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74. 二つのプレゼント

 今日は、待ちに待ったヨナタンとの商談の日。

 貴族の面会は、下町の時のようにパッと行ってちょっと相談があるんだけど、というわけにはいかないらしく、早くとも数日後に設定しなければならないのだそうだ。


 乳化剤に関してはこの世界にはまだそういったものはなく、今から研究するにはまだまだ時間がかかりそうだったので、今回はとりあえず乳化剤なしでいくことにした。

 ふわふわのクリームにはならないが、乳化剤がなくとも緩めのバームのような保湿クリームならできる。


 デニスの言葉を借りるなら、これは「改善の余地」だ。

 もちろん、推しの乾燥荒れを一刻も早く治したいというのが一番の理由ではあるけれど。


 材料はシアバター、蜜蠟みつろう、ホホバオイルやスイートアーモンドオイル等の植物オイルの3つがあればできる。

 材料を湯煎して混ぜ合わせて容器に入れて冷ませば出来上がりだ。

 分量は流石に覚えていないので、色々試して最適解を見つけてもらう必要がある。


 ヨナタンに一通り説明すると、彼は二つ返事で請け負ってくれた。


 「あぁ、それなら材料は問題なく揃いそうです。乾燥は誰しもしますから、容器にこだわれば貴族向けにも販売できるのではありませんか?」


 「それなら、ラベンダーやベルガモットなどの精油を少量混ぜるのもいいと思います。保湿と同時に香りも楽しむことができますから」


 私の大号泣事件の後、イングリットとアードルフにヨナタン達への態度に関して厳しすぎたと謝罪され、関係者しかいない応接室の中でなら砕けた態度を取ってもいいことになった。

 元々ヨナタンはデフォルトで丁寧語だし、私も砕けた態度かといわれるとそうでもないかもしれないが、失敗しても怒られないと思うだけで、とても気楽に話すことができた。


 貴族向けの高級ラインの話になると、途端にヨナタンの目が金貨色に輝きだした。


 「いいですね! 容器は陶器や、ガラス細工でも良いかもしれません」


 「思い切って、容器にハーリアルレースのリボンを結ぶというのはどうですか? 外せば髪に結んだりもできるし、プレゼントにしても喜ばれると思います」


 「採用です! プレゼント用とは、中々良い目の付け所だと思います。これは、ヴァルツレーベンに新たな流行が生まれる予感がしますね。ぜひ、やりましょう」


 立ち上がり、ヨナタンとガッチリと握手を交わした。

 言い回しや立ち居振る舞いを気にせずポンポンと思ったことが言える商談、楽しすぎる。


 「それっぽいものが出来上がったら、試作品で良いので早めに1つ頂けませんか?」


 「それはもちろん構いませんが、容器が簡易的なものになりますから、リリアンナ様や周囲の方が使うには格が合わないのではありませんか? お時間を頂けるなら、それなりの容器を準備いたしますよ」


 「使うのは平民なので大丈夫です。指のひび割れが痛そうなので、なるべく早く渡したいんです」


 「ああ、それで……。ふふっ、かしこまりました」


 私の周囲の人間で平民と言えば商会関係者を除けばただ一人だ。(ヨナタンはシスターエミリーのことを知らないからね)

