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6. 大きな第一歩と出勤拒否

 目が覚めると、またもや自宅の寝室だった。

 ベッドに手をついてむくりと起き上がると、部屋には家族全員そろっていた。

 母とカインはなぜか号泣していて、何事かとぎょっとする。


 「リリー!」


 「ぐぇっ」


 「あぁっ、リリー! よかった!」


 感極まった様子の母に力一杯抱きしめられて息ができない。


 「おかあ、さん、くるしい」


 「あ、ああ、すまないね。大丈夫かい」


 ぽんぽんと腕をタップしてなんとか伝えると、すぐに離され、ようやく息をすることができた。


 「リリー、痛いところはないかい? 苦しさは?」


 「だいじょうぶ」


 あんなに苦しかったのが嘘のようにすっきりしていて、むしろなんだか体が軽く感じるくらいだ。


 「そうかい、良かった。この間倒れたばかりだから、すごく心配したんだよ。」


 私の頭を撫でながら、母は泣き笑いのような表情を浮かべている。

 立て続けに倒れたことで、かなり心配させてしまったようだ。


 「何か欲しいものはあるかい? 桃でも剥いてこようか?」


 「おかね」


 「えっ」


 「おかねためたい。それで、おにいちゃん、きしがっこうにいくの」


 「リリー……」


 そういう意味で聞いたのではないとわかっているが、今欲しいものと聞かれたらそれしかない。

 あえて空気は読みません。私、子供なので。


 「……この間も急に貯金の話なんてするからどうしたのかと思っていたけど、まさか、そのために?」


 その時はまだカインが騎士学校に行きたがっているなんて知らなかったけど、まぁそういうことでいいだろうと思いこくりと頷いておいた。


 「でもそれはカインのやりたい事だろう。リリーは? 何かしたい事はないのかい? ずっと構ってやれてなかったからね、二、三日くらい店を休んで家族でどこか出かけてもいいし、服とかおもちゃとか、買い物に行くのもいいね」


 母からまさかの台詞が飛び出してきたのでとても驚いた。


 急にどうしたんだろう?

 旅行やショッピングに行けるようなお金も時間もないはずだ。

 前世の記憶を思い出す前ならともかく、今の私が急に両親に構われてもどうしたらいいかわからないので、首を横に振ってお断りする。


 「いい。そんなおかねがあるなら、ちょきんしたい」


 「リリー……」


 母は何故か傷ついたような顔をして、涙を浮かべている。

 なんだか今日のお母さんは情緒がおかしい。


 「……わかった。貯金だな」


 沈痛な面持ちで黙って私たちの会話を聞いていた父が急に口を開いた。


 「思い返してみりゃ、今までリリーに親らしいことはほとんどしてやれなかったからな。今更手のひら返したところで、困惑させるだけだ。リリーが今一番やりたいことが貯金だっていうなら、それを叶えてやるのが俺たちにできる唯一のことだ」


 「あんた……」


 「今から貯金したところで、騎士学校の学費がたまるとは思えねぇし、カインが騎士になるのには今でも俺は反対だ。だが、努力はしよう。……それでいいか、リリー」


 「……父さん」


 今まで何を言っても首を縦に振らなかったあのお父さんが、学費捻出のために努力すると言っているのだ。

 信じられないものを見たように、母もカインもポカンとして父を凝視している。


 父は普段口数が多くない分、その言葉には重みがある。

 今も子供をその場だけ言い包めようと適当な事を言っているのではなく、決意をもって本心から話しているのが伝わってくる。


 「うん。ありがとう、おとうさん。わたしも、がんばる」


 両親を説得するのはかなり苦労するだろうと思っていただけに、すんなりと通ってしまい肩透かしを食らった気分だ。


 どうして急に考えが変わったんだろう。

 私が気を失ってる間に何かあったのかな?

 それか、息子には厳しくても実は娘にはめちゃくちゃ甘いとか?


 理由は不明だけど、一番の問題であった両親の意識が貯蓄の努力をする方向に向いたので結果オーライである。


 釈然としないものはあるが、とにかく我が家の家計改善、ひいては私のFIRE計画に向けての大きな第一歩を踏み出すことに、ようやく成功したのだった。




 「リリーは今日は店で働かなくていいからね」


 「え?」


 昨日は結局、あの後そのまま休ませてもらった。

 朝までぐっすりと寝て元気いっぱいになり「ようし、今日から貯金作戦本格スタートだ!」と意気込んで店に下りたら、なんと出勤拒否された。


 「な、なんで?」


 「リリーはまだこんなに小さいのに、店で働かせてばかりだっただろう? 良くなかったってあたしも反省したんだよ。貯金の為のお金は、あたしたちが責任もって働いて稼ぐから、リリーは店のことは心配しないで、外で心置きなく遊んでおいで」


 お母さんはドンと胸を叩いて、ニコニコ笑いながら私を外に出そうとする。


 「で、でも、あそぶって、どこで? おともだちもいないのに」


 「いつも礼拝で行く教会があるだろう? あそこのシスターが、昼間親が働いていて面倒をみてくれる大人がいない子供たちを厚意で預かってくれているらしいんだ。リリーは大人しいし、カインもよく見ていてくれるから、親の近くにいた方がいいと思って預けたことはなかったんだけどねぇ」


 なんと、ここの教会は保育園のようなこともしているらしい。

 シスターさんて、この間の良い声の美人さんかな?


