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70. 思い違い <アードルフ視点②>

 累計二十万PVありがとうございます!


 誤字報告もありがとうございます。

 修正いたしました。

 騎士見習い達が慌てた様子で立ち去ると、カインは何ということもなさそうに立ち上がり、服についた埃を払っていた。


 「すまない、カイン。まさか、民を守る騎士になろうという者が、このように低俗な事をするとは。学校側には騎士見習いの質の低下を問題視し改善するよう進言しておく」


 「特に気にしていません。たまに嫌味を言われて突き飛ばされるくらいで、大きな怪我をさせられるような事もないですし。父に聞いた話に比べれば可愛いものだと思います。俺は、早く強くならなきゃいけないので、正直彼らみたいなのを気にしている暇はないんです」


 カインはそう言って腰に下げた剣についている房飾りを愛おしそうに撫でた。

 モスグリーンと薄紫色の組み紐でできたそれは、この領地では恋人や家族から騎士の無事を願って贈られるよくあるものだ。

 丁寧に扱う様子からして、リリアンナ様からの贈り物だろうか?


 「それよりも、俺に何か用なんですよね? アードルフ様がわざわざこちらにいらっしゃるなんて、どうしたんですか?」


 「魔法剣技大会の関係で話がある、という名目でこれからある場所へ其方を連れていく。教員の許可は得ているので、私についてくるように」


 「名目で、ということは、実際は違うんですか?」


 「大きな声では言えぬが、リリアンナ様が気落ちしていらっしゃるのだ。其方には人目につかぬよう秘密裏に城に向かい、あの方を励まして差し上げてほしい」


 「っ急ぎましょう!」


 先程まで飄々としていたカインは突然顔色を変え、踵を返し走り出した。

 リリアンナ様がまだリリーだった頃、兄を慕う様子を度々見せていたが、カインの方もリリアンナ様の事を大切に思っているようで微笑ましい気持ちになる。


 しかし、城へは馬で行くので今向かうべきは学舎の出入口ではなく厩舎だ。

 カインに追いつきそれを伝えると、彼はぐりんと方向転換して厩舎方面へ猛然と進んでいく。

 私は苦笑してその背を追った。


 フード付きの外套ですっぽりと顔を覆ったカインを私の前に乗せ、愛馬に二人乗りをして城に向かって来た道を急ぎ戻る。


 城の業者用の裏口から中に入り、気配を消しながら人目を避けつつリリアンナ様の私室へと向かった。


 幸いリリアンナ様は意識を取り戻されていたようで、その目が入室した我々をしっかりと捉えているように見えほっとする。


 フードを脱いだカインの姿を見たリリアンナ様は、それまでの虚ろな表情をくしゃりと歪ませ、縋るようにその手を伸ばした。


 「おにいちゃん……さみしかったよぉ……」


 カインに抱きしめられ、堰を切ったように泣き出したリリアンナ様の言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。


 私やディートハルト様は、リリアンナ様の心労は高位貴族として振る舞わなければならないという重圧からくるものだと思い込んでいた。

 責任感が強すぎるが故に、自分を追い込んでしまっているのだろうと。


 しかし、今目の前のリリアンナ様は、ただたださみしいと、会いたかったと、赤子のように泣きながら訴えている。


 私は、今まで一体主の何を見ていたのだろう。

 まだ洗礼式を終えたばかりの幼い時期に愛する家族と引き離され、寂しく思わぬはずがないではないか。

 どうやら私は、リリアンナ様ご自身の優秀さと聖女という特殊な肩書によって目を曇らせていたらしい。


 「ディ、ディートハルト様……」


 自分と同じく思い違いをしていた仲間であるディートハルト様に縋るように視線を向けると、彼もまた困ったような顔をしていた。


 「……リリアンナの子供らしからぬ優秀さから、あの子がまだ幼い子供だということを失念していたな。申し訳ない事をした……」


 私達は揃って肩を落とし、兄に縋りついて泣くリリアンナ様を面目ない気持ちで見つめた。

 今後は気を付けようと決意を新たにしたが、殊勝な気持ちでいられたのはそこまでだった。




 ソファに座るカインの膝に乗り、向かい合うようにしがみついてリリアンナ様はぐすぐす泣き続けている。

 カインは慈愛に満ちた表情でよしよしと背中を摩りリリアンナ様を慰めているが、この部屋にいるその二人以外の人間の顔は真っ青になっている。


 「それでね、ぐすっ、その子がリボンを渡せって言うの。やだって言ってるのに! 平民臭い私には似合わないって……。リラが、世界一私に似合うようにって、作ってくれたものなのに。ひどいよっ! わたし、わたし、あの子のこと好きじゃないぃ。もう、お茶会やだぁぁ」


 「うんうん、そうだね。酷いね。そんな嫌な子のいるお茶会なんて、もう行かなくていいよ」


 今まで心の内に溜め込んでいたものを一気に吐き出すように話し始めたリリアンナ様の語る内容は、私達の顔色を失わせるのに十分だった。


 友人候補として呼ばれたはずの令嬢達の言動は、領主一族であり雷鳴の聖女であるリリアンナ様に対して不敬どころの騒ぎではなく、侮辱罪や恐喝罪で即切り捨てられても文句は言えないほどのものだった。


 「ツェルナー夫人はねっ、わざと私が答えられない問題を出して馬鹿にするのっ。これだから平民はって。私に立派な令嬢になるのは無理だって。もうやだよ……わたしっ立派な令嬢なんてなりたくなぃぃ」


 「そうだね。もういいよ。うちに帰っておいで。リリーは俺が守るから、また一緒に暮らそう」


 こらこらこら。

 どさくさに紛れてお前は何を言っているのだ!


