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89. メラニー捜索隊


 「メラニーがいなくなったって、そんな、どうして……」


 「昨夜、リリアンナ様がご就寝された後、部屋を辞したところまでは確認が取れています。自室に戻った形跡がなかったので、おそらくその後に攫われたものだと思われます。流石に寮内に賊の侵入を許すほど警備は腑抜けていないので、メラニーは自分から囮になりに行った可能性が高いです」


 「囮……その話は却下したはずです」


 「囮になるにしても、仲間と連携を取らねば意味がないだろう! ……帰ってきたら説教せねば」


 護衛の為に寮に留まってくれているアードルフが憤慨しているが、その表情は心配そうに曇っている。

 メラニーは私の決定に背いたことなんてなかったのに、どうしてそんなことを……。


 メラニーが何か痕跡を残していないか付近を捜索したけれど、目ぼしい手掛かりは何も見つからず、心配で胸が張り裂けそうになりながらやきもきしていると、事件の手掛かりは意外なところからもたらされた。


 「リリアンナ様。タイガーリリー商会のヨナタンが面会を求めています。急ぎでご報告したいことがあるそうです。通常このように突然の面会依頼を受けることはありませんが、いかがされますか?」


 「会います。あのヨナタンが約束も取り付けず急に来るのですから、相当緊急に違いありません。応接室に通してください」


 学園の寮で暮らすのは生徒といっても貴族なので、商人を呼びつけて買い物ができるように応接室があるし、通行証があれば商人でも学園の敷地内に入って来れるのだ。

 もちろん、ヨナタンが王都に来た段階で通行証は渡してある。


 ユーリと共に向かった応接室で対面したヨナタンは、挨拶もそこそこに本題を切り出した。


 「最近、当店を御贔屓にして下さっている他国の貴族のお客様がいらっしゃるのですが、その方が先程急に店の方にいらっしゃって、ハーリアルレースの在庫を今あるだけほしいと仰るのです。いかに裕福な貴族のお客様といえども、ハーリアルレースは高価ですから、今までそんな買い方をされた方はいらっしゃいません。私が驚いていると、金はいくらでも出すと仰って出された小切手の名義が、シュヴィールス公爵でした」


 「え?」


 「リリアンナ様からシュヴィールス公爵の情報が手に入ったら些細な事でも報告してほしいと言われていましたし、その他国のお客様が現在滞在されている屋敷に夜な夜な何かを運び込んでいる様子もあるのです。その何かが人間のようだったという声もあり、人身売買ではないかと商人の間でも噂になっています。私の取り越し苦労なら良いのですが、少々嫌な予感がいたしまして、ご報告した方が良いかと思い参った次第です」


 「その屋敷の場所を教えろ!」


 「武装してすぐに向かいましょう!」


 「え? え?」


 ヨナタンの言葉を聞いて突然立ち上がった側近達の様子にヨナタンが目を白黒させている。

 このタイミングでのその情報は、限りなく黒に近い。

 他に有力な情報もないのだ。行くしかない。


 「ヨナタン、すぐに報告して下さって、ありがとうございます。貴方のおかげで何とかなるかもしれません」


 「一体何が……?」


 私はヨナタンに、今騎士見習いの誘拐事件が起こっている事、今朝になってメラニーの行方も知れない事、その他国の客ひいてはシュヴィールス公爵が犯人である可能性が高いことを簡潔に説明した。


 「っ! でしたら、急いだ方が宜しいかもしれません。その他国のお客様は他にも大量に購入されたので後ほど商品を屋敷に配達することになっているのですが、本日の夜には王都を立つため、昼過ぎまでには持ってくるようにと言われたのです」


 「急ぎましょう!」


 慌てて立ち上がった私をアードルフが制止する。


 「リリアンナ様、お待ち下さい。敵が何人いるかもわからないのですよ。戦力が我々だけでは不安です。一度領地に戻って騎士の増援を要請し、確実に一網打尽にすべきかと」


 「それでは間に合わないかもしれないではありませんか」


 「では、斥侯として先に数名向かわせましょう。屋敷の中には突入せず、敵がまだ移動していないことや本当に攫われた騎士見習いがいるかどうかの確認をするだけです」


 「斥侯ならば自分にお任せください」


 「騎士見習いだけでは不安だ。私も行く。ユリウス様、よろしいですか」


 「うん。頼むよ、アロイス」


 斥侯に名乗りを上げたカインに、アードルフが領地に戻るならば今動かすことのできる唯一の騎士であるアロイスも同行することになり、手際よく編成が決められていく。

 私は逸る気持ちを抑えながらその様子を見守る事しかできなかった。




 領地に戻ったアードルフが騎士達を引き連れて帰ってくるのを、転移魔導具のある鏡の間で今か今かとユーリ、レオンと残った側近達で待っていたのだが、鏡の表面が揺らめき現れたのは、想定外の人物だった。