 誰とは言わずともすぐに相手に思い至ったようで、私のブラコンぶりを思い出したのかヨナタンは苦笑して了承してくれた。


 「あと、これは別件なのですが、最高級のハーリアルレースのリボンを一つ、注文することはできますか? 予約でいっぱいだとは思うんですけど渡したい方がいるので」


 「商会長の頼みとあらば、もちろん優先して回しますが、どなた宛です?」


 「ハーリアル様にあげたくて」


 「ハーリアル様……?」


 「神様です。ハーリアルレースの話をしたら、とても興味を示していたので、次に会うときに持っていくって約束しちゃったんです」


 「は……?」


 ヨナタンが目を丸くして固まってしまった。

 ハーリアルの気さくさもあって、私にとって彼はとても身近な存在だけれど、突然神様の話題を出されると、皆驚いて思考停止してしまうものらしい。

 リラが初めて作った魔蚕のレースを最初に見た時も確かこんな顔をしていたなぁ、と懐かしく思っていると、ヨナタンはぎこちなくメガネをクイクイし始めた。


 「そ、そうでしたね。貴女が聖女様だということを失念しておりました。聖女様なら、神と親交があっても、おかしくはないですよね……。ない、のか……?」


 最後の方は疑問形になっていたような気もするが、ひとまず納得してくれたヨナタンは、ひと月ほど経った後、ハーリアルレースのリボンとニベ○の青缶を思わせるシンプルな金属の缶に入った保湿クリームの試作品を持ってきてくれた。


 リボンは注文してからリラが一から編んでくれたそうで、とても素敵な出来となっていた。

 少し会わないうちにリラは更に腕を上げたようだ。


 「贈り先が神だと知ったリラは顔を青くしていましたよ」


 というのはヨナタンの談。

 リラ、忙しいのに仕事を増やしてごめんね……。


 保湿クリームの試作品の方は、中を確認すると半透明のジェルのような感じになっていて、試しに手の甲に塗ってみると保湿力も問題なさそうだった。


 カインへのプレゼントだと知ったヨナタンが気を使ってくれたのか、保湿クリームの缶にも細めのハーリアルレースのリボンが掛けられていた。

 こちらはハーリアルレースとはいっても、ハーリアルの森産の魔蚕を使った最高級品ではなく、最近売り出されたハーリアルの森産ではない魔蚕と綿を掛け合わせた糸で作られた平民向けのラインだ。

 それではハーリアルレースではないじゃないかと言われそうだが、ハーリアルレースのネームバリューが高すぎるので、辺境産でリラの技法を使ったレースはまとめてハーリアルレースなのである。


 格にうるさい貴族に目を付けられないように、カインが持っていてもおかしくはないこちらにしてくれたのだろう。

 私だったら何も考えずに最高級のリボンを結んで困らせてしまっていたかもしれない。

 さすがヨナタン。細やかな気配りが素晴らしい。




 「カイン、手を出してくれますか」


 ヨナタンとの面会を終えて部屋に戻るとすぐにカインを呼び、不思議そうに出されたその手の上に、リボンの掛かった保湿クリームの缶を乗せた。


 「タイガーリリー商会で新しく作った保湿クリームです。ひび割れが痛そうだったので、これを塗ってください」


 「これを俺に、ですか……?」


 恐縮しているカインの手を取って、少量とったクリームを丁寧に塗り込んでいく。

 久しぶりに触ったカインの手はひび割れやささくれだらけだし、剣だこもたくさんできてごつごつしている。


 「いつも、私のために頑張ってくれてありがとうございます。カインがいつも側にいてくれるおかげで私は安心して毎日過ごせています」


 「リリー……」


 普段はぼろを出さないように部屋の中でも私のことをリリアンナ様と呼ぶカインだけれど、今日は言葉が崩れてしまっている。

 嬉しくなった私は缶の蓋を閉めて置いた後、目の前の大好きな兄に抱き着いた。


 「乾燥してるところにこまめに塗ってね。ほっぺにも使えるよ。なくなったらまた注文するから、気にせずいっぱい使ってね」


 「ありがとう、リリー。大切にするよ」


 カインはぎゅっと抱きしめ返して、保湿したばかりのツヤツヤした手で久しぶりに頭を撫でてくれた。

 あぁ、やっぱりお兄ちゃんに頭を撫でられるのが一番好きだなぁ。


 貴族向けラインができたら他の側近たちにもプレゼントすると伝えると、羨ましそうに保湿クリームを見ていた皆も喜んでくれた。


 発売された保湿クリームは平民にも貴族にも大流行し、乳化剤が開発されて更に使用感の良いクリームができたり、化粧水やヘアオイルなどの基礎化粧品のラインナップも充実していった結果、タイガーリリー商会が主に美を追及する商品のブランドとして一躍有名になっていくのは、まだまだ先の話である。






