83. 王立エルデハーフェン貴族学園生徒会
「君には生徒会役員になってもらう」
「……はい?」
入学式と新入生歓迎パーティーが無事に終わり、本格的に学園生活が始まった。
新生活を慌ただしく過ごしていたある日、授業終わりに生徒会室という場所に王子から呼び出され、護衛と共に向かえば突然そんなことを言われた。
貴族学園には生徒会という自治組織があり、現在は王子が生徒会長を務めているのだそうだ。
最初にその存在を知った時は、貴族なのにそんなものがあるのかと驚いたが、将来国を背負って立つ予定の有望な子息令嬢が国という組織を動かしていくための予行演習の意味合いがあるのだそうだ。
生徒会役員メンバーには、王子、公爵令息、宰相の息子に騎士団長の息子がいて、もれなく全員顔が良かった。
その中に突然放り込まれた平民出身で平凡顔の私。
乙女ゲームでも始まりそうな状況だが、生徒会室にいる面々は私を親の仇でも見るかのように睨んでいる。
好感度はゼロどころかマイナスらしい。
「学園在学中は君との親交を深めよとの陛下の命令だ。仕方なく君の役員入りを認めるが、我々は君を歓迎していない。自分の立場をわきまえて、私達の足を引っ張るようなことだけはしないでくれ」
「はぁ……」
この王子様との会話は本当に難しいな。
何故か私が王子のことが好きで、嫌がる彼と無理やり婚約を結んだとでも思っていそうな態度だ。
私が生徒会役員になることを望んでいてしょうがなく受け入れるという体になっているが、こちらはそんなことは一言も言っていない。
事前の打診もなく決定事項として一方的に告げられている。
王の命令だとしても私には断る権利があるのだけれど、もしかしてそのことも知らないのだろうか。
最後まで私の意思を確認されることもなく、話はそれだけだと言われて、全方位から敵意を向けられ針の筵のようだった生徒会室から出された。
今日の授業は終わったので、側近たちと連れ立って寮へと足を向ける。
廊下には多くの生徒たちが残っていたが、私たちの姿を見た生徒は汚いものを見るような目でコソコソと何かをささやきあっている。
なんだか嫌な感じだ。
入学前にレオンが言っていた通り、辺境出身の生徒への風当たりは厳しく、教室での周囲の反応も似たようなものだった。
新入生歓迎パーティーではあれほどドレスの情報を聞き出そうと群がっていたのに、現金なものである。
良い気はしないが、お養父様の言葉通りそういうあからさまな態度を取る相手のことは気にしないようにしている。
今はとにかく、予想外の事態が発生したので、寮に戻って側近達と作戦会議だ。
「相変わらずの勘違い王子でしたね……。発言があまりに的外れすぎて、どこから訂正するべきかわかりませんでした。あれで未来の国王だなんて、エルデハーフェンは大丈夫なのでしょうか……」
初対面の王子の態度には憤慨していたクリストフだが、今回は怒りを通り越して引いてしまっている。嫌味とかでもなく、純粋に国の将来を心配しているようだった。
確かに、あれほどまでに会話のキャッチボールができないと、国王としてどころか人として大丈夫なのか心配になるな。
「勘違い王子は適当に勘違いさせておくとして、問題は生徒会です。あの場で断らなかったということは、リリアンナ様、まさか役員になるおつもりですか?」
カインが地味に失礼なことを言いながら問い詰めてきた。
「はい。生徒会が具体的に何をする組織なのかは存じませんが、せっかくの機会なので彼らと生徒会活動をさせていただこうかと思っています」
「なぜですか!? あのように無礼な者達の言いなりになる必要はないではありませんか! あれ以上リリアンナ様を軽んじるような扱いをされたら、私は奴らを剣の錆にしたい衝動を抑えきれる気がしません!」
本物の王子より王子様らしい爽やか美青年クリストフだが、さすが中身は戦闘民族ヴァルツレーベンの男子、言うことが物騒である。
「クリストフに我慢をさせてしまうのは心苦しいですが、生徒会にはシュヴィールス公爵令息が所属していらっしゃるでしょう? 彼に近づけば、シュヴィールス公爵を捕えるための何か糸口がつかめるのではないかと思ったのです」
「なるほど、それで……。ですが、今日の彼の敵意を隠さない様子は、人心掌握に長け自分に繋がる糸を辿らせない用意周到な敵の一味にしては、明らかに迂闊すぎます。彼は父親の思惑とは無関係である可能性が高いのではないですか?」
「そうかもしれません。ですが、何も知らないからこそ、迂闊に何か情報を漏らしてくれるかもしれないではありませんか。今のところ黒幕に繋がる情報が何もないのですから、自ら情報を取るために動かなくては。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ」