 そう言いたいが、カインの声音は優しいのに話を聞くにつれ次第にその目が剣呑な色を帯びていっており、リリアンナ様の置かれた状況に気付くことのできなかった私達は何も言うことができない。


 リリアンナ様を軽く見る者がいることには何となく気付いてはいたが、まさかここまでの愚か者がいたとは……。

 一体誰のおかげで我々が今平和に暮らせていると思っているのだ。

 リリアンナ様を苦しめる者達のあまりの恩知らずぶりに開いた口が塞がらない。


 それにしても、リリアンナ様、貴女は我慢強すぎます。

 一言私に言って下されば、そんな無礼者共は一瞬で剣の錆にしてくれたものを……。


 その後もリリアンナ様は心の内を吐露し続け、一通り吐き出すとすっきりしたのか、すよすよとカインの腕の中で寝息を立て始めた。

 最初にこの部屋で見た時よりも、随分と顔色が良くなった気がする。


 「領主様」


 カインはリリアンナ様に見せていた慈愛に満ちた笑顔を消し、ドスの効いた低い声で口を開いた。

 呼ばれたディートハルト様の肩がビクッと上がった。


 「リリーを泣かせるようなことはしないって、約束しましたよね?」


 「うっ、す、すまぬ……」


 「リリーは辛くても自分から言わないから、よく気を配ってあげてほしいって、俺、言いましたよね?」


 「ああ……」


 「じゃあなんで、リリーはこんなに泣いているんですか?」


 「め、面目次第もない……」


 カインに責められたディートハルト様は申し訳なさそうに頭を掻いている。

 流石にこれ以上は不敬に当たると思い、カインに注意をする。


 「カイン! 気持ちは分かるが、領主様に対して不敬であろう!」


 「良いのだ。約束を違えた私が全面的に悪い……」


 「あなた」


 それまで黙って話を聞いていたブリュンヒルデ様に呼ばれ、ビクゥッと先ほどの比ではないほど大きくディートハルト様の肩が跳ね上がる。


 「そこに直りなさい」


 いつも通り可愛らしいと評されるソプラノのお声にも関わらず、何故か有無を言わせぬ威圧感があり、ディートハルト様は逆らうことなくその場に正座した。


 「ユリウスの二の舞を避けるため、リリアンナの周囲の人間は自分がしっかり選ぶから任せてほしいとおっしゃいましたわよね? なのに何ですの、この体たらく」


 「すまぬ……」


 「大体、ローザリンデをリリアンナに引き合わせるという話もわたくしは反対したでしょう。あの二人は相性が良くないだろうと。大方、同性で年が近いから仲良くなれるはずだと安易に考えたのでしょうけれど、そんなことで仲良くなれたら人類皆親友ですわよ! 貴方はいつも大雑把すぎるのです! もっと人の機微というものをご理解なさいませ」


 「うぅ……」


 ディートハルト様は背を丸め次第に小さくなっていき、もはや領主の威厳は欠片もない。

 ぺしょぺしょである。


 ディートハルト様は今でこそ、それなりに貴族の権謀術数も覚え、領主として老獪な面も持ち合わせているが、若い頃は剣を振る事ばかりに熱中し今よりももっと何をするにも大雑把で、よくこうしてブリュンヒルデ様に叱られていたと、ディートハルト様の子供時代を知る父上が言っていた。

 「本人からはっきりと聞いていないのに、その者の心の内などわからぬではないか。そうだ、剣で打ち合って勝った者が全ての物事を決めるというのはどうだろう」と脳筋そのものの台詞を吐き、ブリュンヒルデ様に頭をはたかれているところを目撃した事もある。


 領民想いで頼りになる領主であることは間違いないのだが、ディートハルト様は基本的に人の感情の機微に疎く、空気を読むのが苦手である。


 ただヴァルツレーベンの貴族男子は基本的に剣術馬鹿で物事に対して大味な者が多く、かくいう私もどちらかと言うとそういう傾向にあるという自覚があるので、人のことをどうこう言うことはできない。


 「リリアンナの教師達も解雇し、新たな教師はデュッケ夫人にお願いしましょう」


 「ブリュンヒルデ、しかしその者は厳しいと評判で……」


 「黙らっしゃい! 彼女には私も幼い頃教育を受け、信頼が置けます。公平で実直なあの方であれば、間違ってもリリアンナを平民と嘲り、揚げ足を取るように間違いをあげつらい殊更嘆くようなことはせず、あの子が貴族として生きていくための知恵と力を正しく授けてくれるはずです」


 「はい……」


 「イングリット、アードルフ! 貴方達もですよ!」


 「「はっ!!!」」


 「忠義に厚く職務に真面目なのは結構ですけれど、貴方達は堅苦し過ぎるのです! 私室でさえそんな調子ではリリアンナが息をつく場所がないではありませんか。せっかく馴染みのある商会の者を呼んだのに、会った後一人で泣いていたようだと聞きましたよ。どうせ商会の者達に対して貴族らしく振る舞うようにとでも言ったのでしょう? 私的な場で少しくらい砕けた態度を取るくらい良いでしょう! 主人が力を抜ける場を整え守ることも側近の仕事です!」


 「「申し訳ありません!!」」


 私と母上にもお鉢が回ってきて、影の領主と恐れられている領主夫人の前に私達三人は正座させられ、横並びでしばらく叱られ続けたのだった。

 




 ディートハルトはノンデリ基本装備。

 リリーと家族の別れの時も、リリアンナの名前を勝手に決めた時も、後からそのことを知ったブリュンヒルデに「大事な事をそんな適当に……もっと他にやりようがあったでしょう!」と怒られています。

 決断の早さが裏目に出ていますね。



 お読みいただきありがとうございます。

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