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8. 決意の日 <カイン視点②>

 もうほとんど血は止まっているので傷口を綺麗にして包帯を巻いて、様子を見ることになった。

 着ていた服は血や土で汚れてしまったので寝巻に着替えさせてからベッドに寝かせると、リリーが小さく身じろいだ。


 「リリー! リリー!!」


 ハッとして母さんが大声で呼びかけると、眉がキュッと寄って目を覚ました。

 良かった……。

 母さんは大丈夫って言うけど、もう二度と目を覚まさなかったらどうしようって怖かったから、心底ホッとした。


 「リリー! よかった、気が付いたんだね。大丈夫かい?」


 「おかあさん……あたま、いたい」


 「そりゃあそうだよ。リリーあんた、森で頭から血を流して倒れてたんだ。たまたまカインが見つけてくれなかったらどうなっていたことか。一人で森に入っちゃいけないってあれほど言ってあっただろう!」


 「……ごめんなさい」


 驚いたことに、リリーは俺に転ばされたんだと言わなかった。

 なんで……俺のせいだって、言えばいいのに……。


 無事を確認して安心すると、もう営業時間だったので母さんはリリーを俺に任せて店に戻っていった。


 リリーは小さく息をつくと、そのまま黙って天井を見つめていた。俺の方はチラッとも見ない。


 俺、嫌われた……?


 そりゃそうだ、ひどい言葉をぶつけて、突き飛ばして怪我させて、親には勝手に転んだって嘘までついて……。

 そんなの、嫌われて当たり前じゃないか。


 どうしよう、謝らなきゃ……!


 「リリー、ごめ、ごめん……お、おれ、そ、そんなつもりじゃ……い、いたいよね……ごめん、ごめんなっ……おれ、おれっ……ヒグッ、ゔ~」


 必死に謝ろうとするけど、うまく言葉が出てこない。


 「おにいちゃん、わたしこそ、かってについていってごめんね。ついてくるなっていわれたのに」


 リリーの言葉に顔をあげると、薄紫色のまん丸の瞳が俺を映していた。


 「リリー……ゆるして、くれるの?」


 「うん。なかなおり、しよう。けががなおったら、こんどはいっしょにもりにつれていってくれる?」


 「っ! うんっ! とっておきの場所があるんだ。おれだけのひみつの場所なんだけど、リリーは特別に案内してあげる!」


 「たのしみにしてるね。いまはもうちょっとねたいから、みせのほうにいってくれていいよ。わたしはひとりでだいじょうぶ。おきたときにのめるようにおみずをもってきてくれるとうれしいな」


 「わかった! すぐ持ってくるよ! リリーはゆっくり休んでて!」


 許してくれた……!

 俺はゴシゴシと涙をふくと、急いで水を取りに部屋を出た。


 ……いつもは単語3つくらいしかしゃべらないのに、さっきはなんだか年上のお姉さんみたいな話し方だったな。

 舌っ足らずは相変わらずだけど。

 少し気になったけど、許してもらえたことの方が嬉しくて、そんなことはすぐに忘れてしまった。


 部屋に戻ると、リリーはもう眠ってしまったようだった。

 サイドテーブルに水の入ったコップを置いて、リリーの顔をのぞきこむ。

 スヤスヤと寝ていて、顔色も悪くなさそうだ。


 弱くて卑怯な俺なんかにはもったいない、優しい妹だ。

 もう絶対にリリーを傷つけない。

 騎士にもなれないダメダメな俺だけど、この小さな心優しい妹だけは、兄として何に代えても守ろうと心に誓った。




 次の日にリリーが貧血でまた倒れて心配したり、急にリリーのなぜなぜ期が始まって質問攻めにあったりもしたけど、大体いつも通りの日常が戻ってきて、毎日あわただしく過ごしていた。

