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78. リリアンナ、約10年の歩み

本日二話投稿。

こちらが二本目です。

 私の名前は、リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベン。

 ヴァルツレーベン辺境伯令嬢だ。

 人は私を、雷鳴の聖女と呼ぶ。


 ……その恥ずかしい二つ名はできればやめてほしい。


 領主の養女になってから九年ほどが経ち、私は十六才になった。

 月日が経つのは早いものだ。

 さすがに貴族の生活にも慣れてきたが、あの二つ名だけはなんとかならないものだろうか。

 公に面と向かって言われるわけではないし、皆さん敬意を込めてそう呼んでくれているのがわかるので、止めることもできずにここまできてしまい、訂正するのはもう半ば諦めている。


 貴族教育を商売の為のスキルアップだと位置づけてからは、ここまで自分なりに楽しみながら学んでこられたと思う。

 お養母様のような、笑顔の裏で様々な情報を引き出したり牽制したりといったスーパー社交技術はないものの、お茶会などの場でそれなりに貴族っぽく取り繕うことくらいはできるようになった、はずだ。

 

 目標にしていた貴族相手の商売も、ユーリやお養母様の助けも借りながら、着実に顧客を増やしてきた。 

 タイガーリリー商会はこの九年でかなり大きな商会へと成長し、いまやタイガーリリーは主に服飾や美容品を扱う女性のトレンドの最先端の商会とまで言われているらしい。


 あれから自分の夢に向けて着実に力をつけていったリラは、ついに自分でデザインしたドレスを制作できるようになるまで腕を上げた。

 リラのデザインしたデイドレスを着てお茶会等に参加した結果、ドレスが貴族女性たちの注目を集め、商会に注文が殺到し数か月先まで予約で埋まっているような状況だ。

 親友の私は鼻高々である。

 やっぱり、私の友達はすごくすごい。


 ドレスの採寸やデザインの相談の際にリラとも会えるようになり、他のお針子さん達もいる手前、以前のように気楽に話すことはできないが、相変わらずおしゃれなものが大好きな様子でいつ会っても生き生きと働いている。

 ハーリアルがハーリアルレースのお礼にと、リラから貰った薄紫色のリボンに劣化しないよう保護の魔法的なものを施してくれたので、九年経った今でも私の頭でよれず(ほつ)れず新品同様の状態でケラウノスのリボンと共に揺れている。

 他のお針子さんたちの目を盗んで、リボンがリラに見えるように頭を傾け大事にしているよと見せると、リラは嬉しそうに笑っていた。




 この九年、領地内でも色々な変化があった。

 結界が安定し、避難民達は街で働くことを選んだ者以外は故郷に戻ることができ、国に治める税金もなくなったため、ヴァルツレーベンの経済は急速に発展した。


 遺跡探索チームによって古文書や壁画がいくつか見つかり、フュルヒテゴッドの古代技術の研究は大幅に進み、完全なアーティファクトの再現とまではいかないまでも、簡易的な灯りや空調の魔導具など、既に運用されているものがいくつかある。

 この国で産業革命が起こる日もそう遠くない未来なのかもしれない。


 ハーリアルレースや白パンの国全体での大流行もあり、今やヴァルツレーベンはエルデハーフェンの中で最も裕福な領地であると言える。

 私の前世知識を使った茶色のしっぽ亭の料理は貴族にもうけると判断したユーリの提案で、カールハインツ商会と提携してレシピを売ったり貴族向けのレストラン等を作った結果、これまでこれといって見どころがない田舎領地と目されていたヴァルツレーベンが美と食の中心地と呼べるまでになっていた。


 ちなみに、他領と仲の悪い状態はいまだに継続中だ。

 ただ、口では田舎領地と馬鹿にしながら、わざわざガッチリ護衛をつけてまでお忍びで旅行に来てはタイガーリリーブランドのドレスや化粧品を買い漁り、食事をしていくんだから、「素直になればいいのに……」と思っている。


 結界魔導具の機能停止の危機にさらされていたのは辺境だけではない。

 辺境地域の結界が機能を取り戻したことを知った他領の統治者達から、自分達の結界魔導具も何とかしてほしいと問い合わせが来たが、長年馬鹿にし続けてきたヴァルツレーベンに頭を下げることができなかったのか、非常に居丈高で命令口調の打診がほとんどだったようで、交渉は決裂したと聞いている。


 唯一、下手に頼んできた西側の一部領地だけは、結界の問題がかなり深刻な状態だったようで、魔力循環によって大幅に魔力量を伸ばしたレオンかユーリが派遣され、結界魔導具の再起動がなされている。

 魔力循環の方法については信頼できる辺境貴族の間で少しずつ広げていき、平均魔力量は増えているが、その中でも元々のポテンシャルが高く、成長期の段階から魔力循環をすることができたユーリとレオンの成長幅はかなり大きく、結界魔導具の起動が出来るまでに至っている。

