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75. 護衛騎士見習いのとある一日 <カイン視点>

日間ハイファンタジー・異世界転生/転移(連載中)3位!?

ありがとうございます!


※一部残酷な描写あり

 「じゃあ、俺はもう行くよ」


 「もう行っちまうのかい? せっかく久しぶりに帰ってきたってのに、忙しないねぇ。昼飯くらいは食べていったらどうだい?」


 「いや、訓練があるから早く戻らないと」


 「そうかい……。じゃあ、いつもの用意してあるから持ってっとくれ。皆さんにくれぐれもよろしくね。カインも、風邪ひかないように気を付けるんだよ」


 「わかってるよ。じゃあまた帰ってくるから」


 母さんの用意した包みを手に取り、俺は実家の茶色のしっぽ亭を後にした。

 ずっしりと重い包みの中身は見なくてもわかる。

 父さんが作ったリリーの好物が詰まっているのだろう。


 たまに時間ができた時にこうして実家に顔を出すと、帰る時には決まってこうした土産を持たされる。

 庶民料理なので表立ってリリーに食べさせるわけにはいかないが、私室でこっそりと味わう懐かしい味をリリーはとても喜んでいる。


 いつも一人では食べきれない量が入っていて側近達にも分けてくれるので、育ち盛りのクリストフ達はもちろん、アードルフやイングリットも実は楽しみにしているのを知っている。

 リリーの考えた料理はどれもすっごく美味しいからな。


 あと、食事に毒が混入されている心配をする必要がないというのも実はとても助かっている。

 リリーをいじめていた奴らの前でケラウノスを披露したことで、表立ってリリーを悪し様に言う人はいなくなったが、陰で害そうとする人はいるのだ。


 はじめに毒混入の可能性を聞いた時はまさかそんな、と思ったものだが、実際にリリーに出される予定だった食事から毒が見つかった時には、貴族社会というのはこんなに恐ろしいところなのかと驚愕した。

 慣れない環境に突然放り込まれ、日々努力している大事な妹を悪意から守るためには、剣の強さだけではなく様々な知識や能力が必要なのだと思い知った。


 リリアンナ様の側近に取り立てられた俺は、今は家を出て、城に与えられた部屋で生活している。

 といっても、騎士学校の授業に、それとは別に護衛騎士見習いの特別訓練、その他の時間は全てリリーの側で護衛をしているので、ただ寝泊まりする為だけの部屋となっている。


 今日は珍しく午前中に時間が空いたので、実家に顔を出していた。

 本当は自主練をするかリリーの側にいたいけれど、父さんや母さんがリリーの近況を聞きたがっているのは知っていたし、リリーも実家からの差し入れを楽しみにしているので、時間ができた時はなるべく顔を出すようにしている。