「さすがリリアンナ様! 言葉の意味は分かりませんが、かっこいいです!」
「はぁ。だから何故そんな無駄に……ああもうわかりましたよ。決して危険なことはしないと、それだけは約束してくださいね」
「約束します」
まとめ役であるカインの許可も出たので、私は生徒会役員になることが正式に決定した。
私はたとえ自分を囮にしてでも、将来の自由を勝ち取るため、この学園在学中に絶対に黒幕を捕まえなくてはならないのである。
「そういえば、学園は身分に関係なく生徒の平等を謳っていますけれど、生徒会の方々は皆、南寮の生徒でしたね。生徒の自治会がそれでは、意思決定がかなり偏りそうなものですけれど」
「学園は平等とは名ばかりで、実際にはかなり身分による差別がまかり通っているようです。基本的に南寮の者が学園カースト最上位に位置し、東寮はその腰巾着、西寮は中立派と言えば聞こえはいいが我関せずの日和見主義、そして我らが北寮は最底辺の田舎者、という構図になっているようです」
なんだそれは。
いまやヴァルツレーベンは美や食の流行も、古代技術研究の進歩による生活の便利さも国の中では群を抜いて最先端をいっているというのに、いつの時代の話をしているんだか。
貴族学園は外の情報から断絶された陸の孤島だとでもいうのか。
現実と生徒たちの認識にギャップがありすぎてゾッとした。
学園生活を送っているうちに気付かず世間と常識がずれないように、領地とは頻繁に連絡を取り合う必要があるな、などと考えていると、カインが更に続けた。
「それと、ヴィクトール王子との婚約の件ですが、王が意図的に王子には婚約を断られたことを伝えていなかったようです」
「何故、そんなことを?」
「一度断られたとしても、実際に王子と会って学園で一緒に過ごしていればリリアンナ様が惚れるだろうと判断したらしいです」
「は?」
「それだけ王子の魅力に自信があるようですね。婚約の打診を断られたことをあまり重く捉えておらず、恋の駆け引きの一環で、王家側では婚約は遅かれ早かれ調うので時間の問題に過ぎないと認識しているとのことでした」
「えぇ……」
それは……あまりに息子の評価が高すぎでは?
王様がかなり盲目的な親馬鹿だという、心底どうでもいい情報を知ってしまった。
貴族の婚約は基本政略だ。
それを恋の駆け引きだなどと、王はあまり公私の区別がついていないのではないだろうか。
本当に、この国大丈夫……?
先ほどのクリストフと同じようにドン引きで国の未来を憂いていると、突然バーン! と部屋の扉が開いた。
「リリー! 生徒会に入るって!? なんで!」
慌てたように入室してきたのはユーリだった。
私の生徒会役員入りをどこかで聞きつけてきたらしい。
本来淑女の部屋にノックもせず勝手に入ってくるのはマナー違反ではあるが、そこは長年商会関係の打ち合わせで私の部屋に入り浸っているユーリなので、それを咎める者はここにはいなかった。
「そんなのやる必要ない!」と反対するユーリに、シュヴィールス公爵令息から黒幕の情報を引き出す目的があるのだと説明する。
「は? そんなのリリーが自分の身を危険に晒してまでやることじゃないよね? ……怪しい。いつもならそんな一ギルの得にもならないようなこと、自分からしないじゃん。リリーらしくない。最近側近達と陰でコソコソやってることと関係してる? 何を隠してるの。吐け」
私の説明では納得しなかったようで、ユーリがジトォッと胡乱げな目を向けてくる。
さすが長い付き合いである。私の行動原理をよく理解していらっしゃる。
ユーリの目を誤魔化すことは不可能だと判断し、お養父様と取引したことを正直に明かした。
「はぁ!? いくら政略結婚したくないからって、なんでそんな突飛な発想になるのさ! わけがわからないよ! そもそも、結婚なんて、そんなの僕が……ああっ、もうっ! わかった、僕も協力する。リリーだけに任せていたら事態がどこに着地するかわからなくて、危なっかしすぎる!」
赤くなったり青くなったり忙しそうなユーリだったが、なんと彼も協力してくれるらしい。
よくわからないが、何故か側近達はユーリを生温かい目で見ており、カインは面白くなさそうな顔をしていた。
とにかくこうして、リリアンナの自由を勝ち取るためのラスボス捕縛委員会に心強い新メンバーが加入したのであった。
王国法では、血の繋がらない義理の兄弟は結婚できます。
特に理由はありませんが、一応。念の為。
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