 そうしていると、やっぱり騎士になりたい気持ちが頭をもたげてきて、どうしたら父さんを説得できるのか一生懸命考えた。


 お金が無いって言うけど、父さんだってたまに良い酒を買って飲んだりしているし、全くないわけじゃないはずだ。

 騎士は高給取りだから、騎士になったら倍にして返すとかで、騎士学校に入るためのお金は貸してくれたりしないかな。


 それはとても良い案に思えて、父さんに話すタイミングを見計らって、厨房で二人になった時にドキドキしながら切り出した。


 「あのね、父さん。騎士学校のことなんだけどさ。俺、やっぱりどうしても騎士になりたくて、それでさ、考えたんだけど……」


 「だからダメだと言っているだろう! 何度も言わせるんじゃない!!」


 俺の考えを伝えようとしたら、急に父さんの眉が吊り上がって、大声で怒鳴りつけられた。

 普段父さんが声を荒げるのなんて、酔っぱらいのめんどくさい客を摘まみだす時くらいだから、それが自分に向けられるとは思ってもみなくて、すごく驚いた。


 「騎士学校なんて、そんなものに通わせられる金はうちにはないんだ! いい加減にあきらめろ!!」


 俺の言葉を最後まで聞こうともしないで、頭ごなしに押さえつけようとするのにカチンときて、俺も頭に血が上って言い返す。


 「金がない金がないって、そればっかり……! こんなに毎日休みなく働いて、金がないってなんだよ!!」


 二人して大声で怒鳴り合い、俺の気持ちをわかろうともしてくれないのが悔しくて悲しくて、気が付いたら家を飛び出し、また森で一人で泣いていた。


 どうしてこうなっちゃうんだよ。


 俺って本当に成長しない。

 父さんにまで怒りをぶつけて、また逃げ出して、かっこ悪いけど、だからって納得することもできない。


 もう、どうしたらいいんだよ……。


 ぎゅっと自分の体を抱いてうずくまっていると、ふと人の気配を感じ、顔を上げるとリリーが横に座っていた。


 「リリー……。またついてきちゃったのか。……一人で森に入っちゃいけないっていっただろぉ」


 言いつけを破ってまた一人で森に入っちゃったみたいだ。


 でも、この前のようにリリーに怒りは湧いてこなかった。

 どんな時でもそばにいて、絶対に俺の敵にならないリリーがいてくれるということが、心の支えになっていることに気が付いた。


 少し元気が出たので涙を拭いて立ち上がると、約束だったとっておきの場所にリリーを案内することにした。

 たまたま見つけたヤマユリの花畑は、一面きれいなオレンジ色で、落ち込んだ俺を元気出せって励ましてくれているような気がして気に入っていた。

 今まで誰にも教えたことがない秘密基地だったけど、リリーになら教えてあげてもいい。リリーもこの場所を気に入ってくれたら嬉しいな。


 定位置の岩の上に座って、膝の上にリリーを乗せてしばらく花畑を眺めた。


 リリーには何を言ってるかほとんどわからないだろうけど、いや、だからこそ何でも話せる気がして、自分の気持ちを初めて口に出した。


 家のこと、魔力のこと、騎士のこと……。

 言葉にすれば、頭の中が整理されて諦められると思ったんだ。


 「おかね、ためよう。ためられるよ。」


 ふいにリリーがそんなことを言った。

 向き合って俺の目を見つめる薄紫の瞳の力が思いの外強くてどぎまぎしたけど、リリーはまだ小さくてよくわかってないからそんなことが言えるんだ。


 「リリー……。はは、ありがとう。リリーが俺の夢を応援してくれるだけで、俺、嬉しいよ」


 気持ちは嬉しいけど、無理なんだ。

 父さんは俺の気持ちなんて少しもわかってくれない。無責任に期待させるようなことを言わないでほしい。


 少しだけリリーに対してイラっとした気持ちが湧いてきてしまって、蓋をしようとしたその時、リリーが思いがけないことを言った。


 「できるよ。いつまでに、どのくらいのおかねがひつようなのか、しらべよう。それで、むだづかいをやめたらいくらになるのか、りょうりのねだんをかえたらいくらになるのか、けいさんしてけいかくをたてよう。むりじゃないって、ぐたいてきにすうじでせつめいすれば、おとうさんもおかあさんもきっときょうりょくしてくれるよ。」


 「え?」


 すぐには言っている意味がよくわからなくて、ポカンとしてしまう。


 できるって、今言った?

 やる気だけじゃなくて、具体的にどうすれば父さんや母さんを説得できるって話?


 え?


 「……でき、るの?」


 「できるよ。むりじゃない」


 「お、おれ、騎士になれるの……?」


 「きしがっこうにはいっても、がんばらないとだめじゃないかな」


 まるで本当に入れるみたいに、当たり前のことみたいにリリーは言う。

 じわじわと喜びが湧き上がってくる。


 「おれ、おれ……がんばりたい」


 「うん。いっしょにがんばろう。わたしもきょうりょくするよ」


 「っ……うんっ!!」


 元気よく返事をしたとたん、リリーの体がぐらりと傾き、地面に倒れた。


 「リリー!?」


 何が起きたのかわけもわからず、必死に呼びかけるけど返事がない。

 ものすごく苦しそうで、息が荒い。


 ついさっきまで普通に会話してたのに! 急にこんな風になるなんて、一体どうしちゃったの!?