 「ハーリアル様、こちらが私の友達のリラが編んだハーリアルレースです。どうぞ」


 「おおっ! これが例の! 見事な出来だな!」


 ハーリアルに会いに行き、レースのリボンをプレゼントするととても喜んでくれた。


 平民時代の私と同じくらいの高い位置でポニーテールにしたハーリアルが「どうだ? 似合うか?」と聞いてきた。


 「とっても似合ってます。おそろいですね」


 そう言ってケラウノスのリボンとリラのリボンの二本使いでハーフアップにしているのが見えるように首を傾けた。


 「そうだな! おそろいだ!」


 ニコニコと嬉しそうに「おそろい!」と繰り返すハーリアルは、何千年も生きている神様にはとてもじゃないが見えない。


 その後は、いつもの柱に腰掛けて持参した城のシェフお手製のお菓子を齧りながらお馴染みの近況報告会となった。


 森の中にある遺跡で魔剣を見つけた話をした時、「ああ、そういうの、この森にもいくつかあるなぁ」というハーリアルの言葉によって、ハーリアルの森の中にも同様の遺跡が複数ある事が発覚し、それを聞いたフュルヒテゴットが狂喜乱舞して騎士による遺跡発掘チームが結成され、古代技術の研究が飛躍的に進むのもまた、少し先の話。




 「それで、手が乾燥でひび割れて痛そうなお兄ちゃんに保湿クリームをプレゼントしたら、すごく喜んでくれました。そういえば、森の主様も乾燥ってするんですか?」


 「全くしないこともないが、ひび割れるほどではないな。其方もそうであろう?」


 保湿クリームの話をしていたらふと気になったので聞いてみたら、ごろんと横になってくつろいでいるハーリアルから不思議な返事が返ってきた。


 「たしかに、私は肌が強いのか昔から何もつけなくてもあんまり乾燥を感じないんですけど、何か理由があるんですか?」


 「魔力の多い者は少ないものに比べて肉体が活性化されるとかで、肌や髪が乾燥などの外部刺激に強くなるのだ。あと風邪などもひきにくくなる。心当たりはないか?」


 そういえば、魔力循環を覚えてから風邪をひいた記憶はないな。

 なんと、高魔力にそんなオプションがあったとは。

 髪も肌も傷みにくいなんて、前世の現代日本で美容に命を懸けていたお姉さんたちからしてみればめちゃくちゃありがたい仕様ではないだろうか。


 「肌や髪が美しいことは強者の証であった故、一昔前の人の子らはこぞって手入れをして飾り立てていたものよ。その中でも特に美しい肌と髪を持つ者がモテておってな、人間は面白い求愛をするものだと思っていたのだ」


 ハーリアルの言葉を聞いて、脳内にバッサバッサとド派手な羽を広げてダンスをする孔雀が駆け巡る。


 あれ? だとすると、私の身支度をしてくれるイングリットやクラウディアがうっとりしながらいつも私の肌や髪を褒めてくれるのは、もしやそういうことなのか?


 後に知る事になるのだが、この世界の貴族の美の基準では、美しい肌と髪が大きな比重を占めるのだとか。

 その基準でいくと私はどうやら美少女の部類に入るらしい。

 なんてこった。


 待てよ。

 肉体が活性化されて病気にもなりにくいということは、少しぐらい食事を抜いたり徹夜をしても大丈夫ということでは……。


 「ちなみに、病気になりにくいとは言っても全くならないというわけではないし、気鬱や空腹には何の意味もないから油断しないようにするのだぞ」


 「……はぁい」


 タイミング良くぶっすりと釘を刺され、少しだけ誘惑にのまれそうになった社畜の魂にそっと蓋をしておいた。

 




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