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82. 新入生歓迎パーティー

 ついに今日は貴族学園の入学式。


 講堂には新しい制服に身を包んだ新入生達が一堂に会している。

 女生徒の制服は、ウエストがキュッと絞られた膝下のスカートに、胸元の大きなリボンがアクセントになっていてとても可愛い。

 私のリボンは青が入ったタータンチェックになっているが、周囲を見ると違う色のチェック柄になっている生徒もいる。


 貴族学園の寮は四つに分かれていて、私達ヴァルツレーベン辺境伯領に属する者達が使う北の寮、国の東側にある領地出身者は東の寮、西側の領地出身者は西の寮、そして南側の領地出身者は南の寮に入ることになる。

 北は青、東は緑、西は黄、南は赤と色分けされていて、制服のリボンを見ればその生徒がどの寮に属しているかわかるようになっている。


 ちなみに、王都は国の中央ということになってはいるがかなり南寄りなので王族は南の寮、国の中で唯一海に面していて他国との交流があるシュヴィールス公爵領は国の最南端にある領地なのでもちろん南寮だ。

 つまり、私達が最も警戒すべきなのは赤いリボン、もしくはネクタイの生徒ということだ。


 新入生達が学生生活に胸膨らませソワソワとする中、赤いタータンチェックのネクタイをしたヴィクトール王子が壇上に現れた。

 女子生徒からのきゃあっという黄色い悲鳴が聞こえる。

 どうやら王子は女子人気が高いらしい。

 残念王子だけど、まぁ顔はいいもんな……。


 私の貼り付けた笑みを気に入らないと言っていた彼だけど、今は王子も余所行き用の笑顔を貼り付けて在校生代表として、非常に無難な挨拶をしていた。

 もしかしたら私との面会の時のように、前髪をファサッとして自分に酔った発言を大勢の新入生の前でもするかもしれないと思っていたので、少々肩透かしを食らったような気分だ。

 初対面で「君を愛することはない」と宣った自分の世界の住人だったのでもうそのイメージしかなかったのだが、どうやら人前で取り繕うくらいの社会性は持ち合わせていたらしい。




 何事もなく入学式が終わり、夜は新入生歓迎パーティーがある。

 私はリラの渾身のドレスで既に完全武装済みだ。


 あの日、リボンと共にくれた手紙に書いてあった「このリボンに似合うような素敵なドレスを作る」という約束をリラはずっと覚えていて、私のデビュタントの為に宝物のリボンとバッチリマッチした最高のドレスを作ってくれた。

 リボンと同じラベンダーカラーのドレスに、同じく金糸でびっしりと刺繍が施されている。

 図柄はもちろん百合とライラックで、ハーリアルレースも惜しみなくふんだんに使われている超豪華な最高級のドレスである。

 髪は当然リラのリボンとケラウノスのリボンの二本使いだ。


 身支度が完了して談話室にいる皆に見せに行ったら、ユーリが目を丸くして固まっていた。


 そうなってしまうのも当然、メイクも込みで完全武装した私は美少女と呼べる仕上がりになっている。

 かくいう私も鏡を見てとても驚いた。


 「良いですか、リリアンナ様。何の特徴もない平凡な顔というのは、言い換えれば何の欠点もない顔なのです。そういう顔が一番化粧映えするのですよ。持ち前の艶やかな髪と肌、そして良さを引き立たせる化粧技術とドレスが合わされば、その美しさで舞踏会の主役となる事も可能です。社交界で羽ばたき男達を虜にする夜の蝶となられませ!」


 と言っていたのはデュッケ夫人だ。

 その時は「はは、まさかぁ」と思っていたが、フル装備した己を目の当たりにすると夫人の言葉が嘘ではなかったのだと理解した。

 化粧って、マジすごい。


 着飾った私は大好評で、レオンやクリストフから「可愛い」「似合っている」と沢山褒められ、フリーズが解けたユーリからも「すごくきれいで驚いた」との言葉を頂いた。


 いける。これならリラのドレスが注目されること間違いなしだ。

 明日からきっとタイガーリリー商会王都支店に問い合わせが殺到するに違いない。


 デュッケ夫人、私、今夜のパーティーでドレスを見せびらかして回る夜の蝶になってみせます!




