67. 魔法剣技大会
今日は、魔法剣技大会。
魔法剣技大会とは、騎士達が一対一で魔法剣で戦うトーナメント戦で、領地で一番盛り上がる一大イベントなのだそうだ。
昨今の情勢を鑑みてここ数年は自粛していたらしいのだが、領地を悩ませていた大きな問題が解決したことで、満を持して開催することになったのだという。
円形のコロシアムのような建物の観客席には興奮した様子の観客たちで満員で、私は領主一族と言う事で、貴族席の中でも一番見やすい特等席でお養父様とお養母様と一緒に座っている。
ハーフアップに結われた髪にはリラからもらった薄紫色のリボンがケラウノスのリボンと合わせて結ばれている。
領主の娘に相応しい格のリボンだと髪結いをしてくれたイングリットからもお墨付きを頂き、貰ってから毎日つけていて私の新たなトレードマークとなりつつある。
近くの席には、レオンの婚約者枠でローザリンデもいて少々気まずいのだが、流石に領主夫妻がいる前でいつものような暴言は言ってこないのでほっとしている。
ただ、時折ごみを見るような視線が飛んでくることがあるので、なるべく視界に入らないように体の大きなお養父様の陰に隠れるように身を小さくした。
「む、どうした? そういえば其方は魔法剣戦を見るのは初めてだったか。怖いのか?」
私の行動を勘違いしたお養父様がそんな風に聞いてきた。
「魔法剣戦は魔法剣の光が美しいと聞いていたので、とても楽しみです。けれど、ユーリやレオン兄様も出場するのでしょう? 体の大きな騎士達に子供が混ざって戦うだなんて、大丈夫なのでしょうか?」
「はっはっは、心配は無用だ。騎士見習いの中でも、十分な実力を備えていると推薦された者のみが参加することになっている。レオンハルトは言うまでもないが、ユリウスも最近はめきめき力をつけていると聞く故、其方は安心して見ていると良い。……それと、其方の実の兄も騎士学校での推薦を受けて出場するらしいぞ。話す機会は与えられないが、今日は存分に応援してやれ」
最後に小さな声で付け加えられた言葉に、一気にテンションが爆上がりした。
え、今日お兄ちゃんも出るの!?
騎士学校の生徒の中でもほんの一握りしか選ばれないという出場者の枠にお兄ちゃんがいるだなんて!
強くて立派な騎士になって私に会いに来るという約束を守ろうとしてくれているようで、胸が熱くなった。
今日の出場者には、ユーリやレオンの他にもアードルフやユーリの護衛騎士であるアロイスもいるらしいので、皆平等に応援しようと思っていたけれど、最推しが出場するなら話は別だ。
今日は全力でカインを応援することが決定した。
最近は疲れる事ばかりで、正直今日の催しも出席せずに部屋でゆっくり休みたいと思っていたくらいには心身ともにへとへとだったのだが、俄然やる気がわいてきた。
キンッ、キンッ、キンッ
魔法剣同士が激しくぶつかり合う硬質な音と、観客の歓声が響き渡り、コロシアムは大きな熱気に包まれていた。
初めて見る魔法剣戦は、想像以上に見ごたえがあり、それぞれの魔法剣の持ち主の魔力の色で輝く魔法剣が切り結ぶたびに火花が散り、剣の動きに合わせて光が尾を引くように残像が残っている。
その軌跡でさえ美しいのは、ひとえに騎士達の剣の技量が素晴らしいからなのだろう。
魔法剣の見た目の美しさもさることながら、相手の隙を突くように手を変え品を変え繰り出される剣技の応酬に騎士達の力量の高さが伺える。
最初は剣での戦いなんて少し怖いと思っていたけれど、実力者同士の戦いは安心して見ていられるというか、まるで剣舞のような型の決まった演目を見せられているような感覚になる。
広い闘技場をいくつかに区切って同時進行で行われている試合の一角では、恐らく騎士学校の推薦枠であろうカインと同世代くらいの少年が勝利を収めているのが見えた。
すごい、あの子、大人相手に勝ったんだ。
自分より一回りも二回りも体の大きな相手に勝利したにも拘らず、少年は涼しい顔をしていて、観客に笑顔で手を振り返していた。
金髪碧眼、まるで王子様のようなイケメンで、笑った時に見えた白い歯がキラーンと光ったような気がした。
さ、爽やか~……。
別の区画ではもう一人騎士学校の生徒らしい子供が試合をしていたが、なんと女の子だった。
黒髪を耳の下で二つ結びにした褐色肌のその子は、小柄ながらも大人の騎士と互角に切り結んでいた。
すごい、女の子で大人の騎士と互角だなんて、かっこいい! がんばれー!
