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86. 大会実行委員長のお仕事



 「ウルリーケ様、エメリヒ様、よろしいですか。今話題の騎士見習い達の姿絵を描いているのがお二人だということを知った方から、今後、絵を無料で描いてほしいと言われることもあるかもしれません。この方になら無料で描いて差し上げても良いと思える関係性の方以外には、わたくしがお支払いしている金額をご提示差し上げてくださいませ」


 「リリアンナ様、それは……」


 「あなた方は、既に対価を得て絵を提供する職業絵師となったのですから、そのように厚かましい事をおっしゃる方の言葉など、聞く必要はありません」


 「で、ですが……」


 ウルリーケとエメリヒに、絵師として注目される事で今後起こりうる問題の対処について念の為忠告すると、返ってきたのはとても不安そうな濁した返事だった。

 もしかしたら、既にそういう事を言われた後なのかもしれない。


 「お二人では断れないような筋からのお話でしたら、わたくしの名前を出しても構いません。わたくしは生徒会役員で学園魔法剣技大会の実行委員長ですからね。料金を提示しても引き下がらない方の対応はわたくしがいたします。遠慮せず、わたくしにまわしてくださいませ」


 田舎者だと陰でこそこそ蔑まれているヴァルツレーベンだけれども、これでも四大貴族の一角なのだ。流石に表立って私に文句を言ってくる人は少ないだろう。


 私の立場を笠に着ていいと伝えると、二人はあからさまにホッとした様子だった。

 やはりすでにそういった相手に悩まされていたようだ。

 やれやれ、厚かましい人間はどこにでもいるものである。


 神絵師達が気持ちよくお仕事ができるように、面倒ごとは私が引き受けると、どんと胸を叩いて請け負っておいた。

 気分はマネージャーである。




 「きゃあっ!」


 二人と別れ、寮に戻るべく校舎の脇を歩いていると、突然頭上から女子生徒の悲鳴とバシャッという何か液体をぶち撒けたような音が聞こえてきた。


 「なっ、なんなんですのこれっ!? いやあっ!!」


 バタバタと走り去る音も聞こえてくる。


 ああ……


 どうやら頭上のバルコニーから私に向かって水をかけようとした女子生徒が、ケラウノスの反射にあって逆に自分がずぶ濡れになってしまったらしい。


 領地にいた時は護衛に昼夜ガッチリと守られていたのでケラウノスの防御面での出番はなかったのだが、学園に通うようになってからこうして害意のある攻撃を仕掛けられることがままある。


 廊下で足を引っ掛けられそうになったり、階段で背を押されそうになったりした時には、未然にカイン達護衛が防いでいるし、勉強道具などは基本持ち歩き、寮内も警備体制はバッチリで、私物にいたずらされるということもないので、被害という被害は今のところ特にない。


 ただ頭上からの不意打ちに関しては、さすがの護衛達も防ぎようがなかったらしく、満を持してケラウノスの出番が訪れたというわけである。


 領地にいる間に一応ケラウノスの性能の検証をしてはいたのだけれど、まさか上からかけられた水を重力に逆らって跳ね返し、確実に犯人に浴びせるほどだとは思っていなかった。無駄に高性能だということを今更ながらに知った。

 かけようとした水が、雑巾のしぼり汁などの汚水ではないことを祈るばかりである。


 「これが、ケラウノスの防御……! 流石リリアンナ様、素晴らしいです!」


 「クリストフ、今のは敵に不意打ちを許した油断を猛省すべきだろう。リリアンナ様、我らがついていながら、申し訳ございません……」


 これを防御と言っていいのか不明だが、クリストフがすごいすごいと喜び、メラニーは逆に女生徒の蛮行を未然に防げなかったことに対して「口惜しや……!」と唇を噛んでいた。

 初めて彼等に会った時にはいつボロが出て幻滅されるかとヒヤヒヤしていたけれど、出会って約十年が経ち、被った猫がだいぶずり落ちてしまった今でも慕ってくれているようでありがたいことである。


 「リリアンナ様。先程の犯人の素性を確認してまいります。クリストフ、メラニー、あとは頼む」


 カインはそう言うと、音もなくどこかに消えていった。

 兄はたまに忍者かな? と思うような動きを見せる時がある。とても助かっているのは間違いないのだけれど、彼は一体どこに向かおうとしているのか、疑問に思うこともしばしばだ。

