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80. 世界旅行に行きたいな


 「王都までは、馬車で一か月かかるそうです。フュルさん、なんかこうもっとバビュンと移動できる魔導具は作れませんか?」


 「ああ~、あれは辛いよね……。でも、魔導具はそんなに万能じゃないって、君だってわかってるでしょ」


 王都の貴族学園に移動するのにここからだと馬車で一か月かかるのだと聞き、何とかならないかと駄目元でフュルヒテゴッドに相談してみた。

 返ってきた答えは案の定だったけれど、道中は舗装されてない道の方が多く結構馬車が揺れるので、ひと月もその環境だとお尻がとんでもないことになると経験者から聞き、なんとか回避できないかと藁をも掴む思いだったのだ。


 「んん、待てよ? そういえば……」


 魔導具で解決するのは諦めて、せめてお尻を守るクッションを用意するか、などと考えていると、何かを思い出したらしいフュルヒテゴッドに「丁度いいものがあったかもしれない、行こう!」と手を引かれ、研究室を出た。


 連れていかれたのは結界の魔導具があるのとは別の棟の最上階。

 そちらの部屋には鍵がかかっておらず、ギィ、と古びた扉を開けた先はほとんど何もないだだっ広い部屋だった。

 手入れされていないのかかなり埃っぽいその部屋の真ん中には、白い布が掛けられた大きな何かがあって、フュルヒテゴッドが躊躇なくばさりと勢いよくその布を取り払った。


 「ゲホ、ゴホッ、兄上、やるなら先に言って下さいよ!」


 布を取り払ったことで積もった埃が宙を舞い、護衛でついてきたアードルフが咳込み文句を言うが、布の下から出てきた物を検分中のフュルヒテゴッドには聞こえていないようだった。


 布の下にあったのは、私の身長の二倍ほどはありそうな大きな鏡だった。

 そのフレームの金属部分には古代文字で何かがびっちりと描かれており、フュルヒテゴッドはその文字を食い入るように読み込んでいた。


 「……やっぱりそうだ。良かったね、これがあれば移動の問題が何とかなるかもしれないよ。リリアンナ様、ちょっとこれに魔力を込めてみてよ」


 「兄上! だから貴方はいつもリリアンナ様に対して気安すぎるとあれほど!」


 「アードルフ、私は気にしていませんから。これに魔力を流せばいいんですね?」


 フュルヒテゴッドの態度はいつも通りだし、一か月の馬車生活を回避できるなら魔力くらいなんてことはない。


 鏡の表面に素手で触るのは憚られたのでフレームの方にぺとりと手を置いて、魔力を少しずつ流した。

 するとフレームに刻まれた文字が徐々に光り、鏡の表面が虹色に揺らめき始めた。

 これ以上魔力が入らなくなったのを感じて手を離すが、結界魔導具の時のように光の柱が立ったりするようなことはなかった。

 予想以上にぐんぐんと魔力を吸われたので驚いたが、それでも許容範囲ではある。


 「これは何の魔導具なんですか? これで馬車の移動が楽になるんですか?」


 「私の予想が正しければ多分これは……」


 フュルヒテゴッドはそう言いながら、鏡に頭を突っ込んだ。


 「えっ?」

 「兄上っ!?」


 フュルヒテゴッドの上半身が鏡を突き抜けて、鏡から下半身が生えたみたいになっている。

 私とアードルフが驚いていると、とぷん、とそのまま全身が鏡の中に消えてしまった。


 慌てて裏側を覗いても、フュルヒテゴッドの影も形も見当たらない。


 恐る恐る鏡の表面に触ってみると、そこには何もないように手が通り抜けてしまった。


 「リリアンナ様! 危険です! 私が……」


 アードルフが慌てて制止してくるが、足元で鏡の匂いを嗅いでいたミルがぴょんっと中に飛び込んでしまった。


 「ミル、待って!」


 私も鏡に飛び込むと、その向こうは今までいた場所とは違う薄暗い部屋の中だった。

 部屋にはぼんやり発光する鏡があって、どうやら私はここから出てきたらしい。

 フュルヒテゴッドは興味深そうに鏡を調べていた。


 ミルもやはりそこにいて、私を見ると定位置の肩にスルスルと上ってきた。

 もしもしあなた、もしかしてそのあんよは埃まみれなんじゃないかしら?