 どうしていいかわからずおろおろしていると、リリーの体から虹色の湯気のようなものが立ち上り始めた。


 なんなんだよ、これ!?

 こんなの、いったいどうすれば……。


 相変わらず苦しそうだけど、リリーが仰向けになり、息が整ってきたように見えたので恐る恐る声をかける。


 「リリー、リリー、大丈夫か……?」


 「……いま……はなし……かけ、ないで」


 眉間にしわを寄せて、必死に何かと戦っているように見える。

 なんとなく、リリーがこのまま負けてしまったら、もう二度と会えないような気がした。

 リリーを傷つけない、絶対に守ると心に誓ったのに、何もできない俺は無力だ。

 

 リリー、がんばれ! 負けないで!

 神様、お願いします。リリーを連れて行かないで。

 大事な、大事な妹なんだ……!  


 リリーがいなくなってしまったら、俺はもうきっと何もがんばれない。

 怪我をしたリリーを見つけた時以上に怖くてたまらなくて、泣きながらただひたすら祈り続けた。


 だらだらと汗を流しながら、時々苦しそうにうめきながら必死に戦うリリーをそばで見ていることしかできない自分が悔しい。

 

 ほんの少しずつ虹色のもやが少なくなってきたような気がする。

 目に見えて呼吸も落ち着き、顔色も良くなってきた。


 がんばれ! がんばれリリー! あとちょっとだぞ!


 希望が見えてきて、心の中で精一杯応援する。


 一瞬リリーの体がポッと光って、もやがでなくなった。

 リリーは詰めていた息を吐きだすと、安心したように眠ってしまった。

 さっきまであんなに苦しそうだったのが嘘みたいにスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。


 よ、よかった……。


 本当に、何が起きたのかさっぱりわからないけど、リリーは目に見えない何かに打ち勝ったみたいだ。

 安心して、俺もこわばっていた体から力が抜けていく。


 なるべく起こさないようにゆっくりとリリーを抱き上げて、父さんと母さんになんて言おうと考えながら家に向かって急ぐ。

 俺だってなにがなんだかわからなくてうまく説明できる気がしなかった。




 家に着くと、もうランチの時間は終わっていたようで、父さんも母さんも厨房にいた。

 リリーを抱いた俺に気が付いた母さんがかけよってくる。


 「カイン、おかえり! あぁ、よかった。リリーも一緒にいたんだね。なんだい、寝ちまったのかい?」


 母さんがしょうがないねぇという感じで笑ってリリーを受け取ろうとするのを遮って、できる限り何があったか説明しようとする。


 「母さん、聞いて。何が起きたのか俺にもよくわからないんだけど、リリーが突然苦しみだして、体からよくわからない虹色の湯気みたいなのが……」


 ヒュッと母さんが息をのんだ。

 口元に手を当てて信じられなことを聞いたような顔をしている。

 わけがわからず、父さんの方を見ると、父さんも手を止めて驚いたようにこちらを見ていた。


 「うそだろう……リリーが……」


 母さんの目にみるみる涙が貯まっていき、今にも泣きだしそうだ。

 怖くなってまくしたてるように問いただす。


 「母さんたちは虹色の湯気がなんなのか知ってるの? 何かの病気? すごく苦しそうだったけど、今は平気みたいだし大丈夫なんだよね?」


 母さんは顔を覆って泣き出してしまい答えてくれない。

 リリーは打ち勝ったんだよね? もう元気なんだよね……?


 「……体から虹色のもやが出てたなら、そりゃ虹色病だ。」


 「にじいろ、病……?」


 父さんが苦しそうに眉間にしわを寄せて、リリー病気の名前を教えてくれた。

 普通じゃない二人の様子にどうしようもなく不安になる。


 「それってどんな病気? リリーは、リリーは大丈夫なんだよね……?」


 「……虹色病は、洗礼前の子供がかかる病気だ。発作のように前触れなく虹色のもやが体からあふれて苦しみだす。何度か発作を乗り越えることもあるが、洗礼式までもつ者はいない。小さな子供を神様の元へ連れて行っちまうから、天使病とも言われていて、なぜかかるのか原因はわかっていない。そして……治す方法は、ない」


