85. イベント事業、始動
おさげ令嬢の名前はウルリーケ・ハイトマン。
緑色のリボンをした、国の東側にある領地の貴族であるハイトマン男爵家の御令嬢とのことだ。
授業の開始時間が迫っていたので、後日改めてお話する約束を取り付け、一旦その場はお開きとなった。
「それで? 普段芸術に興味を示さない君が突然絵の注文をするなんて、一体何を考えているの?」
授業が終わり寮に戻ると、逃がさないとばかりに部屋までついてきたユーリに問い詰められた。
「学園魔法剣技大会の会場で、出場選手の姿絵を売りたくて。どうやって大会の運営で利益を上げるか考えていたんだけど、入場料を値上げするのは悪手でしょう? だったら大会に関連する商品を作って会場で販売して、そっちで売上を上げればいいんじゃないかと思ったの」
「その発想はいいと思うけど、なんで姿絵……。そんなの、欲しがる人いる?」
「大会出場者の騎士見習い達は、貴族ってこともあって美形が多いでしょう? 欲しいと思う人は絶対いるよ。ユーリは見慣れてるかもしれないけど、平民にここまでの美形は中々いないんだから。ていうか、欲しいと思うように私がしてみせる。まかせて」
ユーリは訝しげにしているが、私には勝算がある。
私が考えたのは、前世のスポーツ選手のように選手をタレント化して、グッズ販売で儲けようという作戦である。
選手をタレントにするには、とにかく多くの人に選手個人がどういう人かを知ってもらう必要がある。
まだアイデア段階だが、現状思いついていることをユーリに話した。
ユーリはタレント商売に馴染みがなくうまく想像がつかないことと、大会出場が濃厚である実力者の彼はもちろんタレント側にもされることになるので難色を示していたが、こうなった私を止められないことは長い付き合いで理解しているので、渋々納得してくれた。
更に私と長い付き合いで巻き込まれ経験値の高いカインが、励ますようにユーリの肩に手を置いていた。
後日、改めてウルリーケに詳細を説明したところ、騎士見習いの姿絵を描くことを快く承諾してもらえた。
彼女は学園の美術クラブに所属してるのだが、彼女の家はそんなに裕福ではなく画材を揃えるのも一苦労だったので、趣味のイケメンの絵を描くだけでお金がもらえるなら願ってもいないとのことだった。
彼女への具体的な発注はまた後日行うこととして、次に私が向かった先は記者クラブだ。
前世で言う新聞部のような活動をしている彼らは、定期的に会報を発行し学園におけるニュースを発信しているのだという。
その会報で学園魔法剣技大会の特集を組み、出場選手の似顔絵やインタビューを載せてもらって、選手の知名度を上げようという算段である。
学園魔法剣技大会は、四つの寮から各四名ずつ選手が選抜され、十六名のトーナメント方式で行われる。
選抜選手になるような実力者は、幼い頃よりお金をかけて剣の指導を受けていた高位貴族が多いので、低位貴族の多い記者クラブの部員では、インタビューのアポイントメントを取ることが難しく、学園魔法剣技大会に関しては、出場選手のリストと大会結果を載せるだけの簡素な記事になるのが常だったのだそうだ。
日々ニュースのネタ集めに奔走していた記者クラブの部員達は、高位貴族(私のことである)の威光を使って出場選手にインタビューできる私の提案に飛び上がって喜び、「ぜひ記事を書かせてほしい」と前のめりだった。
記者クラブの生徒とウルリーケを伴い、早速注目選手の元へインタビューに向かった。
記念すべきインタビュー第一回目の相手は、打診したら「いいよ~」と軽くオーケーしてくれたレオンハルトだ。
魔剣レーヴァテインの主であり、天才的な剣技の才能を持つ彼は、大会優勝候補筆頭である。
レオンに大会に向けての意気込みや、自信のあるプレイ、はたまた好きな食べ物や休日の過ごし方などのパーソナルな部分にまで突っ込んだインタビューに次々と答えてもらった後は、騎士見習いの訓練場で実際に彼の剣技を見せてもらう。
ウルリーケは、炎を纏うレーヴァテインを自分の体の一部のように操る姿や、インタビューを受けるレオンの顔を目に焼き付けるように見つめ、真剣な表情でデッサンしていた。
いつも陰からチラチラとこっそり見るだけだったので、今は被写体を正面から合法的にいくらでも見つめることができるととても喜んでいた。
