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7. 分不相応な夢 <カイン視点①>

 俺の名前はカイン。七才。

 平凡な下町の飯屋の長男だ。


 でもこんな俺にもひとつだけ平凡じゃないことがある。

 それは魔力持ちだということだ。


 この国では、教会で行われる七才の洗礼式の時に、神様への誓いと共に魔力の有り無しの判定がある。

 俺の洗礼式の時、魔力判定ができるという丸い石に手を置いたら、一瞬だけぽわっと光ったのだ。魔力がない人が触っても全く変化はないらしい。


 魔力なんてちっとも感じたことがなかったから、まさか俺に魔力があるなんて、と最初は驚いたけど、嬉しさがじわじわと込み上げてきた。


 魔力判定は一人ずつ別室でやるし、魔力の有無は他人に言いふらすものじゃないと言われたから、俺が魔力持ちだという事は、付き添ってくれたシスターと両親しか知らない。


 帰って両親に魔力持ちだったことを報告すると、母さんはすごいじゃないかって喜んでくれたけど、父さんは渋い顔をしていた。


 なんでだよ。平民で魔力持ちなんてほとんどいないのに、すごいことじゃないか。

 平民なのに騎士になれるかもしれない、ほんの一握りの選ばれた存在になれたんだから、もっと喜んでくれると思っていたのに。


 他の領地より凶暴な魔物の多いこの辺境では、騎士はとても名誉ある仕事だ。

 結界の中にいれば魔物が襲ってくることはないけど、広い土地が必要な農業や牧畜、狩猟や木の実などの採集なんかは結界の外じゃないとできない。

 魔物は硬くて普通の刃物が通らないので、魔法剣が使える騎士しか戦うことができない。


 命がけでみんなの生活を守ってくれている騎士は、領地に住む少年たちの憧れと尊敬の的だ。

 日頃から厳しい鍛錬で鍛えているたくましい身体に、紺色に金糸で刺繍の入った騎士団の制服、そして何より騎士だけが持つことの許される魔石のついた魔法剣。

 めちゃくちゃかっこいい!


 騎士団員の強さを競い合う魔法剣技大会を一度だけ見に行ったことがある。

 その頃はまだ店が今ほど忙しくなかったから、母さんに拝み倒してなんとか連れて行ってもらえたんだ。父さんは来なかったけど。


 それぞれの騎士が持つ魔法剣の属性の色に刀身が光って、剣同士がぶつかるたびに火花のようなものが散り、素早い剣の動きに合わせて残像のように光が尾を引いていて、激しい戦いなのにきれいでもあって、本当にかっこよくて、すごかった。


 憧れた。すっごく。

 でも俺なんかとは住む世界が違う、雲の上の存在なんだって、思ってた。


 だから俺が魔力持ちだってことが分かって、本当に本当に嬉しかったんだ。

 俺も、騎士になれるかもしれない。

 領地の安全を守り、たくさんの人に愛され尊敬されるそんな立派な男に、俺もなれるかもしれないんだ……!