 「お養父様?」

 「父上!?」


 まさかのお養父様の隣には騎士団長までいる。

 二人に続いて現れたのは、屈強な辺境騎士団の中でも上位の実力を持つ精鋭中の精鋭とも呼べる者達だった。

 全員が鎧で身を固めており、すぐにでも出撃できそうな出で立ちである。


 「お養父様、皆様も……領地の方はよろしいのですか?」


 「領地ならブリュンヒルデに任せてきた。リリアンナ、アードルフから仔細は聞いたぞ。長年我がヴァルツレーベンを苦しめてきた仇敵がついにしっぽを現したのだ。この機会を逃すわけにはいかぬ。とはいっても騎士団全軍で向かって領地を空けるわけにもいかぬからな、有志を募ったら我も我もとうるさかったので、腕の立つ者を上から順に連れてきた。シュヴィールスとの因縁、ここで断ち切ってくれようぞ!」


 「「「応ッ!!!」」」


 お養父様たちのやる気が凄い。

 まるで戦前いくさまえのような雰囲気だが、正直とても心強い。

 これなら、きっとメラニーを助け出すことができるはずだ。

 メラニー、どうか無事でいて……!




 それから程なくして斥侯として先にくだんの屋敷に向かっていたカインが一人で戻ってきた。

 カインの報告によると、その屋敷にはまだ他国の人達がいたという。

 しかし、攫われた騎士見習い達やシュヴィールス公爵の姿は確認が取れなかったため、王都のシュヴィールス公爵邸に向かったところ、公爵本人の所在は確認が取れた。

 騎士見習い達がどこにいるか未だ不明で、おそらく地下室かどこかに閉じ込められているのではないかと予想し、現在は他国の貴族がいる屋敷と公爵邸の両方を斥侯チームが二手に別れて監視しているとの事である。


 「では、我らも二手に分かれ、同時に攻め入り一気に制圧しよう。私は公爵邸の方へ行く。バルドゥイーン、お前は他国の貴族の方へ向かえ」


 「それは構いませんが、万が一攫われた騎士見習い達がどちらからも見つからなければ事ですぞ。最悪領地間の戦に発展しかねません」


 「いる。私の勘がそう告げている。なぁに、もしそうなったら私の首一つで手打ちにしてもらうさ」


 「わはは、ディートハルト様の勘は昔から侮れませんからな。もしもの時は私もお供しますぞ。参りましょう!」


 お養父様と騎士団長の間でうまいこと話はまとまったようだが、その“お供します”は天国にという意味じゃないよね?

 よしんばそうだったとしても気心の知れた二人のブラックジョークだよね?

 昔の切腹の件もあるし、騎士団長は発言が物騒で怖いよ……。


 二人の会話にちょっと引きながら気を取り直して騎士団長に声を掛ける。


 「騎士団長、わたくしも同行します。メラニーはそちらに捕えられている可能性が高いので」


 「はい!? リリアンナ様が戦場に向かうのですか!?」


 私の同行宣言に騎士団長が驚いているが、私の側近達は既に覚悟を決めた顔をしている。

 現場に向かうことは側近達にも反対されたが既に説得済みなのである。

 私のプレゼンスキルを舐めてもらっちゃ困る。


 「リリアンナ、其方はここで大人しく待っていろ。この養父ちちが全て解決してくるからな」


 「いいえ、お養父様。メラニーはわたくしの側近です。わたくしが助けに行かなくては。わたくしにはケラウノスの守りがありますし、いざとなったらミルに乗って宙に逃げます。一応奥の手もあります。足手纏いにはならないとお約束しますので、行かせてください。わたくしだって、これでもヴァルツレーベンなのですから」