 「そ、そんな……。洗礼式って、もうすぐじゃないか!!」


 母さんの嗚咽が大きくなった。


 「リリーが、一体何をしたっていうんだい! こんな、働き者のいい子を連れて行っちまうなんて、神様はひどすぎるよ!!」


 悲痛な母さんの声に、父さんの言葉が嘘じゃないってことが分かった。


 リリーが、あとちょっとの命なんて、そんな……。


 悲しくて、悲しくて、涙があふれてくる。




 眠るリリーをベッドに寝かせて、みんなの悲しみをよそにくぅくぅとのん気に寝息を立てる姿を見つめる。

 洗礼式まで生きられないなんて、何かの冗談みたいだ。


 「虹色病だとわかった子供には、基本的に病気のことは伝えない。発作の時以外は至って普通に暮らせるからな。虹色病の子供には幸せな思い出をたくさん持たせて神の庭へ送る為に、その時がくるまで、周りの人間は子供の望みをできる限り叶えようと努める。残されたわずかな時間、リリーのやりたい事を、できるだけさせてやろう」


 父さんはそう言うけど、リリーがいなくなってしまう悲しみで、父さんのようにすぐに前を向くことなんてできない。

 リリーは全然自分のことを話さないし、好きなもの、やりたいこと、あんまり知らないことにいまさら気づいた。




 「おかねためたい。それで、おにいちゃん、きしがっこうにいくの」


 目が覚めたリリーが欲しいものを聞かれて、そう答えた。


 リリー自身のやりたい事を聞き出そうとして母さんが色々提案するけど、そんなお金があるなら貯金したいと頑として譲らなかった。


 こんな時まで俺の為に何かしようとするリリーに胸が苦しくなる。

 

 俺のことなんてどうでもいいのに!

 もっとわがまま言ってよ!

 リリーが欲しいものを教えてよ!


 そう叫びたかった。

 でも他でもない俺が、リリーの気持ちを無下にすることなんてできなかった。


 「……わかった。貯金だな。」


 驚いた。

 あんなに頑なだった父さんが、なんと俺が騎士学校に入る為にお金を貯めると言ったんだ。

 父さんは頑固だけど、一度口にしたことを曲げるようなことは絶対にしない。

 嬉しいのに、リリーの優しさを利用しているような気がして申し訳なくなった。


 「うん。ありがとう、おとうさん。わたしも、がんばる」


 父さんの協力を取り付けたリリーは、今までで一番嬉しそうだった。




 やっぱり疲れていたのか、リリーはその後すぐにまた眠ってしまい、3人でこれからのことを話し合った。


 リリーには悲しい顔を見せずになるべくいつも通りに過ごすこと。

 リリーの希望はなるべく叶えてあげること。

 貯金をするためにみんなでがんばること。


 やっぱり楽しい思い出をたくさん残してほしくて、自分たちは無理でも友達と遊びに行くのはどうかと母さんが言ったけど、リリーには友達がいない。

 そう伝えると父さんも母さんも驚いていた。

 毎日家の手伝いしかしていないのにいるわけないじゃないか。

 そんなことに今更気付く二人に少しあきれてしまった。


 教会では昼間、小さな子供を預かってくれるそうで、同年代の友達を作るためにそこに連れて行くのはどうかという話になった。

 今になってなんだよ、と少しくさくさした気持ちになったが、家の手伝いばかりの毎日よりきっとリリーもその方が楽しいだろうと思って俺も賛成した。


 シスターには事情を説明して、もし虹色病の発作が起こったらすぐに呼んでもらえるようにお願いすることにした。

 虹色病の子供がいる家族には町のみんなでなるべく協力するという暗黙の了解があるからたぶん大丈夫だろうと父さんが言っていた。


 発作は本当にいつくるかわからないから、いつきてもいいように覚悟をしておけ、とも。


 そんな覚悟できるわけないじゃないか。

 急に聞かされてまだ全然受け入れられないのになんでそんなこと言うんだって怒りがわいてきて父さんを睨みつけると、父さんも目に涙をためて、力いっぱい握りしめた拳がブルブル震えていた。


 


 何事もなかったように眠るリリーの寝顔は、まるで天使みたいだ。

 こんな俺のそばにいてくれて、真っ暗だった俺の未来を照らしてくれる優しい子。

 もうすぐ神様の元に連れていかれてしまうという。

 もしかしたら、本当にリリーは俺のところに神様がつかわしてくれた天使なんじゃないかと思えてくる。


 神様の元に帰ってもさみしくないように、楽しい思い出をたくさん残せるように全力でがんばろう。

 リリーが、諦めかけていた俺の夢を繋いでくれたんだ。

 これから俺の全てはリリーのために使おうと、リリーのために生きようと、決めた。




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