心の中で応援していたが、その子は惜しくも敗れてしまった。
持久戦に持ち込まれて、スタミナ切れしてしまったようだ。
負けてしまった彼女は悔しそうに唇を噛んでいた。
相手が子供だからと手心を加えるようなことは一切ないようで、出場者全員が全力でぶつかり合っているようだった。
騎士というのは皆そうなのか、物凄い気迫ながらも試合を楽しんでいるのが伝わってくる。
狂気的な笑顔でヒャッハーしている騎士もいた。
お兄ちゃんは大丈夫だろうか……。
わあああああぁぁぁぁぁぁ
大きな歓声が上がりそちらの方を見ると、また別の区画ではアードルフが戦っている。
対戦相手の猛攻を軽く受け流していたかと思うと、気が付けば相手の剣を弾き飛ばし、次の戦いへと駒を進めていた。
危なげなく勝利した様子を見るに、私の護衛騎士は中々強いらしい。
そしてついに、カインの出番がきた。
闘技場の中央へ進み出る様子は少し緊張しているように見えるが、その顔つきはとても凛々しい。
頬から丸みが取れて、可愛い少年から精悍なイケメンへと変わりつつある。
身長も随分伸びたのではないだろうか。
領主の娘としてここにいるので、品なく大声で応援することはできないが、胸の前で手を組み、心の中で全力で応援する。
お兄ちゃん、がんばれ……!
カインの相手はかなり体格のいい大柄の大人の騎士だった。
初戦くらい子供同士で当ててくれたっていいのにと、トーナメントを作った人を心の中で呪っている内に試合が始まった。
体格で劣るカインは真正面から切り結ぶことはせず、小柄な身体を生かしてヒットアンドアウェイの戦法ですばしっこく動き回っている。
「くそっ、ちょこまかと……!」
相手の騎士は力自慢なのか、あまり動きにスピードはなく、カインの動きに翻弄されてイライラしているように見える。
お兄ちゃん、すごい!
大人の騎士相手でも全然負けてない!
まともに打ち合わないカインに業を煮やした相手の騎士は、ぐっと力を籠め剣を大きく振り被った。
危ない!
あんなに体の大きな人の渾身の一撃を食らったら、カインが大怪我をしてしまう。
私の心配をよそに、相手の隙を見逃さなかったカインは相手の振り下ろす剣すれすれで相手の懐に入り込み、その首筋に剣をあてていた。
「そこまで! 勝者、カイン!」
平民の騎士見習いが勝利したことで、平民たちの座る一般席から大きな歓声が上がった。
やった、お兄ちゃんが勝った!
すごい、すごい!
