87. 事件発生
「行方不明……?」
「そうなんです……。ここ数日の間に魔法学園の生徒が三名、行方不明になっているそうでして」
イベント運営の準備も佳境に入り、学園魔法剣技大会まであともう少しという時期に、私の元へ慌ててやってきた記者クラブの生徒が言ってきたのはそのような内容だった。
「行方不明者の全員が我々の記事で紹介した大会選手の騎士見習いだった為、一体どうなっているんだと記者クラブに問い合わせが殺到してしまっているんです。どうすればいいでしょうか、リリアンナ様……」
どうすればいいかと言われても、そんな事件が起きているだなんて今初めて知ったし、状況が全くつかめない。
大会目前にして急に三人も選手が自分から失踪するなんてことは考えにくいし、やはり誘拐だろうか……?
でも、一体何のために?
身代金目的なら、大会選手に選ばれるほどの実力のある騎士見習いは誘拐相手には不向きすぎるだろう。
選手達の安否も心配だが、このままだと無事に大会が開催できるかも怪しい。
目下の問題は、記者クラブに問い合わせが殺到してしまっている事だ。
このタイミングでの選手達の行方不明となると、大会と無関係とは言えないだろう。
この問題には大会実行委員長として私が対処するべきだとは思うが、一体どうすれば……。
「リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベンはいるか!」
突如発生した大問題にどう対処したものかと思案していると、突然教室の入口から大声で名前を呼ばれた。
声の主は、教室の入口で仁王立ちしている男子生徒のようだった。
彼は同じ生徒会役員のゴットヘルフ・ウルバン。王立騎士団長の息子である。
黒髪黒目の短髪で、背が高く顔も整っているが、とても態度が偉そうで雰囲気がジャイアンみたいだ。
同じ色合いなのに、うちのアードルフの方がずっと爽やかで誠実そうでかっこいい。
私の姿を見つけたゴットヘルフは、こちらを睨みつけながらドスドスと足音を立てながら近づいてきた。
何やら物凄く機嫌が悪そうなので、問題発生中の今相手をするのは遠慮させていただきたいが、名指しされてしまった以上逃げることは不可能だろう。
私は心の中で肩を落とし、急いでクリスマイルの仮面を被ってゴットヘルフに挨拶した。
「ごきげんよう、ウルバン様。何か御用でしょうか」
「何か用か、だと? 騎士見習い達の行方不明の件に決まっているだろう! 貴様が余計なことをしたせいでこうなったのだぞ! どう責任を取るつもりだ!?」
「わたくしのせい、ということは、騎士見習い達が何故いなくなったのかがわかったのですか? わたくし騎士見習い達が行方不明になっていることを今聞いたばかりで、詳しいことは何もわかっていないのです」
「騎士団の方で鋭意調査中だが、有益な情報はまだ上がっていない。だが、このタイミングでこんな事件が起こったのだ。原因は貴様が主導しているあの記事に決まっている! 貴様が騎士見習いたちの迷惑も考えず面白おかしく囃し立てるからこういうことになったのだ!」
あまりにも私のせいだと断定しているので、何か事件についての情報を持っているのかと思いきや、状況証拠だけで私が元凶だと決めつけているらしい。
次代の騎士団長になるかもしれないという人間が、この横暴さはあまりにもひどい。
「この状況にヴィクトール王子も大変憤っていらっしゃる。さらなる被害を生まないため、今年の学園魔法剣技大会は中止とする! もちろん、例の記事も今後一切出すことを禁ずる!」
「そ、そんな……」
ゴットヘルフの宣言に、既に次号の会報をいつもよりかなり多めに刷ってしまっている記者クラブの部員が青ざめている。
「お待ちください。まだ事件に関して何もわかっていないのなら、大会を中止にするのは時期尚早ではないでしょうか。選手の特集記事に関しては発売を延期にいたしますから、もう少しお時間を頂けませんか?」
