77. つまらない毎日 <ヴィクトール視点>
お待たせいたしました。
第五章イベント事業編の始まりです。
「お前の婚約者が決定したぞ」
父である国王に呼び出され、上機嫌な様子で唐突に告げられたのはそんな言葉だった。
王族や高位貴族の婚約者はそのほとんどが貴族学園の入学前に決められるものだが、私の相手もようやく決まったようだ。
やはり有力候補と言われていたシュヴィールス公爵令嬢だろうか。
自分の事なのにまるで他人事のように思ってしまう。
にこにこと満足そうな笑みを崩さないまま、国王は続けた。
「相手はヴァルツレーベン辺境伯の一人娘、リリアンナ嬢だ。年は十六、お前の二つ下になる」
「……あの家は、令息のみだったと記憶していますが」
「遠縁の娘を引き取ったらしい。恐らくお前と妻合わせるために年周りの良い者を迎え入れたのだろう。今年から貴族学園に入学すると学園の方に申請があった。既に辺境伯に婚約の打診は送ってある。あちらも元々そのつもりなのだろうし、次期王である第一王子のお前との縁談を断る者はおらんだろうから、この話はほぼ決まりだ」
「…………」
「此度の婚約は、長らくすれ違ってきた辺境と王家の関係を改善する重要なものとなる。貴族学園ではしっかりと仲を深めておくように。……ヴィクトール、聞いておるのか」
「……かしこまりました」
「うむ。これで次代のこの国も安泰だな。お前のような優秀な跡継ぎを持てて私は幸せ者だ。ヴィクトール、よろしく頼んだぞ」
「はい。それでは、御前失礼いたします」
国王の謁見室を後にして、自室に向けて長い廊下を進む。
私の名前はヴィクトール・フォン・エルデハーフェン。
この国の第一王子である。
たった今、私の将来の伴侶が決まったところだ。
相手は会ったことがないどころか絵姿さえも見たことのない辺境の令嬢だという。
王子である私の婚約は、国の為の政略であることは理解している。
国王の決定に異を唱えるつもりはないが、当事者である私に何の相談もなく、自身に関する重要事項を事後承諾で告げられたことにどうしてもやるせない気持ちになってしまう。
私は、自分でいうのもなんだが、かなり優秀だ。
勉学に関しては既に貴族学園の履修範囲は終えてしまっているし、剣技に関しても幼い頃に魔剣アスカロンの主となってからは、王立騎士団にも私の相手になる者はいない。
容姿も傾国の美姫と謳われた母の良いところを受け継いだようで、王国一の美男子だとか噂されているのを知っている。
欠点のない理想の王子様、皆の憧れの完璧な王子様だと周囲は私のことを持て囃す。
人から見れば、私の人生は順風満帆で、幸せに満ち足りているように見えるだろう。
しかし、私は……
物思いに耽っていると、いつの間にか自室の前に到着していた。
部屋に戻ると、側近のリュディガーが駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、ヴィクトール様。それで、国王様のお話とは、どのようなものだったのですか?」
リュディガーはシュヴィールス公爵家の嫡男で昔から互いによく知る幼馴染でもあるため、もっと砕けた態度で良いと伝えたこともあるのだが、こいつはいつだって臣下の態度を崩さないので、堅苦しく感じてしまう。
「私の婚約者が決まったらしい」
「っ!? それは……」
「相手はヴァルツレーベン辺境伯令嬢だそうだ。お前の妹でなくてすまなかったな」
「……我が家のことは良いのです。一番大事なのはヴィクトール様のお気持ちですから。妹は、少なからずショックを受けるでしょうが。あの子は殿下の事をお慕いしていますからね……」
苛烈な性分を持つ妹のことを思い出したのか苦笑しながらリュディガーはそう言った。
まるで模範解答のような答えだ。
一番大事なのは私の気持ちとは言うけれど、私は私の気持ちを確認されたことなどないし、求められるのはいつだって聞き分けの良い自分だ。
私は、自分で自分のことを決めたことなど何一つない。
理想の王子様の道、国益のための道。
周囲の人間によって厳重に舗装された道を、ただまっすぐに歩いてきた。
ああ、なんてつまらないんだろう。
毎日毎日、決まったことの繰り返し。
婚約者に決まった令嬢だって、どうせ他の女達と同じく私の上辺だけの笑顔に頬を染め、型に嵌った美辞麗句をうっとりと繰り返すだけの薄っぺらくてつまらない令嬢なのだろう。
うんざりだ。
どこかに私の内面に寄り添い、つまらない日常を壊してくれる面白い令嬢はいないものだろうか。
そんなありえない事を願いながら、私はまた、与えられたタスクを消化するだけのつまらない日常へと身を投じるのだった。
求:おもしれー女
※本日は二話投稿でこちらが一本目です。次話は17時投稿予定。
※諸事情により、クリストフとクラウディアの実家を子爵家から伯爵家に変更いたしました。