 「誰だ?」


 「リリアンナです」


 エスコートをする時のマナーとして、寮まで迎えに来た王子が私を見て開口一番そう言った。

 どうやら私のあまりの変貌ぶりに誰だかわからなかったらしい。


 ワンチャンつけてくれないかもなと思っていたクラヴァット、カフスボタン、ポケットチーフの三点セットは無事に全て身に付けて頂けているようで一安心だ。

 全てラベンダーと金で色を揃えてあるので、横に並べば私達がパートナーであることはすぐにわかるだろう。


 「随分と化けたね。……必死なことだ」


 「お褒め頂きありがとうございます。この時の為に様々な準備をしてくれた側仕えや専属職人も浮かばれますわ」


 嫌味なのはわかっているけれど、褒められたということにしてお礼を言っておく。

 化粧で当社比キラキラ三割増しのクリスマイルに気圧されたのか、王子はたじろいて若干後ずさっていた。

 何というか、押しに弱そうだなこの王子。




 王子にエスコートされ入場した会場は、まさに豪華絢爛、色とりどりのドレスやタキシードに身を包んだ参加者達があちこちで談笑していて、多くのご馳走も用意されているようだった。

 パーティー会場になっているこのホールのある建物は外から見ても素敵だったが、中も凄まじく豪華で、特にシャンデリアがとても美しくまるで映画のセットみたいだ。

 これが学校の中だなんて、さすが貴族の学園である。


 入場した私達に気がついた参加者達の視線がグサグサと突き刺さる。

 やはり、王子の注目度は高いようだ。


 普段の私だったらあまりの視線の多さに怯んでしまうところだが、今日の私の任務は広告塔。

 クリストフの爽やかスマイルとデュッケ夫人の姿勢良く堂々とした立ち姿を思い出し、憑依させる。


 今宵の私は夜の蝶だ。

 リラの作ったドレスが少しでも良く見えるように胸を張った。




 その後、王様からの開会宣言があり、新入生歓迎パーティーが始まった。

 初めてこの国の王様を目にしたが、大きく突き出た下っ腹や二重あごでわかるように全体的にだるだるしていて、お世辞にも素敵とは言い難い姿をしていた。

 見た目が全てではないけれど、息子の王子はイケメンなので王様も若い頃は整った見た目をしていたのだろうに、己を律することなく贅沢放題してきたのかなと思った。

 不義理だ腰抜けだと領地では散々な言われようだったので、その色眼鏡で見てしまっている感は否めないけれど。


 パーティーはまずはダンスから始まる。

 参加者の中で一番身分の高いペアがファーストダンスを踊ると教わった。

 つまり、今日のファーストダンスは私達だ。


 王子に手を引かれ、ホールの中央へと歩を進める。


 ドッキバックと心臓が壊れそうなほど大きな音を立てているが、それを悟らせないようクリスマイルの仮面は外さない。


 正直言ってこういうのは苦手だ。

 運動神経は悪いし、音楽的なセンスも皆無。更には苦手なダンスを衆人環視の中、王子とたった一組で踊らなければならないなんて口から心臓が飛び出そうではある。


 でも、この日の為に、側近達に協力してもらいながら領地で必死にダンスを特訓してきたのだ。

 その時はダンスの相手がまさか王子様で、ファーストダンスを踊ることになろうとは夢にも思っていなかったが、注目を集める方法としてはこれ以上ないチャンスである。

 女は度胸、とデュッケ夫人も言っていた。

 私だって、やってやれないことはない、はずだ。


 笑顔と同じ。練習と同じように筋肉を動かすだけ。

 そう自分に言い聞かせながら、ダンスホールの中心で王子と最初のポーズをとる。


 私達の準備ができたのを確認し、指揮者が静かに指揮棒をふった。


 オーケストラのゆったりとした音楽が会場に響き渡る。


 この場での演奏を任されるくらいだからきっとこの音楽もさぞ素晴らしいものなのだろうけど、今私には音楽を楽しむ余裕はない。

 姿勢と笑顔は崩さず目線は相手の襟元に固定。

 右足、左足、ターンして、右足。

 いち、に、さん。いち、に、さん。


 とにかく失敗しないよう全集中して踊り続け、なんとノーミスで踊りきることに成功した。

 カインやクリストフの足を踏みまくっていたあの私が!

 素晴らしい快挙である。


 誇らしい気持ちで割れんばかりの拍手の中、王子と二人、観客に礼をする。


 「フン。基本の型通りの、つまらないダンスだね」


 王子はつまらなそうにそう言うが、つまりそれは、私が基本に忠実にしっかり踊れていたということだ!