「ふん、何やら色々と金儲けの策を練っていたようだから、大会を中止にさせまいと必死だな。待ってどうする? 時間を置いたところでいなくなった騎士見習い達が見つからなければ開催は認められないぞ」
ゴットヘルフは馬鹿にしたように鼻で笑った。
必死になって何が悪い。
ここで大会が中止になってしまったら、準備のために投じてきたお金が全て水の泡になってしまう。損失額は相当なものになるだろう。
「わたくしが犯人を捕まえます。犯人が捕まって、無事にいなくなった騎士見習い達が戻ってきたら、魔法剣技大会を開催してもかまいませんよね?」
「……貴様が? 騎士でも騎士見習いでもないお前に何ができるというのだ。既に動いている騎士でもまだ何も見つけられていないというのに、あまり騎士の仕事を甘く見るなよ。冗談も大概にしろ」
目の前の彼は一瞬訝しそうにした後、さらに眉間の皴を深くしていた。
私は騎士の仕事を軽く見ているわけではないし、冗談を言っているつもりもない。
「わたくしは本気です。必ず犯人を捕まえてみせますから、大会の中止はまだ待って下さいませ」
「ふん、勝手にしろ。だが、捕まらなかった場合は、全ての責任を取ってもらう。首を洗って待っているんだな」
ゴットヘルフはそう吐き捨ててドスドスと教室を出て行った。
私のしたことに対して悪し様に言っていたが、出場選手に選ばれている彼は周囲にちやほやされて満更でもなさそうにしていたのを知っている。
彼が迷惑していたのならまだ申し訳ない気持ちも湧いてくるが、こうなってから鬼の首を取ったようにそれ見たことかと糾弾してくる様子に腹立たしく感じてしまう。
……あんな奴に負けてなるもんか。
「リリアンナ様! どういうおつもりですか!? 犯人探しなんて……危険すぎます!」
「そうしなければ、大会が中止になってしまうのですから致し方ありません。この為に用意したわけではありませんが、いざとなったら奥の手もありますし。そうと決まれば寮に戻って作戦会議をいたしましょう。カインも、力を貸してくれるでしょう?」
「リリアンナ様……」
カインが私の身を心配してくれているのはわかるけど、事件解決のためにはカインの情報収集能力が必要不可欠となる。
じっと目を見て力を貸してほしいと伝えると、諦めたようにこくりと頷いてくれた。
やっぱり、なんだかんだ私に甘いお兄ちゃんである。大好きだ。
不安そうにしている記者クラブの子には、一旦会報の販売を停止して、問い合わせには「現在騎士団の方で調査中で、記事との関連性はまだ不明」という風に答えるように指示を出し、私達は教室を出た。
教室を出た途端、厳しい視線が四方八方から突き刺さる。
先程ゴットヘルフが大声で私のせいだと捲し立てたため、もうその内容が広まってしまっているようだった。
周囲の視線は気にしないようにして歩き出すが、私が近くを通るとゴミを見るかのように蔑んだ目で見られこそこそと何かを囁かれ、これではあたかも私が誘拐犯本人かのようだ。
元々私は嫌われていたけれど、とうとう全校生徒から嫌われてしまったのかもしれない。
「リリー。大丈夫……?」
一緒についてきてくれたユーリが心配そうに声を掛けてきた。
「わたくしは元々嫌われていましたし、このくらい今更平気です。ユーリこそ、居心地が悪いでしょう? しばらくはわたくしの側にはいない方がいいかもしれません」
「何言ってるの。こんなにたくさんの悪意を向けられて、平気なわけないでしょ。こんな時だからこそ、側にいたいんじゃないか。根拠のない噂に踊らされて他人を貶めるような低俗な奴らの目を気にするより、リリーの方が百倍大事だ。ほら、作戦会議をするんでしょ。早く寮に帰ろう」
「ユ、ユーリぃ……」
あまりに男前な言葉に、危うく淑女の仮面が脱げてしまうところだった。
成長した私はもう簡単に涙を流すことはないけれど、ちょっと今のは危なかった。
