65. 古代遺跡の真ん中で
ナンプレとは、数独とも言い、前世では昔からあった数字パズルだ。
タテ・ヨコの一列、三×三の九マスブロック内で、一から九の数字を重複しないように埋めていく。
目の前の石でできたそれは、見た目こそ古代の遺物だが、ナンプレで間違いないと思う。
ナンプレに得意不得意があるのかは知らないが、ナンプレとかマインスイーパーとかそういったパズル系のゲームは結構好きでやっていた前世の百合である。
「フュルさん、筆記用具を借りてもいいですか?」
「もちろんいいけれど、君はこのパズルが解けるのかい?」
「合っているかはわかりませんが、やってみます」
目を丸くしたフュルヒテゴットから手渡された紙とペンを使って、ササッと九×九マスを書いていく。
「ヒュルさん、あの扉に書いてある数字がなんて書いてあるか教えて下さい」
「左上の数字が七、その右が二、左上が六……」
フュルヒテゴットが言った数字を常用数字に直して該当箇所に書き込んでいく。
後はもう単純にナンプレを解いていくだけだ。
今回のパズルは難易度的に言えばハードくらいはありそうだが、制限時間もなくメモを書き放題のこの状況下であれば、時間を掛ければいずれ正解にたどり着く。
こことここが三だから、ここに三が入って……
皆が固唾を飲んで見守る中、黙々と数字を埋めていく。
荘厳な古代遺跡のど真ん中で自分は何をやっているんだろうと思わないでもない。
「よし」
「解けたのかい!?」
騎士達から賞賛の騒めきが起こる。
「さすが聖女様!」という声が聞こえるが、ナンプレを解くのに聖女かどうかは特に関係ない。
これであっているとは思うが、まだわからないことがある。
「一応パズルは解けましたけど、同じ数字の石盤でも裏が間違っていたら魔法陣が完成しませんよね。どうやって区別するんでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ。……石盤の隅に小さな数字が書いてある。扉の方のマスの縦列の上部にも数字が小さく書かれているから、石盤の小さな数字はこの縦列に対応しているんじゃないか?」
なるほど。そうやって同じ数字の石盤を区別するのか。
「フュルさん、今から小さく書かれた数字、大きく書かれた数字の順に言うので該当する石盤を探してください。アードルフ、フュルさんに渡された石盤を左上から順にはめていってください」
「かしこまりました」
「最初は、一の五です」
「これだね」
フュルヒテゴットが見つけた石盤をアードルフが右上のマスにはめた。やはりピッタリのようだ。
「その下が一の八……一の二……」
次々と石盤をはめていき、全てのマスが埋まった。
しかし、扉に特に変化は見られない。
「……何も起きませんね」
「開かないねぇ……」
フュルヒテゴットが扉をぐいぐいと押しているが、やはり開かない。
見た目から言って絶対ナンプレだと思ったのだが、違ったのだろうか?
何とはなしにぺた、とはめ込まれた石盤の一つに手を触れると、突然すべての石盤が光りだした。
「おおっ」と騎士たちから歓声が上がる。
どうなっているのかだんだんと石盤が透けていき、裏の魔法陣の文字に次々と光が灯り魔法陣が起動していくのが見えた。
ここまでくれば、扉を開けるのに魔力が必要なことは私にもわかったので、魔法陣が起動するまで手を離さず魔力を流し続けた。
「魔法陣を起動するには、一定以上の魔力量を持つ人間が触れる必要があったのか。そのために君の同行を願ったのに、パズルにばかり目が行き失念していたとは不覚だ。……いいなぁ。私だって君の魔力講座を受けたいのに、領主様は検証が終わってからだなんて言うんだ。既に講座を受けた者は大なり小なり魔力が伸びているというのに、一体なんの検証が必要だと言うのさ」
「兄上、その話は秘匿事項ですよ」
「ここには関係者しかいないんだからいいじゃないか。自分は一足先に教わってるからって、ズルいぞ!」
唇を尖らせてぶつぶつ文句を言っていたフュルヒテゴットをアードルフが窘めている。
そういえば、この二人は兄弟なのだった。
ズルいズルいと文句を言う兄に、それをどうどうと宥める弟。
これではどちらが兄なのかわからない。
「そんなことより兄上、そろそろ魔法陣が起動するようですよ。その目に焼き付けなくてよいのですか?」
「ああっ、そうだった!」