 まぁ、いいけどさ。

 ミルの肉球型に埃のついたドレスを見たイングリットが悲鳴を上げそうだが、その時は二人で怒られよう。


 「リリアンナ様!? 私が安全を確認するまでは勝手に行動しないでください! どんな危険があるかわからないのですよ!?」


 アードルフもすぐに後を追ってきて軽率な行動を叱られてしまったので、「ごめんなさい」と素直に謝った。

 この筆頭護衛騎士は、この九年でさらにおかんみが増した気がしてならない。


 「ここはどこなのでしょうか?」


 「少々お待ちください」


 窓のない締め切った部屋だが、鏡が光を帯びているおかげでぼんやりと何があるかは確認できる。

 幸い扉は中から鍵を開けることができるタイプだったので、アードルフが警戒しながら扉の外を確認した。


 「ここは……!」


 部屋の外を見たアードルフが絶句している。


 「どうしたんですか? 何かあったんですか?」


 立ち尽くすアードルフの横からひょこっと顔を出すと、扉の外には城の内装に似ているけれどちょっと違う豪華な廊下が見えた。


 「ほら、言った通りだろう? 移動の問題はこれで解決さ!」


 私のさらに後ろからひょっこり顔を出して外を覗いたフュルヒテゴッドがえっへんと嬉しそうに胸を張っている。


 「フュルさんは、ここがどこかわかるんですか?」


 「ここは王都の貴族学園の敷地内にある、ヴァルツレーベンが使う寮の一室だよ!」


 「え」







 鏡はなんと転移魔導具だったらしく、王都にある貴族学園の寮にある鏡と繋がっていて、無事に一か月の馬車の旅は回避された。


 この転移魔導具が使われなくなってから久しく、何の魔導具なのか知る者はいなかったらしい。

 何らかの魔導具であることはわかっていたのだが、用途が分からず緊急性のある結界魔導具の研究が優先されたため、ずっと放置されていたのをフュルヒテゴッドが存在を思い出したというわけだ。


 魔導具の件を報告した時、お養父様達は無言で固まっていた。

 なんだか久しぶりに見る反応だ。


 「なんで……あと一年早く思い出してくれていれば……!」


 と、悲壮感たっぷりに嘆いていたのはレオンだ。

 往復で二か月かかる馬車の旅は、手間もお金も体力もとてもかかるので、辺境からの生徒は学園の長期休みには帰省せずに三年間を王都で過ごす事が多いのだそうだ。

 しかしレオンは、自分の次に入学することになる弟妹に学園の様子を直接伝えてあげなくてはと、わざわざ帰ってきてくれたのだ。

 もしかしたら、レオンのお尻は大変なことになってしまったのかもしれない。


 半分は私の為でもあるので申し訳なくて、レオンにはお礼にミルの肉球を心ゆくまで触らせてあげた。

 とても喜んでいた。


 重要な魔導具を鍵もかけずに放置していた事に顔を青くしたお養父様は、急いで警備体制を整えた。

 王都から一瞬で城の内部まで移動できるのだ。

 万が一ヴァルツレーベンの敵対勢力が攻め込んで来たら、戦では最後の砦であるはずの城が、内部から攻め落とされてしまう危険性がある。


 お養父様たち上層部は冷や汗を流していたが、イングリット始め側仕えの面々は飛び上がって喜んだ。

 主の寮での生活環境をできるだけ良いものに整えたいが、馬車に載せられる物にも限りがあるので、泣く泣く諦めていたものがたくさんあるのだそうだ。

 彼等は嬉々として家具や日用品などを寮に運び込み、私たちの寮の部屋は瞬く間に家の自室と遜色がない程に整えられていった。


 私も流石に無理かと諦めていたミルのキャットタワーを寮の部屋にも設置できることになったので、慌てて発注した。(実家で使っていたヤンさんお手製のキャットタワーをミルはとても気に入っていたので、私からということは伏せて商会経由で正式にヤンさんに注文しているのだ)

 私の授業中は部屋で待っていてもらうことになるので、ミルも快適に過ごすことができる部屋になって大満足だ。


 ちなみに転移魔導具はかなり燃費が悪く、起動するのに多くの魔力が必要な上にしばらくすると停止してしまうので、今のところ私にしか使えない代物となっている。

 非常に便利な魔導具であることは間違いないので、今後も使えるように伸びしろの大きい子供達には魔力循環をがんばってほしいものである。






 「え……」


 まるでこの世の終わりかのように、絶望の表情で立ち尽くしているのは、ハーリアルだ。

 貴族学園に入学したら中々会いに来れなくなるので挨拶をしに来たらこの有様である。


 「転移魔導具が使えるようになったので三年間全く会えないということはありません。長期休暇には帰ってきますから、その時には学園の思い出話をいっぱい聞いてくださいね」


 「それは楽しみだが……でも、そんなに会えないなんて、我とその学園とやらとどちらが大事なのだ!」


 なんだか重い彼女のようなことを宣っているが、千年近くふて寝していた神様が何を言っているのだ。

 と思ったがそれは口には出さず、「長期休暇までは一年もありませんから一瞬ですよ。ブラッシングも満足するまでしてあげますから」と宥める。


 「うぅ……我もついていっては、駄目か?」


 めそめそしだしたハーリアルが上目遣いでそう言った。

 彼の方がよっぽど背が高いのに上目遣いとは、無駄に技術が高いな。


 「人間とは関わらないようにするって言ったのはハーリアル様ではないですか。それに、ハーリアル様は薄っすら光っているのでとても目立ちますし、光っていなくても美しすぎるのでとても目立ちます。学園は基本的に生徒とそのお世話をする一部の大人しか入れないんです。ハーリアル様のように目立つ人を匿えませんよ」


