヘルフは低く構え直す。
対して、メラニーは肩で息をしながらも、獰猛な笑みを浮かべ双剣を構えた。
『は、速ぁぁぁぁぁぁい! まさに息もつかせぬ攻防! 一回戦第一試合から激しい戦いが繰り広げられております! どちらが勝利するのか、全く予想がつきません!』
わあああぁぁぁぁぁぁ!
二人の激しい攻防に、観客も熱い声援を送っている。
体格や性別の違いからメラニーがここまでやるとは思っていなかったのか、驚いている人たちもいる。
ふふん、どうだ、うちのメラニーは凄いんだぞ!
幾度目かの剣戟が交錯する。
巨人の一振りのような重い斬撃が空気を唸らせれば、風のような双剣が斬撃の合間を縫ってすり抜ける。
体格も、力も、持久力も、メラニーはゴットヘルフに劣っている。
だが、メラニーの目は、決して諦めてはいなかった。
「息が、乱れているぞ」
メラニーが言った。
「……なに?」
「先ほどの振り下ろし、一歩深く入りすぎた。肩が軋んでいる」
ゴットヘルフの眉がわずかに動いた。
私には全く分からなかったが、メラニーがそう言うのならきっとそうなのだろう。
「そんなもの関係な……」
言い終わる前に、メラニーは再び消えた。
「左……じゃない!」
ゴットヘルフはとっさに背後に剣を振るうが、すでに遅い。
メラニーは地を滑るように、真正面から低い姿勢で飛び込んでいた。
「真下が無防備だ」
その声とともに、ゴットヘルフの胴に双剣の渾身の一撃が入った。
「ぐ……あああっ!」
体勢を崩したゴットヘルフが、大剣を振り下ろす。
反射ではなく、本能の一撃のように見えた。
だが、それこそがメラニーの狙いだったのかもしれない。
地を蹴り、身をひねって、間一髪で剣圧を回避しながら、メラニーはそのまま空中で体を一回転させ、
ドシンッ
地面に倒れこんだゴットヘルフの背に全体重をかけて乗り上げたメラニーの双剣の刃が、彼の首筋にあてられていた。
『そこまで! 勝者、メラニー・ゲラーマン!』
うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ
一瞬の静寂の後、割れんばかりの大歓声が会場を包んだ。
「まいった……一撃、入れたと思ったんだがな」
ゴットヘルフが苦笑するように呻いた。
メラニーは淡々と返す。
「正直紙一重だった。だが……」
その瞳は、狼のように鋭く光っていた。
「一歩先を読んでいたのは、私の方だったということだ」
ゴットヘルフは諦めたように目を伏せた。
『なんと、激戦を制したのは、今大会の紅一点メラニー・ゲラーマン! 昨年の戦績はベスト4だったウルバン選手が一回戦で姿を消すとは、いったい誰が予想できたでしょうか! これは波乱の予感がいたします!』
大きな拍手に包まれて、選手の二人が退場していく。
す、凄いものを見た。
うちのメラニーがかっこよすぎる。
独断専行をアードルフにこってり叱られて落ち込んでいたようだったけど、そんなのは感じさせないくらい良い試合だった。
会場中のみんなにメラニーを自慢したい誇らしい気持ちで、私も大きな拍手で見送った。
「ふむ。メラニーは随分と腕を上げたな。大会が終わったら私も一つ手合わせを頼みたいものだ」
今の戦いを見て自分も剣を振りたくなったのか、隣のお養父様がうずうずとした様子でそんなことを言った。
「ディートハルト様。王都内で独断で辺境騎士団を動かした事に関する後始末がまだ残っておりましてよ。騎士見習いたちを救出し公爵を捕えたことでお咎めはありませんでしたけれど、それでも多くの決まりを無視して動いたのですから、何もなしと言うわけにはまいりません。まさか、ご自分は好き勝手暴れて、後始末はわたくしに丸投げ、などということはなさいませんわよね……?」
「ぬっ!? い、いや、そういうわけでは……。そっ、そうだな、手合わせはまた今度、皆が領地に帰ってきたらすることとしよう」
後始末に奔走してくれているらしいお養母様からじろりと睨まれ、お養父様がわたわたしている。
行動力のあるお養父様と、その手綱を握りサポートするお養母様。
見た目は美女と野獣だけど、本当に相性の良い夫婦だなぁと思う。
その後も熱い戦いが続いた。
クリストフは残念ながら途中でレオンと当たってしまい、レーヴァテインの炎に為す術もなく敗れてしまった。
ただ、負けた本人は興奮した様子で「さすがレオンハルト様! 手も足も出ませんでした! 己を鍛えなおして、領地に戻ったら再戦をお願いしなければ!」と元気いっぱいだったので、心配する必要はなさそうだった。
レオン、ユーリ、メラニーの三人は順調に勝ち星を上げていき、ベスト4まで残ることができた。
『さぁ、この大会も残すところあと三試合! 準決勝の第一試合は、南の寮、ヴィクトール王子と北の寮のレオンハルト選手! 優勝最有力候補の二人が、まさかの準決勝でぶつかり合います! 勝つのは風の魔剣ティルヴィングか、はたまた炎の魔剣レーヴァテインか! 一体どちらなのかーーー!』
ダミアンの熱の入った実況と共に、レオンと王子の試合が始まった。
試合開始の合図と共にヴィクトールが風の魔剣ティルヴィングを一閃、空気そのものを刃に変え、遠距離からレオンを切り裂こうとする。
レオンは炎を飛ばし応戦するが、風は炎を裂き、斬撃の余波が彼の肩をかすめた。
「無駄だ。風と炎では、風の方が強い!」
ヴィクトールは自信に満ちた笑みを浮かべ、風を纏いながら連撃を繰り出す。
そのたびに空気が唸り、観客たちの髪が揺れる。
レオンはわずかに後退しながらも、焦る様子はみられなかった。
次の瞬間、風の隙間を縫うようにレオンの剣が閃いた。
ヴィクトールの目が見開かれる。
風の流れを読み切ったかのような剣筋。鋭く、無駄がなく、あまりにも速い。
「なっ……!」
ヴィクトールの剣が弾かれ、彼の胸元にレーヴァテインの切っ先が突きつけられる。
立場が、完全に逆転していた。
「属性に頼りすぎですね」と、レオンは静かに言う。
「魔剣はただの道具に過ぎない。その力に驕っていては、足をすくわれますよ」
風が止み、観客席が静寂に包まれる。
試合は、レオンの勝利だった。
『なんということでしょう! 昨年の覇者、ヴィクトール王子がここで散りました! 決勝に駒を進めたのは、レオンハルト・フォン・ヴァルツレーベン! 天衣無縫の天才剣士が、このまま優勝をさらってしまうのでしょうか!?』
きゃあああああぁぁぁぁぁぁ
観客席は喜び溢れるレオンのファンと嘆き悲しむヴィクトール王子ファンでカオス状態になっている。
ヴィクトール王子はまさか自分が負けるとは思っていなかったのか、呆然と立ち尽くしている。
負けてしまった相手に対して良くないかもしれないが、王子にはあまりに会話が噛み合わなくて微妙な気持ちにさせられることが多かったので、少しざまあみろと思ってしまった自分がいた。
戦闘シーンをかっこよく書いてあげたくてがんばったのですが、私にはこれが限界でした……。