72. 新しい側近
誤字報告ありがとうございます。いつも大変助かっています。
最初の方から割とちょこちょこユーリの表記がユリウスになってしまっていましたね。
当初は名前を変えずユリウスで書いていたものを、途中で「主人公には愛称で呼ばせたい……!」と思い立ち、手動で修正した弊害でした。(なぜ置き換え機能を使わなかった……)
読んでいて「ん?」と思ったことと思います。
大変、申し訳ありませんでした……!
「リリアンナ。遅くなってしまったが其方の新しい側近を紹介する。其方と共に貴族学園にも向かう者達だ。良き信頼関係を築くように」
お養父様の隣には三人の少年少女が並んでいる。
その内の二人には見覚えがある。魔法剣技大会に出ていた金髪碧眼の王子様みたいな男の子と褐色肌の小柄な女の子だ。
もう一人の女の子は王子様(仮)にそっくりな美少女で、二人並ぶと「王子と姫」感がすごい。
私と年が近い者を選んだと言われたが、三人とも私よりいくつか年上のお兄さんお姉さんに見える。
サラサラ金髪のイケメン王子様(仮)が一歩進み出て跪いた。
「シュティール伯爵家長子、クリストフ・シュティールと申します。リリアンナ様の護衛騎士見習いに選ばれたこと、とても光栄に思っております。これからよろしくお願いいたします」
そう言って爽やかに笑ったクリストフの白い歯がキラーンと光ったような気がした。
なんだか爽やかすぎて逆に胡散臭いんだけど、そう思ってしまうのは私の心が汚れているからなのだろうか。
なんにせよ目の前の爽やかな少年はとても女の子にモテそうなので、彼のファンに刺されないかが心配である……。
「クリストフの妹、クラウディア・シュティールと申します。側仕え見習いとして心を込めてお仕えします。どうぞよろしくお願いいたします」
続いてクリストフの隣に跪いて挨拶した美少女は、彼の妹だった。
クリストフと同じく金髪碧眼だが、キラキラすぎて目に痛い兄の笑顔と違って、クラウディアの笑顔は控えめで優しげである。
とても可愛い癒しの笑顔に、この子と仲良くなれたら嬉しいなと思った。
「メラニー・ゲラーマンと申します。大恩あるリリアンナ様の護衛騎士見習いに抜擢して頂けたこと、嬉しく存じます。我が命を懸けてリリアンナ様をお守りします」
最後に名乗ったのは黒髪を緩く二つ結びにした褐色肌の女の子だった。
無表情で淡々と話すところにどことなく親近感を感じてしまう。
ただ無表情ながら、命を懸けてとか並々ならぬ重い感情が込められている気がして思わず後ずさりしてしまった。
「メラニーのゲラーマン男爵家が治める地域は辺境の西の端にあって、最初に結界の機能が失われた場所なのだ。この街に避難してきて久しいが、其方が結界を復活させたことで民たちは漸く故郷に戻ることができた」
「ゲラーマン一族、我らが地に住まう民達も全員がリリアンナ様に感謝しております。皆を代表して私が誠心誠意、お仕えいたします」
メラニーはそう言うと、深々と頭を下げた。
感謝してもらえるのは有難いが、そこまで考えて行った事ではないし、自分が主として仕えるに値する貴族令嬢かといわれると全く自信はないので、どうか肩の力を抜いて接してもらえないだろうか。
とにかく、近くで見たら思ってたのと違ったと早々にがっかりされないように頑張ろうと思った。
……いずれはぼろが出てしまうだろうけれど、せめて最初くらいは。
「厳正なる審査の結果、この三人であれば実力は申し分なく、其方に対して二心を抱く事もなく信頼できると判断した。安心して共に過ごすと良い」
お養父様が自信ありげにそう告げるが、厳正なる審査の件で三人とも何かを思い出すかのように顔を青くして小刻みに震えていた。
一体どんな審査があったのか気になるが、これは聞かない方が身の為なのかもしれない……。
ちなみに、お養父様達の前でみっともなく泣き喚いてから、私の生活環境は劇的に改善された。
騒動を聞いて慌てて会いに来てくれたユーリには、「側にいるって言ったのに寂しくさせてごめん」と謝られた。
正直ちょっと不貞腐れた時もあったけど、「ユーリにはユーリのやりたい事があるんだから気にしないで」と伝え仲直りした後に彼は言った。
「貴族教育は何のためにやってるかわからないからやる気が起きなくて頑張れないってリリーは言ったけど、貴族相手の商売に必要な知識と人脈を手に入れる為って考えるのはどうかな? 貴族相手の商売は利益が桁違いですごいって前に言ってたでしょ。レースを母上に売り込む時にマナーの勉強をしたみたいに、貴族相手の商売の仕方を身につけて、また一緒に事業をしようよ。リリーが貴族教育を身につけている間に、僕もおじさんとヨナタンのところで商売の勉強をしてくるからさ」