 ちなみに、結界の再起動は私が行っても良かったのだが、危険だからと関係者全員から却下された。


 私の存在は他領に知らされていないので比較的のびのびと過ごすことができたのだが、ヴァルツレーベンと縁を結びたい貴族からうちの領地の貴族に対する様々な縁談の話がお養父様の元に殺到しているらしい。

 特に結界を起動できることが証明されてしまったユーリとレオンの人気は凄まじく、釣書が山のように送られてきた。

 縁談を受ければ魔導具に魔力を注ぐ電池扱いされることが間違いないので、自治区となった特権を振りかざし、今後数年は他領との縁組はしないと宣言して撥ね退けている現状である。


 そういった事情もあり、今の国内は王家、王家に一番近しい南側所領、南領の腰巾着である東側所領と、北と西の領地の対立構造になってしまっている。


 「西の領地は我らに結界の恩があるため比較的友好関係ではあるが、元々日和見の中立の立場だったところだ。いつこちらを裏切ってくるかわからぬ故、信頼には値しない」


 というのはお養父様の談だ。

 領地から出ない私にはわからないが、各領地との関係は相当ギスギスしたものになっているらしい。




 そして、領主の養女となったことで、私のFIRE計画にも大幅な見直しが必要となった。

 ハンバーガー事業や白パン事業、タイガーリリー商会からの利益で、正直私一人なら十分以上に暮らしていけるほどの収入はある。


 だが、貴族の令嬢、特に高位貴族の令嬢の役目は、家の為の結婚、つまり政略結婚がほとんどだ。

 貴族教育を受け、実際に辺境貴族たちと交流して理解したのだが、貴族の女性に求められるのは、家にとって良い条件の相手と結婚し、跡継ぎを生み育て、旦那様を支え、家の内向きの事を取り仕切ることだ。

 そのどれもこれも、私にはうまくできる気がしない。


 貴族女性の生き方を否定するわけではないし、お養父様を側で支え城で多くの采配を振るうお養母様を近くで見てきて、かっこいいと思う気持ちはある。

 けれど、その職場は私の持つ特性を活かせる場所ではないのだ。


 何より、私はFIREがしたい。


 私はこれまでお養父様とお養母様には、実子と同じく手間とお金を掛けて手厚く守り育ててもらった自覚があるし、私のわがままで不義理をするようなことはしたくない。だが、政略結婚もしたくない。


 なので、私は秘密裏にお養父様と交渉することにした。


 私が、長年領地を悩ませている問題を解決したら、その対価として、私の結婚について自分の自由にする権利が欲しいと伝えたのだ。


 例の誘拐やスタンピードを起こした黒幕からは、この九年の間も様々な嫌がらせを受けてきた。

 未だ正体は不明だが、相手は人心掌握に物凄く長けており、心に闇を抱える人を巧みに操り内部分裂させようとしてきたり、私に対して直接的な刺客が送られてきたこともしばしばあったらしい。

 その全てが私にはほとんど知らされないまま未然に防がれてきたと後から聞いたが、お養父様や私の側近たちは常に周囲を警戒して過ごしてきたという。

 動機は分からないが、黒幕のヴァルツレーベンへの執着は常軌を逸している。


 一歩間違えば領地が崩壊しかねない嫌がらせを仕掛けてくるこの相手を私が捕まえてみせるから、その代わりに私の将来については自由にさせてほしい。

 この問題の解決は、私の政略結婚と同等以上の領地におけるメリットがあるはずだ。


 そう伝えたら、お養父様には最初は危険すぎると大反対されたけれど、辛抱強く説得し、時にはプレゼン資料も用意しつつ粘った結果、最終的には「無理はしないこと、お養父様たちを頼ること」を約束した上で渋々認めてくれた。

 私の粘り勝ちだ。


 領地に引きこもっている私が、恐らく王都にいるであろう黒幕を捕まえることはかなり難しい。

 だが、王都の貴族学園に通うようになれば、相手は必ず何か仕掛けてくるに決まっている。


 この数年で、私は自分なりに準備を進めてきた。

 側近達には、将来の自由のために黒幕を捕えたいので力を貸してほしいと伝え、絆を深めてきたつもりだ。

 理解してもらうのが難しいのでFIREしたいとは伝えていないけれど。


 黒幕からのヴァルツレーベンに対する執着には狂気すら感じ、正直怖い気持ちはあるが、自分の望む未来を正々堂々勝ち取るため、既に覚悟は決めている。


 そしてついに、私の貴族学園入学の時がやってきた。






リリアンナの約十年の歩みをダイジェストでお送りしました。


明日からは一日おきの投稿を予定しておりまして、次回投稿は9/15(月)です。

よろしくお願いいたします。

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