 「リリー!」


 ユーリが悲鳴を上げた。

 アイスブルーの瞳が心配そうに揺れている。

 私の身を案じてくれているのだろう。

 ありがとう、ユーリ。だが、女にだってならねばならぬ時があるのだ。


 「ははははは! そうか! 其方もヴァルツレーベンか! よく言った! ヴァルツレーベンの民は義理に厚く、受けた恩義は必ず返す。ならば日々其方を守ってくれている護衛騎士見習いの忠誠にも報いねばならぬよな。其方ら、リリアンナの決意は固いようだ。我らヴァルツレーベンの宝を、敵に決して奪われるなよ」


 「「「はっ!!!」」」


 お養父様の言葉に騎士と私の側近たちが力強く応え、私の同行が正式に認められた。




 その後は手早く出発準備を整え、貴族学園の寮を騎士達と共に飛び出した。

 王都は建物が密集しており人通りが激しい場所が多いので、二手に分かれた騎士達は建物の屋根を次々と飛び移り、物凄い速さで移動している。

 シュヴィールス公爵邸に向かうのはお養父様とレオンの隊、他国の貴族の方に向かうのは騎士団長とユーリと私の隊だ。


 私はミルに跨り、皆の更に頭上を飛びながらついていく。

 私達に気が付いた街の人々が何事かと驚いて上を見上げているのが見えた。


 私達はカインの先導の元、他国の貴族が滞在しているという屋敷付近の建物の屋根の上で監視していたアロイス達と合流した。

 アロイスは騎士団長や辺境の誇る精鋭部隊がやってきたことに目を丸くしていたが、「首尾は?」とバルドゥイーンが手短に尋ねると、すぐに気を取り直して簡潔に状況を報告してきた。

 噂の他国の貴族は現在屋敷内にいるが、使用人達は慌ただしく荷物をまとめたり馬車に積み込んだりしているようで、夜に王都を立つというのはどうやら本当の事らしい。

 メラニー達の行方については未だ不明とのことだ。


 私たちがアロイスからの報告を受けていると、小さくなって私の足元にいたミルが何かに気づいたようなそぶりをしたかと思うと、ぴょんっと屋敷の入口の方に下りていってしまった。


 「ミル?」

 「神獣様!?」


 私たちが慌てていると、ミルは入口付近の地面に落ちていた何かを咥え、すぐに戻ってきた。

 幸い屋敷内の人間には気付かれていないようでホッとした。


 戻ってきたミルに手を差し出すと、ころんと落とされたのはよく見慣れた形のボタンだった。


 「リリアンナ様、それは……」


 「貴族学園の制服のボタンです。間違いありません、攫われた騎士見習いたちはここにいます」


 「それは僥倖。相手が油断をしている今のうちに、短期で決着をつけましょう。……貴重な情報源だ、殺さずに捕らえよ」


 「「「はっ!」」」


 「総員、出撃!」


 騎士団長の号令がかかると、騎士たちは雄たけびを上げながら次々と屋敷の中に突入していった。

 二階の窓を割ってそこから侵入している騎士たちもいる。

 騎士団長と、私や私の護衛騎士たちは一旦この場で待機だ。ちらりと隣の騎士団長を仰ぎ見ると、自分も暴れたくてうずうずしているように見えた。


 屋敷の中から、ドカーンとかガシャーンという何かが壊れるような音と共に中にいた人たちの悲鳴が聞こえてくる。

 騎士団長の短期決戦の言葉通り、騎士たちは躊躇なく最短で終わらせるつもりらしい。


 程なくして音や悲鳴がやんで静かになったが、まさかもう制圧してしまったのだろうか。

 一人の騎士が私たちの元に報告にやってきた。


 「屋敷内の制圧、完了しました! くだんの他国の貴族と思しき者も捕らえました。しかし、攫われたはずの騎士見習いたちが見当たりません。隠し扉等の線も考えて屋敷内を隈なく捜索中ですが、今のところそういったものも見つかっておらず、いかがいたしましょう」