 「教会に行けば、同じ年くらいの友達ができるかもしれないよ。いっぱい遊んでおいで」


 えぇー、今さらちびっこたちに混じって遊ぶのはちょっと……。

 それよりも貯金作戦を練りたいんだけどなぁ。


 「それに、シスターが絵本を読み聞かせてくれたり、頼めば簡単な読み書き計算なんかも教えてくれるそうだよ」


 なぬ? 読み書きですと?


 家計を改善するうえで、お金の動きを可視化する事は非常に重要だ。

 なんとなくこれくらい、と頭の中で知っているのと、数字としてはっきり目に見えるのとでは天と地ほど違うというのは前世で実感している。

 財務諸表とまではいかなくとも、簡単な家計簿くらいは作りたい。


 ただ、残念なことに私は字が書けないのだ。

 リリーの記憶があったので言葉はすんなりと理解することができたが、文字は別だ。

 店の帳簿がないか家の中を探してみたことがあるのだが、帳簿どころか筆記用具すら見当たらなかった。


 どうしようかと思っていたところだったので、読み書きを教えてくれるというなら渡りに船である。しかも無料!(これ大事!)


 「いく」


 二つ返事でオーケーし、今日から昼間は教会にお世話になる事になった。




 教会保育園の送り迎えはカインが担当してくれるそうなので、礼拝の時と同じように手を繋ぎ、石畳の道を進んでいく。


 「リリー、ありがとうな。リリーのおかげで、父さんが貯金してくれるって言ったんだ。俺だけじゃ何を言っても聞いてもらえなかった。俺はそれだけで本当に嬉しいから、別に騎士学校に入れなくても、いいんだ。だからリリーはいっぱい遊んで、自分の好きな事をしていいんだぞ」


 兄は父同様、学費が貯められるとは思っていないらしい。

 冗談ではない。ようやく一歩を踏み出してここからが本番だというのに。


 「おにいちゃん。わたし、きょうかいで、よみかき、けいさん、おしえてもらってくる。おかね、どうすれば、どのくらいためられるか、けいさんするから、おにいちゃんはいつまでに、いくらひつようなのか、しらべてきて」


 「……リリーは、本当に貯められるって、思ってるのか?」


 「ためられる。そのためにけいかくをたてる。あと、いちばのしょくざいのねだん、まわりのおみせのりょうりのねだん、ほかにみせにどんなおかねがかかっているかも、しらべて。できるだけでいいから」


 「……わかった。食材の値段に他の店の料理の値段、店にかかってるお金だな。買い出しに出た時とかに調べてみるよ。……ありがとう、リリー」


 お礼を言うのは早いよ、お兄ちゃん。まだ一歩を踏み出しただけなんだから。

 本当に大変なのはここからだ。


 というか、昨日のあれはなんだったんだろう? 死ぬほど苦しかったのに今は全く何ともない。


 実は今朝起きた時に、今ならなんかビームみたいなのが出るんじゃないかと思って、試してみたんだけど何も出なかった。

 シン、とした部屋で一人〇めはめ破ポーズをキメる虚しさといったらない。


 「おにいちゃんは、からだがあつくて、ばくはつしそうになったこと、ある?」


 「え? いや、俺はそんな風になったことはないけど、昨日のリリーみたいな感じってことか? 体が信じられないほど熱くて、湯気みたいなのも出てた。すごく苦しそうで、リリーが死んじゃうって、めちゃくちゃ怖かった……。本当に、本当にもう大丈夫なのか? 痛いのとか苦しいの、我慢してないか?」


 「ほんとうに、だいじょうぶ。どこもいたくないよ」


 「そうか……」


 湯気!? そんなの出てたの?

 何とかしようと必死で全然気が付かなかった。

 昨日の私の状態は、はたから見てもかなりヤバい状態だったようだ。


 あの熱いの、魔力だと思ったんだけど、魔力持ちのお兄ちゃんが知らないということは違うのかな?

 体から湯気が出るほど熱くなるなんて尋常じゃないと思うんだけど、ファンタジー世界特有の持病?

 あれ一回きりで治ったってことでいいのだろうか。

 何度も同じような事があればさすがに死んじゃうんだけど……。


 ファンタジー世界で魔法少女に!? なんてちょっとテンション上がったりもしたんだけど、世の中そんなにうまくはいかないみたいだ。


 なーんだ、と肩を落とす私を不思議そうに見るカインに見送られ、教会保育園入園一日目が始まるのだった。


 この街では、教会でやっているのは保育園で、孤児院は別にあるという設定です。

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