 カインの事だから今回の犯人の素性もすぐに調べ上げてしまうのだろうけど、こちらに被害はなく既に罰は受けているので、どうかお手柔らかにしてあげてほしい。


 ちなみに、私がなぜこんなイジメのような事をされているのかというと、いくつか理由がある。


 まず一つ目は、実家の権力を使って、嫌がる王子と無理矢理婚約を結んだと思われているということ。

 生徒会の面々の勘違いが、全校生徒にまで広まってしまっている形だ。


 次に、私が自分が聖女だと嘘をついて、周囲に威張り散らしているという噂があること。

 私は自分から聖女とは名乗っていないし、ヴァルツレーベン出身者も私が聖女だと言わないように厳命されているため情報を漏らすようなことはしない。

 第一、威張っているつもりもないし事実無根なのだが、何故かそういった噂が出回ってしまっているようだった。

 カインが噂の元を辿ろうとしたけれど、出所はわからなかったそうだ。


 そして最後に、レオンやユーリ、クリストフなどの今をときめく大人気騎士見習い達と仲が良いこと。

 はたから見ると、私は権力をひけらかして色んなイケメンに粉をかける逆ハーレム狙いの不届き者に見えるらしい。

 化粧で盛っていない普段の私はただの平凡顔なので、「なんであの子が……」と余計な悪感情を煽ってしまっているのもある。


 以上の理由と、そもそもヴァルツレーベンは学園カースト最下位で侮蔑の対象だったため、「あの女、生意気!」と思われて、割と全方位から嫌われてしまっているのである。

 一応実家の爵位が高いので面と向かって何か言われることはないものの、陰湿ないじめのターゲットになってしまっているというのが現状だ。


 三つ目の理由に関しては、他の人気騎士見習いと仲の良い生徒にも危害が及びかねないと思い注意喚起を行ったのだが、恋人や婚約者のいない騎士見習いにとっては今回注目された事で縁談が殺到して良いご縁に恵まれ、元々恋人や婚約者がいた者に関しては「何があっても君は私が守る……!」とお相手との仲がさらに深まる結果となり、大変感謝された。


 つまり、何故か実質的に不利益を被っているのは私だけという結果になっているのだった。

 解せぬ……。


 おかげで、「主人は自分達が守るのだ!」とクリストフやメラニーが大興奮していて少々鬱陶し、いや、頼もしい限りである。






 今日は、授業のない休日。

 タイガーリリー商会の王都支店でヨナタン、ユーリと大会当日に物販するグッズのアイデア会議だ。


 新入生歓迎パーティーで宣伝したおかげでタイガーリリー商会王都支店は新規顧客でてんやわんやの大騒ぎとなったため、その時点でヨナタンを転移魔導具を使って秘密裏に領地から呼び出し、今は王都支店で陣頭指揮を取ってもらっている。

 領地の宝を私物化しているという人もいるだろうが、全くその通りである。

 だって、便利なんだもん。

 一応、領主であるお養父様の使用許可は貰っている。


 大会グッズは選手たちのイラストの他にも、選手の名前が入った旗や手ぬぐいなど、当日持っていれば誰を応援しているのか一目でわかる物も用意する予定である。

 イラスト関係は業者に委託予定だが、布製品であれば我がタイガーリリー商会の得意分野だ。腕の見せ所である。


 その他にも、大会ロゴのマグカップやキーホルダー、ハンカチなどの記念品的なグッズの案もある。

 こんな物が本当に売れるのかと最初は半信半疑だったヨナタンも、最近の世間の異様な盛り上がりを見て考えをあらため、こちらの案件にも前向きになってくれたようだった。

 この約十年で副商会長として商会の実務を取りまとめてきたヨナタンはより一層頼りになる商人に成長しており、ドレス関係で忙しくしている最中に申し訳ないが、こっちの方もぜひよろしくお願いしたい。


 「当日は応援している寮ごとに応援席を分けるつもりなので、旗や手ぬぐいは各選手の所属寮の色にしましょう。観客席がはっきり色分けされて綺麗だと思います」


 「いいですね。生地の色見本を用意しておきます」


 「名前の入った旗はまだわかるけど、この房飾りっていうのは何なの? 普通は親しい人から自分の色の入ったお守りを騎士に贈るものでしょ。なんで選手の色で、選手の名前が入ってるの、逆じゃん」


 ユーリが訳が分からないといった様子で指さしたのは、家族や恋人から騎士に贈られる房飾りのお守りを模したキーホルダーのようなチャームだ。

 色合いは選手の髪と瞳の色にして、選手の名前のタグもつける予定だ。


 「“推し”という感情の最終形態は“同一視”なのだそうです。自分が応援している憧れの存在に自分もなりたい、いやそうあるべきだ、あれ、推しは自分だった……? と、推しと自分の境界が曖昧になるのだとか。この商品はそんな応援者の心を満たしてくれる物になり得るのではないでしょうか。……まぁ、単に持ってて嬉しい、という方が大半でしょうけれど」


 「は? なにそれ何かの呪文? 騎士見習いの名前が入ったお守り買っただけで、自分がその騎士見習いになったつもりになるってこと? 頭おかしいんじゃないの」


 ユーリには、行き過ぎたファン心理の話はまだ早かったようだ。

 今日もなかなかにお口が悪い。


 「まぁまぁ、正直僕もその推し? とやらに関してはさっぱり理解できませんが、この件はリリアンナ様の直観に任せるべきでしょう。商機を見出した時の発想力には並々ならぬものがありますからね。こちらの組糸に関しても色見本を用意しますので、選手の髪と瞳の色リストの方をお願いいたします」


 「わかりました。すぐ準備します」


 こうして発売するグッズの内容もあらかた決定し、販売予定のグッズの内容も記事にしてもらって宣伝したところ、こちらも大反響をいただき多数の問い合わせが入ることとなった。


 この様子だと大会当日の朝から並んでもらっても試合開始に間に合わない可能性も出てきたため、物販自体は会場前で前日から行って、購入したグッズを持って当日はゆっくり来ることもできるように調整した。


 大会運営の準備も着々と進み、お客さん達の当日への期待も最高潮に高まり、イベント事業は大成功だと関係者の誰もが確信した矢先、まさかあんな形で大会の開催自体が危ぶまれることになるなんて予想だにしていなかったのである。

 




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