アードルフの言葉にフュルヒテゴットは意識を切り替えたようで、魔法陣を食い入るように見つめている。
さすが弟。フュルさんの扱いが手慣れている。
感心してアードルフを見ていると、ゴゴゴ……と音を立てて扉が内側に開き始めた。
この辺は城の結界の魔導具のある部屋の扉と似ている。
地上からの光は部屋の中には届いていないようで、中は暗くてよく見えない。
扉が開ききると、松明を手にした騎士を先頭に、私達は恐る恐る中へと足を踏み入れた。
「あれは……!」
扉の先は一室だけのようで、広い空間になっていた。
部屋の中心には台座があり、その上には等身大の鎧を着た男性の石像と、その手にはうっすらと光る水色の宝石のついた白い細身の剣が握られていた。
石像は、お養父様達が剣に誓った時と同じポーズをしている。
「まさか……魔剣っ!?」
「なんと、今の時代に新しい魔剣が発見されるとは……!」
「素晴らしい……!」
石像の持つ剣を見て騎士たちが浮足立っている。
「アードルフ、魔剣というのは騎士達の持つ魔法剣とは違うんですか?」
「魔剣と魔法剣は似て非なるものです。魔法剣は魔力を通せば比較的誰でも使うことができ、その効果は切れ味が増すくらいのものでしかありませんが、魔剣はそれ自体が主を選ぶ上にその威力は桁違いなのです。現代では再現不可能な古代技術で造られたアーティファクトである魔剣は、今では数本しか残っておらず、その内の一本が……」
そう言いながらアードルフはレオンの方に視線を向けたので私もそちらを見る。
「このレーヴァテインというわけだ」
私達の視線を受け止めたレオンはアードルフの言葉を引継ぎ、にっこりと笑って腰に下げた赤い剣を撫でた。
「こいつは炎を纏い、切ったものを燃やしたり、離れた敵に炎を飛ばしてぶつけたりできるんだけど、さて、この魔剣にはどんな力があるのかな?」
レオンもわくわくと魔剣を見つめている。
剣自体にはあまり興味を示さず、騎士から松明を奪い取り、部屋の中を物色していたフュルヒテゴットが声をあげた。
「見てくれ! 壁に古代文字が刻まれている!」
フュルヒテゴットの掲げた松明に照らされた壁には、確かに文字のようなものがびっしりと刻まれていた。
「なんと書かれているのか城でじっくり解読する必要があるが、その剣の名はミスティルテインというらしいよ。魔剣であることは間違いないね」
「魔剣ミスティルテイン……」
フュルヒテゴットは近くにいた騎士に松明を持たせると、壁の文字を猛然と書き写し始めた。
こうなった彼はしばらくは話しかけても返事は返ってこないだろう。
この魔剣ミスティルテインは持って帰ってもいいのだろうか。
石像から外した途端、天井から槍が降ってきたりしない?
ダンジョンあるあるの事態を想像していると、子猫サイズに戻ったミルがぴょんと台座に飛び乗り、クンクンと魔剣の匂いを嗅いで不思議そうに首を傾げている。
「ミル、危ないよ」
ミルは気にした様子もなく、前足を持ち上げてちょんと魔剣に触った。
魔剣は石像から信じられないほど簡単に外れ、カラーンと音を立てて床に落ちた。
よ、よかった。罠はないみたいだ。
私の足元に降り立ったミルを抱き上げ、「もう、勝手に触っちゃだめだぞ」とほっぺをつんつんしながら注意した。
落ちた魔剣をアードルフが拾い上げたが、魔剣に特に変化はない。
「魔剣の主って、どうやってわかるんですか?」
現役魔剣の主であるレオンに主の選ばれ方を聞いてみる。
「主に選ばれた者が初めて触れるとその剣の持つ力が顕現するんだ。俺が初めてこの剣に触れた時は炎が立ち上ったよ」
「それ、大丈夫だったんですか?」
「俺は熱くないから大丈夫。天井は少し焦げたけれど」
それは本当に大丈夫だったのだろうか。
試しにそこにいる全員が順番に魔剣に触れてみたけれど、特に変化はなく、この中に魔剣の主はいないようだった。残念。
とりあえず魔剣は布で大事に包んで城に持ち帰り、フュルヒテゴットが壁の文字と最初の村で託された書物と一緒に研究することになった。
アーティファクトに関する古代の書物と魔剣を手に入れて戻った聖女一行を出迎えたお養父様は、とんでもない旅の土産を見て何度か見たことのあるポカンとした顔で固まっていた。
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