ボロン、と目から特大のウロコが落ちた気分だった。
「……商売の為だったら、貴族の長い名前も、マナーも全然覚えられる気がする。え、ユーリ、天才……?」
私の言葉にユーリがふはっと吹き出した。
「何言ってるの。リリーが教えてくれたことじゃん」
「私が?」
「うん。自分のやりたいことならがんばれるって、自分で決めてがんばったことが結果に繋がるから嬉しいんだって、僕はリリーと出会って学んだんだよ。忘れちゃったの?」
確かに、そんな話をした事がある気がする。
覚えていてくれたのか。
ただ、ユーリとまた事業ができるのは嬉しいけど、やりたい事のために城に戻ってきて騎士の訓練に参加し始めたと言っていたのにいいのだろうか。
「ユーリ、でも、騎士の訓練はいいの?」
「どっちもやるよ。兄上のような天賦の才はないってだけで僕もそこそこ優秀なんだってわかったから、両立するくらいできるよ」
調子に乗るでも謙遜するでもなく、ただ事実を述べるように淡々と言うユーリに、兄と比べられて悲しいと大声で泣いていた面影はもはやどこにもない。
吹けば消えてしまいそうだった儚げな美少年が、随分たくましく成長したものだと思った。
その後、貴族教育は商売の為のスキルアップ、言うなれば資格の勉強だと意識を切り替えた私は、嘘のように授業に身が入るようになった。
新しくやってきた教師のデュッケ夫人は、お養母様にも教えていたというかなりお年を召したおばあさんだ。
曾孫までいるほどのご高齢だが、常に背筋がピンと張られていてハキハキと話す厳格な人である。
お養父様が言っていた通り授業内容はかなり厳しいが、デュッケ夫人の指導は私に合っていたらしく、以前ほどのストレスを感じることなく楽しく学ばせて頂いている。
彼女は、駄目なら何が駄目なのか、できるようにするにはどうすればいいのか、はっきりと歯に衣着せぬ物言いでズバッと言ってくれるので非常にわかりやすい。
私は物事において効率重視、数値や理論重視の理系脳なので、この教え方は私と抜群に相性が良かった。
夫人があまりにズバズバと言うので不敬にならないか逆に周囲がおろおろとしていたが、私はかなり夫人の指導に信頼を置いている。
「よろしいですか、リリアンナ様。笑顔なんてものは突き詰めればただの筋肉の運動ですわ。その表情を作るためにはどこの筋肉を動かせばいいのか、覚えてしまえば、必要な時にその筋肉を動かすだけです。表情が乏しいのはただの筋力不足。ならばトレーニングをしてその筋肉を鍛えるだけの話です」
「わぁ、そう聞くととてもわかりやすいですね! 筋力トレーニングであれば私でもお力になれそうです。一緒に頑張りましょうね、リリアンナ様!」
ツェルナー夫人のこともあって教師と二人きりにならないよう側近の内誰か一人は授業中も室内で待機することになったのだが、今日はクリストフが同席していて、夫人の言葉に爽やかな笑顔で「がんばろー!」と拳を掲げている。
ここ数日一緒に過ごしてわかってきた。
クリストフは笑顔が爽やかすぎて胡散臭いだけで、表裏は全くない。
「あぁ、丁度良い見本が隣にいらっしゃいますね。この表情を真似てみてください。笑顔が必要な時にこの顔を思い出しながら同じ表情になるように意識して筋肉を動かすのです。お手本があると、イメージもつきやすいですから」
デュッケ夫人がズビシッとキラキラ笑顔のクリストフを指差しながらそう言った。
クリストフは気分を害した様子もなく、「リリアンナ様のお役に立てて嬉しいです!」とニコニコしている。
ぶんぶんとしっぽを振っているゴールデンレトリバーの幻覚が見えた気がした。
クリストフと共に空き時間などで笑顔の筋トレを繰り返した結果、なんと、私はついに笑顔を作ることができるようになった。
ただ、見本が見本だったので、無駄にキラキラしくて裏があるような笑みになってしまい、デュッケ夫人が「ここまで胡散臭い笑顔でなくて良かったのですが……」とちょっと引いていた。
やっぱり、他の人もそう思っていたのか。
クリストフは胡散臭いと言われたことにショックを受けたようで、しょんぼりとしていた。
大型犬の耳としっぽがぺしょ、とたれているように見えた。
まぁ笑顔は笑顔なのでこれでいいだろう、とデュッケ夫人には一応合格点を貰うことができた。