剣を鞘に収めたカインはこちらの方を見て、胸に手を当てぺこりと頭を下げた。
顔をあげたカインと一瞬目が合い、優しく微笑んだその笑顔は私に向けてくれたもので間違いないはずだ。
大きく手を振りたいのを我慢して、力いっぱいの拍手を送った。
その後も試合は続き、次の試合まで時間のあるアードルフが一度観客席に顔を出しにきた。
「お疲れ様です、アードルフ。勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます、リリアンナ様。主の前で情けない姿を見せるようなことにならず安堵しております」
アードルフにねぎらいの言葉を掛けると、彼は生真面目に膝をついて頭を下げた。
「アードルフは強いのですね。このままいけば優勝できるのではないですか?」
「……優勝は難しいかもしれませんが、リリアンナ様のご期待に応えられるよう、力を尽くしたいと思います」
「?」
アードルフの強さなら優勝してもおかしくないのではと思いそう言ったのだが、最初から諦めたような彼の言葉に首を傾げる。
そんな私を見たアードルフは苦笑して、意味ありげに闘技場の方に視線を向けた。
闘技場ではレオンが試合をしていて、観客席にはひときわ大きな歓声が渦巻いている。
しばらくレオンの戦いを見ていると、すぐにアードルフの言葉の意味を理解した。
これまでに出てきた騎士達も決して弱くはなかっただろうに、レオンの動きを見た後では随分のろく感じてしまう。
それほどまでに、レオンは一人だけ格が違った。
同じ人間だとは思えないほど、一人だけ抜群にキレがある。
相手の騎士は肩で息をしていっぱいいっぱいといった様子なのに、レオンは口笛でも吹いていそうなほど余裕があるように見える。
本当はすぐに決着をつけられるのに、遊んでいるのかもしれない。
ちょっと相手の騎士がかわいそうになってきた……。
これまでもレオンは天才だとか神童だとか剣聖だとか色々噂は聞いていたけれど、普段の彼はチャラくて飄々としているし、今まで剣を振るう姿を見たことがなかったのでよくわかっていなかった。
今日のレオンを見てその意味がよくわかった。
ああ、これはちょっとレベルが違うかも。
あまりにも別格の才能を目の当たりにして、こんなのと比べられてしまうユーリに心底同情した。
これと同レベルを求められたら、そりゃあグレたくもなるというものだ。
「そういえば、レオン兄様はあの炎が出る剣は使わないのですか?」
「レーヴァテインを使えば、試合にならぬからな。この催しは剣技を競う大会故、我が領地での魔法剣技大会では魔剣の使用を禁止しているのだ。王都の方では魔剣を持ち出す者もいるようだが。魔剣を使わずとも、レオンハルトの剣技は頭一つ抜けておる。このまま何事もなければ優勝は固いであろう」
私の疑問に答えたお養父様は、息子の雄姿に誇らしげに笑っている。
「そういえば、優勝者には月桂樹の冠が与えられるのだが、それを家族や恋人など自分の大切に想う相手に贈る風習があるのだ。優勝者から冠を贈られた者には幸せが訪れるというジンクスがあるのだが、さて、我が息子は一体誰に贈るのであろうな」
お養父様は顎に手を当てニヤニヤしながら闘技場のレオンを見下ろしている。
やめたげてよー。
ニヤニヤと息子をからかう気満々な養父の様子に、レオンがグレないことを願うばかりである。
薄々思っていたのだが、この目の前の大男は領主としては立派だが、子供の親としては大雑把というかなんというか、少々空気の読めないところがあるような気がしている。
そこら辺はほわほわした雰囲気に反して実はしっかりしていそうなお養母様がバランスを取っているのかもしれない。
レオンが優勝すれば、大切な相手といえばやはり婚約者のローザリンデだろうか。
あの二人の仲睦まじい様子はあまり想像がつかないけれど、月桂冠を別の相手に贈られると彼女の機嫌が悪くなって私にもとばっちりがきそうなので、レオンには是非とも婚約者のご機嫌を取ってほしいものである。