 店は相変わらずの大繁盛で、たまにリリーから新作レシピの書かれたメモを父さんに渡してほしいと預かることもある。


 この間の新作のポテトグラタンも美味しかったなぁ。

 リリーは不思議な料理を夢で食べたって言っていたけれど、俺は神様に教えてもらってるんじゃないかと思っている。

 昔はリリーの事を半ば本当に天使なんじゃないかと思っていたし、今では聖女となったリリーはたまにお土産を持って神様の家に遊びに行くくらい、神様と仲がいいんだから。


 「あ、カインくん!」


 俺の妹はやっぱりすごい、などと考えながら家を出ると、店の外には近所に住む同じ年くらいの女の子が顔を赤らめてもじもじしながらこちらを見ていた。

 ご近所住まいとは言っても、これまで全く親交もなかったので、申し訳ないけど俺はこの子の名前も覚えていない。


 めんどくさいのに捕まっちゃったな……。


 騎士学校に通い始めてから、こうして女の子から声を掛けられることが増えた。

 平民でありながら、街の英雄であり高給取りでもある騎士の卵である俺は、この辺りでは恋人や結婚相手として一番の相手だと見られていることは理解している。


 でも、俺は日々の訓練や護衛任務に忙しく、女の子に現を抜かしている時間なんてどこにもないのだ。

 そんな時間があるなら少しでも剣を振っていたい。


 うんざりした気持ちを顔に出さないように心の中でため息をつき、「何か用?」と返事をした。


 「あ、あの、久しぶりだね。カインくんは今日はお休み? 良かったら、新しくできたカフェに一緒に行かない?」


 「ごめん、これから訓練なんだ。すぐ行かないと」


 「あ……そうなんだね。じゃ、じゃあ、また次のお休みでも……あれ? それ、ハーリアルレースじゃない!?」


 デートの誘いを断ると、目の前の名前も知らない女の子は、剣に付けた組紐のお守りに結んでいたレースのリボンに目ざとく気付き大きな声を上げた。


 「すごい、それ今めちゃくちゃ人気で、全然手に入らないのに! さすが、カインくん! 騎士見習いだとハーリアルレースも手に入っちゃうんだね。いいなぁ……」


 女の子はうっとりと上目遣いで見つめてきて、暗に欲しいと言われているのはわかるが冗談じゃない。

 これは、リリーが俺にプレゼントしてくれた大事なものだ。


 実際のプレゼントは保湿クリームで、これはそれについていた付属品だけど、リリーから貰ったものには変わりない。

 大事な大事な妹から貰ったものを名前も知らない奴にあげるわけないじゃないか。


 宝物が増えたことが嬉しくて、宝物第一号であるリリーから貰ったお守りに結びつけていたことが仇になったようだ。


 さて、どうやってこの場を切り抜けよう……。


 「おっ、カインじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」


 大声で名前を呼ばれて振り向くと、うちの店にランチを食べに来たところらしい常連のヤンさん達がいた。


 「お久しぶりです」


 「わはは、なんかしばらく見ない間に凛々しくなっちまってよぉ! この街の平和は任せたぜ、未来の騎士様!」


 「わぁっ!」


 ヤンさんにガシガシと乱暴に頭を撫でられ思わず声をあげた。

 本当はこれくらい簡単に避けることはできたけど、女の子との会話をぶった切ってくれたので、髪がぼさぼさになるくらいは甘んじて受け入れよう。


 「ヤンさん、うちに食事に来てくれたんですよね? いつもありがとうございます。俺は家にちょっと顔を出しに来たんですけど、すぐ戻らないといけなくて」


 「おお、そうか。訓練がんばれよー!」


 二人の世界を邪魔されたとでも思っているのか、不満そうな顔でヤンさんを睨んでいる女の子のことはなるべく視界に入れないようにして、常連さんたちと挨拶を交わした後、俺は急いでその場を後にした。






 「そういえば、メラニーは結界修復の恩があるからだと言っていましたが、クリストフとクラウディアはどうして私の側近になってくれたのですか?」


 私室で側近たちと父さんからの差し入れをつつきながら、昔より格段に丁寧な言葉遣いになったリリーがそう言った。


 主と同じテーブルについて食事をすることに貴族の側近仲間たちは最初難色を示していたが、ジロジロと見られながらの食事は楽しくない、自分の部屋の中だけだから、と甘えた声を出すリリーにイングリットが折れ、今ではピクニックのようにリリアンナ様の自室のテーブルに料理を広げて、皆でつまみながら会話を楽しむようになっている。


 ちなみに、イングリットを陥落させた時の庇護欲をそそるリリーの顔、あれは絶対に困った時のクリストフの表情を参考にしていると思う。

 クリストフと初めて会った時、なんだか胡散臭い奴だと思っていたが、側近仲間として一緒に過ごす時間が増えてくると、ただのド天然だということがわかった。

 子供はすぐ周りの人間の真似をするんだから、もっとしっかりしてほしいものだと思っている。


 ちなみに、クリストフだけではなくずっと俺の憧れだったアードルフも、もう一人の同僚のメラニーも、何事にも一本気でド直球、細かいことは気にせず暗躍や調整事は苦手、みたいな性格だったので、俺がしっかりしなきゃ、とも思っている。


 「実は、魔物の襲撃があったあの日、街の貴族区画にある我が家では、季節外れの流行り病が大流行していまして、お兄様以外の家族全員が寝込んでいたのです」


 クラウディアが困った顔で頬に手を当て、大変なことがあったあの日のことを語り始めた。


 「流行り病、ですか? 大丈夫だったのですか?」


 「昔は死者も出るほどの大変な病だったそうですが、今では薬もありますし、一週間ほどベッドで安静にしていれば問題はないのですが、治るまでは高熱で動けませんし、咳も酷くて大変で……。感染力がとても高くて、真ん中の弟がどこからもらってきたのか、はじめに寝込んでからはあっという間にお兄様以外の家族全員に感染してしまって大変だったのです」


 クラウディアの話を聞いているリリーがボソッと「インフルエンザみたいなものかな」と呟いていたけど、いんふるえんざってなんだろう?


 「クリストフには感染らなかったのですか?」


 「お兄様はバk……大変健康でいらっしゃるので、その時もたった一人ピンピンしていました」


 「私は毎日鍛えていますからね! 健康なんです!」


 クリストフがいつものキラキラした笑顔で誇らしそうにしているが、今、君の妹、バカって言おうとしてなかったか?