クリストフを参考に練習した笑顔なのでクリスマイルと名付け、お養母様との社交の練習も兼ねたお茶会で披露したら、お養母様は微妙な顔をしていた。
この笑顔はダメだろうかと聞いたら、普段の私を知っている人からすると違和感があるが、初めて会う人なら特に問題はないだろうとの事だった。
なので、いつか社交デビューした暁には、クリスマイルで武装して出撃する気満々の私である。
笑顔は淑女の鎧だと、デュッケ夫人も言っていたし。
ところ変わって、ここは街の結界の外、近隣の村へと続く街道付近にある森の中。
巨大なゴーレムの目撃情報があり、ゴーレムは動きが遅いので逃げる分には大きな脅威はないが、人里が近い事と通常よりかなりサイズが大きいことが問題視され、騎士団に討伐の依頼が入ったのだという。
そこに派遣された騎士団一行の中に今何故か私もいて、アードルフと側近の護衛騎士見習い達、レオンとレオンの護衛にがっちりと周囲を固められている。
なんでも、私を偽聖女だとか大したことないとか侮っている人達の前でケラウノスを使って、私の力を目に見える形でわからせてほしいそうなのだ。
ケラウノスは借り物の力だし、自慢するように見せびらかすのはどうなんだろうと最初は渋っていたのだが、デュッケ夫人に
「一度で済むなら良いではありませんか。今後、ツェルナー夫人やローザリンデ様のような者に、その都度煩わされて授業の時間を削られるよりは、一度立場の違いをわからせて逆らう心を折ってしまった方が、余程有意義な時間を過ごすことができますし、相手の為にもなりますわ」
と言われ、そう言われればそうか、と納得して騎士の魔物討伐に同行することを決めた。
この場にはローザリンデやその仲間たち、ツェルナー夫人の他にも、確認が取れる範囲で私を侮る発言をした者達が一同に集められているのだそうだ。
一体どうやって調べたんだろう……?
鎧を身につけてはいるものの、荒事とは無関係そうな彼女たちは顔を青くしながら身を寄せ合いぷるぷる震えていた。
「いたぞ! ゴーレムだ!」
ゴーレム発見の報を受け、私は打ち合わせ通り成獣化したミルに乗って宙に浮いた。
相手が空を飛んでいるわけではなく、魔物が目の前にいるならば別にミルに乗る必要はないのではと思ったが、「演出は大事だよ」というレオンの言葉でこういう形を取ることになった。
まだ少し離れたところにいるにもかかわらず、木々の上の方に見えたゴーレムは本当に大きくて、巨大な岩を積み重ねたような姿だった。
ゴーレムを見て連れてこられた人達が悲鳴を上げて逃げ出そうとするのを、騎士達が押さえつけて叱責していた。
流石に可哀想なので早く終わらせてあげようと思い、「地面に大きな穴があくので近付かないように気を付けて下さい」と伝えて、空へと飛び上がった。
皆を雷に巻き込まないように離れつつも彼らから見える位置で静止し、頭のリボンを解いて魔力を込める。
瞬く間に暗雲が立ち込め、バチバチと帯電しながら三叉の槍へと変化したそれを見て、ローザリンデやツェルナー夫人があんぐりと口を開けているのが見えた。
ケラウノスを使った後は魔力切れで倒れると伝えてあるので、ゴーレムを倒した後はアードルフ達に速やかに回収されて馬車で城に戻ることになっている。
「えいっ」
魔力が十分に装填されたのを感じて、竜に対峙した時と同じように槍を投げると、危なげなくゴーレムに突き刺さり、緑色に強く光る大きな雷が降り注ぎ、私の視界は暗転した。
目を覚ますと城の自室に戻ってきていて、間近でケラウノスを見たクリストフとメラニーが大興奮して、いかにその光景が素晴らしいものだったのかを熱く語ってくれた。
二人の後ろに左右に揺れるどころかぶんぶんぶんと大回転しているしっぽが見えるような気がした。
カインとクラウディアはそれを苦笑して見ていたが、二人が落ち着いた後、「私が中々目覚めなくて心配した、目が覚めて本当に良かった」と喜んでくれた。
リリアンナになってからずっと孤独を感じていた私の周囲は一気に賑やかになって、もう寂しいと思うことはなくなっていた。
辺境はまとめてヴァルツレーベン辺境伯の領地ですが、直轄地は領主城のある大きな街とその周辺のいくつかの村で、その他の地域は代官として辺境貴族が治めています。土地を治めていない貴族もいて街の貴族区画に住んでいます。
シュティール伯爵家は街に住む貴族、ゲラーマン男爵家は土地を治めている貴族です。
どちらの一族もそれぞれの理由でリリアンナに物凄く感謝しています。
クリストフ達の事情に関しては、またの機会に。