 「ここに制服のボタンが落ちていたということは、必ずどこかにいるはずです。何か見落としがあるのかもしれません。騎士団長、私たちにも屋敷内を捜索する許可をください」


 騎士団長から屋敷に入る許可をもらい、私とユーリ、そして護衛騎士たちも騎士見習いたちの捜索に加わることになった。

 玄関前に降り立ち屋敷の中に入ると、ミルがとととっとどこかに向かって走りだした。

 先ほどのボタンのことといい、虎は警察犬のように鼻が利くのだろうか。

 ユーリと顔を見合わせ、お互いにうなずくと皆でミルの背を追った。

 ミルは一階の廊下の突き当りで立ち止まり、てしてしと壁を叩きこちらを振り仰いだ。


 「メラニーたちがここにいるの?」


 「みー」


 見たところただの壁でしかないが、隠し扉か何かがあるのだろうか。

 

 「お任せください」


 アードルフが魔法剣を抜き、壁に向かって降り抜いた。

 しかし、キンという硬質な音が鳴っただけで、壁は傷一つついていない。


 「馬鹿な。魔法剣で切れぬなど、普通の壁ではありえません……」


 「僕もやってみる」


 ユーリはそう言うと、腰に差していた白い剣を抜き魔力を注ぎ始めた。


 「ふっ」


 白い光と共に冷気を纏うミスティルテインを勢い良く降り抜くが、やはり目の前の壁はびくともしていない。


 「噓でしょ。魔剣でも切れないなんて、一体どんな素材でできてるのこの壁」


 ユーリが目を丸くして、ぺちぺちと壁を叩いている。

 非常に硬いとされている魔物を切り刻むことのできる魔法剣や魔剣でさえ傷一つつけられないなんて、明らかにおかしい。

 見た目は普通の壁だが怪しすぎる。


 私は頭のリボンを引き抜いて、注ぐ魔力量に気を付けながら魔力を込める。

 パチパチッという小さな音と控えめな雷光を纏う小さな三叉の槍が手元に現れた。

 大きさは全力で魔力を込めた時と違って、私でも片手で取りまわすことができる、魔法の杖みたいなサイズだ。

 ただ先っぽが三つに分かれているので、大きめのフォークのように見えなくもない。


 ケラウノスのこの形状を見たことのないユーリや他の騎士たちが驚いている。

 これぞ私の奥の手、名付けて「ケラウノス3%」だ。


 発動したら魔力は全部なくなるし、地面にクレーターはできるしで、あまりにも使い勝手の悪いケラウノスをもう少し有効に使えないかと、出力を抑える練習を側近達とがんばったのだ。

 失敗してもあまり迷惑の掛からない魔の森の隅っこで練習する許可をハーリアルにもらって、側近達と色々試行錯誤した結果、神の雷を自由自在とまではいかないが、本来の3%くらいの力に抑えることに成功したのである。


 今こそ、このケラウノス3%を使う時!


 「えい」


 とりあえずケラウノス3%を壁に向かってぷすっと刺してみた。


 パリーーーーーーーン


 まるで街の結界が割れた時のような硬質な音が鳴り響き、壁が粉々に割れたと思ったら、壁自体がすうっと消えてなくなった。

 その先に現れたのは地下への階段で、まるでそこには壁など初めからなかったように見える。


 「これは……魔導具の結界だったのでしょうか? もしやアーティファクトでは……」


 「さすがリリアンナ様! 素晴らしいです! いかにアーティファクトといえど所詮は人の造りし物。神の雷の前では、形無しですね!」


 「……そんな物が使えるようになっているなんて聞いてないけど。帰ったらちゃんと説明してもらうからね。……今は先を急ごう」


 ユーリは、壁が消えた様子に驚く騎士や、ケラウノスに興奮しているクリストフを無視してじとりと睨んできたが、今は問い詰める時ではないと思ったのかふいっと階段の方を向いた。

 メラニーを救出し無事に帰還した暁には、ケラウノス3%に至る過程がいかに大変だったのかを、ぜひ聞いてもらおうと思う。


 罠がないか確認しながら階段を下りていくと、階下には頑丈そうな鉄の扉がででんと鎮座していた。

 この先にメラニー達が捕らえられているに違いない。


 「リリアンナ様、今度こそお任せください」


 アードルフがそう言って剣を振ると、キンキンキンッという硬質な音と共に分厚い扉が見事に崩れ落ちた。

 ここまでくるともういてもたってもいられず、部屋の中に飛び込んだ。


 「メラニー!!! 無事ですか!?」

 

 

 


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