 「ありがとうございます。私が失敗せずに踊れたのは王子がエスコートして下さったおかげですわ」


 王子のダンスは可もなく不可もなく、それこそ基本の型通りで変にアレンジを利かせるようなこともなかったので非常に踊りやすかった。

 なので本心からお礼を伝えたのだが、嫌味を返されたと思ったのか、王子は面白くなさそうな顔をして踵を返し私から離れていった。


 エスコートはするといっていたのに、ダンスが終われば放置というのはどうなんだ、とも思ったが、広告塔としての役割はこのファーストダンスで十分に果たしたので、むしろ放っておいていただけるのはありがたい。

 パーティーの間中王子と噛み合わない会話を続けるのもしんどいなぁと思っていたのでラッキーだ。


 私が一人になったのを見て、領地から来てくれているお養父様とお養母様、私の側近達が集まってきてくれた。


 「リリアンナ、見違えたな。今日の参加者の中で其方が一番美しいぞ。ファーストダンスも見事であった」


 お養父様が満足そうにまるで親馬鹿のようなセリフを言っている。

 私は笑顔でお礼を言い、カインの方へ向き直る。


 「カイン、見ていましたか? どうですか、わたくし、一度も失敗せずに踊りきることが出来ましたでしょう」


 褒めて褒めて、とアピールすると、お兄ちゃんは苦笑してヘアセットが乱れないように優しく頭をポンポンしてくれた。


 「勿論見ていました。特訓の成果が現れていたと思います。よく、がんばりましたね」


 カインはダンスを練習し始めた頃の私のダメっぷりを知っているので、その言葉には感慨深さがこもっている。

 えへへ、やったぁ。


 達成感に浸っていると、急に皆の空気がピリッと張り詰めた。

 驚いて振り返ると、知らない男の人が一人、こちらに向かって歩いてくるところだった。


 「お久しぶりですな、ヴァルツレーベン辺境伯。今年は参加が叶ったようで何よりです」


 男の人は私達の前で立ち止まると、お養父様ににこやかに挨拶をした。


 「……シュヴィールス公爵。ええ、可愛い娘のデビュタントですからな。今年は何としても参加したく、骨を折りました」


 シュヴィールス公爵。

 この人が。


 年齢はお養父様と同世代に見えるが、ディートハルトほど体は大きくなく、しかし均整がとれており王様とは違ってしっかり自己管理がされているのがわかる。

 顔にいくつか見える皴も彼が上手く年を重ねてきたのを表わしているようで、成程、これがイケオジというやつか、という感想を抱いた。


 グレゴール・フォン・シュヴィールス。

 養父様とにこやかに会話しているこのイケオジが、これまでの数々の嫌がらせの首謀者には全く見えないが、見かけに騙されて油断しないよう、私が捕えるべきラスボスの姿を目に焼き付けるようにジッと観察した。


 「ところで、噂の聖女様に御挨拶する栄誉を私にお与え頂けますかな?」


 シュヴィールス公爵は茶化すような調子でそう言った。


 「シュヴィールス公爵、そういった噂があるのは承知しておりますが、我が娘は聖女ではありません。リリアンナは非常に優秀故、遠縁から我が家に迎え入れただけなのです。勘違いなさらぬよう」


 「そうでしたか、それは失礼いたしました。リリアンナ嬢、私はシュヴィールス公爵、グレゴールだ。学園には私の息子と娘も通っている。どうか仲良くしてやってほしい」


 「リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベンと申します。シュヴィールス公爵にお目に掛かれて光栄です。わたくしのような若輩者に公爵の御子息と御令嬢のお相手がつとまるかはわかりませんが、仲良くなれましたらわたくしも嬉しく存じます」


 聖女の件はそれ以上追及することなく無難な挨拶をしてきた公爵に、私も無難な返事を返す。

 表面的には優しそうなおじ様だけど、目の奥が笑っていない。

 値踏みするかのようにジロジロと見る視線が、少しだけ怖かった。


 それ以上は会話が特に盛り上がる事もなく、公爵は「それでは、また」と言って去っていった。


 ふぅ、と無意識に詰めていた息を吐き出した。

 ユーリが心配そうな顔をしてこちらに寄ってくる。


 「リリー、大丈夫?」


 「平気です。それよりも、しっかりと商品の宣伝をしなくては」


 「そうだね。……見なよ。君にドレスの事を聞きたくてうずうずしている御令嬢がいっぱいいるようだ。がっぽり稼がせてもらおうか」


 ユーリはそう言ってニヤリと笑った。

 周囲を見ると、話しかけたそうにこちらをチラチラと伺っている御令嬢達の姿があった。


 そこからは、豪華な食事に舌鼓を打つ暇もないほど衣装についての話を聞きたい人達に囲まれ、タイガーリリー商会の商品に全身身を包んだユーリと二人、営業トークに精を出すのであった。


 リラ、私やったよ!

 王都の社交界でも、リラのドレスをバッチリ宣伝したからね!








 転移魔導具の件は公表してません。

 王都に移動するのに馬車を使っていないことは調べればすぐにわかる事ですが、わざわざこちらから手の内を明かすことはないので。

 ディートハルト「明言しなければ、しらを切ることができるからな」

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