ちなみに、昨年の大会では領地のルールに則って普通の魔法剣で出場していたレオンだが、今回私が運営する大会ではぜひレーヴァテインを使ってもらうようにお願いしてある。
王都の大会では魔剣での出場が可能で、魔剣を持っている生徒はそちらで出場するそうだし、何よりレーヴァテインは見た目が派手で話題性バッチリ、ファンも増えてグッズも捌けようというものである。
ついでに言うと、昨年の優勝はたった一人の魔剣持ちで無双したヴィクトール王子で、レオンは変に目を付けられないよう適当なところで手を抜いて負けたのだそうだ。
レオンは「前回は花を持たせてあげたけど、今年は本気を出させてもらおうかな」と言ってニヤリと笑っていた。
思い込みの激しすぎるあの王子が、元々凄い才能を持っているにも拘らず日々の研鑽も怠らない完全無欠のレオンに勝利するイメージは全く湧かないので、多くの生徒が確信しているらしいヴィクトール王子の連覇は難しいだろうなと思っている。
その後も数人の大会に出場する騎士見習いにインタビューを行い、選手それぞれにいい感じのキャッチコピーをつけたウルリーケの似顔絵付き特集記事の載った会報が無事に刊行された。
記者クラブで出している会報は、基本的に学園の生徒が読むものなので、学園の外にいる潜在顧客にまでは届かない。
なので私は、生徒のクラブ活動ではない本物の新聞社に、この特集記事を新聞に載せてもらえるように掛け合った。
その際、私はタイガーリリー商会や領地の伝手をフルに使って、王都だけではなく国中の人に特集記事が届くようにした。
一応領地のお養父様に手紙で聞いたら「思う存分やれ」との返事を頂いたので、私に使える権力は全力で使う所存である。
先に領地の話を持ち出したのはリュディガーなのだ。ならば私は領主の娘として全力でお相手しよう。
イベント事業を本格的に開始してから数か月後、既に大会の特集記事が人を変えて何度か出ているが、それが物凄く話題になり、特集記事の載った会報や新聞は売れに売れ、いまや入手困難になるほどだった。
これまでも何かしらの有名人にフォーカスした記事はもちろんあったものの、今回のように個人の魅力をアピールするような内容は珍しいらしく、娯楽に飢えた人々の心に突き刺さったようだった。
特にウルリーケによる美麗なイラストが大人気で、以前ウルリーケを囲んでからかっていた女子生徒の内の一人が記事のイラスト部分を切り取ったものを手帳に挟んでこっそり見ているのをたまたま見かけた時には、大会当日のイラスト物販の成功を確信した。
この世界には写真がないので、好きな人の姿をこっそり楽しむには姿絵しかない。
フルカラーの姿絵をそのまま印刷することは難しいが、白黒か二~三色くらいのカラーイラストであれば比較的簡単に同じものを複数用意することができるので、イラストを大量に刷って販売予定になっている。
物販のイラストはスケッチブックサイズのみの予定だったが、持ち歩けるようにブロマイドサイズの物を作っても売れるかもしれないなと思った。
学園の会報や新聞がいくら売れても私には何の利益も入らないが、いまや国中で巻き起こっている空前の騎士見習いブームに私は大満足である。巷では誰々派と騎士見習いごとの派閥までできているのだとか。
突然人気者になってしまった大会出場予定の騎士見習い達は、周囲に常に注目されることになり申し訳ない気持ちになるが、皆割とまんざらでもなさそうにしていたのでまぁいいかと思うことにした。
心の中で申し訳ないとは思いつつも、前世のような肖像権といったものはこの世界にはないので、法整備がされる前に荒稼ぎさせていただこうというあくどい気持ちもある。
ちなみにレオンは大注目されてもいつも通りで、廊下を歩いているだけできゃあきゃあと黄色い声を上げる女子生徒たちに笑顔で手を振り返していた。
対照的に、今私の隣の席に座っているユーリは連日たくさんのファンに揉まれてげっそりしている。
教室内では今も頬を赤らめながらチラチラとユーリを伺っている女子生徒達が結構いる。
私は励ますようにその背を撫でた。
「なんなのこれ……。ただ質問に答えただけで、なんでこんな事になるの。リリーは、こうなる事を最初から予見してたっていうの……?」
ユーリは化け物でも見るかのような怯えた目で私を見てきた。
失敬な。
私だってここまでのブームになるなどとは思っていなかった。
ただ、ユーリ達の顔の良さは金になるなと思っただけで。