 俺の家がなんか他の家とちょっと違うかもしれないと思ったのはいつの頃からだったか。

 周りの同じ年くらいの子供たちは、親が休みの日にピクニックに連れてってもらったり、誕生日のお祝いにごちそうを食べたりおもちゃなどのプレゼントをもらったりしていた。

 うちの親は休みなんてないし、誕生日も夜のまかないが一品増えるくらいで、おもちゃなんて買ってもらったことはない。


 母さんはうちは貧乏だからしかたない、今は大変な世の中だから我慢しないと、って言う。

 俺は働き者の両親が嫌いなわけじゃないし、小さな妹のリリーも可愛いし、毎日一生懸命働いているつもりだ。


 だけど、たまに逃げ出したくなる時もある。

 親や友達と楽しそうにしている子供を見ると、胸がぎゅっと痛くなって、大声で泣き出したくなるんだ。

 そういう家に生まれたんだから、そういう時期なんだから、だからしかたないんだよって、自分の中の黒いドロッとした気持ちに蓋をして生きてきた。


 そんな時に急に降ってわいた騎士への道は、今の生活から、何者でもないつまらない自分から抜け出す希望の光のように思えた。


 でも、そんな俺の夢も粉々に打ち砕かれた。


 「駄目だ。騎士になるのは許さん」


 「え……な、なんで!? なんでダメなの!?」


 「騎士学校に入るにも金が必要なんだ。そんな大金、うちにあるわけがないだろう」


 「お、お金……?」


 ガツーンと頭を殴られたような気分だった。


 騎士になる夢をはにかみながら打ち明けた時、大変かもしれないけどがんばれよ、って、応援してるぞ、って背中を押してもらえるものだと疑ってもなかった。


 まさか、騎士学校に入るのにお金が必要だなんて……。


 「お、俺、今まで以上にいっぱい働くよ! リリーの面倒だってちゃんと見るから! だから、だからお願いだよ! 騎士学校に通わせてください!」


 「無理だ。お前一人ががんばったところで何になるっていうんだ。それに、騎士は命の危険がある仕事だ。そんな危ない仕事、親として認めるわけにはいかねぇ」


 「そ、そんな……」


 あまりにショックで、家を飛び出した。


 森まで全速力で走って、切れた息づかいのままうずくまって泣いた。

 なんで、どうしてだよ。

 期待させておいて突き落とすなんて、ひどいよ神様。


 「お、おにい、ちゃん」


 急に聞こえた呼び声にバッと顔を上げると、息を切らせてかけよってくるリリーの姿が見えた。


 リリーは二つ下の妹だ。

 あんまり表情は変わらないけど、そのきれいな薄紫色の目を見ればどんな気持ちなのかなんとなくわかるし、俺によく懐いていて「おにいちゃん、おにいちゃん」って鳥のひなみたいにちょこちょこと俺の後についてくるのはとても可愛い。

 わがままを言ったりすることもないし、一生懸命に親や俺の手伝いをしようとしてくれるとってもいい子で、俺が守ってあげなきゃいけない大事な家族。


 だけどまだ小さな妹はスラスラと喋れないし、体力もないから、俺がリリーになんでも合わせてあげないといけないんだ。

 しょうがないことなのに、時々無性にイライラしてしまう時がある。


 リリーの姿を見た瞬間、湧き上がってきたのは強い怒りだった。


 お前がいなかったら、俺は騎士学校に入れたかもしれないのに!


 お前さえいなかったら、もっと自由な時間があったかもしれないのに!


 なんで、なんで、俺ばっかり、こんなに我慢しないといけないんだ!


 「おにいちゃ……」


 「来るな! なんでついてくるんだよ!」


 「……え」


 「もうお前の世話はうんざりなんだよ! 俺は一人でいたいんだ! どっかいけ!!」


 違う、本当はこんな事言いたいわけじゃないのに、イライラがあふれ出して止まらない。

 とにかく一人になりたくて踵を返そうとする。


 「まって、おにいちゃ……」


 「さわるな! お前なんか大嫌いだ!!」


 リリーが手を伸ばしてきたのでその手を振り払い、振り向かずに森のさらに奥へと走って逃げた。

 これ以上そこにいたら、もっとひどい言葉をぶつけてしまいそうだった。




 俺の秘密基地であるオニユリの花畑に駆け込んでひとしきり泣いて、ゆるんでしまった心の蓋をきつく締めなおして落ち着いてから戻ることにした。


 ……リリー、さすがにもう帰ったよね?

 そんなに大きな森じゃないしあそこは入口に近いから迷わずに帰れるはずだ。

 帰ったら謝らなきゃ。ごめんねって、嫌いなんて嘘だよって言わなきゃ。


 「え……?」


 さっきまでいた場所に戻ると、そこにはリリーが血を流して倒れていた。


 「うそ……そんな、なんで……」


 リリーの近くに転がる大きめの石に血の跡がついていて、頭から血が流れている。

 俺が力いっぱい振り払ったから、転んで石に頭をぶつけたのだとわかった。


 サァッと血の気が引いて、慌てて駆け寄る。


 「リリー! リリー! 返事をして!」


 呼びかけても返事がない。

 胸が上下してるので息はしているのがわかって少しだけホッとした。


 どうしよう……俺、そんなつもりじゃなかったのに……。

 ただあの時は一人になりたくて、リリーにいなくなってほしいなんて思ったわけじゃない!

 なんてことをしてしまったんだと、涙があふれてくる。


 泣きながらリリーを背負って、家に向かってひた走る。


 このまま死んじゃったらどうしよう……。

 怖くて怖くてたまらない。


 「助けてっ! リリーが死んじゃう!!」


 勢いよく家のドアを開けて助けを求めると、中にいた母さんが驚いて駆けよってきた。


 「カイン!? いったいどうしたんだい!?」


 「も、森で、か、帰ろうとした、ら……リリーがっ、た、たおれててっ、ち、血が、いっぱい……目を、覚まさないんだっ!」


 状況を説明しようとするけど、震えが止まらなくてうまくしゃべれない。


 「っ、見せてごらん!!」


 母さんは慌てて俺の背からリリーを受け取り店の椅子にそっと寝かせると、容体を確認し始めた。


 「カイン、大丈夫だ。頭の血はもう止まっていて、呼吸も安定してる。他に怪我はないようだし、心配いらないよ。」


 「で、でも、石に血がついてて、こ、ころんで、ぶつけちゃった、みたいで……よ、呼んでも、返事が、な、ないんだっ……」


 「当たり所が悪かったのさ。大丈夫。そのうち目を覚ますよ。偉かったね。カインがリリーを見つけて、ここまで運んできてくれて、本当に良かった。お前は立派なお兄ちゃんだね。怖かったね。もう大丈夫だよ」


 母さんが泣きじゃくる俺を励まそうと抱きしめてくれるけど、違う、俺のせいなんだ。

 俺のせいでリリーは転んじゃったんだよ、って言わなきゃいけないのに、震えで奥歯がカチカチとなるだけで、否定することができなかった……。


 ……俺は、なんて弱い人間なんだろう。

 騎士になれなくて、当たり前だと思った。




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