お口は時々悪いけど、優しくてかっこいい、頼りになる弟である。
寮の談話室でユーリや側近達と作戦会議をしたが、カインに情報収集を頼む以外に今のところ手立てがない。
行方不明になった騎士見習いの情報を洗い出してみたけれど、年齢も性別も出身地もバラバラで、魔法剣技大会の注目選手なこと以外にはこれといった共通点が見つからなかった。
事件を調査中だという王立騎士団に協力を申し出て連携を取ることも考えたが、王都の騎士団は信用ならないとカインに却下されてしまった。
とにかく側近達総出で聞き込みをして回り情報を集め、その間私とユーリは大会が万が一中止になった時の被害を最小限に食い止めるために、商品の生産ラインを一時的に止めたり損害額を計算したり、寮で書類仕事に精を出すことになった。
側近が出払ってしまう為、手薄になる寮での私達の護衛は領地からアードルフとアロイスの成人護衛騎士を呼び寄せた。
そこに噂を聞いて駆けつけてきてくれたレオンも加わり、聞き込みに自らの護衛騎士も貸し出してくれた。
何か有益な情報が出てくるといいんだけど……。
側近達の努力もむなしく、聞き込み初日は大した情報は集まらなかった。
カインも独自のルートで探ってはくれたけれど、わかったのはいなくなった騎士見習い達の消息がいつから途絶えたのかということだけだ。
全員一人になった時間にいなくなってしまったようだったが、時間も場所もてんでバラバラだった。
「え……?」
次の日も捜査の進展がなく、はやる気持ちを押さえつけて授業を受けていたのだが、少し席を外していたカインが持ち帰ってきたのは、今日になって新たな行方不明者が出てしまったという知らせだった。
行方不明者の名前はゴットヘルフ・ウルバン。
王立騎士団長の息子にして、私が昨日盛大に啖呵を切った相手だった。
結局今日もこれといった手がかりが得られないまま夜を迎えてしまった。
もう就寝しなければいけない時間なのはわかっているけれど、とても眠れる気がしなくて、寮の自室のソファで無意味に大会関係の資料を広げていた。
先程メラニーには「私が囮になります。大会選手の私が一人で出歩けば、油断した敵がのこのこ現れるかもしれません」という進言があったけれど、どんな敵か分からない以上、そんな危ないことはさせられないと却下した。
まさか、こんなことになるなんて……。
どうしたらいいの。
読むでもなくボーッと手元の書類に目を落としていると、コトリとテーブルの上に何かが置かれた音がした。
視線を上げると、お盆を手に持ったカインが穏やかに微笑んでいた。
「眠れないようでしたので、寮の厨房を借りて作ってきました。体が温まれば眠くなってくるかもしれません。よろしければ召し上がりますか?」
カインがテーブルの上に置いたのは、木製の器に盛られた鶏肉と野菜のスープだった。
食べやすいようにとの配慮からか、食材は記憶のものよりも随分細かく切ってある。
「ありがとう、お兄ちゃん。……食べる」
もう自室の中では取り繕う気力もなくて、素で返事をする。
カインは嬉しそうに笑って、器を私に持たせてくれた。
スープをひと匙すくって、口に運ぶ。
うん。
味は可もなく不可もなく、店の賄いで何度も食べた素材の味を活かした薄味スープである。
私の前世レシピじゃない、昔ながらのうちの店の定番商品で何か物足りない味だけど、私は何故か時々無性にこのスープが飲みたくなる時がある。
いつからかそんな時は、カインがこうして作ってこっそり持ってきてくれるようになった。
疲れた身体に染み渡る、優しくて温かい思い出の味だ。
カインの思いやりに感謝しながらゆっくりスープに舌鼓を打っていると、剣ダコで固くなった大きな手が優しく頭を撫でてくれて、気がつけば私は夢の世界に誘われていた。
次の日の朝、目が覚めた私を待っていたのはメラニーが行方不明になったという知らせだった。