お疲れモードのユーリには大変申し訳ないが、私のイベント運営に力を貸してくれるという言質を取っているので、イベント当日までは諦めてアイドル役をしていただけないだろうか。
「ダメですよ、ユリウス様。そんなに暗い顔をしていては。笑顔で人気を集めなくては、リリアンナ様の商品が売れません」
こちらを伺っている女の子達に手を振り返し笑顔を振りまいていたクリストフがそう言った。
ちなみに、非公式で有志の生徒によって秘密裏に行われていた人気投票によると、ユーリほどではないものの、クリストフも中々の上位にランクインしている。
クリストフだけではなくメラニーも大会の選手なので、私の護衛騎士見習い達は皆凄いのである。えっへん。(カインは選抜に入れる実力はあるのだが、私の護衛が手薄になると辞退していた。そんなの気にしなくていいのに、残念だ)
「いいえ、クリストフ。ユーリはこれでいいのです。氷銀の騎士は、冷たい瞳でつれないところが良いと人気なのだそうです」
「へぇ、人気にも色々とあるのですね。勉強になります!」
「……なんなの、その氷銀の騎士って」
げんなりした様子のユーリがそう聞いてきた。
「ユーリの二つ名です。ミスティルテインの属性である氷と、ユーリの銀髪からきているのだそうですよ。ちなみに、レオン兄様は紅蓮の騎士です。二人は兄弟ということもあって、セットでとても人気があるのです」
「僕、騎士見習いなんだけど……」
「そこは何となくで良いのです。大事なのは語感とニュアンスですから」
「……意味わかんない」
ユーリにとっては理解不能な領域だったのか、とうとう机に突っ伏してしまった。
私は再びよしよしと背中を摩ってなぐさめた。
「あ、あの……リリアンナ様、今お時間よろしいでしょうか」
いまや誰もが認める神絵師となったウルリーケが、おずおずと声を掛けてきた。
後ろには初めて見る気の弱そうな男子生徒を引き連れている。
彼は緑色のネクタイをしていたので、ウルリーケと同じ東寮の生徒のようだった。
「こちらの方は、同じ美術クラブに所属しているエメリヒ・ゾマー様です。騎士見習いの方々を間近で見てデッサンさせて頂いたことをお話したら、彼もぜひデッサンに参加したいとおっしゃられまして。エメリヒ様の描く人物画はわたくしのものと違って躍動感があり素晴らしいのです。次回のインタビューの際には、エメリヒ様の同行もお許しいただけないでしょうか……?」
ウルリーケに紹介されたエメリヒは、一歩前に出て、かわいそうなほどに顔を青くしながら口を開いた。
「はっ、はじめてお目に掛かります、エメリヒ・ゾマーと申します。突然申し訳ございません。ウルリーケ嬢の話を聞き、いてもたってもいられず、こうして彼女に引き合わせを願いました。人物画であれば、私もお力になれると存じます。どうか、私の描いた絵を一度見て頂けませんか……?」
そう言ってエメリヒが震える手で差し出してきたスケッチブックを開くと、中には剣を持って戦う騎士の絵が何枚も描かれていた。
ウルリーケの描く絵とはまた違った方向でとても上手かった。
エメリヒの絵は、美しい顔がよくわかるバストアップが得意なウルリーケのイラストとは対照的に、騎士の筋肉や重心、骨格などがしっかり表現されていて、紙から飛び出してきそうなほどの躍動感のあるテイストだった。
例えるならばウルリーケの作品は少女漫画タッチ、エメリヒの作品は少年漫画タッチだ。
このレベルになるとどちらの方が上手いということはなく、好みの問題だと思う。エメリヒの絵は男性から人気が出そうである。
野球カードを集めるような感覚で、ブロマイドタイプの人気が出るのではないだろうか。
こちらはランダムにして、ガチャ欲を煽ってもいいかもしれない。
なんにせよ、エメリヒの才能は顧客層を大きく広げてくれそうだ。
私はパタリとスケッチブックを閉じ、エメリヒを正面から見据え口を開いた。
「素晴らしい絵ですね。採用です。これからよろしくお願いいたします」
「あっ、ありがとうございますっ!」
「よかったですわね、エメリヒ様」
即採用の返事をすると、エメリヒは涙を浮かべて喜び、彼と仲が良さそうなウルリーケも嬉しそうにしている。
ユーリは呆れたような疲れたような複雑そうな顔で私達を見た後、天井を仰いだ。
カインがその肩にポンと手を置いていた。
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