 「で、では、獣化してついていけば……」


 「余計目立つじゃないですか。魔物と間違えられて騎士団を呼ばれてしまいます」


 「うぬぅ~……」


 出した案を次々と却下され、完全に臍を曲げたハーリアルはホワイトタイガーの姿で丸くなりそっぽを向いてしまった。

 ぺしぺしと地面を叩くしっぽが彼の不機嫌さを表している。

 拗ねたミルにそっくりである。


 このさみしがり屋の神様は私とミルしか話し相手がいないので、こうなってしまう気持ちはわからなくもない。

 こんなことで神の怒りリターンズが起きたら目も当てられないので、なんとか機嫌を直してもらわなければ。


 お土産に持参したお菓子で釣ってみたり、最近あった出来事を話して聞かせたり、ブラッシングをしたりしたが、中々機嫌が直らず、そういえば歌や踊りが好きだと言っていたなと思い出し、恥を忍んで私でも歌える前世の童謡などを歌って聞かせた結果、やっと少し機嫌が浮上した。


 ちなみに、ハーリアルの一番のお気に入りは、甘いパンの顔がついた子供達のヒーローの歌である。


 「愛と勇気だけが友達とは、なんと孤独なのだ。とても他人とは思えぬ……」


 と真剣な顔で呟いていた。

 あの歌のその部分に感情移入した人は初めて見た。


 「帰ってきたら、絶対に、何よりも先に会いに来るのだぞ! そうでないと、王都に雷を降らせてしまうからな!」


 なんとかお留守番に納得してくれたハーリアルは最後にそんな怖いことを言って、また虎の姿になり今度こそ丸くなってふて寝を決めてしまった。

 私は「お土産話を期待して待っていて下さいね」とハーリアルの背に声を掛け、棲み処を後にした。






 そしてついに貴族学園の寮への移動日がやってきた。

 魔導具のある部屋には、貴族学園に出発する生徒と見送りの者たちが一度に全員は入れないので、他の生徒達は既に数回に分けて移動しており、後はレオン、ユーリ、私とその側近一行を残すのみだ。


 魔導具起動の為に私も先行組の見送りの場に同席していたのだが、皆約一か月の旅程が思い切り短縮されたことをとても喜んでいた。

 特に在学二年目以降の馬車旅経験者たちには、平伏する勢いで大変に感謝された。

 皆のお尻が守られて何よりである。


 「新入生歓迎パーティーには、私とブリュンヒルデも出席する。リリアンナのデビュタントを楽しみにしているぞ」


 見送りに来たお養父様が嬉しそうにそう言った。

 貴族学園の入学式の夜には、新入生歓迎パーティーが予定されていて、一般的にはそこが貴族令嬢の社交デビューの場とされているらしい。

 これまでは昼間のお茶会などにしか参加できなかった若い令嬢が、これを機に夜会にも参加できるようになる。

 学園では社交に慣れる為の授業の一環として、何度かパーティーが催されるとのことだ。


 パーティーに参加するのは貴族令息も一緒なのに、デビュタントがあるのは令嬢だけなのかと思うのは、私に前世の知識があるからなのだろう。

 この世界では結構ナチュラルに男女で色々な待遇に差があるのでたまに違和感を感じるが、周りは気にしていないようなので割り切るようにしている。


 ちなみに私はそこでも全身タイガーリリー商会の商品で着飾り、新たな顧客開拓を狙う気満々である。

 ふふふ、稼ぐぞぉ、と内心熱意を燃やしていると、ここ最近は私の心をカインレベルで読めるようになってきたユーリが呆れた目でこっちを見ていた。

 おっといけない、目が金貨になっていたかもしれない。


 新入生歓迎パーティーには学園関係の大人と新入生に在校生、そして新入生の保護者が参加することができるが、これまでは辺境貴族の保護者は移動の関係でほとんど参加することができなかったのだという。

 確かに、その為だけに往復二か月かけて馬車で王都へ向かうのは中々現実的ではないだろう。


 自分は目にすることができないと思っていた子供の社交デビューに出席できると知って、新入生の保護者達は喜んでいるそうだ。

 お養父様とお養母様もほくほくと嬉しそうに笑っていた。


 キリ、と表情を引き締めたお養父様が最後に注意を促す。


 「わかっているとは思うが、他領の者にはくれぐれも気を付けるように。何かあればすぐに連絡せよ」


 「わかっております。それでは、行ってまいります」


 「ああ。武運を祈る」


 代表してレオンが領主夫妻に返事をし、いよいよ出発だ。

 まるで戦場へ赴くかのような雰囲気だが、あながち間違っていない。

 これから、私の将来を賭けた大勝負が幕を開けるのだから。


 戦に出陣する武将のような気持ちのつもりで、私は虹色に揺らめく鏡に向けて足を踏み出した。


 

 


 



 はい、○こでもドア~!

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