その後出てきたユーリも善戦し、お養父様の護衛騎士に負けてしまったものの、大人相手に二勝をもぎ取っていた。
「うむ。ユリウスもしばらく剣を握っていなかったにしてはよくやっているではないか。最後に見た時よりも随分と動きが良くなっている。これから身体が出来上がっていくのが楽しみだな」
次男の活躍を見て領主夫妻が笑い合っている。
レオンと比べるような発言が出なかったことに私はこっそりと胸を撫で下ろした。
カインはその後でアードルフと当たり、兄の初めての魔法剣技大会は2回戦敗退という結果になってしまった。
手加減されてもそれはそれで腹が立つが、容赦なくカインを打ち負かしたアードルフを思わずジト目で見てしまう。
アードルフは私の無言の抗議に慌ててわたわたと弁明していたが、カインの事を筋がいい、彼はもっと強くなると褒めていたので許してあげることにした。
機嫌を直した私に安堵した様子だったが、シスターに悪口を吹き込まれるとでも思ったのだろうか。私はそんなに陰湿じゃないぞ。
試合はさくさくと進み、残すは準決勝と決勝のみとなった。
各ブロックを勝ち上がったのはアードルフ、アロイス、お養父様の護衛騎士に、優勝最有力候補のレオンハルトである。
剣技を競う場であるといっても魔力を使う魔法剣での戦いなので、魔力循環を覚えた面々にアドバンテージがあったようだ。
準決勝ではアードルフはアロイスに、レオンはお養父様の護衛騎士に勝利し、決勝戦のカードはこの二人となった。
アードルフ、本当に強かったんだな。
私なんかの護衛をさせてしまって本当に良かったのだろうか……?
私の護衛をするために観客席にやってきたアロイスにねぎらいの声を掛けたところ、
「いやあ流石アードルフ殿、お強かったです! 非常に心躍る試合でした! 負けてしまったのは悔しいですが、この敗北を糧に更に精進いたします。アードルフ殿との再戦が今から楽しみですっ!」
と試合後の興奮冷めやらぬ様子で、熱く語っていた。
どうやら騎士は、より強い相手と戦いたいと思うものらしい。
「オラ、わくわくすっぞ!」ってこと……?
お兄ちゃんがアロイスみたいな戦闘民族になってしまったらどうしようと少し心配になった。
決勝戦では、アードルフも善戦していたが結局はレオンが危なげなく勝利し、優勝は辺境伯家の次期当主であるレオンハルトとなった。
八百長を疑うまでもなく実力での優勝である事が誰の目にも明らかで、次代の辺境伯領の未来も明るいと観客席全体からの拍手喝采で大盛り上がりの結果となった。
壇上で主催であるお養父様から笑顔で優勝者の月桂冠を受け取ったレオンは、ひょいっと観客席の方へ上がるとこちらの方へ向かってくる。
きゃあっ、と周囲の若い女性たちから黄色い悲鳴が上がり、ローザリンデの方を見ると彼女は赤い顔をして手櫛で前髪を整えていた。
ローザリンデを見ていると、ぽすん、と頭に何かを乗せられた感触がして、その後すぐに体が浮遊感に包まれた。
驚いていると、間近にレオンのにこにことした顔がある。
近くで見ても、やはり顔がいい。
何故かレオンに抱き上げられているのだけれど、もしや今私の頭に乗っているのは先程あなたが手に入れたばかりの月桂冠とか言わないよね……?
「今日の勝利は、可愛い妹のリリアンナに捧げるよ。これから君の歩く道が、幸福なものでありますように」
レオンはそう言うと、目を丸くしていた私の頬にチュッとキスをした。
きゃあああああああああ!
女性達からの悲鳴が上がる。
恐る恐るローザリンデの方を見ると、彼女の顔が般若のようになっていた。
レオン兄様、お願い気付いてぇ。
兄として私の幸福を祈ってくれるのはありがたいけど、もうちょっと空気を読んで欲しかった。
彼のこの空気の読めなさは、お養父様譲りに違いない。
次のお茶会はきっと私にとって更に居心地の悪いものになるだろうと簡単に想像がつき、周囲からの祝福の拍手に包まれながら現実から逃げたくなった。
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