 「それで、あの日ほとんどの貴族が城に避難していたのですが、寝込んでいたわたくしたちは避難することが出来なかったのです。魔物の襲撃を知ったお兄様は自分が家族を守るんだと言って、剣を持って家の前で仁王立ちしていました」


 「ええ……?」


 何故かリリーは驚いたようなちょっと引いたような顔をしてクリストフを見ているが、当たり前のことじゃないか。

 俺だって、家でリリーが寝込んでいる時にスタンピードが起きたら同じことをすると思う。


 「貴族区画にまで魔物が入り込み、あわやといったところでリリアンナ様が竜を倒し、ケラウノスに怯えた魔物達はどこかへ逃げていったそうです。危うく家族全員魔物の胃袋に収められていたかもしれないところを、リリアンナ様に救われたのです。シュティール伯爵家一同、リリアンナ様に心から感謝しております」


 「魔狼が眼前に迫り、刺し違えてでも絶対に家族の元には行かせないと覚悟して剣を抜いたところで、北の空に大きな雷が落ちたのです! あの時は、神が私達をお救い下さったのだと思ったものです。でも、救って下さったのは、雷鳴の聖女であるリリアンナ様でした! 本当に、ありがとうございます!」


 クリストフとクラウディア、二人ともそっくりな碧い目をキラキラとさせてリリーの前に跪いている。

 うん、この二人のリリーへの忠誠心は疑う必要はなさそうだ。







 時刻は夜。

 リリーが就寝した後も、護衛騎士の仕事は終わらない。


 「賊ですか?」


 「ええ。リリアンナ様のお部屋に忍び込もうとしていたところを捕らえました。私は周囲を警戒しているので、カインはこれを牢へ放り込んできてください。既に自害していますが、死体からも取れる情報はあるでしょう」


 「わかりました」


 俺が駆けつけた時には既に賊を倒していたイングリットは、リリーには決して見せない冷たい目で地に伏した賊を見下ろしながら、その脇腹を蹴り上げた。


 リリーの筆頭側仕えであるイングリットだけど、実は腕も物凄く立つ。

 魔物相手ではなくこういった賊が相手なら、自分でさえまだ遠く及ばないとアードルフが言っていた。

 魔法剣を上手く扱えるということだけが強さではなく、暗器や徒手空拳、そういったものの方が有効な場合があるというのを俺はイングリットから学んだ。


 賊の体を引き摺って牢に放り込むと、闇に紛れてやってきた領主様とその護衛騎士に何があったか簡潔に報告した。


 「そうか。よくやった。だが、こいつも黒幕には繋がらないだろうな」


 「おそらくは……」


 あの時は頭に血が昇って凄く失礼な態度を取ってしまったけど、領主様はそのことを咎めるでもなく、今でも普通にリリーの護衛として接してくれているのがありがたい。

 領地経営のことはよくわからないけれど、この人はきっと良い領主様なんだと思う。


 「リリアンナの側近達にも正式に通達する予定だが、お前には先に伝えておく。リリアンナの悪評が貴族女性の間で不自然に広まっていたことを怪しんだブリュンヒルデが噂の根源を辿ったところ、出所が不明だということが分かった」


 「どういうことですか?」


 「リリアンナに悪感情を抱いていた者たちは口を揃えて自分だけではない、皆そう言っていたというのだが、始めに言い出したのは誰かと辿っていくと、廊下で誰かが話しているのが聞こえてきただのと、個人を特定できる情報が全くなかったのだ」


 「そんな……」


 「不自然に途切れた情報、後を追わせないやり口。恐らく今回も、ヴァルツレーベンに悪意を持つ何者かの手によるものだろう。そしてそれは、スタンピードやリリアンナ誘拐の首謀者である可能性が高い」


 領主様の言葉に俺はギリ、と拳を握った。

 そいつのせいで、リリーは何度も危険な目に遭わされているのだ。

 絶対に許せない。

 一体、何の理由があってそんなことをするんだよ。


 「カイン、妹の為に闇を呑む覚悟はあるか?」


 「え?」


 「我が辺境伯領には、『影』と呼ばれる者達がいる。情報収集・暗殺・拷問などを得意とする、華やかな表舞台の陰で領地を支えてくれている精鋭達の集団だ。品行方正にしているだけでは守りたいものは守れない。リリアンナの側には主人には知らせず後ろ暗いことも行える者が必要だ。だが、アードルフやクリストフでは真っ直ぐすぎる故、影には向かぬ。影の訓練は想像を絶するものになるであろうが、お前にそれを耐え抜く覚悟はあるか」


 ごくり、と唾を飲み込んだ。


 「やります」


 リリーを守るための武器は、いくらあっても足りない。

 もう俺はリリーを守るために生きるのだと、とっくに覚悟を決めているのだ。

 断る理由は、俺にはなかった。







 ちなみに、クリストフは七人兄弟の長男です。

 シュティール伯爵家は七人兄弟に父母、祖父母、曾祖父母に叔父叔母もいて、パウル君以上の大家族にリリーはびっくり。

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